Asgard~黒翼と希望のミストルティン~   作:宵星アキ

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アンタだぞ、覚悟を迫り、オレに生きる意味を説いたのは。
なのに、何故だ、何でなんだ?
オレはまだ見つけていない。生きる覚悟も、対立する者も、何も。
なのに、アンタは……。

※今回はヴァンの一人称で進めます


信じたオレが、バカだったのか?

 フン、この程度で悲鳴をあげるとはな。やっぱり、騎士なんてしょせん鎧の中身は空っぽかよ。

 あの日、オレはルアス城の騎士団訓練場に初めて足を踏み入れた。

 どいつもこいつも……威張ってるだけかよ! ──また一人、剣技で吹き飛ばしてやると背後から羽交締めにされた。

 

「おい! もう実技試験は終了だ!」

 

 ウザイ……剣技を見せろと言ったのはキミたちだろ。まだ何も見せていないぞ、ただ振り回しているだけだ。

 

「こ、こいつ、騎士団破りかよ?!」

 

 悲鳴をあげている奴もいる。そう思うなら得物を構えればいいものを。

 本当に、こいつらが街の平和と秩序を守ってるのかよ? ねえキミ、教えてくれよ。

 

「や、やめろ!」

 

 重厚な鎧を着込んで、やっているのは逃げ惑うだけか。壁際に追いやり剣を振り上げる。

 

「キミらに見せる剣技なんて無いね。逃げてばかりの小動物は……──食い潰してあげるよッ!」

 

 振り下ろした途端、剣は横槍に弾き飛ばされた。

 

「フッ……ようやくかな?」

 

 横目でその槍の根元を見上げていくと、予想通りかつてスラムで見た詩人──オレを裏切った騎士の頂点の顔があった。

 

「よう。活きのいい入団希望者がいるからと聞いて来てみれば。まさか、お前だったとはな」

 

 剣を退いて、オレはしっかりと構えなおした。

 構える先は、もちろんアイツ(団長)だ。ようやく、ようやくあの時の悔しさを晴らすことができる。オレはこの為にここに来た。

 アイツはしばらくオレを見下ろした後、ゆっくりと槍を構えた。

 

「いいだろう。俺が与える試練では、お前の生きる覚悟を量る。かかってこい」

 

 こんな感覚、かつてない。これは興奮? 恐怖? いや──オレの視界に映ったのは、蒼炎の立ち上るアイツの槍だった。

 

 オレが目を覚ましたのは騎士団の詰所だった。

 またしても、一撃与えることさえもできないまま終わったんだ。

 

(また……オレが? なぜだ)

 

 ありったけのマナを使い切って戦った。

 それでも、オレのマナから生る紫電は、拮抗することもなく蒼炎に吸い込まれて吹き飛ばされた。あっという間に防戦一方になって、体が蒼炎に包まれても何もできなかった。あの旅は、身につけた技術は、すべて無駄だったのか? 

 

 スラムから姿を消したオレは、世界中を旅して回った。

 西で強いモンスターがいると聞けばそれを根絶やしにし、腕に自信を持つ者が東にいると聞けば、命乞いをされるまで完膚なきにまで打ち負かした。

 あちこちを食い潰したオレは各地で噂になった。姿を見た者は、たちまち明日を喰らい尽くされてしまう──赤い死神とかあだ名されてな。

 技術も体力も鍛えに鍛え、満を持してルアスへ戻ってきたオレが、まず向かったのはスラムギャングのアジト。

 有無も言わさずギャングは皆殺し。何を勘違いしたのか知らんが、歓喜した顔見知りも切り伏せた。

 過去のしがらみと決別して向かった場所が騎士団の詰所だった。もうオレは食い潰したはずだ。弱さも、虚しさも、すべて斬り伏せて覚悟を決めた……はずなのに。

 

 今まで信じてきた自分自身の心のよりどころ。

 そして、それを源とするマナ。剣に滾らせたマナが──存在意義が、団長に容易く打ち破られてしまったんだ。

 

「よう、目が覚めたか。死神さんよ」

 

 コーヒーを持って現れた気さくな声は、オレが床から上半身を起こした途端寄ってきた。とても素直になんかなれずにオレは外を向いた。……スラムにいたころと何も変わってないな。

 団長は相変わらずお構いなしで、軽く笑みをこぼしてベッドのふちに腰掛けた。

 

「試験は合格、と言っておこう。生きる覚悟は見せてもらった。しかし、お前の信じるものは……あまりにも虚しい」

「つくづく気に入らないね。あんただよ。生かされるか、生きるかの選択を迫ったのは」

 

 世界を旅する中で、オレはさまざまな人間の悪癖を見てきた。

 癒着、裏切り、搾取、殺戮……。スラムでは日常の悪夢たち。

 騎士団長が吟唱詩人と称して伝えてきた外の世界は、光溢れる希望に満ちた世界のはずだった。

 何も、何も変わらない。何も。むしろ、スラムより酷い。

 

「確かに、俺はお前にそう言った。そして、お前は自らの足で生きる選択をした。だが……」

 

 団長はベッドを降りて窓際へと移動する。

 繁栄と平和を象徴する輝きに満ち溢れると専らの、ルアスの街並みを眺めながら、彼はため息混じりにこぼした。

 

「お前は、見なくてもいい悲しみを見すぎたようだ」

「……。人には闇ばかりが広がっていた。その闇を全て斬り伏せる選択をしただけだ」

 

 人は須らく悪であると見切りをつけた。

 陥れて生きる者も、陥れられて糸を引かれるかのごとく生かされる者も、全て。

 行き着く先には、何も残らなかった。オレが通った道には、闇も光もない〝無〟しか残らない。

 それでもいいと思った。新たな負の連鎖を生むよりかは。

 

「お前の選択を間違っているとは言わぬ。何が闇で、何が光かは主観に過ぎない。しかし、お前は生かされる人間に希望を与えるのではく、存在そのものを否定した。それが、何を意味しているか分かるか?」

 

 団長は街を眺めていた視線をすっとこっちに移す。

 視線同士が一直線となった。もう逃げない。団長は、選択が用意した更なる選択を迫っていたのだ。

 

「オレの考えは、昔から変わらない。弱い者に生きる資格などない」

 

 強い者のみが生き残り、生き残った者は潰した人間の数だけ修羅として更なる力を得る。自身の力のみで生きることで、人間の弱さが生み出す様々な苦しみから解放される。そうして淘汰されていくのだ。

 

「お前はいずれ、お前と同じように見なくてもいい悲しみを見てきた者と対立するだろう。その時、お前はどうする?」

「聞くまでもないだろう? 潰すさ」

 

 対立する人間は、いかなる理由があろうとも食い潰す。

 信じるものは自身の力だけ。自身を裏切らない絶対唯一なもの。

 答えを聞くなり団長はため息をついた。

 

「まさに悪の主神──ミュレカンか。死を以って世をまとめる神だ。調和では、解決しえない事もある。対立し、相手を滅ぼすという手段は、創造以来の普遍とも言えよう」

 

 また始まった。正直ウザイ。敗北者が延々説教を聞かされるのは拷問でしかない。そんな洗脳じみた事自体が流儀に反する。

 

「対立した相手が、お前と同じ考えで生きているなら、それでも通用しよう。だが……」

 

 もういい。付き合ってられん。身を起こして剣を腰に挿す。

 とっくに試験は合格したんだ。ここに留まる理由など無い。

 

「どこへ行く、ヴァン。話は最後まで聞け」

 

 いつまでもぺこぺこと説教を聞くと思われるとは、ずいぶん舐められたものだよ──次の瞬間、凄まじい音ともに、オレは冷や汗が出て足がすくんだ。

 槍が石造りの壁に突き刺さっていたんだ。一瞥してみると、他の騎士ですら慄いて動きが止まっている。

 

「すでに騎士となったからには、貴様は俺の命令に従わねばならん。ここまで言わせるな」

 

 どうやら、団長が投擲用のショートランスを部屋の中で投げつけたらしい。……世の中、いろんな頭のおかしなやつを見てきたが、一番ネジがぶっ飛んでる気がしたよ。

 団長はゆっくりと歩いてきて、オレの肩を持ってぐいっと自分のほうへ振り向ける。

 その目つきは、先ほどの厳しいなかにも優しさの残るものじゃない。鷹のような鋭い眼光に威嚇されて、オレは初めて……死を覚悟した。この眼が襲ってきたら、今のオレでは勝てない。

 

「いいか、よく聞け。貴様と対立する人間がもし、死ではなく、希望を生かされる人間へ与える者であるなら、潰されるのは貴様のほうだ。何故だか分かるか? 希望を与えようとする者にとって、生かされる人間などいないのだ」

 

 ただ聞き入る形になってしまったオレは、一度視線を逸らして仕切りなおす。

 今までもそうやって弱者を守り、希望を与えようとする者はいたさ。全て潰してきたがな。

 死を目前にしてそれでも意志を貫いた人間がどれだけいただろう。

 要は、ただの偽善と言うことさ。

 

「キボウ? そんな目に見えないものなど、信じるに値しない」

「まぁ聞け。彼らにとって、そういった人間は護るべき存在だ。護るべき存在は、彼らに力を与える。生きる意味を与えるのだ。お前だけの力では、そうした力には勝てぬ」

 

 力だけが全てと生きてきたオレを、今団長が完全に否定しやがった。お前では勝てぬ、と。

 そんな事はない──言い返すのを読んだように被された。

 

「貴様は俺に指一本触れられなかった。俺には護るべきものがある。そう、国だ。騎士のトップとして、国を守る責務がある」

「気持ちの差だと? そんな見えないものをオレに信じろと?」

「見えているさ。むしろ、自身にしかハッキリとは見えないもの。俺とお前で決定的に違うのは、生きる覚悟が外と内、どちらに向いているかだ」

 

 何でだ? 同じようにスラムを出て騎士となったのに、どうしてこんなにも考えが違う? 

 異なる考えは、排除するのみ。今まではそれで通してきたが、どうにもできそうにない。

 何でだ、コイツの考えを真っ向から否定できないのは何でなんだ、オレ。

 だが……これはこれで面白い。ひとつ生きる意味ができた。

 

「オレは、あんたに復讐するためにここに入った。オレの人生を変えたあんたに。いつか、必ず倒してみせる」

「ハッ、楽しみだな。そういった考えは俺相手だけにしろ。憎しみでは……何も生まれん」

 

 未だかつて、自分より強く、自分より確固とした一本が通っている人間には遭った事がなかった。

 どれだけ肩肘を張って生きていても、どこかでアイツを求め、旅先でもふと思い出した。あの強さ、あの堂々さを。

 心から勝てないと思ったのは、この人が最初で最後。スラムで初めて会ったときから、結局その気持ちだけは変えられなかった。

 それを裏付けるように、オレはルアスに戻って大嫌いだと罵った騎士になった。

 

「ふん、しばらくは大人しくするさ。あんたのこと、興味がある」

「そうか。では、それまでは付き合ってやろう。お前は早く、護るものを見つけることだ」

 

 団長はオレの肩をぽんぽんと叩いて、叙任を与えるべく団長室へと誘った。

 肩に置かれた手が妙に温かったのを覚えている。オレにとって今まで経験をしたことのない、くすぐったいような、だけど嫌いになれない温もりだった。

 部屋で席に着いた団長は、さっそく質のいい紙にすらすらと達筆を走らせる。

 

「おい、ヴァン、座右の銘を言え」

「対立と淘汰。それが全てだ」

 

 早業のうちに一枚の叙任状を書き上げた団長が手招きした。

 

「よし、そこで気をつけ!」

 

 本意ではないが、言われたとおり団長の許まで行って姿勢を正す。……人の指示を聞いたのなんて初めてかもな。

 

──叙任状

 

 ルアス王国王宮騎士団長の名の下に、戦士ヴァンを今、ルアス王国王宮騎士団所属の騎士として叙任を与える。

 騎士ヴァンは、『対立と淘汰』を座右の銘とし、アスク帝国繁栄の為に生ある限り努めることを

 今ここに宣誓する者であることを証明する。

 

 ルアス王国 王宮騎士団団長 メルト=ヴァーミリオン

 

 静かに、そして力強く読み上げられた騎士宣誓。あれがオレの大きな選択のひとつだった。

 これからは、師と共に騎士として歩んでいく──そう決めた。オレの意思で、オレの覚悟で。

 もはや不良少年でも、死神の異名を取った狂戦士でもない。

 今までの自分と決別するために。自らが見つけた生きる意味を成すために。

 

「あんたの名前、初めて知った」

 

 スラム街ではそれなりに長いと思っていた付き合いも、実際はほんの数週間の中の出会いと別れ。それこそ、相手の名前を確認することすらしていなかったほどの。

 惹き合う者同士というのは、日数など関係ないんだろうな。オレらが再び出会ったこと。それが全てを物語っていた。

 

「俺の名はメルト。これからは部下としてビシバシ鍛えるからな。覚悟しろよ、ヴァン」




個人的なルアスと言えば!の一つに、〝封鎖〟があります。
当時は町とルアス城を繋ぐポータルがあり、
そこを複数人で立ちんぼして塞いでしまうという、
都会ならではの(?)事件がちょくちょくありました。
当時はウゼーと思ったりもしましたが、今振り返るといい思い出です。
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