Asgard~黒翼と希望のミストルティン~   作:宵星アキ

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勘当事件から1年経ったある日、シャニーはふだん通り奴隷たちと接していた。
集まってくる子供の奴隷らと遊びながら、彼女の悩みは膨らんでいく。
海賊として生きる己の存在意義とは……──そんな彼女がデムピアスから継承したのは、とある光だった。


あたしの夢は──

「って言うコトがあったんだ。だから今は毎日のーんびりさ」

 

 座ったまま精一杯の伸びをしてみせる。その気持ちよさそうな顔といったらなくポニーテイルも元気に揺れている。

 シャニーの周りにはぼろきれをまとった子供達が集まっていた。

 休戦協定から一年。ぱったりとそれまでの対立構図は消え去り、ルケシオンは港町らしい自由を取り戻していた。

 

「おねえちゃん、名前なんていうの?」

「あたし? シャニーって言うんだよ」

「おねえちゃんもドレイなの?」

 

 なんと言うことだろう。彼女はまたしても守備隊を抜け出していた。しかも事もあろうに、彼女が今座っているのは奴隷達の働いている畑。

 彼女の周りに群がっている子供達も、先週連れてこられてきたばかりの奴隷であり、本来働かなければならない立場だ。

 こんなところで油を売って、あまつさえ姫にまとわりついていたら普通は奴隷管理者たちが黙ってはいないはずなのだが、彼らは眉を下げて困った顔をするだけ。

 

「おいおい、まーたこんなところにいたのかよ。デムピアス様に叱られるぜ?」

 

 守備隊に所属する部下達がシャニーを探しに来た。

 大抵、町の酒場に行くか、こうして子供達と遊んでいるか。どちらにしろ仕事を放り出して遊んでいるわけだ。

 

「何よ。ちゃんと仕事してるじゃない。みんながちゃんと働いてるか見てるんだぞ?」

「そうやって人が聞いたらホントかと思うようなコトを言うなっつーの」

「えへへ。バレた?」

 

 今朝も夜な夜な町をふらついているのが父親にバレて大目玉を食らったばかり。

 一年経って16になった彼女は、少々女性らしくなったように見えるものの、肝心の中身は相変わらずのようだ。

 それでも、子供達に囲まれて笑う姫を見ていると、それ以上は荒くれ達も注意できない。

 幼いながらに、シャニーの傍にいれば怖い連中が襲ってこないと分かっているからか、子供たちも離れようとはしない。

 

「ねぇねぇ! おねえちゃん、もっと遊ぼうよ!」

 

 彼女が支配主の娘だと知らないわけはないだろうに、なつく子供達の顔は、とても奴隷として蔑まされているようには見えない。

 

「へっ、奴隷まで元気にしちまうとはな」

「まったくだ。さすがシャスの申し子って……!」

 

 世間話をしていた野郎が思わず口を滑らせた。慌てて他の男が口を塞ぐも、もはや手遅れ。

 シャニーは部下の言葉をちゃんと聞いていたようだが、不幸中の幸いか、彼女はどうやら知らないようだ。いつもどおりいろいろ知りたい瞳が荒くれを見つめる。

 

「なーにそれ?」

「な、なんでもねえ。とにかく、あんまり奴隷と一緒にいるのはやめろよ。お前はいずれこいつらを縛る立場なんだしよ。それが一緒になって遊んでたんじゃ、他の海賊団に笑われちまう。お前は姫で、相手は奴隷。もっと厳しく接して主従関係を叩き込んでおかねーと」

 

 先ほどまで笑顔だったシャニーの顔が一変する。

 それを見つけた近くの奴隷管理者たちは遠くの奴隷たちの様子を見ようと我先にと動き出す。守備隊の野郎たちも、その様子に気付いてウッっとしたが時既に遅し。

 

「子供には、そんなこと関係ない! いくら奴隷でも、こんな小さい子たちに酷い目合わせたら、絶対に許さないんだから!」

「分かった、分かったよ。だからそんな顔するなって」

 

 数人のガタイのいい男達が平謝りする光景は、子供たちにどう映っているのだろうか。彼らはシャニーの手を引っ張って向こうへと連れて行ってしまった。

 男らが胸をなでおろしたのは言うまでもないだろう。

 

「おー、こわ。アイツ、ガキ共のことになると人が変わるよな」

「ホントホント。最近デムピアス様に似てきたんじゃないか……?」

 

 そのデムピアスは何も言わないかといえばそう言うわけでもない。再三に亘り、支配者として奴隷とは接するようにシャニーへ口が酸っぱくなるほどに説諭してきた。

 普段は素直に親の言うことを聞くのだが、この事だけはシャニーも退かず親子喧嘩になることもあったほど。あまりに牙をむき出しにして反論してくるので、とうとうデムピアスのほうが先に折れてしまった。

 海賊王の思い通りにならない唯一のものと言って他の海賊からは話のネタにされたが、当のデムピアスはそれを引き合いに出されても笑うだけだった。

 

 

「よう、姫さん。今日も俺達の監視か?」

 

 シャニーが連れられて行った先でばったり会ったのは同い年の少年。ぼろきれをまとう彼もまた奴隷だ。シャニーと一緒の便でデムピアスのもとへ運ばれてきた幼馴染のような間柄だった。

 

「監視って……。相変わらず口の悪いヤツ」

「へっ。違うと言うなら、監視しなくていいのか? お前はいずれ海賊のトップ。俺達は死ぬまでゴミ扱いの奴隷。なんなんだろうな、この違いはよ」

「……。アベル……ごめん」

「謝るなよ。お前がなんかしたわけじゃないだろ。謝って何か変わるのかよ」

 

 シャニーだって彼とは長い付き合いだから分かる。彼が自分を責めているわけではないことぐらい。

 とはいえ、アベルの言葉は彼女にとってとても重く突き刺さってくる。

 自分が一番分かっているから。この自由は、この人たちの血と汗と、そして悲しみの上にある偽りの自由なのだと。そこでのうのうと生きているのは誰だ? 

 海賊として生きている以上、それは避けては通れない。それでも、自分が人々に悲しみを振りまいていると思うと、居ても立ってもいられない。

 存在悪以外の何者でもないのではないか。

 

「……悪かったよ、そんなつもりで言ったんじゃない。そんな顔するなよ」

 

 アベルにとっては、挨拶代わりの軽い冗談のつもりに決まっている。焦ってフォローしてくれているが、シャニーは顔が崩れるのを止められない。

 涙を見せまいと必死に堪えてみたが、声の震えは鏡が砕けるように広がっていった。

 

「あたし……父さんを継いだら、海賊団、解散しようかな……。分かんないんだよぉ……。どうすればいいのか。本当に……分からないんだ」

 

 乾いた音が響いた。頬に走る痛みにシャニーは思わず見上げ、顔が衝撃で動かされた方向の延長先には、アベルの平手があった。

 間違いない。アベルに平手で打たれたのだ。父以外に平手打ちをされたのは初めてだった。

 

「お前……ッ。ふざけたことを言うなよ」

「え……?」

「戦いで死んだ奴、お前の部下、俺達みたいな奴隷。そういった奴らの思いを、お前は捨てるって言うのか? ゴミ同然に」

「そんなわけじゃ……」

「そういうことだろ。そうじゃないんなら……俺達の前でそんなことを軽々しく口にするなよ。ボスって言うのは、そういうのを背負って地位を継承するんじゃないのか? お前は、逃げてるだけだ」

 

 逃げているだけ──父親からも、頭領になることの責任の重さはずっと聞かされて来た。そのときに、同じことを言われた覚えがある。犠牲にしてきた業からは、決して逃げられないということを。

 もし、逃げ出したとき、それはすなわち裏切りを意味する。

 

「そう……だね。あんたからこんなこと言われるなんて、あたしもどうかしてたよ」

「ま、俺もお前の親父さんから聞かされただけだけどな」

 

 それを聞いてシャニーは目を丸くした。

 あれだけ、支配者として奴隷と接するようにと自分を説教してきたあの父が、奴隷と話しをしていたのだ。

 

「父さんと話をしたの?!」

「お前が連れてかれた時に殴り込んだんだよ。そしたら、なんか目をつけられたみたいでなあ」

「あんたもネジが飛んでるね……」

「お前ら親子が言うなっての。お花畑は別格として、海賊王というからどんな野蛮で冷酷な人間かと思ってたんだがな」

「お花畑言うな!! そっか、父さんはあんたを知ってるんだ」

「そういうことだ。お前にそんな顔をさせたら、俺の命がない。それにな……。そんな顔をしているほうが、よっぽど殴りたくなるぜ?」

 

 彼が顔で指し示したほうには先ほどの子供達がおり、その顔はとても不安そうで今にも飛び出してきそうだった。

「そうだね……。えへへ、ごめんごめん」

 

 

◆◆

 それから数日が経ったある日のこと、シャニーはデムピアスの書斎にいた。

 お灸をすえられているわけではない。主のいない部屋で、主の椅子に座って分厚い本を広げている。デムピアスの部屋には、勇者の伝記から賢者の金言までたくさんの本があり、読書の時間に事欠かない。

 

 彼女が今広げているのは兵法のもの。いつまでも姫でいるわけには行かないことは彼女も自覚している。

 それにもまして、先日のアベルの話はさすがに堪えた。彼にまで説教されたらたまらない。

 だが、父の戦い方が一番よく見えるのは娘だからだろうか。結局どの兵法を呼んでも納得することができなかった。父に教えを請うほうが早そうだ。

 外出中の父が帰ってくるまで、他の本を読んで時を潰すことにする。

 目に付いたのはルケシオンに伝わる神々の教えを記した絵本。細かい字はもう見たくなかったので、とりあえずその本を広げてみる。

 しばらく絵本を読み進めていくうちに、彼女は妙なことに気付いた。

 

「あれ、これって……」

 

 絵本の中には、盗賊の神であるシャスとハデスが左右に、中央にその神々が支えるように指輪が描かれている。その指輪をどこかで見た覚えがあるのだが、それがどこだったか全く思い出せない。

 次のページでは、その指輪を羽の生えた人間がつけていて、天空から人々に何かの流れを与え、人々はそれを諸手で受け止めている。

 

「うわーいいなぁ。あたしも空を飛んでみたいなぁ」

 

 神話の内容など、まるで頭に入ってこない。そんなことよりも、翼を持って空を飛ぶいわゆる天使に強い憧れを抱いた。

 どこへも自由に飛んでいけたら、どんなに楽しいことだろう。

 

「シャスの申し子、その隻手に神々の御力を宿し、諸人へ希望を与へる者なり。ハデスの使徒が降り立つ瞬間(とき)、俗世の腐敗を喰ひ破りて新たな理をひくであろう」

 

 慣れ親しんだ声が前方から聞こえ、シャニーは顔を上げた。

 そこにいた父親を見て、彼女は思わず指差していた。

 

「あー、それ!」

 

 さっきどう考えても出てこなかった指輪の在処を見つけたからだ。父の小指で美しく黄金色の輝きを放っている。

 

「そうだ。お前も知る時が来たか」

 

 デムピアスは指輪を外すとそのまま娘の中指にはめてやった。

 父がくれた初めての宝石だ。シャニーは目を輝かせて見入っている。宝石はキラキラして、吸い込まれそうで、どこか不思議なオーラが見えるような気もして。

 

「でも、何で父さんがこの絵本に出てくる指輪を持っているの?」

「……ついて来い」

 

 言われるがままに父について行き、二人で物見やぐらをくぐった。

 防柵も通過し、奴隷畑も通り越して、着いた先は広い砂浜。一体何が起きるのだろう。

 

「ふむ、指輪が喜んでおるわい」

「?」

「シャニー、その指輪に向かって念じてみろ。自分の願いを」

「え! 願いが叶うの?」

「いいから言われたとおりにしろ」

 

 ぶっきらぼうな父の命令に、シャニーは自分の指先を見つめた。透き通った輝きが誘うように指先で踊っている。願いを待っているかのようにさえ思えてくる。

 シャニーは胸に手を押し当て、今の自分の願いを指輪に向かってしばらく念じてみた。

 

「え?! ちょっ──うわぁッ!?」

 

 彼女の瞳は何かに感づいて見開かれるも、為す術はない。突然の力に軽々と吹き飛ばされ、砂浜に叩きつけられた。

 

「いってー……。もう! なんなのよ!」

 

「がははは。どうだ、その指輪がただのガラス玉でないことぐらいは分かったか?」

 

 どうやら父はこうなることが分かっていたような口ぶりだ。

 今の出来事が指輪の力によるものだと知って、シャニーは口をあんぐりとあけて指輪を見つめている。

 

「今の、この指輪が?! うそぉ……」

 

 腕組みをする父の厳しい表情から冗談ごとではなく、本当にこのトパーズは神の御力を持った天使のものだと彼女は悟った。

 そして、それを父が自分に渡した。〝知る時がきた〟と言って。

 彼女は立ち上がって、もう一度指輪に念じてみる。だが、結果は同じ。

 

「シャニーよ、お前は何をその指輪に望んでいる?」

「ほぇ? えーと、空を飛んでみたいなぁって」

「ふふっ……子供のような願いだな」

「もうッ、笑わないでよぉ!!」

「すまんな。いや、合点がいってな。被害の小ささに」

 

 膨れっ面を作っていると、頭を父の大きくて強い手と共に優しい声がなぞる。

 

「シャニー、願いと言うのはな、そんな個人的なものではないのだ。私も、今のお前と同じように自分の為にその指輪を使おうとした。全ての海を制覇する、というな。だが、その結果がこれだ」

 

 彼は自分の片目を指差した。そこは眼帯で隠された過去の古傷。

 

「ええ?! ど、どういうことぉ?!」

「野心に塗れた願望が指輪の怒りに触れ、所持者の目を潰してしまったというわけだ」

 

 聞かされた事実にシャニーは思わず手で口を覆った。父の目を潰したのは他の海賊でも、恐ろしい怪物でもなく、この指輪だったとは。

 

「シャスの申し子、彼の魂に諸人の夢が満るとき、神々は彼の者に力を与へん。彼の者、魂の開放を持つて天空より希望を振りまくめる」

 

 デムピアスから放たれた呪文のような言葉は、シャニーが書斎で読んでいた絵本の次のページに書かれていたものだ。

 一体何を言い出すのか、シャニーにはイマイチ分からなかった。

 

「シャニー、ひとつ聞こう。希望とはなんだ?」

「へ? キボウ?」

 

 絵本の話が現実の指輪となり、父の目を潰した恐ろしい事実。そこに来てこんな雲を掴むような問いだ。シャニーは返す言葉がなかなか見当たらなかった。

 それでも、いつも使わない頭をフル回転させなんとか表現を考えた。

 

「うーん……。生きる意味? 力?」

「生きる意味……か」

「うーん。あたしの場合は、父さんやみんなに生きる希望をもらった。奴隷じゃなくて、ちゃんと自分で考えて生きていける。うれしかった。そういうことなのかなって」

 

 また撫でてくれた父の顔は、もう先ほどの失笑はなくなっていた。むしろ、その目元は周りから畏怖される海賊王の顔とは違う穏やかなものだった。

 

「どうやら、お前のほうが私よりも数段も上を行っているようだ」

 

 デムピアスとて、人々に生きる希望を与えていないわけではない。野心のままに生きていたら、指輪を身につけることすら叶わないのだから。

 彼の海賊王としての威厳は間違いなく、同じ道を進み頂点を目指す者達にとっての希望。

 だが……神の求めているそれは違うことは、彼がトパーズを使いこなせなかったことで証明されていた。

 

「お前にそのトパーズはやろう」

「え! いいの?!」

「ただし、この瞬間、お前には責務が課せられた。指輪を守護し、その力を正しく用いることだ」

 

 もらった指輪をシャニーはうっとり見つめる。責務──よく分からないが、とにかく、父から認められたのだ。天に昇るような気持ちで飛び上がりたくてたまらない。

 

「分かった! がんばる!」

 

 彼女は太陽にトパーズをかざしながら、それを自慢しに仲間の下へ駆け出していった。

 

「ふっ、お前が本当に〝分かる〟のはいつだろうな」





【挿絵表示】


シャニー=デムピアス(16歳女 クラス:盗賊)

本作の女主人公格。世界中に名を馳せる海賊王、デムピアスの娘。
血の繋がりはなく、奴隷からデムピアスに拾い上げられて姫として育てられたという経緯の持ち主で、名前もデムピアスがつけるまでは奴隷の管理番号しかなかった。
陽気な性格で、傍にいるだけで元気を分けてくれる太陽のような少女。
黙っていれば美少女なのだが、自称ルケシオン一のアサシンの割にあちこちポンコツを晒すため、ゲイルにおもちゃにされることも多い。

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何も知らないβ時代。盗賊は攻撃力も無ければ防御力も低いという、初心者にはシンドイキャラだった。
それでも死にたくないので、CON全振りにしてガチムチにしたおもひで。
なお、DEX
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