闇夜で幻術に身を溶かしてしまえば、役人たちには気づかれっこない──そのはずだったのだが、
ひとりだけ〝ヤバいヤツ〟がいる場所でとんでもない失態をヤラかしてしまう。
ルアスに来て二日目の夜。もう寒い思いはこりごりだが、あいにく今日も宿は取れない。
シャニーは今日のうちに城へと潜入し、早々にルアスを後にしようと考えた。
上着を脱いで更に身軽にならないと仕事はやりづらい。
「鼻をすすりながらの仕事なんて、かっこ悪くてやってられないよッ」
彼女は首のところでたたんであったインナーで鼻まできっちり隠すと、屋根伝いに城を目指す。昼のうちにうろついたおかげで、裏路地は使えないことが分かったからだ。
昼とは違い、あっという間に城へとたどり着く。さすがに夜は一般に公開されていないので、中はとても静かだ。
人通りの少ない西側から進入し、木々を伝って、城の東側の様子を偵察しにかかった。
どうもぱっとしない。どの部屋にも確かに人はいるが、それはルアスの役人たちであり、見る限り何もなさそうなのだ。
(昼間は穏便を装って、夜行動を起こすかと思ったんだけどなぁ……)
外から見ているだけでは掴めそうにない。西側へと戻り、適当な窓から城内へと潜入を試みる。
いつもどおり風の幻術を使って姿を消すと、手際よく城の中を探ってまわる。
守備の騎士がいるものの、目の前であかんべえをしようと何をしようと気付かない。
潜入自体はとても順調だが、それでも何も情報は得られないまま。
「国防費は年々激増しているしな。そんなことにまでいちいち予算を組んではいられないですよ」
「そうだな。海賊同士、勝手に潰れろって話だな」
分かったことと言えば、ルケシオンで大きなテロが起きたとルアスにも報告があがっていることぐらいだった。
とは言え、あくまでテロであり、海賊同士の抗争で済まされていた。
(そんなこと……か。いいさ、ルアスの軍隊なんかに好き勝手されてたまるもんか。ルケシオンは必ずあたしが!)
シャニーにとっては悔しくも、ありがたいことであった。
一層気持ちに熱が入り偵察を続けるものの、東の部屋にいた役人の話は、ロクに緊張感のある会話ではなかった。
東に残る最後の部屋、やたらと守備の騎士が多い部屋の前まで辿りついた。
でも、守備の量など彼女には関係ない。
守備の騎士達をあざ笑うかのようにその前を通過し、ダクトから天井裏へ回り込んだ。
「ピルゲン様、いつまで空席にしておくつもりなのですか?」
そこは文官のトップ、宰相ピルゲンの部屋であった。
デカい机に載った山積みの書類を片付ける彼の前では、騎士と思しき人物が必死にピルゲンに陳情している。
「憲法上、文が武を律する事となっています。今のままでも何も不便はないはずです」
「このままでは騎士団の結束にも影響を及ぼします」
「分かってはいます。今は記念式典も控えていますし、落ち着いてから──」
「しかし、この状態をいつまでもアルトシャン様が黙ってはおられない。分かっておられるはずだ!」
「セイン殿、少し声を抑えてください」
「本件は閣下がノカン国から凱旋され次第、最重要事項として報告させていただく!」
なにやらよく分からないが、文と武の縄張り争いのようだ。
そんな話はノカンでも喰わない。どうやらここでも有益な情報は聞きだせそうになかった。
(やっぱり……あいつはまだルアスに仕込みをしていないのかな)
仕方なく、脱出の為に明かりもついていない西側へと戻る。
今度は昼のように迷子にはなるまいと、しっかり経路を覚えておいたし、周りを見渡す余裕もある。
暗い回廊はひっそり静まり返って奥を見渡せず、何か出そうな雰囲気がある。
(おったから、おっ宝〜! なんかナイスなの無いかな!)
それ以上に、うずく盗賊魂でワクワクが止まらない。きょろきょろとあたりを物色していた時、ふいに誰かと目線があった。
「うわ……、おっと。なんだ、肖像か」
そこにあったのは代々の国王の肖像だった。真夜中に月に照らされる肖像など、不気味以外の何者でもない。
他にも国における重要なポストに座っていた人物の肖像が、壁一面にずらっと並んでいる。
どれもこれも賢そうな人間ばかり。少なくとも、今まで出会った人間とは違うタイプの顔つきだ。
その賢人グループが、さっき見かけたピルゲンでようやく終る。
その横から並び始めた、彼女のよく見てきたようなタイプの肖像のひとつを見て思わず息を呑んだ。
「え……、なんで……? ──ッ!」
そのときだった。向こうから足音が聞こえてくるではないか。
こんな明かりがなく人気もない回廊に、自分以外に人がいるなんて予想だにしていなかった。
焦って通路の陰に隠れ、その足音をやり過ごしにかかる。
幻術で姿は見えないはずだし、
(うげっ?! マ、マジィ……?)
泣き出したくなるような光景だった。月明かりに照らされて出てきたのはヴァンだったのだ。幸い、彼はこちらには気付いていないらしい。
ほぅっと胸をなでおろしたのも束の間、ヴァンは何を思ったか突然進路を変えた。向かった先は窓際。
彼は窓辺から街を見渡しているようだ。だが、ふいに彼の視線が窓の縁に行った途端だった。
「……埃が拭き取られているだと? 誰か窓を開けたのか?」
(うっそ、何でそんなの気づくわけ? ──って!)
その目つきは厳しくなり、後目で回廊を睨んだ。シャニーにとっては自分が睨まれた様で思わず背筋が凍った。
ヴァンは間違いなく侵入者を察している。下手に動けば、いくら幻術に身を隠そうとも危険だ。今はじっと──
「へ、へっくしょん!」
突然のくしゃみに、ヴァンは背負っている槍をさっと握った。
肝を潰したのはシャニーだ。
(だーっ、ばかばかばかばか)
自分の頭を心の中でぽかぽかと殴りつけるが、そんなことをしていても何にもならない。
「キミ、命が惜しいなら姿を見せなよ」
シャニーはヴァンの性格を知っているからその要求は飲めない。
幻術を使っていても、ヴァンに気付かれないようにゆっくりゆっくりと窓の方へと進んでいく。
それを察したかのように、ヴァンが指輪へ気力を注ぎ始める。
その時だった。窓は突然に蹴破られ、間をおかずに盗賊が姿を現し、外の木へと弾け飛んだ。
ブリズウィクを使って、追いつかれる前に姿をくらます作戦に出たのだ。
「久しぶりに腕がなるよ」
その疾風から放たれるマナの大きさに、ただの盗賊ではないと感じ取ったヴァンの顔に浮かんだのは笑みだった。
彼は電撃の走るライトニングリングを外すと、懐から別の指輪を取り出して指にはめた。
「もーっ、こんな時に限って!」
鼻をすすりながら必死に逃げる。あんなヤツに捕まったら酷い目で済まないのは分かりきっている。
一旦外に出てしまえばこちらのもの。闇駆けるアサシンを捕らえる事など、誰にも出来やしないのだから。
「ん? ──っ!」
彼女の直感が背後からの凄まじいマナを感じ取る。
はっとして後ろを振り向けば、赤髪の騎士が自分に追いつこうかと言うスピードで突っ込んでくるではないか。
ヴァンだ。彼は盗賊であるシャニーの移動術を後ろから追いかけてきているのだ。
「ち、マナがかなり漏れてるな」
風邪の影響か、これ以上に飛ばせない。それを抜きにしても理解できない。鈍重な騎士が、自分の動きについてくるなんて。
なんにしても、街の中で騒動は起こすわけにはいかない。出せる最高速で、月明かりの不夜城を疾走する。
街を守る強固な外壁のところまで来て、シャニーは地に足を下ろした。
足元がおぼつかない。急に体が重くなった気がする。マナを使いすぎたか。
「キミ、命が惜しければ抵抗はやめるんだね。顔を見せなよ」
間をおかずヴァンも追いつき、槍を構えて再度警告してきた。
シャニーはやむを得ず、顔を覆い隠していたインナーを首のところまで引き下ろしてみせた。
「へえ、驚いたね。キミがルアスに来ているなんて。やはり、昼の裏路地にいたのはキミだったのか」
さぞ嬉しそうに笑みを浮かべるヴァン。
理由がおおよそ分かっている為に、シャニーは顔が引きつった。
その様子を横目で楽しむように、ヴァンはゲイルリングを指から外すと懐から再びライトニングリングを取り出した。
「あたしはここに遊びに来たんじゃない」
「知ってるよ」
ライトニングリングを指にはめ、彼の口元は一層の喜びにつりあがった。
「ちょうどいい、オレは今機嫌が悪いんだ。2年前の借りは、ここで返させてもらうよ」
「ちっ……2年越しの恋ならアガんのになぁ」
逃げ切れない以上、どうやら短剣を抜かずしてこの場を凌ぐことはできそうにない。
そうでなくとも、彼は以前対決した時よりも格段に腕が向上しているのが、身構えだけで分かる。
シャニーの言い分も聞かずに、ヴァンは雷走る槍を彼女へ向けて振り向ける。
二人はかつて、ルケシオンで一度対峙した事があった。
アスク帝国の支配下にありながら、事実上海賊が牛耳る構造を正そうと騎士団がルケシオンへ遠征に出たのだ。
その衝突の中で、遊撃をしていたシャニーと、最前線にいたヴァンは出会った。
「あの時の屈辱、晴らさせてもらうよ」
「屈辱もなにも、勝負ついてないし、逃げ出したのはあたしなんだからあたしの負けでいいじゃん!」
「フッ、心にも無いことを。決着は問題じゃない。盗賊相手に劣勢を強いられたこと自体が、オレにとっては屈辱だったのさ──ッ!」
そのときは、接戦の末にシャニーが勝利を収めた。いや、それは語弊がある。少なくともヴァンにとっては。
トドメは刺されなかったが、騎士団長らが応援に駆けつけたのでシャニーがすたこらと逃げてしまったのだ。
今、それを晴らすチャンスが訪れた。笑みが止まないわけである。
(くっ、なんて攻撃だ!)
槍だけではない。その鋭い突き。そこから繰り出される衝撃波、そして直後に襲う雷撃──一度の攻撃で3発もの致命傷となるような破壊力が繰り出される。
蒼白い稲妻が走る槍を、ダガーをクロスさせて受け止めにかかるが、槍自体に意思があるかのように、体が吹き飛ばされた。なんとか壁で受身を取るものの、焦りが募る。
(くっそ……こんなスケアカード見たことないぞ……)
「どうしたんだい? 手を抜いてると、怪我じゃ済まないよ」
状況が悪すぎだった。ヴァンは格段に強くなっているのに、こちらには有効なめくり目が無いし、こんな街中では搦め手も使い辛い。
おまけにどうしたことか、両手のダガーを構えなおしたものの、どうも視点が定まらない。
「そっちこそ、お喋りが過ぎるんじゃない!」
それでもヴァンの繰り出した槍に飛び乗り、彼の頭上を飛び越えざまに一撃を加えていく。
ヴァンは腕の鎧で防いだが、防ぎきれなかった二本目の旋風が、彼の頬を泣かせた。
「うあっ」
だが、今はそれが精一杯だった。背後に着地したシャニーの背後へ、ヴァンは渾身の力で槍を突き向けたのだ。
槍の直撃は免れたものの、その衝撃波で吹き飛ばされ、頭から壁に突っ込んだ。
追い討ちをかける雷撃を間一髪で避けて追撃に備えるが、それ以上体が言うことを聞かない。
「驚いたようだな。指輪の中には、マナを注ぐことで装備者の能力を格段に向上させられるものがある」
ふらついて膝を突くシャニーへ、ヴァンはゆっくりと近寄っていく。
(くそっ……また指輪か)
フェンネルにやられた記憶がシャニーの頭に蘇る。
霞む視界の中で、近寄ってくるヴァンが悪神と化したフェンネルに見える。
「そして、指輪の種類によって、向上させる能力も変わってくる。ただし、使いこなせるのは、強いマナを持った者だけ……」
彼はおもむろに懐へ手を突っ込み、握った拳を広げて見せた。
そこには5,6個の指輪が転がっており、それぞれ違った輝きを放っている。
「キミは不運だね。強いマナを持っているのに、使い方も知らずにこのオレに……」
「まだだ……」
「ん?」
「まだ、死ぬわけにはいかないんだ! ルケシオンのために、海賊団のために……あたしを守って死んでいった大事な仲間のために! 希望の守護者として、あたしを信頼してくれる仲間と一緒にやるべきことを果たすまでは……絶対に死ねないんだ!」
ぱらっと、ヴァンは手にしていた指輪を地面に落とした。
まるで弓矢に射抜かれたように、睨みあげるシャニーの眼光に貫かれた彼は目を見張ったまま呆然としている。
ただ、それは一瞬のこと。すぐ口はへの字に曲がり、鋭い眼光が戻る。
「希望……? どこまでもキミはオレの癇に障る。大嫌いなんだよ、その言葉」
そのままトドメを刺してくるものだと身構えたが、ヴァンは指輪を拾おうともせず穂先も下に向いたまま。
もう今しかチャンスはない。この隙にシャニーは賭けることにした。パウチから爆弾を取り出し、彼に投げつけようと再びヴァンを見上げる。
「──?!」
ヴァンが目を見開き声を発する事さえ出来なったのは奇襲を喰らったからではない。
シャニーはそのまま意識を失って倒れ込んでいた。爆弾が草の上に転がっていく。
怒りで突き刺すように倒れたシャニーを見下ろすヴァンは、握る槍が震えるくらい拳を固めている。
「ずいぶん……見せつけるじゃないか」
彼は落とした指輪を拾うと、シャニーを背負って街の方へと戻っていった。
ルアス城ってマジでバカ広い場所でしたなぁ。
ポツポツとNPCがいて、どれも重要なクエストを担当しているからいないと困るのだが、
誰もが利用するようなクエストじゃないから、常に閑散としてるというか。
それを利用して多くのギルドがアジトに使っていましたが、……眠くなるんよな、あっこのBGM