こんな悪趣味な奴に監禁されるなんて、悪夢でしかないよ。
だけど、──コイツッ、本当の悪魔か!?
そんなことはさせない!あたしを信じてくれた人達のために!!
宿屋に運び込まれてから3日が経った。
もうすっかり体調の良くなったシャニーは、手先を見て憂いていた。
3日前は1個しかなかった魔封じの呪環が、10個になって彼女の手を不気味に支配している。
窓辺では相変わらず、ヴァンが監視するかのごとく腕組みをして下を向いていた。
(はやくゲイルやサフィさんと合流しないと……)
3日前からどんどん膨らむ焦りで居ても立ってもいられない。
もしかしたら、もうみんなもルアスに到着しているかもしれないほど日は経っている。
こんなところでいつまでも、ヴァンの趣味に付き合ってなどいられない。ただでさえメルトが襲撃してくるのは間違いない状況で。
ここまで厳重にマナを封じられては風の力を操ることも、幻術も使えない。
でも、もう体は完全に癒えているのだ。
あのテーブルの上に置かれているダガーさえ取り返せれば、体術と暗殺剣でなんとかなるかもしれない。
チャンスは一度きり。ヴァンの隙をうかがいながら猫のように体をかがめて神経を研ぎ澄まし、ベッドから電光石火に飛び出した。
「よしッ」
さっとベルトをテーブルから取りあげ、腰にしっかりと装備した。
腰の両端から短剣を抜き出すと、壁をクッションにジャンプしヴァンに襲い掛かる。
こんな狭い部屋で槍を振り回すなんて出来っこないに決まっている。圧倒的に短剣が有利だ。
「うっ?! ぐぐぐ……」
だが、勢いよく飛び出したシャニーの体は蜘蛛の巣にかかったように急ブレーキがかかってぴたっと止まった。
(なっ、なんなの?! 体の中が……──裂けそうッ)
体の内からこみ上げる激痛に冷や汗を流しながら、なんとかヴァンをめった刺しにしてやろうと歯を食いしばる。
視線の先には、不敵な笑みを浮かべながら見つめてくるヴァンの姿。
そのうち、力が入らなくなった手からは短剣が滑り落ち、間をおかず彼女も倒れこんで悶絶の表情が彫りこまれた。
(体はもう治っているはずなのにっ。何なの……この重苦しさは)
「それは前の指輪より少々強力でね。指輪に込めたオレのマナと、キミの体を流れるマナ。2つのマナの属性が異なっていたら、指輪がキミのマナの流れを止めてしまうんだよ。どうやらその様子だと、違ったようだね」
マナの流れを止めてしまうのは、言うなれば水の流れるホースを足で踏みつけるようなものだ。
体を流れるマナが強力であればあるほどに、流れを強制的に止められた時の体への反動も跳ね上がる。
その様子を、ヴァンはじっと手を出すわけでもなく眺めている。
「……人が苦しんでいるのを眺めるなんて悪趣味なヤツ……」
「キミが師が言っていた人間なのか」
「……は?」
「〝見なくていい悲しみを見てきた者〟なのか?」
「??」
「そこまで悶絶するとはね。まるでオレを拒絶しているみたいな」
会話というより独り言みたいで、いったい何を言っているのかまるで理解が追いつかない。拒絶するに決まっているじゃないか。こんなことをしておいて。
「キミ、希望の守護者とか言っていたね」
「そ、そうさ……。シャスの……トパーズを守護する使命を……。だからっ、あんたなんかにぃ……っ」
体に力を込めて、無理矢理にでも呪縛を振り解こうとしてみる。
もちろん、それで解けたらとっくにここに居ないのは分かっているのだが。
「ふ、希望なんて、オレが食い尽くしてやるよ。そんな、不確実どころの話でないものに頼らないと生きていけない奴など、オレがこの手で消してやるさ」
本物の悪魔か……なぜかふいに、シャニーの頭にたくさんの顔が走った。ルケシオンの家族たち、ミルレスの子供たちに、ルアスの不良……みんな、みんな消される──
「そんなこと……許さない! 希望があるから……辛くたって、悲しくたって頑張れるんだ」
「ん?」
「あたしはみんなから生きる希望をもらった。だから……今度はあたしがっ。奪おうとする奴は……許さない!!!」
ヴァンが不敵な笑みをこぼしている。視線を追ってみてシャニーは目を見開いた。自分の両手が光っているではないか。
「対立は、人間を更なる高みへと近づける……なるほど? 研究所の遺物に記された言葉通りかな?」
ヴァンがよく分からないことを言っているが、今は邪魔されたくない。こんな感覚は初めてだ。なにか、どんどん体の奥から気が高まり溢れてくる。
「自分の……気の流れが分かる……!」
「ようやく、
初めて掴んだ感覚。それを大事にするように気を集中していく。
聞こえる。流れるマナの波動が、何を求めて流れているのか。
分かる。自分の生きる意味が。そのマナで何を護りたいのか。
指輪が封じている手先へ、ありったけのマナを叩きつける。
「あんたには絶対に負けない! 信じてくれた人達の為に! あたしが大好きな人達の為に!!」
蛹を突き破る蝶のように、マナは手先だけでは足らずに体全体からにじみ出るように光を放ち、猛烈な勢いで指先へと流れ、指輪にぶつかって流れを止める。
「うがあああっ」
身体中が引き裂かれるような痛みに抗い続ける 。立ち上がって叫ばずにはいられない。
どんどん指輪を浸食しはじめた光が、瞬く間にそれを覆いつくして結界を食い破り、指輪は次々と音を立てて弾け飛んでいく。
呪縛から開放されたシャニーは膝を突いた。汗を顎から垂れてくるが、肩で息をしないと間に合わなくて拭う余裕もない。何より──ヴァンを睨みあげる。
相変わらずの不敵な笑みが、頭上からずっと降り注いでいる。
「はぁ……はぁ……。ホント……悪趣味……サイアク……」
呪縛から開放されたのも束の間、やはり体が思うように動かないことにシャニーは気付いた。
どうやら体中のマナを開放しきってしまい、マナ不足に陥ってしまったみたいだ。
「いいね、そのマナ。やっと使い方を覚えたようだね」
「何? ヴァン、まさかそのためにわざと……」
「言っただろ? あんな状態で勝っても意味が無いってね。やっぱり、キミはオレが潰すべき相手らしい」
力の使い方を教えてくれたとはいえ、どうにも素直には喜べない。
むしろ屈辱だった。こんな屈折した人間にものを教えられるなんて。
彼が親切で教えたわけでないのは分かり切っている。ただ、自分を更なる高みへ誘う相手が欲しかったに過ぎない。
「しかし……やっぱり気に入らないね。オレがキミに勝てないだって?」
「は? だから……何なのよ、さっきから」
まただ。さっきからヴァンは突然何を言い出すのだろう。シャニーは困惑するばかりだった。
そんなことはどうでもいい事だ。なんとかしてマナを回復させ、ここから脱出を図らないと。
「オレのやることは明快だ。死を与える。そう、そいつを殺せばいい。だが、希望を与えるとは具体的になんだ。具体的に何をすることなのか、キミは分かっているのかい?」
「それは……。共に生きるってことさ!」
「共に生きる? そんな具体性を持たないキミに、オレが潰される? 気に入らないね。キミは潰し甲斐がある」
気に入らないのはシャニーも同じ。自分や仲間が偽善だと言って蔑まれたのだ。
そんな気持ちをかわすように、ヴァンは懐から1個の指輪を取り出すと、ぽんとシャニーへ投げつけた。
どこかで見た覚えのある指輪だった。何とか思い出そうとするが、どうも記憶が転々としている。
「そのゲイルリングをあげるよ。オレと対決するときに使うんだ。使いどころは選べよ。キミだときっと2,3回使えば壊れてしまう」
渡された空色の指輪をじっと眺めてみる。
使えと言われても、一体どうやって使えばいいかなんて分からない。
とは言え、これ以上彼のテリトリーの中で玩ばれるのはごめんだ。
指輪をはめてすぐにマナを搾り出してみる。ダメだった。すっかり底をついていて試すどころではないようだ。
「シャニー! おーい!」
その時だった。閉ざされた世界を突き破るように、外から聞きなれた声が飛び込んできたではないか。
自分の名を呼ぶ声にぱっと笑顔が戻ったシャニーは、体の重さも忘れて窓辺に飛び出した。
「……ッ、ぁ──」
そこにはいた。自分の帰る場所が。
「うおーい、シャニー! どこだぁ!」
すぐに分かった。道のど真ん中で大声で騒ぐゲイルの姿が。
田舎者丸出しで、好奇と侮蔑の視線を送りながら去っていく通行人たちなど、彼はお構いなしだ。
仲間が迎えに来てくれたのだ。声を上げて存在を知らせようとした。
「──?!」
口元を突然にふさがれ、招かれざるマナが体を逆流した。
「へえ、あれがキミの仲間か。わくわくしてきたよ」
マズいことになった。まさかヴァンが興味を持ってしまうなんて。
彼は壁に立てかけてあった槍を手に取り部屋から出て行こうとしている。絶対にゲイル達を襲う気だ。
何とかしないと……動けなかった。
逆属性のマナが完全に弱った彼女のマナの流れを引き裂いて、体中を駆けずり回って痺れを起こさせていた。
(ゲイル……お願い、逃げて……!)
つかつかと歩いていくヴァンを、彼女は這って追いかけるしかできなかった。
最後の方でこそルケシオンが盗賊の故郷として設定されていましたが、
ベータの頃はルアスがリターンポイントだったんですよね。
その頃に本編の二人が邂逅していたら、ヴァンがリタポで待ち伏せて飛ばす迷惑プレイヤーになってたかもですなー。