Asgard~黒翼と希望のミストルティン~   作:宵星アキ

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デムピアスから勘当されたシャニーは、朝日を見つめて今までを思い出していた。
ついに、夢が醒める。今までが悪夢なのか、これからが悪夢なのか──歩き出した彼女の前を、大きな砦が行く手を塞ぐのだった。


みんな、大好きだよ!

 海賊団から出る身支度をする前に、シャニーは一人ひとりに声をかけて回ることにした。

 話を聞いた者は皆驚いて飛び上がる。まさかデムピアスが娘を勘当するとは夢にも思っていなかっただろう。

 

「ちょっと待てよ。そんな意味分かんねぇよ。どうしてこんな事になったんだよ?」

 

 話を聞きつけた海賊共がどんどん彼女の周りに集まってくる。その誰もが、本気で出て行こうとしている彼女を止めるため、事情を聞きだそうと必死だ。

 

「やっぱり……さ、あたしが海賊王の娘だなんて、おかしいじゃない。元々は、奴隷になる為にルケシオンに来たんだしさ」

「そんなバカな話知るかよ! 昔は昔だ。今は俺たちの大切な仲間じゃねーか」

 

 気付けば皆、シャニーのいる砦の大広間へ集まってきていた。仕事も警備もほったらかして。

 こんな事になって初めて、彼女は自分の海賊団の中での影響の大きさを知った。もう、これからは一端の盗賊となってしまうのに。

 

「ありがとう。でも! もう決まった事だから、さ。ね?」

「おい!」

「これから出る準備をするんだから、部屋を覗かないでよね!」

 

 同志の制止を振り切り、彼女は自分の部屋へと戻り、鍵をかけた。

 残された者たちの顔には、今でも現実として受け入れられない困惑や怒りが滲む。

 

「泣かなかったな、姫は」

「あんなに元気に走り回っていたあのおてんばが、明日からいなくなっちまうだと? 頭はどうしちまったんだ?!」

「俺は認めねえ……」

 

 別れの挨拶でも、彼女は涙を見せなかった。

 だが、荒くれ共は見つけていた。彼女の着る海色の潜入服(ソールレイダー)の袖先が群青に染まっていたことを。

 彼女が見せた泣き顔は、奴隷として連れられて来た時が最初で最後。荒くれ達の前では、決して弱音は吐こうとはしなかった。 いつも笑って生きてきた彼女は、荒くれ達に見せた最後の顔も、やはり笑顔だった。

 

 

 しかし、いくら姫として仲間へ毅然とした態度を取ろうとも、中身はまだ幼さの残る少女。

 部屋の鍵を閉め、ベッドに座り込むと途端に涙が溢れてきた。

 その涙は何を悲しんで流れているのだろうか。シャニーにはそれが分からなかった。父に勘当されたことか、仲間と離れることか。それとも、明日から先の見えない道を歩む事への不安か。

 流しても流しても、とめどなく流れ出る涙。こぼれる涙と共に脳裏に浮かんでは溢れるものは、楽しかったルケシオンでの生活。思い出が溢れるたびに、紅涙もまた絞られていくのであった。

 

◆◆

 東の空を暁光が射し染める。その時は訪れた。

 靴紐を締めなおし、帯剣用のベルトを腰に巻き、短剣を挿す。

 そして、デムピアスからもらったティアラを外して後ろで結っていた髪を下ろす。

 前髪を掻き分け新たな世界を映したシャニーは部屋を出た。大広間には誰もおらず、不気味なほどに静まり返っている。

 好都合と言えよう。勘当され出て行くところなど、見られたくは無かった。

 

 砦を出て、物見やぐらと防柵を越えれば、いよいよただの盗賊だ。

 

(……今までよくしてもらったなぁ……。でも、これまでが夢だったんだ。これから頑張っていかないと)

 

 追憶にふける自分を戒め、彼女は一歩を踏み出した。

 だが、二歩目が出なかった。屈強な男達がまるで砦のように道を遮っていたからだ。

 

「みんな……。えへへ、お見送り?」

 

 笑顔でいつもどおりにおちゃらかしてみるものの、男達の表情は変わることはなく、黙って見据えてくる。

 朝日が彼女の顔をまぶしく照らす中、男の一人がシャニーへ一枚の紙を見せつけた。

 

「──ッ!」

「ここに全員分ある。今からこれを持ってデムピアス様のところへ行こう」

 

 デムピアス海賊団員の名前と共に捺された血判。それが一枚の紙に重なり合い、海賊団員総意の誓詞となっている。

 勘当を取り消す為の直訴状──シャニーは力が抜け、その場に座り込んだ。

 

「どうして……」

「そりゃ俺らの台詞ってもんよ。俺たちの海賊団は、デムピアス様や姫がいてこそだ。その姫がふらふらと家出しようとしているのを、黙って見ていられるワケがないだろうが。なぁ?!」

 

 周りに怒号に近い男達の蛮声が響き渡る。

 気がつけばシャニーは男達に抱えられ、元来た道を逆走していた。

 男達はそのままの勢いでデムピアスのいる部屋の戸を叩く。主人の返事など待ちもず、荒くれ共は部屋へと殴りこんだ。

 

「デムピアス様!」

 

 ただそれだけ言うと、男は手にした紙を無言のうちに頭領へと手渡す。

 海賊王はその紙をすぐに柱にあてがい、ナイフで突き刺して止めた。

 

「なんだ、これは」

「俺たちの総意です。どうか、姫を勘当なんざ止めてください!」

 

 再び大騒ぎになって、何がなんだか分からない。

 口々に叫ばれる願いを耳にしながらも、シャニーは気付いた。デムピアスが真っ直ぐこちらを睨んでいる事を。

 怒号がいよいよ最高潮に達した時、デムピアスは机を一蹴。あっという間に静まり返った。

 

「貴様らは、奴隷に頭を下げて生きていくつもりでいるということだな?」

「何言ってんだお頭! 姫は姫だろ!」

 

 しばらく言い合いが続く。仲間が必死に自分をここに引きとめようとしている。

 

(こんなにみんながあたしのことを想ってくれているのに……)

 

 部屋にまるで赤ん坊のような鳴き声が響く。決して皆の前で見せて来なかった笑顔の向こう側をシャニーがとうとう露わにしたのだった。

 それを待っていたかのように、デムピアスが呼ぶ。

 

「おい、シャニー。お前はどう考えているんだ?」

「みんなと一緒に……いたい」

 

 何の躊躇いもなかった。許されるのであれば、勘当なんてされたくはない。

 直後、その場には大きな笑い声が響き渡った。それは、先ほどまで厳つい顔で皆を睨み据えていたデムピアスのものだ。

 

「シャニー、お前は幸せ者だな」

「うん……」

「これでもお前は、昨晩のような事を抜かすか?」

 

 全力で首を横に振った。あんなことを言った自分が恥ずかしい。何も仲間の事が分かっていなかった。こんなに親しい間柄だったのに。

 彼女は男達を掻き分けて、デムピアスと対した。

 

「もう二度と、あんな事言わない。だから、あたしをここにいさせてください! みんなと一緒にいたい。あたしはやっぱり、デムピアス海賊団じゃないと生きていけないよ……」

「ガッハッハ! よく言った。それでこそ我が娘だ。二度と、仲間を疑うような真似をするな。それが分かるなら、今回は野郎共に免じて許してやる」

 

 この場所、この面子でまた楽しく生きていける。そう思うだけで心が躍ったシャニーの顔は、ぱっと晴れ上がって朝日に映える。

 それを見守った荒くれたちの顔もまた、自然と緩んでいく。

 

「ハッ……この陽射しを見るのがめっちゃ久しぶりな気がするぜ」

「ああ。たった数時間だったはずなのにな」

 

 今度は歓喜で騒がしくなった為、デムピアスは部下達を怒鳴りつけ、部屋から追い出した。

 ようやく静寂を取り戻した書斎は、親子の時間を提供する。

 

「いい顔だ。いいか、お前はあいつらに希望を与えてやらなければならない立場だ。あいつらにとって、お前は必要不可欠な存在。その期待に疑念で返すような真似だけは絶対にするな」

「はい!」

 

 元気のいい声が再び部屋に響き、デムピアスは愛娘の顔をさすっていた。

 どうやら、ここにも親バカな父がいたようである。

 

「悪かったな。女の顔に剣を向けるなど」

「ううん、でもさ、そのお詫びってことで1コだけ聞かせて?」

「なんだ?」

「どうして、あたしを自分の娘にしようと思ったの? どこの馬の骨とも分からない奴隷だったのに」

 

 デムピアスは娘の頭をさすりながら、しばらく沈思黙考していた。

 早く答えを聞きたいシャニーの瞳は爛々としている。これだけ大騒ぎになったのだ。今聞かなければ聞けるパワーなどそう湧かない。

 

「シャニー、海賊にはな、行動に理由など必要ない時というものがあるのだ。私の場合は、それがお前を見つけた時だったわけだ。分かるか?」

「うーん」

「ふっ。お前もいつか、分かる時が来る」

 

 そのままシャニーはデムピアスの腕の中で眠ってしまった。夜通しで泣いたので疲れたのだろう。その寝顔は安らかだ。

 デムピアスは娘をソファーにそっと寝させてやると、自分がつけていたマントを上にかけてやった。

 

「拾った理由……か。さぁ、なんだったんだろうな。しかし、今思えば神の設けた定めだったのかもしれん。……お前はもっと成長してもらわなければならん。希望を司る、このシャスの黄玉(トパーズ)の守護者としてな……」

 

 すやすやと眠る彼女は、まるでそんな事情は知らないだろう。

 だが、デムピアスの指に輝くトパーズは、この瞬間も守護者の覚醒を今か今かと待ち望んでいるかのように輝いていた。

 

 

 

◆◆◆

 デムピアス海賊団で大事件が起きている頃、やきもきした表情でいる人物がいた。

 その男は、部下からの報告が進むにつれて指輪でじゃらじゃらに飾った拳をギリギリ鳴りそうなほど握り締め、ついには話を遮って憤怒の形相で怒鳴った。

 

「またデムピアスのヤツに妨害されただと!?」

 

 血管は怒りで膨れ上がり、いわゆる〝怒りの四つ角〟が額に浮かび上がっている。

 さらに続く良くない報告に、彼は近くにあった地球儀を投げ飛ばした。

 

「しかも相手は一人だと! てめぇら、何十人と束になって盗賊一人も倒せねーのか! このっ、雑魚共めがッ!!」

 

 報告に上がった部下は、ただただ頭を下げ、頭の怒りが静まるのを待つばかり。

 目をこれでもかと血走らせ、金歯を剥き出しにして怒鳴る男の名前はラルプ。レピオンハンターのトップだ。

 

「まぁそう怒鳴るなよ、ラルプ。そうだ、確かカースもいたな。あの野郎はどうしたんだ?」

 

 同じくレピオンハンターの首脳の一人、甲板長レックスが気だるそうにサーベルを弄りながら船長をなだめる。

 だがその彼も、部下からの答えを聞くと眉間にしわを寄せた。

 

「カース奴隷長も屠られて暫く動けないかと。首謀者はデムピアスの娘、シャニーだそうです」

「ほう、あいつか。アサシンを任せたら右に出るものはいないとか聞いたが、噂は本当のようだな」

 

 形相を変えたのはラルプだ。前々から、ラルプはデムピアスの姫に計画の邪魔をされていた。

 それどころではない。どうもシャニーは、知ってはならないレピオンハンターの存続に関わる極秘事項まで知っている可能性すらあった。

 何とかして消すなり制海権に納めるなりしなければならない。

 

「レックス、何を感心してやがる。あの生意気な小娘め。いつかほえ面かかせて俺の女にしてやる!」

「けっ、あんなガキ、慰み者にもなりゃしねえ。さっさと始末しちまわねえとな」

 

 レックスは不機嫌そうにガムをくちゃくちゃやりながらサーベルを手に甲板へと出て行った。

 ラルプのほうは気が気でない。最近のデムピアス海賊団の反転攻勢は予想以上のものがあった。強力な基盤は一枚岩となってまったくつけ入る隙がない。

 

 

「おやおや、お困りのようですねえ」

 

 

 誰もいない部屋の中で、突然声がする。

 驚いたラルプは銃を腰から引き抜くが、周りには誰もいない。

 空耳かと思った次の瞬間、彼は見つけてしまった。屈強な男が、恐怖で身動きが取れない。

 ラルプの影が、まるでそれそのもの生きているかのように躍動し、そして……ラルプと分離した。その黒い塊はどんどん姿を変え、狐のような面妖な顔の男が姿を現した。

 

「き、貴様っ、何者!」

「ふふっ、まぁ、そういきり立ちなさなるな。私はフェンネル。アナタと少しお話がしたくてね。クックック……」

 

 

 

◆◆◆

「ふーっ、やっぱこの日差しの中を走り回ると気持ちいいなーっ」

 

 翌日、風を切っていつもの見回りから帰ってきたシャニーは、同志達がなにやら集まって騒いでいることに気付く。

 近寄ってみると、どうも彼らは喜んでいるようだ。更に近づくと、荒くれ達は彼女を見つけて走り寄ってきた。

 

「どーしたの? そんなにうれしそうに」

「聞けよ、レピオンハンターの奴ら、とうとう休戦協定を結ぼうって言ってきやがったんだ」

「えぇ、ホントなの?」

「おう、首脳の一人をお前がヤったのが効いたみたいだな!」

 

 彼らの様子からするに、本当のことか、そんなことは聞かなくても分かる。それでも、彼女にはどうも腑に落ちなかった。

 

(おかしいよ。あっさりしすぎてる)

 

 ラルプはかなり粘着質な男であり、そう簡単に休戦協定を結ぶようなタマではないはずだ。前から自分のことを我が物にしようとしているのも知っていたから、大分攻撃してやったのにちっとも懲りないのだから。

 にもかかわらず、彼女の不安とは裏腹にその日のうちに休戦協定は締結を迎える。

 二大海賊団の紛争状態が解除され、互いのにらみ合いの中で歪な平和がルケシオンを包んでいった。




盗賊は61服も好きだったけど、71服が一番好きだったなぁ。
当時はあの服を着ている人に羨望の眼差しを送ったもの。81以降はあんまし……。
当時のルケシオンはなかなか海賊色というか、他の町とはNPCさえも他の町とは一線を画していましたね。
「ボートに揺られながら●薬でもあおってみるかい?」とか、今の時代ではなかなかメンドーなことになりそうなセリフを喋っていたり。

ちなみに、盗賊さんの名前は、私が連載しているもう一つのシリーズものとはまったく関係ありません。
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