シャニーを心配するサフィだが、ゲイルは気に留める様子も無く相変わらず稽古ばかり。
まだまだ道は遠い──はずが、彼らは無機質都市に立っていた。
シャニーと別れてから4日が経った。徒歩で進むゲイルとサフィも大分ルアスに近づいている。
それを拒むかのような突然のスコールに、二人は雨宿りを強いられていた。
「ひゃー、びしょ濡れだぜ!」
ゲイルは服を脱いで絞り、サフィも銀髪を拭って梳きながら空の様子をうかがう。
どう見てもすぐに止みそうな雲行きではなく、雨は一層強く地をえぐり始め飛沫が上がっている。
「しばらく足止めね。こういう時こそ
「体のイイ召使みたいな言い方してやるなっつーの。まっ、いい休憩時間ができたって思えばいいんじゃね」
舌打ちしながら指を鳴らすサフィに慈悲はない。彼女がレイに厳しいのはナンパな性格ゆえに仕方ないだろうと、ゲイルもフォローはするものの、同情まではできそうにない。
「ったく、あいつまーた
「たしか〝都入り〟するために矯正してるんだっけ? やれやれ、いつまで持つかしらね」
「シャニーがコロっと騙されなきゃいいけどな。っと、軽く体でも動かすとすっか」
双剣を手にしたゲイルは、時間を惜しむように半裸のまま稽古を始める。
前に比べてまた強くなった。だけど、そんな次元では到底メルトには勝てないのは分かっている。
下手をすれば、シャニーにだって今の実力では勝てないかもしれないのだ。
(あのお調子モンに負けられっかよ)
年下だが、武器の扱いはもちろんのこと、機敏さを利用した体術のキレは修道士だった自分をも凌いでいる。
世の中には自分より強いやつが山ほどいる──師匠の言葉が蘇る。
でも、そのほうが彼にとっては嬉しかった。修道士の性か、相手が強いほどワクワクしてくるのだ。
宿敵のメルトだって例には漏れない。倒すべき相手ではあるが、ワクワクさせてくれる者でもある。
シャニーは違う。彼にとって、彼女に負けるなんてことは意地でも許されないこと。
「シャニー、遅いわね……。大丈夫なのかしら」
心配性のサフィが、先に行った親友への心配を口にしはじめた。
分かれた直後もそうだったし、タイマーでもついているのかと思うほど、定期的に聞いている気がする。
「大丈夫だろ。慣れたモンって言ってたし」
「早く帰る場所を取り戻したいって気持ちは分かるけど、それでも単身、敵が潜むかもしれない場所に乗り込むなんてやっぱり危険よ」
「そうだな」
「一人に行かせるの、本当に正しかったのかしら……」
サフィは心配でたまらないらしい。独り言なのか何か答えを欲しいのか、よく分からない。ただ、ちらちら土砂降りを見上げて落ち着かないでいる。
「ねえ、ゲイル、何やってるの?」
「ああ。この前メルトが使っていた剣技を自分のものにしようってな。完成形は違っても、基本の型は同じはずだしよ」
もう少しで形になりそうな気がする。あとちょっと、何かを掴めば動きを阻むカジリを無くせそうなのだ。
なのに、気が散る。サフィがいいタイミングで話しかけてくるから掴みかけていたのに頭の奥にスッと退いていってしまう。
「ゲイル、あなた本当にシャニーの事が心配なの? ケンカしなくていいから精々してるんじゃないの?」
振り切った渾身の一撃が、岩を砕いて吹き飛ばした。
今のはなかなかいい感じだった。とっさに走ったムカつきでカジリが飛ぶとは思っていなかったが、今がチャンスだ。ふたたび構えから作り直す。
「だったら、俺はどうすればいいんだよ」
ムッとするサフィの顔が横目に映るが、今はそれに流されたくはない。まっすぐ、鋭く前を見据えて目の前の一撃に気を集める。
「あいつだって、危険は覚悟の上だろ。俺は、その覚悟に負けるわけには行かない。お前だって同じじゃないのか?」
「それはそうだけど」
「いま俺ができるのは、命を懸けてくれたダチが帰ってきたとき、休ませてやれるように強くなっておくことだけだ」
ダチが心配じゃないわけがないだろう。
ケンカ友達がいないと、ぽっかり穴が開いたようで妙に寂しいし、サフィに叱られてばかりの毎日でストレスの発散どころではない。
互いの気持ちを素直にぶつけ合い、終ればまた笑顔で話せる相手。過酷なトレーニングでも頑張れるのはダチがいるからだ。
「そうね。じゃあ私も稽古に付き合ってあげる」
「そうこなくっちゃな」
昔は、よくこうしてサフィと新しい技を編み出したりしていた。
今だって連携は大事にしているが、やはり拳闘同士のときと同じようにとは行かないところもある。
「おりゃあああ」
見よう見まね、力任せのカータルシックルが放たれる。
メルトが放っていたものとは比べることもおこがましい。それでも何度も何度も繰り返し稽古を行う。
だが……とても見ていられるような出来ではない。サフィが止めに入るまでもなく、ゲイルは転んで顔を青褪めさせた。
「うぅ、気持ちわりい……」
「ぷぷっ……大丈夫なの?」
「笑うんじゃねーよ!」
それでも、ゲイルは立ち上がった。
メルトと対等に渡り合うには、どうしてももっと剣技を鍛えるしかないのだ。
ライバルにだって一泡吹かせてやりたい。その気持ちが、彼に剣を握らせる。
「俺は、もう誰も犠牲を出したくないんだ。サラセンも、ルケシオンも、ミルレスも。誰も、何もしてない。なのに突然に何もかも奪われるなんておかしいだろ。絶対にエズダーシアを止めなきゃなんねえ」
全身の筋肉をばねの様にうねらせ、一気に開放する。
そこから放たれた双剣は巨大な弧を描き、弧に触れたもの全てを吹き飛ばした。
まだたった1回だが、それでも技のコツを掴んだ気がする。
(ようし、シャニー、待ってろよ。きっと迎えに行くぜ)
雷雨の中、日が暮れだしたことも忘れて、二人はその技の完成のために汗を流す。
稽古は飯も食わずで深夜まで続き、それが終る頃には、美しい円弧に映った逆さの月を星々が美しく照らしだしていた。
「おおっと、若いねえ。こんな夜中まで特訓かい?」
突然に聞こえてくる声。こんな街から離れた古道に、自分たち以外に人がいる。
稽古に熱が入って、夜が更けていることに気付かなかった二人は現実に戻された。
「あ! ルーチェさんじゃないですか」
サフィが声の主、魔術師ルーチェに駆け寄っていく。
ずっとこの機会を待っていたのだ。ゲイルもにじり寄る。
「おい、ルーチェさんよ。ひでえじゃねーか! 宙に放り出されて……ぐぁ!」
「この前は本当にありがとうございました。おかげでシャニーも元気になりました」
まずは文句が先に出るゲイルを軽くひねった後、サフィがルーチェにしっかり頭を下げた。
「い、いいんだよ」
ルーチェは見るからに顔を紅潮させて噛み噛み。明らかに引きつった作り笑い候で、まるでどう対処していいか分からないみたいだ。
「それより、そのシャニーはどこ行ったんだい?」
「一足先にルアスへ偵察に行きました」
「ルアスだって?! あんな街に一人で紛れて──偵察しに行ったのかい??」
「そうなんです。大怪我が治ったばかりなのに、無事なのかとても心配なんです」
やはりルアスは危険な場所なのか、ルーチェが腕を組んで考え込んでしまっている。
妙な胸騒ぎがゲイルを襲う。ルーチェはルケシオンのテロも知っていた。その彼女がこんな反応を見せるなら何かある。
待ちきれなくなって聞こうとしたとき、「そうだ」とルーチェがポンと手を打って見せた。
「アンタたち、どうせルアスに行くんだろ? 転移魔法で乗せてってやるよ」
「まじっすか! そりゃありがたい! よ、さすが姐さん!」
「……調子のいい奴だねぇ……」
転移の魔法陣の中には、ルーチェの不敵な笑顔が光に浮かび上がっていた。
────
周りを凄まじいスピードで光が流れていく。
何度経験しても魔法は神秘的で、腕っぷしではどうにもなりそうにない力だ。
光は次第に強くなっていき意識は遠のいていった。
「さて、と。到着だよ」
次に気付いたのは、ルーチェの威勢のいい声が聞こえて来たときだった。
前の教訓を生かし、落下に備えて体を踏ん張るゲイルを見て、彼女はそれを鼻であしらった。
「野暮なコだねえ。お姉ちゃんも大変だ」
「姉じゃありません!」
ルーチェとサフィのやり取りが聞こえ、すでに地に足が着いていることが分かったゲイルは、力いっぱい閉じていた目を開けてみる。
「おわっ?! どこだよ、ここ!」
「どこって。ルアスに来たかったんじゃないのかい、あんた」
「ここがルアスなのか? うひょー、すげー! なんか違う世界に来たみたいだぜ!!」
向こうまで見渡せるほどにきっちり区画整理のされた白の舗装道路、そこを埋め尽くす人々。
その周りには高い建物が連なり、その建物一軒一軒は美しい建築様式から整然とした白き美しさを誇る。
あちこちで道化師や踊り子が華麗に舞い、曲芸師らが自信の芸を披露して人々を沸かす。
道端では露店が連なり、商人達の爆発のごとき集客合戦が繰り広げられている。
見るもの聞くもの、すべてが先進的であり、興味を惹かれるばかりだ。
「アンタらねえ、おのぼりさん丸出しじゃないか」
ルーチェの蔑みが聞こえていないのか、二人はぽかんと立ち止まってあたりを見渡していた。
どのくらいそうしていたか、ルーチェの咳払いでゲイルははっとした。
「こんなに大勢の人がいるところで、エズダーシアに好き勝手はさせられない。シャニーを探そう」
二人は一刻も早くシャニーと合流しようと歩き回ってみるが、それはあまりに無謀な話。こんな広い都市の中で歩き回ってばったり遭遇することなど、サラセンの砂漠でアリを探すのと同じ。
「えっ、ちょっとあんたたち、集合場所とか決めてなかったのかい?」
「んなもん決められっかよ。ルアスなんか知らねーし」
「無計画だねえ……」
ルーチェが愕然としたことは言うまでもなかろう。
こんな事に時間を使っているわけには行かない。苛立ちばかりが募る。
「まったく、生きてるかどうかも分からないんじゃね」
両手を広げて時間の浪費を嘆くルーチェに、ゲイルはすかさず反論した。
「あいつがそう簡単にやられるわけない!」
「どうかな。この街は選りすぐりの騎士達が賊に目を光らせてる。いくら暗殺術に長けていても、騎士には敵わないさ」
何も知らない自分達とは違い、色々と知っているルーチェが言うことには妙に説得力があった。
「そ、それでもあいつなら──」
「だいたいねえ、気まぐれなあいつが本当にルアスに来ているかも微妙だしね。大方逃げちゃったんじゃないの?」
その途端だった。ルーチェは首を反らして血の気が引いた。
ゲイルが彼女の首筋に剣を突きつけたのだ。その目は異様なほどの冷静で、きっとルーチェを見据えていた。
「これ以上、ダチを愚弄するなら、あんたでも容赦しない」
すぐさまサフィが剣を下ろさせたが、その目つきは変わらない。
冷や汗が垂れたルーチェは、ひとつ荒々しく息を吐きだすと魔力を持って宙に浮いた。
「なら何も言わないさ。私は一人で探すから、アンタたちは好きにしな」
言い終わらないうちに、ルーチェは姿を消してしまった。
何も分からない二人は、摩天楼の中に取り残された形となってしまい、互いに顔を見合わせて時が止まる。
「いってー!」
「もうッ、ルーチェさんにあんな態度とってどういうつもりなの、ゲイルは!」
止まった時間を動かしたのはサフィの拳骨だった。場所も選ばず始まるガミガミに、今回ばかりは言い返した。
「当たり前だろ? 俺たちの大切な仲間なんだ。逃げ出すようなヤツじゃねえ!」
「……そうね。だからこそ心配だわ……」
雑踏を掻き割って進み不安をなぎ払う。
とは言え、こんなやり方で見つかるわけはなく、時間ばかりが過ぎていく。一度休憩を入れることにした。
「何でこう、みんな楽しそうなんだ?」
「悪意をもった気配なんてどこにも感じないわね」
「どうなってやがる。メルトのヤツ……何を企んでいるんだ」
もうとっくにメルトは到着しているはずだ。
だが、メルトの強大な気はおろか、エズダーシアの連中が持つ特有の殺気すらも、この街からは感じない。
シャニーは見つからないし、敵の尻尾も掴めないまま。時間ばかりが過ぎて、この間も着々とメルトは仕込んでいる。焦りで頭がザワザワ落ち着かない。
──そんな顔してるなんて、らしくないよ!
ダチのからかい混じりの声が聞こえた。
その声を求めて後ろを振り向くも、そこにあるのは雑踏だけ。それでも、救われた気がした。
(ただの思い過ごしか……。いや、奴は必ず来る)
ゲイルは拳を固く握り締めた。
メルトは確かに言い放ったのだ。神の力を手に入れたら、ルアスの騎士団など即葬ってやる、と。
彼は今まで嘘をついたことはない。やると言ったら、必ず動いてくる。
オルタナティブプロジェクト以降はともかく、β時代に町の間を徒歩で踏破なんて出来なかったなぁ。
だって、奥の方にはエグいヤツらがいて、か弱い聖職者じゃすぐやられちゃいそうだったし。
どこでも飛んでいけるウィザゲは憧れでした。