その街は操られているみたいに夜に吼え朝を忘れて熱狂に包まれていた。
違和感を抱きながらも、ルケシオン一の密偵を自称する彼女は何度もルアスに潜入経験を持っており、
今回も楽勝と意気揚々に乗り込んだのだが……。
それでもルアスは眠らない。とっくに日付を超えても、ガス灯が輝く大都会は並の賊では行動しづらくてたまらないだろう。
だからこそ、腕の見せどころってところだ。
街外れの木の上に、一人の盗賊が音を立てずに降り立った。
夜の住人は潜入服のタートルネックを鼻の辺りまでしっかり伸ばして覆い隠し、素顔は決して見せない──かと思いきや、インナーを下ろしてぷはっと大きく息を吐き出した。シャニーだ。
「とーちゃーく、と。へへへ、さすがあたし。この時間ならまだ宿もあるよね」
インナーを首のところでたたむと、シャニーはその上から服を着込んだ。
変装は大得意のひとつ。それだけで潜入服は覆い隠され、一般市民にはや変わり。
前にもちょくちょくルアスを訪れたことのある彼女は、街を歩いてすぐに違和感を覚えた。
「うー。これだけ明るいとなんか夜って感じしないな」
いくらルアスと言っても、外れのほうはそこまでガス灯もないはずなのに。
見渡してもガス灯のポールは探すほど。けれど、とても明るいのだ。
その犯人は装飾用のろうそく達であった。こんな街の外れも外れにすら、色とりどりの蝋燭が咲き乱れ、どんな仕掛けだろうか、その焔も実に煌びやかである。
観光客であれば、これだけ美しいイルミネーションを見せられたら目に涙を浮かべて見入るだろう。
「わ〜、キレ──ったく、盗賊の敵だよ」
その幻想的な光景に半分くらい吸い込まれかけてブルブルと顔を振り、ルケシオン一の密偵の顔に戻す。
仕事でここに来ているのだ。ぶつぶつと文句を言いながら、街の中心にある宿を目指す。
街に近づけば近づくほど昼間かと見間違えるほどに明るくなって人通りが増えていき、あちこちから気分がいい酔っ払いのバカ笑いが聞こえてくる。
さすがにマイソシア大陸の中心地。不夜城は、まさにこれから1日が始まるかのような賑やかさだ。
(それにしたって、ここまでみんな浮かれてんのはヘンだぞ。こんなところをメルトが狙ってるとしたら……)
まるで魔法をかけられたみたいに、この街だけ別世界にあるくらい気味悪く、不思議な平和の中でシャニー一人が足取りを早めた。
◆◆
「えー?! 満室ぅ? どうしてさ!!」
「どうしてって言ったって。嬢ちゃん、この時期に予約なしにいきなり来て、宿なんかあるわけないだろ」
宿に着いたシャニーは、半分喚くような高い声で番台に詰め寄っていた。その声がすぐにかき消されるほどに、中は人でごった返している。
なんとか部屋を確保しようとするシャニーに、宿の番台は向こうを指差した。
『アスク帝国建国300周年祭 フェスティバル オン ルアス開催!』
たくさんのポスターが貼られており、混雑の理由を無慈悲に説明してくれる。
悪い汗が流れたが、ポスターの下に目をやると、明日の出番に備えて踊り子や曲芸師がデモンストレーションを行っている──使える!
とっさにシャニーは軽いステップで踊ってみせ、番台の気を惹こうとがんばってみた。
「ほら、あたしも踊り子なんだ。あの子達と同じ劇団だからさ、通してよ」
彼女の言い出したことを目を丸くして聞いた番台だったが、すぐにでかい声で笑い飛ばした。
「バカ言っちゃいけねえ。あのグループはもう予約名簿どおりの人員が到着済みだ。偽るところからすると、お前盗賊だろ?」
ザクッと稲妻に心臓を撃ち抜かれたみたいな衝撃で体が揺れ気さえする。
嘘をつく事が苦手とはいえ、まさか盗賊であることまで見破られるとは思ってもいなかった。
自分の身なりを確認してみる。ダガーも爆弾も懐にしまったし、ショートマントだって上着からはみ出してはいない。
なのに、どうして見破られたのか理由が分からなかった。幻術を見破られた時とは違う焦りに、たまらず声が裏返る。
「ち、違うに決まってるじゃない!」
番台は無言で、今度は出入り口付近を指差した。
そこの壁に打ち付けられた金属板に掘り込んである文字が目に飛び込んできたシャニーは、思わず口元が引きつった。
『盗賊・セールスマンお断り。騎士団立寄所』
澄ました顔で高台から見下ろすふくよかな顔が、シャニーをあざ笑う。
(あわわわわ……! どうしよう?!)
完全に見破られている。前来たときは簡単に潜入できたのに、今回はさっぱりダメだ。
あまり長居していて、厄介な騎士団と鉢合わせしたらさすがにマズい。
「ふん! 人を盗賊呼ばわりして! 二度と来ないよ!」
捨て台詞が自身にもむなしく響く。自身の盗賊としての腕に少々不安を覚えながらも、一人だったことにホッとした。
ゲイルがいたら、何を言われていたか分かったものではない。
宿から雑踏へ飛び出したシャニーは、人を目避けて路地へと入っていった。
一方宿の中では、番台のところに支配人が顔を出していた。
彼は後ろから番台の肩をぽんぽんと叩き、差し入れの夜食を手渡した。
「どうだ? 今のところ怪しい奴の出入りはないか?」
「お、旦那。へえ、今のところは。しかし、客をいちいち盗賊呼ばわりするってのも、さすがに良心に堪えますぜ」
「仕方ないだろ。騎士団から命が出ているのだ、背くわけには行くまい」
明日は国挙げての祭典だ。
人々の集まる機会にテロを狙う輩から国を守るため、こうした場所には騎士団から直々の軍令が下されていたのだ。
シャニーが紛れようとした劇団連中も、最初は同じように盗賊かと聞かれていた。
「ですがねえ、旦那。盗賊かと聞かれて、はいそうです、なんて言って撤退するバカな盗賊なんかいないと思うんですがねえ」
「まぁ……な。しかしな、警戒されているという意識を植付けるだけ十分なんだ」
◆◆
1時間近くあちこちの宿を転々としたが、返される言葉はすべて同じ。
(はあぁぁ……。あたしってセンスないのかなぁ……しょぼん)
そんなこんなで、ルアスの繁華街にある宿すべてで盗賊と見破られたシャニーのハートはずたぼろになっていた。
髪型も変えたし、服装だってそこらを歩く人間と同じ。見破られる要素なんてあるはずないのに。
「へっくしょん! ちくしょう。誰さ、人の噂をしてるのは! うー……寒い」
彼女がいるのは、最初に入った宿の屋根の上だった。
ヘタに木の上やら路地で寝たら、騎士に見つかって厄介なことになりかねない。今日はこの屋根の上で一夜を明かすしかなさそうだ。
それにしても、今日は風がビュービュー泣いて寒い。それも手伝って、自分の潜入手法についてあれこれ思案しているうちに、寝るまもなくあっという間に夜は更けていった。
──翌日 AM6:38
かなり警戒されている──その意識を持って、シャニーは翌日を迎えた。
(ま、逆に考えりゃ、偵察するにはチャンスだよね〜)
いつも以上にごった返す街の中では、そう意識しなくても簡単に人波に紛れられる。
今日やるべきことを頭にイメージして、彼女は屋根から路地へと飛び降りた。使命感と……鼻水を垂らして。
(うぅ……なんか頭痛いよ)
鼻をすすりながら、彼女は人ごみへと消えていく。
今日は式典の初日だからか、どこからこんなに湧いてきたかと思うほどの人だ。人々の顔は例外なく喜びに溢れ、幸せそうな雰囲気が街を包んでいる。
「わぁ〜、パレードかあ。あたしも見てこ──じゃなくて!」
その様子を見ていると、シャニーも自然と元気が湧いて嬉しくなってくる。
もちろん、そんな賑々しい雰囲気に付き合っていられるほど暇ではないし、なにより体調も良くない。
(フ、フンだ! アスクは敵なんだから見るったって偵察なんだから!)
雑念を振り払い、さっさと街の中央通路を城に向かって歩きたいのだが、なかなか前に進めない。
あまりに人が多いうえに、中央広場へ向かおうとする人の流れのほうが圧倒的なのだ。ただでさえ濡れ布団を背負うような状態で容赦なくぶつかってくる激流はガリガリ体力を削る。
──30分後
「ふにゃぁ〜……潰されるかと思った……」
ようやくルアス城までたどり着いた彼女は軽くふらついた。あんな雑踏を歩いたのは初めてだ。
「うーん。街におかしいとこはないし、歩いてる人たちからも怪しい気配を感じなかったなぁ。ちょっと予想と違ったかも」
路地にも目を配っては見たものの、旅行客のカバンを狙うコソ泥くらいで、エズダーシアのような殺気に満ちた気配はなかった。
ルアス城では、祭典の記念で内部が特別公開されており、一般市民でも入城が許可されているらしい。
城の周りには、その繁栄の象徴を一目拝もうと人の壁ができあがっている。
記念写真を撮るもの、見上げて感慨にふける者、想うところはいろいろあるようだが、その目を見てまわる限り、やはり邪悪なものは感じない。
「ううむ……何も無さすぎて逆に不自然なよーな? 気味が悪いよ」
メルトはとっくにルアスに乗り込んで来ていてもおかしくないはずなのに、どこにも気配を感じないのだ。何か情報を収集して帰らないと、偵察に来た意味が無い。
再度夜に偵察を行う下準備として、彼女はルアス城の中へ足を踏み入れた。
中は金と赤を敷き詰めた、まさに絵に描いた絢爛豪華そのもの。
床という床には色彩豊かな絨毯が敷き詰められ、その上には無限回廊かと思うほどの高い天井が遥か上の階まで貫いてシャンデリアが煌いている。
(どうして……こんなにすごいものがいっぱいあるのに)
心を奪われる観光客の中で、シャニーは一人浮かない顔をしていた。
脳裏によぎったのは、街中で見かけた少年達だった。
彼らは生きることを渇望していた。ただ、その目には輝きが無かったことだけが頭には残っている。
ルケシオンでは周りにたくさんの奴隷がいたが、それとは違う。何が違うのかはよく分からないが、とにかく釈然としない。
ぼーっと下を向いて歩いているうちに、彼女は人波から外れていった。
「……ん。おろ? ……あれ?! えっと、ここは?」
気がつけば、今自分がどこを歩いているのかすら分からない状態となっており、あたりをきょろきょろと見渡す。
「これってさ、もしかして……」
もはやどちらを見ても人の姿はない。スパイが迷子になったなんて、洒落にもならないではないか。
こういう入り組んだ構造物の中をうろうろしているのではらちがあかない。
彼女は窓をあけて外に誰もいないことを確認すると、ぱっとそこから飛び降りた。
「ふう。変な感じだけど、今のところはメルトのヤツ、ルアスには来てないみたいだ」
城から脱出したシャニーは、裏路地を歩きながら独り言を漏らした。
それにしても、この街はどうも居心地が悪い。きれいに整備され、いろいろやり辛いだけではない。国王の下、皆平等をうたう憲法の守られているはずの街が、これほど繁栄の最中にある街が。
にもかかわらず、光と闇が顕著に現れていた。闇は光の作り出す影でそれから逃げるように生きている。
遊ぶには確かに楽しい街だけれど、とても住みたいとは思えない。
(やれやれ、この動きはシロートだね。フフン、このルケシオン一のアサシンを狙うとはね)
今も、視界の端ではちょろちょろとうっとうしい気配が走り回っている。
本人らはこっそり取り囲んでいるつもりらしいが、残念ながら仕掛ける相手を間違えたようだ。
横目でちらちらと気配を確認しながら、シャニーはそのまま路地を歩いていく。
「ねえ、いい加減出てきたらどうなの?」
シャニーに威嚇されて出てきたのは、数十人の少年達だった。
茶色にシミが広がる穴の空いたシャツを着ており、その目は皆血の気に溢れている。語る言葉はない。
「──ッ!!」
「ヨッと! あんた達に捕まえられるかな〜?」
拳や鉄パイプで襲い掛かってくる少年達を、シャニーは体術だけで一掃する。
密偵として潜入している以上、街中で武器は抜けない。
「ちっ! 女のくせに何なんだよ、コイツ!」
おおかた、女だからと束で襲ってみたものの、予想外の抵抗を受けたと言ったところか。少年たちからはさっきの勢いは吹き飛んでいた。
「女の子にこんな人数で襲い掛かって。あんた達、ちゃんとついてるわけ?」
「うるせえ! 手段を選んでいられる余裕なんてねーんだよ!」
「え、ボス……じゃなかった。国に助けてもらいなよ?」
「バカめ! 国は見えないフリで何もしてくれやしないんだ」
先ほどから釈然としなかったものが、彼女の頭の中で一本になっていく。
光と闇の中に作り出されたいびつな関係。矛盾をはらみながらも、それを否定すれば根本から崩壊するような、誰も触れない部分。
「誰かに頼って、すべて人の責任にする。気に入らないね。現状を変えたければ、自分が変わればいい」
彼女が納得した内容を、別の人間が声に出して表現して見せた。
(誰?! あたしが背後を取られるなんて?!)
はっと振り向いた先にはスピアを構えた赤髪の騎士がいた。年は自分と同じぐらいだろうか。
驚いたのはそれだけではない。彼の手先からは高圧のエネルギーが槍の穂先まで激しい流れを作り出していたのだ。
(コイツ──ヤバい。だけど、あたし、どっかで見たことがあるよーな……)
「観光客に手を出すなら、このオレが始末する」
彼が自分の横を駆け抜けるとき、前髪越しに見えたその不敵な笑みが、シャニーの記憶を呼び起こした。
(──ッ、ヤバッ!! コイツは──ッ)
びっくりした彼女は、焦って彼から顔を背けた。
遅かったかもしれない。一瞬、たった一瞬だけだけれど目が合った気がした。
それでも引き返してくることはなく、逃げ惑う不良を追いかけて彼はそのまま路地へ消えて行き、しばらくすると向こうで雷鳴が轟いた。
「うへー、危ない危ない。気付かれる前にずらかろっと」
シャニーは鼻をすするとそそくさと中央通へ戻り、雑踏へと消えた。
アスガルドには昼と夜が存在する町ってのが無かったですよね。
ルアスとかは繁華街や夜の通りがあって、そこでの特有のイベントがあっても……とか色々妄想したものです。
ほら、銀行のモリス卿とか、夜何してるか分からないじゃないですか(偏見