Asgard~黒翼と希望のミストルティン~   作:宵星アキ

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ゲイルたちがサラセンを発つ1年前の話──場所はルケシオン。
海賊たちがしのぎを削る最悪都市は、デムピアス海賊団と新興の海賊団レピオンハンターの抗争が激化したことで治安が悪化の一途をたどっていた。
そんな緊張が続くある日の夜、潮騒のなかで青い瞳が獲物を狙っていた。


2幕:闇に咲く太陽
あたしみたいな奴隷が、どうして?


 潮騒運ぶ夜風。月影と満天の星空が海を照らす。

 

「おらおら、さっさと歩け!」

 

 今日も夜な夜な活動をする荒くれたち。彼らはレピオンハンター。

 レピオンとはこの海域特有の渦潮で、船殺しとして恐れられてきた。その悪魔を平気で押し退ける最新鋭の巨大戦艦を擁し、強大な資金を背景に最近躍進してきた新進の海賊団だ。

 彼らは金で買ってきた奴隷達を次々にアジトへと送り届けているのだ。奴隷の中には子供もいる。

 その子供に鞭を打った次の瞬間、荒くれ共の中を一筋の疾風が駆け抜ける。糸が切れたように倒れる荒くれ共には上げる声すらない。

 

「ほら、早く逃げて!」

 

 散り散りになる奴隷達。突然の慌ただしさが静寂に割り込んできた。

 何が起きたのか分からないまま、とにかく荒くれ共は逃げ惑う奴隷達を逃がすまいと必死だ。とは言うものの、敵が潜んでいると分かっている以上深追いも出来ない。

 

「貴様ら、何をしてやがる!」

 業を煮やした奴隷管理の最高責任者カースが手下共を恫喝する。彼の視線は、短剣を持った女が逃げていくのを捉えていた。

 

「デムピアスのとこの雑魚だな。バカめ……」

 

 カースは腰から銃を抜くと、ゆっくりと女盗賊に目標を定める。

 彼の狙いは正確無比。狙った獲物は逃がさない。盗賊一人を撃ち抜くなど、朝飯前のことである。

 だが、彼が狙った女の影は、次第に薄くなって夜風に消えた。

 

「なっ……ん?!」

 

 ようやくそれが風で作られた幻影だと気付いた時、すでに背後では短剣が月に光っていた。

 巨体が為す術もなく倒され、荒くれ共に動揺が走る。

 そんな不甲斐ない彼らをあざ笑うかのように、疾風がとうとう姿を現した。

 

「やーい、悔しかったら捕まえてみなよ!」

 

 荒くれ共は額に血管が浮き目を血走らせた。現れたのは、まだまだ幼さを残す少女だったからだ。

 そんな子供に弄ばれ、目の前であかんべいをされているのである。武器が自然と彼女へ集中する。

 少女は男達の放つ攻撃をひらひらと避けながら、まるで遊んでいるかのように飛び跳ね回る。そのうち、少女の動きを追う事すらできなくなって、また一人と倒れていく。

 

「おい、援軍を呼べ!」

 

 とうとう辛抱を切らした彼らは増援を呼びに走った。

 ほどなくどこから湧いてきたのか分からないほどの男達が集まってきて上を下への大騒ぎ。子供一人抑えるのにこの人数は明らかに異常だ。

 

「これはやばいかもー。じゃねー」

「待てこのガキ!」

「待てって言われて待つヤツなんていないもんねーだ!」

 

 すたこらと逃げる少女めがけて、無数の銃弾が襲う。

 一人が撃った銃が、無邪気に跳ねる彼女を貫通──したように見えただけで弾は風を裂くだけ。少女は風と共に闇に溶け、その場から忽然と消えてしまった。

 残ったのは寝転ぶたくさんの荒くれだけ。奴隷達も、皆逃げていなくなってしまっていた。残ったものたちは毒気を抜かれて立ち尽くすばかり。

 

「ちくしょう、デムピアス共め! カース様までやられたなんて……」

 

◆◆

 マイソシア大陸の南方に位置するルケシオンは港町として有名であり、他大陸との交易を担う太陽と海と活気に満ち溢れた町──と言うのは、アスク帝国発行の外向けパンフレットの謳い文句に過ぎない。

 その実、昔から海賊の住処として有名であり、港町であるがゆえにさまざまな情報や人が行き来しているダーティーな側面も強い。

 

 この地を支配してきたのは、海賊王デムピアスが率いるデムピアス海賊団だ。義賊で知られるデムピアス海賊団は、略奪を良しとせず古からの掟に従って地元住民と共生の道を歩んできた。

 略奪や暗殺といった裏家業を生業にするものが多いにもかかわらず、デムピアスという絶対的な存在により、その治安はかろうじて安定を保ってきたのである。

 

 だが、最近ではその安定にも変化が起きていた。

 レピオンハンターという新たな勢力がルケシオンの支配を目論んでいるからだ。

 最初こそ融和の意思を見せていたが、膨大な資金により規模が大きくなるに連れて態度は180度変わった。今では打倒デムピアスと全面対決の相貌を呈しており、ルケシオンは争いが絶えず、治安は急激に悪化していた。

 事を重く見たデムピアスは、事態の収拾を図るべくレピオンハンターの一掃に乗り出す。

 磐石の基盤を持つデムピアス海賊団が反撃に出たことにより、レピオンハンターも過激な活動を控えるようになっていた。

 

 

「ただいまー!」

 

 夏風のように元気な声がゴツゴツした岩造りの砦に響く。覗くのすら勇気がいるくらいたむろする荒くれ共の中に、弾丸が突っ込んできてランプの薄明かりを消してしまいそうだ。

 金髪を後ろで結い、ティアラで飾った彼女が帰ってくると、むさいその場に一陣の風が吹き込む。

 

「よう、おかえり姫さま。また夜の街で遊んできたのかい? お盛んだな」

 

 海賊たちは顔を見るなり少女に声をかけた。

 彼女はすぐに男達の下へ駆け寄っていき、不機嫌さを見せつけるようにぶうっと顔を膨らせてスカイブルーの瞳をぷりぷりさせて見せる。

 

「失礼しちゃう! 仕事だよ仕事! あたしだってもう子供じゃないんだから!」

「へいへいっと。分かってますよ」

「バカにして! 見てよこれ!」

 

 彼女は持っていた短剣を鞘から引き抜いて見せたものの、そこに血がついていないのは当然。彼女の短剣術は相手に声も与えず、そして自らにも跡を残さない。暗殺剣のなかでも極めて高い技量を要する不殺の奥義だ。

 

「なんだ、何にもなってないじゃないか。やっぱ遊んできたんだろ? はっはっは」

 

 奥義も少女にとっては不便なものでしかなかった。どんなに頑張っても、証拠が残らないから皆に分かってもらえない。

 なんとか自分の成果を主張しようと体一杯に表現するが、笑って済まされた。

 

「ちぇー。なによなによ。あたしだってがんばってるのになぁ」

 

 短剣をしまって岩で出来た腰掛に座ったが、すぐにまた立ち上がって他の海賊にちょっかいをかけに行く。

 どうもじっとしていられないようだ。海と空に雲──自由を主張するような青と白のソールレイダ(潜入服)ーを身にまとい駆けまわる。彼女の行く先々では笑い声が聞こえ、泣く子も黙る海賊団の根城とは思えない雰囲気──だったのは僅かな間だった。

 

「シャニー! シャニーはおらんかぁ!」

 

 突然にドスの効いた怒鳴り声が砦の中に響く。

 それを聞いた男達は皆すくみ上がった。海賊王の名を欲しいままにしている彼らの長、デムピアスがお怒りなのだ。

 荒くれでもビビるその声に一番敏感に反応したのは呼ばれた本人。そう、先ほどからちょろちょろとしていたあの少女盗賊だ。

 彼女はあたりをきょろきょろ見渡すと風の魔法インビジブルで幻覚を作り出し、その場から逃げ出す気満々。

 

「おいおいシャニー、往生際の悪いことはしないほうが……」

「しーっ、黙っててよ!」

 

 もちろんそんな小細工がデムピアスに通用するわけはなく、再び大声で名前を呼ばれるハメに。

 

「ハヒィッ?! 分かったよう。今から行くってば!」

 

 慌ててデムピアスのいる部屋まで駆けていく後姿を、荒くれ達はじっと眺めていた。その目元はどれも緩んでとても海賊とは思えない。

 

「ははは。やっぱ、いい子だな」

「ああ。あいつといると、何かやってやるかって気になってくるぜ。デムピアス様もいい子をお拾いになったものだ」

 

◆◆

 先ほどの元気はどこへやら。まるで借りてきた猫のように肩をすぼませて静々と進む。

 重くて頑丈な鉄の扉の前に立つと、大きく深呼吸をしながらポニーテイルを整え、シャニーは意を決して声を張り上げた。

 

「父上。シャニーです」

「入れ」

 

 相変わらずドスの効いた声が彼女の小さな心臓を貫く。

 やはり逃げてしまおうと後ろを向くと、そこには先ほどまではなかった樽が無造作に置かれていた。

 

(あれで隠れている気なんだよね……。心配してくれるのはうれしいんだけどさ)

 

 余程デムピアスが怖いのか、樽に隠れて様子を見に来た部下たちだ。彼らの手前、どうやら部屋に入る以外にもう選択肢はないようだ。

 ドアを開け、中の様子をうかがってみる。中ではデムピアスが奥の書斎で何かを書いていた。出来るだけ音を立てず、姿勢を正して中へと入る。

 

「えーと……。父上、何かご用ですか?」

 

 娘が入ってきたことを確認すると、デムピアスはペンを置き、その巨体をゆっくりと腰掛から起こす。

 シャニーの身長の1.5倍はゆうにあるだろう巨体が持つ掌は、彼女の頭をすっぽり覆ってしまう。ゆっくり娘の頭を撫でながら、彼は窓の外に見える無明なる海原を遠くに眺めている。

 

(なーんだ。怒鳴ってたから怒ってると思ったけど、今日は平和じゃん。あぁ……、よかった)

 

 そんな都合の良い解釈が通用した試しはなくとも、何故かそれしか考えたことはない。

 

「シャニー。先ほど砦を空けていたようだな。お前は守備隊を率いていたはずだ。どこへ行っていた?」

 

 がらがらと、先ほどの安堵感が崩れていく。……血の気が退いているのが分かる。いや、頭の上に乗っている父の手から、自分の精気が吸われているのだろうか。

 

「え!? あはは、そりゃ、もちろん散歩だよ。夜風に当たろうと思ってさ!」

 

 やさしく動いていた手が、がっちり頭を掴む。

 びくっと体が動いて、気付いたら彼女の視線はデムピアスのご機嫌をうかがっていた。

 

「ち、父上……何か?」

「ミルレスの神官が言うには、神は3度まで待ってくれるそうだな。だがな、私の気が短いのはお前も知っているだろう? あぁん、シャニー、どうなんだ?」

「あ、あはは……」

 

 笑うしかないシャニーの顔は明らかに引きつっている。

 その様子に更にデムピアスは手先に力を込め、鷲掴みにした娘の頭をそのまま持ちあげる。びっくりして逃げ出そうとする娘を両手で押さえにかかる。元気の塊は、さすがに彼でも片手では抑えきれない。

 彼はそのまま部屋の隅まで娘を連れて行くと、窓の高さまでその体を持ち上げた。

 

「ぎゃーッ、助けてーッ! ひーとーごーろーしぃー!」

「シャニー! もう一度だけチャンスをやろう。守備隊長が守備をサボってどこに行っていたぁ!」

 

 死に物狂いに体をばたつかせるシャニー。

 窓の外には絶壁の海が広がっている。そこは死の渦(レピオン)が口を空けて獲物を待ち伏せているのだ。

 見開かれた目からは溜まっていられなくなった涙が溢れた。

 

「わーっ、遊撃に行ってました! ごめんなさあッい!」

 

 開放された体からはすっかり力が抜けきってしまった。

 跡取りとなるであろう娘の無様な姿に、デムピアスもしばらく二の句が継げないでいる。

 

「お前も懲りんヤツだ」

「えへへ……」

 

 泣いていたかと思うと、もう舌を出して笑っている。

 如何に泣く子も黙る海賊王デムピアスといえど、この顔を見ると怒鳴れなくなってしまうらしく、この天真爛漫さにはホトホト手を焼いているようである。

 

「なんでとーさんはあたしを遊撃に使ってくれないのさ。あたし、じっとしているのなんて耐えられないよ」

「だからだろうが。お前のような鉄砲娘、首に縄でもつけておかないとそのまま飛んでいってしまうだろう」

 

 シャニーはこれが不満だった。彼女の持ち味は類稀なる器用さ、そして身と機転の俊敏さだ。

 

「でもでも! 遊撃を任せたら右に出るものはいないってみんな言ってくれるし、とーさんだって褒めてくれたじゃん!」

「遊撃で済めばいいが、お前は突貫しかねんからな」

 

 ギクッとシャニーは心の中を掴まれたようだった。手柄にしようと思ったが、レピオンハンターをやっつけたことは黙っておくことにした。

 

「それに、お前の立場上、一人で行う遊撃よりも部下を引き連れて指示を与える事を覚えんとな」

 

 本来部下である者達と友達感覚であるし、その反対もまた然りだ。それではいけない──口調をマネできるくらい、今までも散々に言われてきたこと。苦笑いさえできず、目線を逸らした彼女の足元はすでに外を向いてもじもじし始めている。

 

「まったく、デキの悪い娘で私は他の頭領に会わす顔がないぞ。もう少しデムピアス海賊団を継ぐ者としての自覚を持たぬか」

「はぁい」

 

 デムピアスは机に戻り、なにやら古い本を読み始めた。

 きっとこの前の戦いで勝ち取った古文書だろう。何が書かれているのだろう。

 いつもはそれを覗きにデムピアスの肩に乗せてもらうのだが、今日はそんな気分にはなれない。ルケシオンの町を一望できるテラスの柵の縁へ座った彼女の視界には、火影にぼんやりと映える街並みが広がる。

 彼女が珍しくじっとしていても、デムピアスは本を読みながら横目で見ているだけ。

 

「でもさぁ……」

 

 静寂は長くは続かなかった。笑顔もいたずら心も抜けた、自信なさげなボソッとした声が部屋を妙な緊張感で包む。

 

「うん?」

「みんなさ、あたしのこと跡取りだなんて思ってないんじゃないかな。だって……」

「それ以上言うな」

 

 デムピアスの鋭い目線が背後からシャニーを襲う。

 いつもならここで言われたとおり、言葉を飲み込むのだが、今日はムリだった。

 

「だって、あたし……。あたし、捨て子じゃない。それどころじゃない、本当ならきっと今、奴隷として鞭を打たれる側だよ」

「……」

 

 シャニーはルケシオン出身の人間ではない。幼い頃、孤児であったところを奴隷商に見つかりそのまま商品とされた。その奴隷の買い手が、他ならぬデムピアスだったのだ。

 しかし、何を思ったのだろうか。彼はまだ幼く泣きじゃくるシャニーを見つけると、すぐさま抱き上げた。

 奴隷用の豚箱のような部屋へは押し込まず、自分の部屋へと連れ帰ったのだ。当時その場にいた者たちは一体何事かと思ったであろう。

 一時間ぐらいして部屋から出てきたのは小汚い奴隷ではなく、海賊特有のセーラー服に身を包んだお姫様であった。

 

「本当なら死ぬまでボロ雑巾みたいに使えるはずだったやつに指示されるのなんて、みんなどう思ってるんだろう」

 

 しばらく部屋を沈黙が支配する。

 みんなは優しくしてくれる。だからこそ逆に怖かった。これはただの夢で、目が覚めれば悪夢が待っている。いや、今こそが悪夢か。いつか覚めた先の現実が分かっていて見せられる幻の幸せ。

 なぜ、なぜ……シャニーの頭の中にはぐるぐる理由が渦巻く。

 ようやくデムピアスがしおりをいれて本を閉じると、ポンといい音がした。

 

「お前は毎日、そんな事を考えて過ごしているのか?」

「毎日ってわけじゃないけど……。でも、最近は本心を聞いてみたいって思う事が何度もあるよ」

 

 奴隷たちの中には、売られたトラウマで人を心底から信用できなくなってしまった者も少なく無い。

 デムピアスは、体を娘のほうへ向けてその言い分を黙って聞いていた。その沈黙が、シャニーの心の奥にこびりついていた恐怖を引っ張り出す。

 

「もしかしたら、父さんがいるから皆手出しできないだけなんじゃ……」

「このっ、大バカモノがっ!」

 

 今までにない怒鳴り声。シャニーは思わず恐怖で目を閉じてしまった。

 デムピアスはシャニーをテラスの縁から引き摺りおろすと、そのまま力任せにドアのところへ放り投げた。

 父が初めて振るう突然の乱暴に、シャニーは言葉が出てこない。

 

「お前のような者にこのデムピアスを継ぐ資格などないわ! いいか、少し猶予をやる。その間に野郎共に挨拶しておけ」

「へ?」

「明朝、日が昇ったらここを出て行け! 今更奴隷に戻す気もない。私の前から消えろ」

「そ、そんな! ひどいよ父さん!」

「問答無用!」

 

 とんでも無いことを口走ってしまったと今更思い知らされ、とっさに父に駆け寄ったシャニーは喉が引き攣り顔が青ざめた。サーベルの剣先を鼻先へ鋭く突きつけてきたのだ。

 冗談ではない。本当に怒り、自分を拒絶している。シャニーはそう悟った。

 もうどうすることも出来なくて、彼女は父の部屋を後にした。




ルケシオンって盗賊の故郷と言われながら、β時代はなかなか行くのにも一苦労な場所だった気がする。故郷のはずの盗賊でさえ、スタートはルアスだったし。
サラセンとルケシオンゲートを売り物にする露店もあったよーな。
当時のラスボスポジなデムピアスがいたから当然っちゃ当然かもしれないけど。
リニューアル前のルケシオンのBGMは好きだったなぁ。
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