記憶喪失ウマ娘は幸福になれるか   作:deyus

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最近新エリー都に行ってばっかりでログインしかできてねえぜ。

チャンピオンズミーティング ~何もやってない杯~


Ep.14 記憶喪失ウマ娘と仮説

——その静寂は長く続かなかった。

 

ガラガラガラ

 

「おや、来てたのかい? ユーフォリア君」

 

扉の向こうから顔を覗かせたのは、白衣姿のタキオンさんだった。カフェさんが一瞬顔を上げて小さく手を振ると、彼女は軽やかに入ってくる。

 

「まさかこんな天気に来てるとは思わなくてね。いや、むしろこんな天気だから来たのかもしれないね」

 

タキオンさんは近くの棚に置かれた何本かの小瓶を指ではじきながら、何かを考えている様子だった。しばらくして、ぽんと手を打つ。

 

「そうそう、ちょうど君に見せたいものがあるんだ」

 

そう言って彼女はタブレット端末を取り出すと、何かの映像を再生し始めた。

そこには、私の選抜レースの映像が映っていた。

 

「それって……」

 

「そう。君のレースさ。勝手ながら録画させてもらった。その中で少々気になる点があってね」

 

画面に流れるのはあの選抜レースの映像。スタート、コーナー、スパート、そしてゴール。

自分の姿を客観的に見るのは、なんとなく恥ずかしい。

 

「何か……変でしたか?」

 

「変……というより、速かった。いや、むしろ……速すぎたんだよ、全体的にね」

 

タキオンさんの言葉に、私は思わず瞬きをした。

 

「通常、選抜レースに出る段階のウマ娘がこのペース配分で走ったのならどこかで崩れるのが自然だ。けれど君は、全体を通して一度もペースを落としていない。……これは、データ上では説明がつかないレベルだ」

 

「……そう、なんですか……?」

 

「本人の自覚がないのもまた興味深いよ」

 

彼女はにやりと笑い、今度はあの時と同じ怪しげな色合いの試験管を手に取った。

 

「で、本題はここから。前に一度、君に薬を試しただろう? 副作用もなく、身体に異常も出ていない。そして……作用もなかった」

 

私は静かに頷く。確かに、あの薬を飲んだあと、何も変わったようには思えなかった。

 

「まあ、あの時は君が混乱してしまわないよう伏せていたが……それは、実は異常なんだ」

 

タキオンさんは、試験管を光に透かすように持ち上げながら続けた。

 

「この薬の効果は、脳に結び付いた記憶を……そうだな、例えるなら記憶をプリントとしよう。それを一度剥がして、もう一度貼りなおすような働きをするんだ。もう一度貼りなおす過程で、そのプリントを見るだろう? そのとき、人は『ああ、こんなことがあった』と気づける。簡単に言えばそんな感じだ」

 

「……はい」

 

「ただし、君にはそんな反応が一切起こらなかった。調合は間違っていない。だが、何も出てこない。まるで、プリントそのものが……貼られていなかったみたいに」

 

彼女の声に、少しだけ影が差す。

 

「だから私はこう考えてる。君のプリントはもしかすると、別のノートに貼られていたんじゃないかって」

 

「……別の、ノート……?」

 

「ああ。普通なら、すべての記憶はひとつのノート、つまり自身の脳内に保管されてる。でも君はどうやらそのノートが変わっている……というより、『ノート自体が別物』だった可能性がある」

 

私の心が、静かにざわつく。

 

「君の記憶だと思っていたものは、実は君のものじゃなかった。そして、今の君は元のノートをどこか別の場所にしまっている。そんな仮説が成り立つんだ」

 

「……」

 

タキオンさんはそう言ってから、急に肩の力を抜くと、いつもの口調に戻った。

 

「まあ、今はあくまで仮説さ。これを記憶喪失の者に処方した試しもない。しかも何故睡眠時だけそのノートを読めるのかという疑問もある」

 

「とにかく、少しずつ確かめていくしかないね。君がこの世界で何を見て、どう変わっていくのか……私は、楽しみにしてるよ」

 

彼女の笑顔が、少しだけ優しく見えた。

 

その横で、カフェさんがそっと淹れていた二杯目のコーヒーが、ふわりと香りを運んできた。

雨の音は少しだけ弱まり、静かな時間が戻ってきていた。

 

……と、そのとき。

 

「……別のノートって、誰のノートだったんでしょうね」

 

ふと、カフェさんがぽつりと呟いた。

 

タキオンさんも私も、その言葉に少しだけ沈黙する。

 

「誰のって……」

 

思わず聞き返しかけて、けれどその続きを口にすることはできなかった。

 

胸の奥で、何かが揺らぐ。タキオンさんの言った説明のつかない違和感。眠るたびに見る、名も知らぬ風景と、私ではない“私”の視点。

 

 

 

――“誰か”の記憶が、私の中にある?

 

 

 

「ふむ……謎は深まるばかりだねぇ」

 

タキオンさんは紅茶を一口すすると、窓の外をぼんやり眺めた。

 

「まぁ、君のことだから、いずれ自分で辿り着くさ。私はその過程を見守るとしよう」

 

彼女はあくまで楽しげにそう言ったけれど、視線の奥には別の思いを隠しているように感じた。

 

 

 

私の中のノートは、いったい誰のものなのか。

 

 

 

 

 

そして私は、誰の記憶を生きているのか――。

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