国が危機にさらされているのに、何故騎士たちはこんな所に居るのだろうか。
それどころか、彼らはシャニーを見つけた途端目の色を変えて罵りはじめ、ついに彼女は覚悟を叫ぶのだった
約束どおり、ゲイルはサフィと一緒に宿屋で待っていた。
自分のことを信じて待っていてくれたと思うと、重い帰路でもシャニーは足取りも軽くなった気がした。
「ゲイル! サフィさん!」
「あ! おかえり!」
「えへへ、ただいま!」
「このやろう。心配させやがって!」
ゲイルはシャニーを引き込んで羽交い絞めにすると、頬をぷにぷにと摘む。
彼女の顔に久しぶりに人懐っこい笑顔がこぼれ、ゲイルは更にちょっかいをかけてじゃれ合う。
そうしていられたのはわずかな時間で、幻術が解けてもう一人の姿が見えるようになると、ゲイルもサフィも顔が固まった。ヴァンは無表情のまま、シャニーとゲイルを不思議そうに見ている。
「大丈夫。今は……休戦中。それより大変なんだ! 城にエズダーシアが!」
「な、なんだって!? バカ、それを早く言え!」
「バカって何よ! ゲイルに言われたくないもん!」
「なんだとお?」
ヴァンが黙って眺めている中で、二人は頬の摘みあいを始めようとする。
背後からの視線にはっとしても遅い。首根っこを鷲掴みされた二人は、サフィの前で整列させられた。
「騎士たちはどうしたの? この街には騎士団があるんでしょ?」
「宰相が降伏したおかげで、連中は街中に退避してしまったさ」
シャニーのほうを向いて質問を投げかけたサフィに答えたのは、その背後にいた人物だった。
「それにしちゃ、街がいつも通りすぎるんだが」
いつもどおりの繁栄を主張し続けている街並みにゲイルが首を傾げる。誰も国の危機に気づいていないというのか。
「じゃあ今城には誰も護りが無いって事じゃない。ゲイル、城へ急ぎましょう!」
「いや……。そこより先に行くところがある」
一刻も早く止めなければ国王が危ないはずなのに、思わぬ提案をするヴァンをゲイルは真っ直ぐ見下ろした。
「今は休戦中なんだよな。なら教えてくれ。騎士達はどこにいるんだ。分かるだろ?」
「恐らく西外れの民家にいるはずだ。あそこは民家の登録になっているが、騎士団の隠し砦なのさ」
「連れてってくれ」
西と聞くや否や、場所も聞く前に歩き出すゲイルとシャニー。ヴァンはその二人をきっと見据えていた。
求める相手と、帰る場所。それを確かめ、証明するかのように二人は並んで歩いている。もう離れたくないと言わんばかりに。
出会ってからの時間など関係ない。自分だってそうだった。
師匠とスラムで一緒にいた時間は極僅かだった。だが、それでも今までずっと師の背を捜している。
後を追おうとしたヴァンの横へサフィが並んで歩き出した。
「ゲイルは貴方の事をとりあえずは許しているみたいだけど……私は、二人にした仕打ちを許さない」
暫くの睨み合いの後、ヴァンはふっと目線を逸らして歩き始める。
許されたいとも思わない──彼の背がサフィにそう主張していた。
◆◆
町外れの民家。ヴァンに案内されて中に入るものの、中は狭く誰もいない。
「誰もいないみたいだけど?」
サフィはクローゼットなどを見渡してみるが何もない。もぬけの殻だ。
確かに人の訪れた後はあり、埃が拭い去られているのだが……。
「ここだよ」
ヴァンは寝台の横にある燭台に手をかけると、それを軽くひねる。すると、それに呼応するように本棚が──隠し扉だ。
一行は階段を降り、暗い地下通路を進んだ先にあった扉を押し開けた。
「ヴァン! お前、無事だったのか!」
そこには敗残兵とも言うべき騎士たちが、疲れきった表情を浮かべていた。
問題児とは言えど、騎士団の一員には変わらない。彼らはその無事をひとまず歓迎する。
「なあ、あんたら騎士だろ? 何でこんなところに隠れてるんだよ?」
ゲイルの声に騎士達は肩を跳ね上げた。何せこの隠れ家に一般人を連れ込んでいるのだ。知られてはまずいこともある。
追い出そうとする騎士へ槍を向け、ヴァンがそれを止めた。
「先の戦いで、オレについて城を守ろうとしてくれた。頼んだわけじゃないが、借りがある」
「……そうか、好ましくは無いが、やむをえない。ヴァンに代わって礼を言おう。我らは逃げてきたわけではない。上官の命令でここに待機しているのだ」
「待機?! 国王が危ないって時になんでそんな命令に従っているんだ!」
騎士の世界は絶対の上下関係の元に成り立っている。
上官の命令が自分の意志となり、それが国王への忠誠を示すもの。そう皆は代々教えられてきた。
ゲイルには意味が分からなかった。例え上官がなんと言おうと、国の危機なのだ。護り手がこんなところで待機など、ありえない。
「今からでも遅くない! 行こうぜ! ルアス城に!」
「……ダメだ。我らの上官、ピルゲン宰相の命は絶対なのだ。逆らえば、それは国王に逆らったも同じ」
ピルゲンは文官である。話し合いで解決を図ろうと試みているに違いない。
だが、エズダーシアは軍事組織。言いなりにならなければ即に手が出る集団だ。
無血で解決するには……降伏以外にありえない。それは分かるが、根本の部分がヴァンには気に入らなかった。
「キミ達、あいつのことを本当に上官だと思っているのかい?」
「そうは言うがな、今はピルゲン宰相が統帥権を握っているのは知ってるだろ。我らで勝手な行動はできん。それに……団長がまさか……」
「……ッ。師匠がどうした!」
団長の名が出た途端、ヴァンの目つきが変わった。その騎士ににじり寄って先を吐かせようとする。
だが、皆下を向いてしまって誰も答えようとしない。苛立ちが募る。
「まさか……メルト団長が……敵の……敵の首謀者だなんて……」
ようやく騎士が重い口を開いた。
ガランと、持っていた槍を落として体を震わせるヴァン。
自分をおいて突然にいなくなってしまった師匠が、敵となって戻ってきた。これは……完全な裏切りだ。
「なんだって?! メルトがルアス騎士団の団長?!」
「ああ、そうだ。騎士の中の騎士と言うのは、あの方のためにある言葉だった」
同じぐらい仰天したのはゲイルだ。
あんな破壊の限りを尽くしていた極悪非道な人間が、アスク帝国の元最高幹部だったなんて、とてもじゃないが信じられるわけが無い。
夢であって欲しい──そんな顔をする騎士たちを見ると、信じないわけにも行かない。
一人だけ、ようやく疑問が解決した人物がいた。
「そうか……。だから王宮にメルトの肖像が飾ってあったんだね」
「なっ! 貴様はデムピアス海賊の姫だな! おのれ、よくまぁしゃあしゃあと我らの前に!」
ゲイルの後ろに隠れて見えていなかったのか。
今頃になってシャニーの姿を見つけて騎士たちは槍を構えて顔を真っ赤にしている。
「そうか……お前か! 団長に吹き込んだのは! あの黒ずくめの連中もお前の部下だろう!」
いきなりの展開で固まる仲間のなかで、シャニーは心に槍を捩じ込まれて金切り声を上げた。
「ふざけないで! ふざけないでよ……。何で、何であんな奴らと一緒にされなきゃいけないのよ!」
悔しさが目からあふれ出る。飛び掛ろうとするシャニーをゲイルがしっかり抑えこんだ。
シャニーは自分を掴むゲイルの腕が震えているのが分かると、びっくりしてすぐに突撃をやめた。そのまま後ろへ引っ張られ、肩に腕を回されて抱き込まれた。
「俺たちは、エズダーシアと敵対している。俺の仲間を侮辱するな。──謝れッ」
「……先のテロも同組織の仕業らしい。デムピアス海賊は今やこいつ一人。さっき城でオレに助太刀したのはこいつだ」
ゲイルをヴァンがフォローし、それが効いたようだ。ばつが悪くなり、渋々頭を下げる騎士たち。彼らもルケシオンの海賊には腹が煮えくり返っているようだが、身内から言われてはそれ以上を堪えているようだった。
「なぁ、国王を助けに行こうぜ! 命令を護ることと、君主を護ること、どっちがあんたたちにとって大事なんだ! 今動かなきゃ、いつその槍を使うんだよ?!」
痛いところを突かれた──ゲイルの怒声に騎士たちは唇を噛んでいる。
上官の命令だからと何とか理由をつけて正当化しているだけ……彼らも分かっているに違いなかった。
「しかし……この戦力であの戦力に勝つのは不可能だ。どうすれば……」
「何言ってやがる! あんたら国を守るって宣誓したんじゃないのかよ? やる前から諦めるなよ!」
「そうだよ! 不可能なんて、全部をダメにする呪いの言葉! まやかしなんだ!」
ゲイルとシャニーの説得に騎士たちは黙り込んでしまった。
どのくらいそんな沈黙が続いただろう。それでも彼らは未だに踏ん切りがつかずにいる。
長い間上席者不在であったことにより、彼らは決定力を失っていた。
「私からもお願いします。私はサラセンのギルドの総元締、フォンの孫娘です。サラセンはエズダーシアと対決することで一致しています。どうか、ルアスもその軍門に下らないでください!」
騎士たちは騒然とした。
フォンはギルド元締でルアスにも顔の利く人物だ。もちろん騎士たちも知っている。
「あのフォン殿が?! 対立するといって動いていたというのか? ……我々も、決断しなければならないな」
騎士たちの腕組みはますます固くなる。
国は守りたい。だが、敵はエズダーシアの戦闘員だけでなく、元上官であり敬慕してきたメルトなのだ。敵と割り切って戦えるだろうか。
その様子に一番最初に見切りをつけたのはヴァンだった。
「……少しでも信じたオレが、バカだった」
槍を拾った彼は目を剣のように尖らせて真っ直ぐに部屋を出て行った。
サフィはすぐに彼を追い、サフィを追ってシャニーも出て行こうとした──そのときだった。
「おい、シャニー殿」
騎士の一人が彼女を呼び止めた。さっきエズダーシアの一味と罵った騎士だ。
彼は部下を引き連れてシャニーに近寄り、剣をテーブルに置いた。
「なぜ、ルアスの為に剣を振るった? お前にとってルアスは敵だろう」
出ても不思議ではない問いかけだ。長年、アスク帝国とルケシオンは対立し続けてきた。
海賊を討伐し、支配下に置こうと幾度となく遠征してきては衝突を繰り返してきたはずなのに、同じ向きに武器を掲げたとなれば怪しむのも理解はできる。……同時に、まったく事態を理解できていないと言うことでもある。
その質問に彼女は眦を吊り上げた。
「……確かに、ルケシオンだけを考えればそうかもしれない。ルアスなんか放っておいて、復讐しにルケシオンに戻ってみんなの仇を討ちたい。けど……」
おもむろに腰の帯剣用のベルトを外して見せる。
この短剣で、フェンネルに一矢報いたい。その気持ちを忘れた日はない。
彼女は一度下を向くと、きっと騎士たちを睨みつけた。
「それで済むほど簡単な話じゃないんだっ」
騎士の置いた剣の上に、自身の短剣を叩き付けた。
かつて自分たちを討伐しようとしたからといって、背を向けていられる状況ではないのだ。
息を呑む騎士たちを後目に、彼女はゲイルの元へ移動して様子をうかがう。
「あたしはシャスの、希望の守護者。その使命を果たさなきゃいけない。だからここにいるんだ。ゲイルと一緒に。海賊団の……ルケシオンのことは、事が片付いたら決着をつけよう。海賊団の長として、覚悟は出来ているよ」
シャニーはゲイルの顔を見上げ、静かに頷いたゲイルは彼女の前に腕を出すと一歩前に出た。
「上官の命令がなんだ! 国王を裏切るつもりなのか? 君主を裏切る事が、騎士としての誇りなのかよ?!」
いつの間にか、ゲイルは騎士らに詰め寄っていた。
その様子を、後ろからシャニーは固唾を呑んで見守る。
いつもいたずらを仕掛けあうバカなゲイルはそこにはいない。腹から出る素直な気持ちをぶつけ合うことができる、自分を闇から引き上げてくれたゲイルがそこにはいた。
「頼む。これはマイソシアの危機なんだ。ここで諦めたら、ルアスが諦めたら、マイソシア中が諦めてしまう! 国王を守る事が使命だろ! 俺たちは行く。エズダーシアに……メルトに好き勝手はさせてたまるかよ!」
「……分かっている。我々も肚を括ろう」
騎士は絡みつく鎖を払うように腕組みを解く。
上官の命令は絶対だ。しかし、誓いを交わしたのは君主。そして、かつて慕った上官の姿はもうない。
──ただ命令に従うだけが貴様の誇りか! 命令の裏にある真意を汲み取ってこそ、真の忠誠! 上辺だけの忠誠など、俺は必要としていない!
もし、かつての上官がいたら、そう言って今頃殴られていただろう。
「不本意な命令で忠誠を示すより、君主の為に戦うことが騎士の生き方だ」
彼はテーブルに置いた自らの騎士剣を持つと、その上に置いてあるベルトを左手に取った。
剣を逆さにかざて十字を作り、帯剣ベルトをゲイルに手渡した。
「助太刀、感謝する。我らも今から突撃する」
ゲイルは帯剣ベルトを受け取り、シャニーへ渡す。
彼女はそれを手に取り頷いた。ありがとう──その言葉がゲイルに伝わる。
「この隠れ家は、王室と繋がっている。お前達も一緒に来るといい」
迷うことはない。サフィもきっと、ヴァンと共に駆けつけると信じて、二人は騎士たちと共に地下通路を進んでいった。