活気づいた町並みの、一つ隣の通りにある、都市の薄暗い部分。浮浪者が建物の隙間で倒れこんでいた。
その店は、そんな通りにある、小汚い建物の一階にある。
暗い店内には、酒と煙の匂いが染み付いている。がやがやと罵詈雑言が飛び交い、酒を飲みながらカードに触れている男たちが大挙していた。
その日、そこに似つかわしくない、フードを深く被った少女が来店した。店主に席料を払い、目のついた席にどしんと構える。
ヤニ臭い、みすぼらしい服の、大男の前の空席だ。
「へへ、お嬢ちゃん、ここはなあ子供(ガキ)が来る場所じゃねんだよ」
「子供かどうか、試してみる?」
フードを深く被った少女は、机の上に金色に光るコインをカチャリと音を立てて置いた。そしてその横には、裏向きのデッキを出す。
それを見た男は、ゴクリと唾を飲み込んだ。
金貨だ。
普段通り生きていたら、なかなかお目にかかれない貨幣である。これがあれば、酒に女に、カードに、困らない。正真正銘の金色の輝き。
「いいぜ、やろう」
男は打って変わって態度を改め、じゃららと銀貨をテーブルの上に乗せて、ゲームの準備をする。
「気前がいいな。腕に覚えがある貴族の娘ってとこか」
「どうだろうね」
フードの中の銀色の髪がさらりと揺れる。
薄い唇。すらっと伸びる鼻。細い線の顔つき。なによりも、透き通るような銀の髪。なかなかの美人だ。こいつを破滅させたら、上手くお楽しみ出来るようになるかもしれない。
「真剣は初めてか?」
「いや? さっき教えてもらったから大丈夫」
ほぼ初めてと言っているようなものだ。
この店の勝負は、勝敗に応じて金銭の授受を行う、真剣、と呼ばれる賭けのゲームである。
フードの少女が席についたテーブルの男は、真剣師とよばれる人間だ。真剣で稼いで生計を立てている、ゲームの中で生きる勝負師。
男は舌なめずりをした。
金貨を手にして、世間知らずのお嬢様を、この手でめちゃくちゃに出来たら、もうそれ以上は望むまい。男はデッキを取り出す。普段は弱い相手に、ギリギリ勝てそうなくらいの、ちょうどいいデッキを用いて、相手をカモにするのがお決まりだった。
しかし。
相手のべットは金貨2枚。
間違いがあっては、困るのだ。
そうして、男は普段はなかなか抜かない、自分の一番強いデッキを抜いて、勝負を行った。
「「ショーダウン」」
二人は合図に合わせて、お互いに土地を公開した。
ゲームが終わるまで少女は、不敵な笑みを崩さなかった。
****
クレアちゃんと別れた私は、何日もふらふらと街を歩いていた。
あの時のクレアちゃんの悲痛な顔を思い出すと、心が痛む。
私は、脱獄犯だ。
衛兵や魔術師ギルドとは関われない。これは絶対のこと。
それに、あのままクレアの厄介になるわけにはいかなかった。自分が追われている身というのは、きっと確かなことだろうし、あれ以上クレアのもとに身を寄せていたら、経済的な負担にもなっていただろう。お父さんが目を覚ましたら、当然私の素性を知りたがると思う。
それは.....困るのだ。
「はあ......」
ため息がでる。
この数日間、私は、アンティ勝負をかたっぱしから仕掛けて路銀とカードを奪い取る行為を繰り返していたり、真剣が出来る店で勝ちまくって出禁にされたりしていた。
正直言って街の人間のデッキは強くない。せいぜい寄せ集めという感じで、私みたいなコンセプトがしっかりしたデッキに当たると、すぐに粉砕される。紙束というやつだ。そんなこんなで、なんとか宿をとってその日暮しを行っていたが、体力もすり減って、精神的にも結構きつかった。
上手く寝られない。
最近、心配事で、なんだか上手に寝つけない。
街を出るだけのお金を貯めたら、この街から出てもいいかもしれない。真剣は稼ぎがいいから、次のお店に行ったら、出来るだけぶんどって街から出よう。私は教えて貰った次のお店に向けて、足を進める。
ため息をつく私に、シエルは隣をぷかぷか浮かんで声をかけた。
「こんな年増に説教されたくないだろうけど、君さあ、あんな別れ方しなくても良かったんじゃない?」
あんな別れ方。
クレアちゃんのことだろう。事実、私は逃げるようにしてクレアちゃんのもとから立ち去った。
「助けてくれって言えば、あのクレアって子は助けてくれたよ。自分を顧みずにさ」
「でも、それじゃ悪いよ。受け取ってばかりじゃ、心が壊れる」
「.......結局君はさ、助けてを言えない人間なんだよ。改めた方がいいと思うな。人が助けてくれるって言ってるんだ、どーんと受け取ってしまえばいいんだよ」
「..............」
うるさいなあ。
さっきから、ぐちぐちぐちぐちぐちぐちぐち!
「シエルに何が分かるっていうの!? 私の苦しみは、シエルにはわかんないよ!! だって、どうしようもないじゃん!あのまま助けてもらってたら、絶対にクレアちゃんの負担になった。クレアちゃんは私の恩人だ。そんな人の善意に、付け入りたくないんだよ。分かってよ。なんで分かってくれないの」
「あの子は助けてくれるって、言ってたじゃないか。じゃあ、助けてもらえばいいんだよ。君に遠慮するだけの余力があるのか? 生きるために使えるものはなんだって使うべきなんだ、それが分からないほど愚かじゃないはずだろ。君が今、こうしてふらふら街を練り歩いているのはなぜだ! それは君がエゴ丸出しでクレアの援助を拒んだからだ。違うか?」
「.........!」
確かに、私は、手段を選べるほど余力があるわけじゃない。
「.........いいよね、シエルは」
イライラして私は負け惜しみを言った。
「当事者じゃ、ないから」
言って、すぐに後悔した。
「っ! なんだよ、それ」
シエルも憤った声が聞こえる。自業自得だけれども、シエルは常に私の味方だったから、なんだかそれが、すごくショックだった。
ずしんと心臓に来た。
謝ろう、そう思った瞬間、それは阻まれた。
「よお、姉ちゃん」
「っ! なんですか?」
いきなり私の前に影が差して、私は目の前を見上げた。
いつのまにか、ガラの悪い大男が私の前に突っ立っていた。ぽきぽきと指を鳴らしながら、子分のような人達を数人引き連れている。
「この間はうちの弟分がずいぶん可愛がってもらったみたいだな」
「そうなんですか?」
「ああ」
いつの日か、カードで叩きのめした人間のうち、この人の弟分が含まれていたらしい。
「お嬢ちゃんも痛い目みたくないだろ? 誠意を見せて、カードを返してくれたらお嬢ちゃんに怖いことしなくて済むからサア」
「誠意を見せる?」
「ああ、俺達を楽しませる誠意だ」
ゲスだ。
カード勝負なら金を巻き上げられるかもしれない。
ただこの手の輩はカードには頼らないだろう。経験上、頼るのは基本的に暴力だ。
「いいよ、カードもってる?」
「いいやカードには頼らねえ。拳だあ!!」
予想通りぶんっと拳が繰り出され、私はそれを間一髪回避する。
やはり殴って従わせるつもりのようだった。
周りを取り囲む子分たちも、一斉に襲いかかってきたが、
「シエル!」
「ああ!」
シエルと私は魔術を起動する。
「はあっ!!」
「こ、こいつ、魔術師(キャスター)だ!!」
「パラライズ!!」
魔術と徒手空拳でその全てを組み伏せた。私も貴族の出、カード以外のことは全てマスターしている。当然武術も。それに加えて、シエルの魔術もあるし、負ける気がしない。
「インパクト!! わちゃーっ!!」
どすっとお腹に魔力を込めた拳が入って、ボスも倒れた。口ほどにもない。私はその場を逃げるように早足で離れた。ああ、暴力を振るってしまった。ああ、あ。
***
「これどう見ます?」
「間違いなくプロの仕業だね。私達じゃ勝ち目ないかもな」
乱闘騒ぎがあった数時間後、同じ場所を検分しているふたり組が居た。両方共魔術師ギルドに属する魔術師だ。片方はヨースカインド市魔術師ギルド統括代理の女性、フラウム・ベレーで、もう一人の若い男は、アカデミーの3年生のジークフリート・クロードだった。ジークは正義に燃えている。魔術を使った犯罪は許されない。
「でも聞くところによると、相手は子供らしいですよ? それも女の子みたいです」
「変装魔術で化けてるだけかも。とにかくここは様子見だと思う」
少女に化けるとは悪趣味な話だが、とフラウムは言いながら思う。
「大丈夫ですよ。俺なら勝てます」
「これだから若者はいけない」
フラウムはタバコに火をつけながら、吐き捨てるように言った。
「魔術の扱い方が上手すぎる。相手は手練だ。仮にこいつが魔術師狩りなら、応援をよんで複数人であたったほうがいい」
魔術師狩りというのは、魔術師のソウルカードを狙う犯罪シンジケートだ。
同時多発的に事件が起きているので、それなりの規模であるはずなのだが、その組織内容は全くと言っていいほど掴めていない、不気味な集団だった。
目的も、活動内容も不明。
ただその手強さだけは知られている。中央の魔術師も、各都市の魔術師ギルドも、てひどい被害にあっているのだ。
「しかし、魔術師狩りの被害が大きすぎます。この街でも、ソウルカードを抜かれた人が何人もいるのに」
「焦ってはいけないよ、君。君までソウルカードを抜かれたら、ここは立ち行かなくなるからね。確実に、調査に調査を重ねるべきだ」
「逃げられたら、被害者が浮かばれない」
たしかにそこは彼の言うとおりだ。我々がなにより恐れるべきは、魔術師狩りによるソウルカードの持ち逃げである、とフラウムは揺蕩う煙を見て思う。
ただ持ち逃げは無いだろうという楽観的な見方もフラウムの中にあった。魔術師狩りは、なにか目的を持ってソウルカードを襲っている。そして目的は未だ達成されていない。被害者像に接点がなく、手当たりしだいな印象があるのだ。なにか思惑がありつつも、確証をもってそうしているわけではないという感覚。しかしそれには確証がない。
「そういえばこの間、魔術師狩りを捕まえたという人が居ましたね」
「クレア・レインさんだったね。アカデミーに入学予定だから、君の後輩になりそうだ」
「そのようです。彼女の捕まえた、ディリスという女性は、魔術師狩りの可能性はないのでしょうか?」
「まあないだろうね。ディリス・グロナント。彼女は十中八九魔術師狩りではない。その下っ端の魔術師だろう。ただ魔術師狩りに繋がる人物だから、かなり貴重な人物なのは間違いないが」
彼女は実際にソウルカードを持っていたものの、ソウルカードを奪い取るような能力は、彼女には存在しないだろう。それが魔術師ギルドが下した判断だ。
そして彼女が捕まるのと入れ違いで、通り魔的な魔術師が発生した。年端もいかない女の子の姿で、手当たりしだいにアンティ勝負を仕掛けているみたいだ。
それが魔術師狩りか、それとも偶発的な他の魔術師なのか。関係のない魔術師なら、どうしてそんな非効率的なことをするのか。
「謎が多いな......」
フラウムはタバコの煙を宙に吹いた。
「俺なら、きっと.......」
ジークの声は、煙と共に風に巻き込まれて消えた。
ジークは焦っている。
初めてのケースなのだ。ソウルカードを取り返し、犯罪に関与した人物を捉えるのは。局面が動くなら、今この瞬間だと思っている。性急なのは分かっている。でも、今、千載一遇のチャンスだ。
後で後悔するようなことにはしたくない。
ジークは固く拳を握った。
****
フラウムと別れて巡回にあたったジークは、一つ考えていることがあった。
それは、「自分の力をもってすれば、魔術師狩りにも勝てる」という根拠のない打算だ。
若者特有の向こう見ずな自信。だが彼は由緒正しき魔術系の貴族の出で、アカデミーでもトップクラスの実力者。彼がそう思うのも無理はないことだった。
「まずは通り魔か.......」
今の彼は、やめておけと言われた「通り魔」の動向を勝手に追いかけていた。
手当たりしだいにアンティを仕掛けているなら、たぶん人の通りの少ない所を選んでいる。ここらへんの位置関係なら、いまはあの辺にいるだろう。そう当たりをつけて、いくつかの路地などを虱潰しに進んだ。
根気強く、なんどもなんども街を巡回して、
「居た!」
彼は発見した。目撃証言どおりの、深くフードを被った、背丈の低い女の子。
そして間違いなく魔術師。
「止まれ!!」
「?」
叫ぶと、彼女はちらりとこちらを見た。フードの隙間から見える彼女の顔は、小さく、すらっと目鼻立ちが通っていて、はっと息を飲むほどに綺麗だった。そんな彼女はこちらの姿を確認すると、ふっとその口を綻ばせる。
「......あなたもカードを取り返しに来たの?」
「っ!! やっぱりお前、魔術師狩りなのか」
「......魔術師狩り? なにそれ」
魔術師狩りはギルド内で出回っている名称で、魔術師狩り当人は知らないだろうと得心した。
ソウルカードを奪う犯罪者集団。魔術師を狙って結界勝負に引き込む魔術師。
(いや、それはないな)
と彼は思い直した。
どうみても年端のいかない少女であり、ソウルカードを奪い取るような人間には見えない。魔術を使った偽装かとも思ったが、魔力の流れを鑑みるにそれもないだろう。
ジークは、少し拍子抜けした。
せっかく魔術師狩りに会えたと思ったのに。
彼はしょうがなく、彼女に宣告する。ギルドの届け出のない魔術行使は犯罪であり、いまからその処分を行うことを。
「俺は魔術師ギルドのジークフリートだ。ギルドの逮捕権により今から、お前を逮捕する」
「魔術師ギルド、逮捕!? それは困る」
彼女は魔術を起動する素振りを見せたが、そうはさせない。
相手が行動するよりも速く、ジークは少女を結界に引き込んだ。
「「ソウルキャスト、ショーダウン!!」」
辺り一面を白い光が覆い尽くす――!!