相手はとんでもねえデタラメだが、ここで引き下がれるわけがねえだろうが!!
絶対に俺が守ってやるッ、だからそんな顔するな、思い出せ!お前が護りたい大事な人たちを!
「待ってたんだよ、あんたが暗殺剣を仕掛ける瞬間をさ」
「な……に……?」
シャニーにとっては聞き慣れた、そしてゲイルにとっても聴いたことのある女性の声がどこからともなく聞こえる。
その正体は、すぐに転移魔法でシャニーの横に姿を現し、それが視界に映った途端、彼女は時を止められたように目を見開いて固まった。
「あんたが
「ル、ルーチェさん。なんで……?」
魔法障壁に激突してしまったようだ。いや、それだけではない。
体がぜんぜん動かない。障壁から飛び出している無数の火炎のとげで串刺しにされているではないか!
もう少し。もう少しと言うところだったのに。
状況を飲み込めず、信じられない苦悶の表情をルーチェに向ける。
「あんたは甘いんだよ、昔から。ま、フェンネルとかいう、いけ好かない奴になぶり殺されるよりはマシだろ?一発で片付けてやるよ」
言っている意味が分からない。おまけに、フェンネルの名前まで出た。
ルーチェの両手はシャニーの横腹にそっと添えられている。暗黒のマナを纏って。
「やめ……ぐあ!」
「黙ってな。あんたも見とくといいさ。この私を敵に回したらどうなるか」
気弾を放ってシャニーからルーチェを遠ざけようとしたゲイルだったが、その気弾は弾かれ、かわりに暗黒の光弾を受けて彼は地面に叩きつけられた。
恐ろしく純度が高く、練り上げられたマナだ。軽く指先から放った小さな光弾なのに。
邪魔者を排除し、ルーチェのあげる詠唱がどんどん高まる。
──フェイタル……
手先には禍々しい闇のマナが集まってくる。カレワラの魔女が得意とする暗黒魔道。
失われたとされる禁断の破壊魔法が、笑みを浮かべた彼女の詠唱によって、いま解放される。
「ベインッ!」
星の爆発でも起きたような凄まじい轟音があたりを引き裂き、重く禍々しい闇の力がシャニーを吹き飛ばす。
あっという間だった。はるか彼方まで轟いたその暗黒魔法は、壁に当たってそれでも破壊し足りずに、城を貫通していった。
いくら賢者といわれるほどの魔術師であっても、膨大なマナを消費し息があがる。
「……まったく、ゴキブリなみの生命力だこと」
もうもうと立ち上る砂煙が吹き飛んで、ルーチェはうっとうしそうな表情を隠さなかった。
直撃を受けたものの、シャニーは暗黒魔法を跳ね除けようとする自身のマナの反動を利用して軌道から外れていた。
とはいえ、なんの緩衝もなく城の壁に叩きつけられて無事であるはずはない。
限界まで目を開こうとしても精々半分までしか開かない。壁を支えに腰で立ち上がろうとするものの、結局力尽き、その場にへたれこんで動かなくなってしまった。
「どこのご麗人だか知らんが、助太刀感謝するぞ」
「そんなつもりでやってるわけじゃないよ。あんたも邪魔するなら消すよ」
メルトも歯牙にかけず、ルーチェは手先を
もう動けないだろうが、目的は消すこと。そう、微塵でも命を残すつもりはない。
あんな大魔法は必要ない。消えかかっているろうそくには、ふっとひと吹きさえかかればそれでいい。
ルーチェはメルトに牽制を入れつつ、闇の光弾をシャニーへ向けて撃ち放った。
「させるかああ!」
最後の火を吹き飛ばそうと風を裂く光弾に打ちつける双剣。
ゲイルが魔法を剣で弾き飛ばしにかかったのだ。
むろん、そんなことができるわけもなく、剣は弾き飛ばされてゲイルもボールみたいに吹っ飛ばされて城壁にぶつかった。
だが、痛がるそぶりも見せずに彼はシャニーのもとへ駆け寄る。
「大丈夫か!」
弱々しく顔をあげてゲイルを見つめる。頭から赤い筋が何本も走っていて、顔を真っ赤に染めて痛々しい。
「ゲイル……」
「しゃべるな。待ってろ」
彼はすぐに手当てを始めた。
裏切る者がいる中で、こうして護ってくれる者がいる。シャニーにとってはそれが辛かった。もう、護られてばかりではいけないとずっと思っていたのに。
ずっとゲイルに助けられっぱなし。無念でしかたない。
「ちっ。でも、二度はないよ?」
ルーチェが黙っているはずがない。
状況は何も変わらないのだ。今度はゲイルもろとも吹き飛ばしてやろうと少々強めにマナを練り上げた。
両手を頭上に掲げて漆黒の球体を作り上げる。
「──!貴様、よせ!そこまで必要あるまい!」
その球体を見たメルトが思わずルーチェに叫んだ。
うなりをあげる球体は、ダークパワーホールと呼ばれる破滅魔法の原始体だ。
見た目の小ささに侮ってはならない。
ひとたびそれが地に触れれば、小さな町一個くらいたやすく飲み込むほどの範囲を食い尽くし、後には灰すら残らない。
球体と共に、破壊と言う最高の悦への期待はどんどん膨らむばかりだ。
「な、なにするんだい!」
ルーチェを妨害にかかったのはメルトだった。
彼は折れた剣をルーチェに投げつけたのだ。ただ投げつけたのではない。彼のマナをまとわせて。
聖炎は闇を食い破り、ダークパワーホールを飲み込んでしまう。役目を終えた剣は、空中で砕け散った。
「力を持たぬ民へ手を出すつもりなら、容赦せん!」
「あんたも後で覚え──なっ?!」
チャンスを逃すかと、すぐに小さな光弾をシャニーへ向けて打とうとしたルーチェは、今度は後ろからの気弾で空中から突き落とされた。
後ろを見れば、拳闘士が諸手に青き気をまとってルーチェと対峙していた。
「お姉ちゃんかい。やれやれ、どいつもこいつも」
「ルーチェさん!なぜこんなことを!シャニーはあなたのことを!」
「カタギが口出す世界じゃないんだよ。あんなのを守ってなんの意味があるんだい」
サフィには今でも信じられない。親切だったあのルーチェが、仲間を殺そうとしているなんて。
だが、ルーチェの放った言葉がサフィに決意させた。彼女も敵なのだと。
「お姉ちゃん、まずはあんたから始末してやるよ」
「くぅ……ッ、これしき!!」
なんの躊躇いもない。数えきれないくらい氷の槍を放ってきた。修道士とて、魔法に対してはそこまで耐性はない。
被弾は覚悟だったが、まさかここまで大量の槍が降り注ぐとは。
「私の魔法を体で受けようってかい?!面白い!とんだマゾっ子だねえ!!」
降っても降っても、絵を描くように魔法の槍で空が埋め尽くされていく。気を高めて守りを固めようとしたサフィにも焦りが顔に表れていた。
「……あん?」
直後、もうもうとあがる土煙にルーチェは顔をしかめた。修道士のマナが衰えていない。
それどころか、その周りにはたくさんの殺意がとりまていた。
「ヴァン!」
指先から紫電がこぼれる。ヴァンがドラゴンスケイルとハボックショックで防護壁を作り、アイスランスを全て打ち落としていたのだ。
「何をぼさっとしている!」
魔法をマシンガンのごとく放つルーチェに対し、ヴァンはナイトユニークで防御を高めつつ、紫電を槍に込めてどんどん突っ込む。向かってくる魔法は叩き切った。
目にも留まらぬ早さでルーチェに近づくと、ヴァンは彼女をそのまま壁に叩きつけ、その指に何かを押し当てた。
「なっ!あんた!」
「サフィ!オレごとこいつを撃ちぬけ!」
マナ封じの指輪をかけられたルーチェは、何も出来ないままヴァンに押さえ込まれている。
「何を言っているのよ!そんなこと、できるわけ……」
「時が移る!こいつはルアスを亡きものにしようとした。早くしろ!こんなリングでは数分持たない!」
またとないチャンスだ。
破壊魔法は恐ろしい力だが、その反面当人の基礎体力など高が知れている。修道士の気弾など受けようものなら怪我ではすまない。
やむを得ず、サフィは両手を構えた。どんどんその手に青い光が集まってくる。
「ダメだよ。サフィさん……」
「しゃべるなって!ん?!」
シャニーの治療を進めるゲイルですら目を疑った。サフィがヴァンめがけてエネミーレイゾンを放とうと構えていたのだ。
限界まで高めた気を、叫びと共に一気に放出する。
青き閃光弾はヴァンへまっすぐ突っ走り、大きな衝撃波をまわりに轟かせ、爆音を上げた。
「ふっ……。気に入らないね……」
膝を突くヴァン。ナイトユニークで防御したとはいえ、マナの大半を呪縛にまわしたのではダメージが大きい。
彼に走り寄ったサフィのもとに、一枚の紙切れが落ちてきた。
「これは……」
「……瞬間移動スクロールだ。ヤツは被弾の寸前でそれを使って逃げた。喰らったのはオレだけと言うわけだ」
どうにもならない悔しさと腹立たしさに、ヴァンは拳を地面に叩きつけた。
目的のためなら手段を選ばない。それが許せなかった。
次遭ったときは……。彼は誓いを胸に立ち上がり、ゲイルたちを睨みつけた。裏切り者がいるその先を。
「親の背を見ずとも子は育つ……か」
ゲイルが背後からの気配に気付いたときには遅かった。
片翼の阿修羅がそのすぐ近くまで来ていたのだ。シャニーの前に立ってゲイルは眼光で鍔迫り合いを挑む。
「あたしのことはもういいから……」
「ふざけたことを言うな!お前は俺が守る!」
彼も万全とは言えない状況だ。ルーチェに一本剣を吹っ飛ばされ、魔法を被弾しているのだ。
それでも、相手がそれ以上のダメージを追っているのは、腕の流血を見ても間違いない。
まだこれなら戦える──そう考えていたのはゲイルだけだった。
「ふっ、かっこいいナイト気取りか?大丈夫だ、貴様ら二人とも一気に片付けてくれる」
「そんな状態で何ができる!」
ゲイルの咆哮を、メルトは笑って吹き飛ばした。これほどの重傷を負いながら、どこからこんな余裕が出てくるのか。
その答えを、他ならぬ彼自身が叫ぶ。
「忘れたか?フェンネルは知らんが、俺は正当な主神セオの守護者であり、神のリングを手にしている。つまり、神の権能を俺の肉体に具現化できる!希望の守護者よ、貴様は知っておろうな!ははははっ」
ゲイルを引っ張ろうとシャニーは開かない目を何とかこじ開けて体を起こす。
だが、それ以上続かない。どうしても体が痺れて言うことを聞いてくれないのだ。
「ゲイル、ダメ。……逃げてッ」
我が深淵より聳えし絶対の蒼炎よ──
神の指輪を使ってその権能を具現化する。それがどれだけ恐ろしいことか。今また、それが繰り返されようとしている。
マナを開放したメルトの周りを聖光が包み、その光がアクアマリンに吸い込まれていく。
その騎士道を以って、一切を護る高き鉄城と化せ──!!
「なにが……起きやがった?」
目の前に見えていた城の中庭が、何かに遮られて見えない。
ゲイルはきょろきょろしてメルトの姿をひたすら探す。分かることは、自分の後ろからシャニーの震えた声が聞こえることだけ。
「なっ……」
振り向いて彼女を見れば、その目線ははるか上。それを追って頭上を見上げた彼は絶句した。
黄金の龍。龍神と言うべきか龍人が正しいのか。
身の丈優に十メートルを超す巨体が、図太い腕で腕組みをしながらこちらを見下ろしている。
「どうした?これでもまだ戦うか?」
戦力差は歴然だ。喰おうと潰そうと燃やそうと、選択肢はいくらでもある。
「ハッ……前も見たし、もう驚かねえよ。とんでもねえデタラメだが──それでも退くわけにいかねえじゃねえかよ!」
覚悟とともに残った一本の剣を握りしめてゲイルは構える。
「ゲイル、ダメだよ。逃げて……」
「お前をここに残していけるか。お前は俺にとって大事な人間なんだ。前も言ったろ?替えの利かない唯一の価値があるって」
攻め込まれる前に、ゲイルから攻めに出る。
その親友を引きとめようと手を伸ばすが、シャニーのその手は空振りに終った。
万全でない体で神の化身に挑むなど、あまりに無謀な作戦だ。攻め込まれても相変わらず腕組みのメルトを見なくても、それは容易く判断できる。
「退かぬ〝勇〟も大事だが、状況に応じて退くこともまた〝勇〟だ。それが分からぬなら、二人で仲良く死ぬといい!」
「どわっ」
近づくことさえも叶わず、図太い腕で殴りつけられたゲイルはまるでピンポン玉のようにあっけなく吹っ飛び、壁に叩きつけられる。
頭から流血するゲイルを見ても、シャニーには何もしてやれずただ見ているだけしか出来ない。
悔しかった。フェンネルのときもそうだった。悪神と化したフェンネルを前に、何も出来ずにたじろぐばかりで。
あの時は、命がけでアベルが助けに来てくれた。今、また親友を犠牲にして生きながらえようとしている。
「つっ。泣くなよ。お前らしくない」
「何が……誰も犠牲にしたくない、よ。結局あたしは……誰かを犠牲にしなきゃ生きられない人間なんだ」
自分に対して腹が立って仕方なかった。
誓ったのだ。もう誰も犠牲にはしないと。そのために、できる事を精一杯しようと。犠牲にしてしまった人の分も。
うつむくシャニーを見たゲイルは、心を鬼にして彼女の頬を平手でぶった。
「自分が自分を信じられなかったら、誰が自分を貫くんだ!」
ぶたれた頬をさすりながらも、シャニーはゲイルの言葉にはっとしていた。
彼女自身も思い出していたのだ。騎士たちに自分が投げかけた言葉を。
「ははは。何をいまさらなことを。お前は海賊として散々奴隷をこき使ってきただろう。今頃になってキレイ事を抜かすとは片腹痛いわ!」
メルトはためらうこともなく、拳を二人に向けて繰り出した。
あまりにも弱弱しく、そして軟弱な覚悟。こんな連中に、世界のことなど任せては置けない。
ならば、いっそのこと潰してしまったほうが正解なのだ。中途半端な気持ちは混乱を招くだけだ。
「それは違うわ!」
蒼い焔を宿した鉄拳で裁きを下しかけた彼は、背後からのか弱い抵抗に拳を止めた。
そこには何発も気弾を撃ち込むサフィの姿。仲間を助けようと必死だ。
「私もゲイルと同じ気持ちよ。希望の守護者として、あなたは十分に使命を全うしているわ。嘘か本当か。それは私たちがこうしてあなたを仲間として守ろうとしていることが全てよ!」
「それで守っている気か!友情の守護者よ!!」
いい加減にうっとうしい気弾を跳ね除けるべく、メルトは尻尾を振り回した。巨体に見合ったその重量は、それだけで恐ろしい破壊力だ。
もちろんリーチも桁違い。盗賊でもない限り避けられるはずもない。
サフィを尻尾がたたきつけるその寸手、紫電の槍がその間に入って神の一振りを食い止めた。
「勝手に犠牲にしないで欲しいね。オレは、オレの流儀を貫き続けるだけだ。あんたが教えた通りなッ!!」
「ヴァン。俺にとって、お前がここにいるのは想定外だった。──いい意味でな!」
一度は受け止めた槍も、メルトの決別の咆哮でへし曲がって二人は大きく吹っ飛んだ。いくら人間がマナを上手く扱おうと、神の力の前では全くの無力だ。
「さぁ、もう後はお前たちだけだ。最後のチャンスをやろう。降伏するか、死を選ぶか」
「誰が降伏なんぞするかっての!諦められるかよ!護るべき者の顔を思い浮かべれば!そうだよな!」
剣を構えながら、ゲイルはシャニーのほうを振り向いた。
──思い出せ。お前が護るべく戦ってきた大事な人たちの笑顔を。
ゲイルの気迫が、彼女にそう伝えてきた。心に平手打ちを喰らい、目が覚めたように思い出す。
海賊団の人びと、よく遊んだ子供たち。そして、今目の前で自分を見つめる親友。
(あたしの使命は、──常に輝き導く星となること)
自分のために戦っているのではない。大事な人たちを護るには、選択肢はたったひとつ。
「その心意気は敵ながら褒めておくとしよう。ならば、──終わりだッ!!」
「させるかよ!うおおおおおおッッッ!!」