新たな道──阿修羅となることを。
短時間の襲撃にもかかわらず怪我人は多く、サラセンが自衛できるだけの戦力を回復するまで相当時間を要するまで追い詰められていた。
「今日はまことに助かった。何とお礼を言えばよいか」
その夜、フォンらと助っ人二人組みはフォンの自宅にいた。
フォンは二人を手厚くもてなしたが、どうも二人ともそんな気分ではないらしい。食事はまったく手がつけられる気配もない。
「礼には及ばぬ。あれは我らの宿敵。貴殿らに迷惑をかけ、こちらこそ申し訳ないと思っている」
メルトとやりあった緑髪の巨漢が静かに頭を下げる。
彼らの様子を隣の部屋からじっと見つめる男がいた。気を失ったままそのまま寝息を立てるサフィを起こさぬよう、ゲイルは静かに三人の話を聞いていた。
食事も抜きにして自分を部屋に押し込んで、一体どんな話をするのか気になって仕方なかったのだ。
「しかし……クレール殿、あなたの占いどおりになってしまいましたな。この先も見通せているのか?」
心配でたまらないと言った様子で身を乗り出したフォンは、クレールなる紳士に話しかける。
「いいえ。預言を司る精霊たちと交信を試みましたが、我々でも見通せないほどに、何者かの悪しきオーラが未来を包んでいます」
どうやらテーブルに広げた小道具を見る限り、クレールと名乗る男か女か分からない金髪の人は占い師か何からしい。
「それは……」
「間違いない。その悪しきオーラこそ、我らが宿敵。エズダーシアだ」
また出た。聞きなれない言葉、エズダーシア。戦場でもあの男は同じ名を発していた。
「なあ、おっさん。エズダーシアって何だよ」
突然の声に一度は驚いてそちらを見る。
それがゲイルだったからか、フォンは席を立ち上がって彼の前に立ちはだかった。
「こら、さっさと寝んか!」
「だって、気になるぜ。あんな強い奴らと互角に戦うなんてよ。おっさん達も何者なんだ?」
「ゲイル! お前ももう18だろう。少しは礼儀を知らんか!」
拳骨でいつもどおり沈められるゲイル。
その名前がフォンから叫ばれた時、それまで見向きもしなかった男が、二人のほうへ顔を向けた。
「お前はゲイルというのか?」
「ああ、おっさんは?」
「ゲイル。礼儀を知れと今行ったばかりだろうッ」
顔がどんどん赤くなっていくフォンをクレールがなんとかなだめる。
頭から湯気を上げたままだが、ようやく彼が席に戻った事を確認すると、強面の男がはっきりとした口調で話し出した。
「俺はアタドイルク。横にいるクレールと共に、我らが宿敵エズダーシアを止めるべくある組織に与している」
「じゃあ、エズダーシアってなんだよ」
アタドイルクは、しばらく腕を組んで黙って下を向いていた。
聞こえていないはずはないのに、無視しようというのか。堪えきれなくなったゲイルが踏み出そうとするのを読んでいたように、アタドイルクは顔を上げゲイルを睨むように見据えた。
「俺はこの世界の住人ではない。エズダーシアも同じだ。奴らは俺たちが住む世界でも対立している軍事組織だ」
「どうも妙な格好をしていると思ったら……。でも、なんでそんな奴らがサラセンに来るんだよ。それだけじゃない。あのメルトとかいうヤツは、別働隊が他を攻めているって」
まただんまりだ。かなり言葉を選んでいるようで、何かとてつもない事を隠しながら話を進めている気がしてならない。それを知りたいと思う気持ちが、自然と目に表れアタドイルクを睨む。
アタドイルクが避けるように横目で捉える先には、静かに金髪を揺らしてうなずくクレールがおり、アタドイルクは再びゲイルを見下ろすように語りはじめた。
「奴らは、この世界にある古代文明の力を求めているのだ。神にも匹敵する力を持っていたお前達の祖先が残した、強力な力を、な」
「古代文明の力?」
「……左様」
観念するように話だしたのはフォンだ。
「かつてわしらの祖先は、創造を可能にしていた。本来神のみが扱える代物じゃが、人間の愚行に憂いた神々は力を封印し、その記憶を7つの宝石の中に閉じ込めたのじゃ」
「な、なんだよそれ。んなもん、聞いた事ねえぞ?」
「この話は本来、代々の長老が守ってきた門外不出の秘密じゃからな」
「よく分かんねえが……それを、エズダーシアが狙っているということか?」
ついていけなくなりそうな頭を何とかフル回転させ、ぼさぼさと髪を弄りながら絞り出す。ろくなことを考えていないことくらいは想像がつくが、目的まではピンとこない。それを聞こうとした時、「そうだ」そう言ってアタドイルクが切り出した。
「奴らはその宝石を狙っている。エズダーシアの連中は、目的の為なら手段は選ばない。奴らを一刻も早く止めなければ、この世界そのものが消滅させられてしまう。そこで、だ」
自身が腰に刺していた剣をアタドイルクがテーブルの上に置き……──ゲイルは目の前の光景に眉をひそめた。いきなりフォンに向かってアタドイルクが頭を下げだしたではないか。
「我々に力を貸していただけないだろうか。ここは武の総本山。屈強な者達が揃っていると聞く。エズダーシアは危険だ。徹底的に潰さなければ、いつまでもこのようなことは続く」
「そりゃあいい! なあ師匠、あいつら今度来たらぶっ飛ばしてやろうぜ!」
あれだけ仲間が傷つけられて何もせずにいるなどむかっ腹が立つというもの。ゲイルはフォンが喜んで力を貸すだろうと思ったが、予想とは裏腹に、フォンはなかなか首を縦には振らなかった。
「わしらは相手を滅ぼす為に修行をしているわけではない。少し考えさせてくれ」
「なんでだよ! このままじゃ、サラセンだけじゃなくて他だって!」
「じゃがな、お前も経験しただろう。奴らの戦力を。今我々だけで対抗してもどうともならぬのじゃ」
「でもよう!!」
なかなか踏ん切りのつかないフォンの態度でイライラがすぐに膨らんでくる。
分からないでもない。別働隊もいるとメルトは口にしていたし、相手の戦力は計り知れない。メルト一人でもあの凄まじさなのに、束でかかれば勝てるというような簡単な話でないのはゲイルにも察していた。
それでも退けない理由……それは修道士たるものただ一つ。
「俺はもう嫌なんだ! 何も出来ずに黙ってみているっていうのは! もっと強くなってみんなを守れるようになりたいんだ」
メルトから受けた屈辱は、決して忘れる事はできない。
自分より強い者がいる。それはどこまで行ってもなくならないこと。だが、それでも受け入れられなかった。皆を守りたい。それが今、親友一人守りきれていないのだ。
「だからといって組織の力に頼るなど、修道士としての自覚があるのか!」
「今までは師匠の教えが一番だと思ってきた。でも、今は言える。俺は間違った事は言っていない! ここで立ち上がらなかったら、それこそ修道士の名が廃る!」
「お前という奴は……。勝手にしろ! アタドイルク殿、先ほどの話は一晩考えさせてくだされ」
フォンは顔を真っ赤にさせて、部屋から出て行った。
このような叱られた方をした事がなかったため、少し後悔をしたが今はそれどころではない。
ゲイルは相変わらず腕組みをして下を向いているアタドイルクの前に立った。
「なぁ、どうすればいいんだ? 俺、あんたたちと一緒にあいつらを潰したい。これ以上仲間に手出しさせたくないんだ!」
聞こえているはずだ。ハッキリと腹からの声で意志は伝えた。しばらく腕組みをしたまま何も返してこなかったアタドイルクが、ふいに前髪の間から見据えてきた眼光は斬り上げるよう。
「……本当にその気があるのか?」
「もちろん!」
「では、お前の持っているそのナックルを俺によこせ」
いきなり何を言い出すのか。要領を得ないまま、ゲイルは言われるがままに懐からナックルを取り出す。
「どうだよ? これ、親父が使ってた品らしいんだぜ?」
年季の入った、それでもしっかり手入れしている甲斐もあって輝きを放っている。武具には使い手の魂が籠るともいうし大事に使ってきた自慢の逸品だが、「……そうか」それだけ乾いた口調で言ったアタドイルクが奪うようにナックルと手に取った直後、ゲイルは目が飛び出した。
「! ……てめえ!」
瞬間で噴火し、アタドイルクの胸倉を掴みにかかった。彼が、大切なナックルを持っていた剣で破壊してしまったからだ。足元には、大切な親との唯一の繋がりが無残な姿を晒している。
「だから本当にその気があるのかと聞いただろう。我らと共に来るのであれば、もはや必要のないものだからな。それとも、もうやめるか?」
詫びるどころかあっさりと。行き場のない怒りが煮えたぎる。なんとか腹の中にそれを押し留めると、ゲイルは胸倉を掴んでいる手を離した。
それを待っていたかのようだった。口元を緩めたアタドイルクが、腰に刺していた双剣をベルトごと寄越して来たではないか。
「今日からお前も私と同じ、阿修羅の道を歩むのだ」
阿修羅──その響きと手にした双剣を見下ろして声を詰まらせていると、それまで一切口を挟まず一連の様子を傍観していたクレールが一礼して近寄ってきた。
「改めまして、私はクレール。エズダーシアへの対抗組織『サルヴァト』で参謀をしております」
大切なものを捨ててまで阿修羅になったのだ。こうなったら何が何でもエズダーシアとかいう組織に一矢報いなければ、自分にも、フォンにも、親にだって顔向けできない。双剣だろうがサルヴァとだろうが、使えるものは何でも使って、いずれあの魔人とメルトを打ち砕いてやる──燃える意志はすぐさま前を向いた。
「クレール、俺は何をすればいいんだ?」
「はい、私たちは一度組織へ戻り、今後を検討しますのであなたはこの街で待機していてください」
「え?!」
「いいですか? 単独行動は禁物ですよ。何をすべきか決定してからでなければ、相手の思う壺ですからね」
言い終わらないうちに、クレールはカードを取り出すと、それを窓の外へ放り投げた。
激しく宙で回転したカードはぱっと光が出たかと思うと、そこにはあの真っ赤な不死鳥が灼熱の翼を広げているではないか。
二人ともそれに飛び乗り、声をかける間も無く赤い閃光が闇夜を貫いて、行って……しまった……。
「んなこと……──出来るワケねえだろうがよォ!!」
エズダーシアを止めるために阿修羅となったのだ。
すぐに家を出る。フォンに断りは……できなかった。いつか強くなって……謝ろうと、必ずここへ還ると誓って。
それを追うように、部屋を飛び出すサフィ。目覚めてからずっと話を聞いていたが、あまりに重い雰囲気に部屋から出て来られなかったのだ。
彼女もまた、悪いと分かっていながらフォンの部屋を素通りし、外へ出ようとした、その時だった。
突然、その肩を掴む手が闇から現れた。
「お、おじい様!」
「お前も、あいつを追うというのか? サラセンを見捨てて」
フォンだった。彼にはやろうとすることなどお見通しのようだ。サフィは一瞬下を向いたが、すぐにまっすぐ祖父を見つめて手を取った。
「私は、あいつを助けてやりたい。私だって、みんなを守ってあげたいもの。でも、私はサラセンを見捨てるわけじゃない。サラセンのために出て行くのよ」
「……」
「だって、サラセンにはたくさんの仲間がいるけど、あいつは一人だもの」
「お前達は、大分修行を積まねばならんようだ」
フォンは、孫の肩にかけていた手をそっと離した。そして、包みに入れた干し肉をサフィに手渡す。その顔は名残惜しさが溢れていた。
「え?」
「行って世界を見てこい。わしはもう何も言わぬ。どうすればサラセンを守れるか、自分達で考えるのじゃ」
「おじい様!」
喜んで跳ねる孫の姿を見つめながら、フォンは最後の説法を行う。
「だがな、これだけは忘れるな。命を大事にするのじゃ。そして、その胸のペンダントを……」
「分かってるって! 母さんの形見でしょ?」
「それだけではない。そのペンダントに埋め込まれている宝石こそ、7大宝玉の一つメテュスの
何を言われたのか状況を飲み込めない様子でサフィは固まっている。それでもフォンはそのまま話を続ける。
「良いか、心して聞け。その宝玉は持ち主を選ぶ。宝玉は強力な力を宿しているからじゃ。お前はそのガーネットに選ばれた者。力を行使すること、宝玉を守ること、その責務を負っているのだ。それを忘れるでないぞ」
このペンダントにそんな力と宿命が眠っているなど、サフィは今まで考えもしなかった。だがこれこそが、旅立つ自分にとってフォンからできる最大限のアドバイスなのだと悟った。
「おじい様……」
「早く行け! ……ゲイルのバカには、お前は破門だとでも伝えておけ」
「はい!」
駆けていく孫娘を、フォンはその姿が見えなくなってもずっと手を振って見送った。
修道士は61服が男女とも一番好きでした
でも、男修道士のイメージは21モッコリ服にデューク帽子……
ルアス森にいつも突っ立っていたあの修道士は罪深い