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いただけた暁には作者がUCとります。
嘘です、もうレジェンドシナリオのやり方忘れました。
朝。ほんの少しだけ早起きして、私はグラウンド近くのベンチに座っていた。
(……今日は、雨が降るかも)
空は重たく曇っていて、灰色の雲がゆっくりと流れている。
湿った風が頬をなでていく。梅雨らしい空気だ。
気温は高くないのに、じんわりと肌にまとわりつくような空気があった。夏の匂いと春の残り香がまざりあっていた。
……こういう時間、実はけっこう好きかもしれない。
少しだけ、走る準備をして身体を動かして……。
でも今日は、なぜか足がグラウンドには向かわなかった。
(なんでだろう……)
目線の先には短距離トラック。何人かのウマ娘が走ってる。その中に……。
「……!」
一際、目を引く姿があった。青いショートヘア。華奢で、どこか儚げなシルエット。
そして――速い。
速さの中に、切なさと美しさが混ざっているような……不思議な感覚だった。
(ミラクルさん……あの時と同じだ)
あの時……初めて見かけた時と、同じ感覚。いや、それ以上かもしれない。
彼女の走りを見ていると、胸の奥が少しざわつくような、でも温かくなるような……そんな気がしてしまう。
(……そういえば、あの時は走ったらダメだったんだっけ)
もはや懐かしさすら感じてしまった。
その時、ミラクルさんがトラックを離れて、こっちのほうへ向かってきた。
(……もしかして、気づいた?)
……いや、それは偶然かもしれない。けど、足が自然と立ち上がって、私の方から声をかけていた。
「ミラクルさん!」
声をかけたその瞬間、彼女はぴたりと足を止めて、こちらを振り返った。
「……あっ、ユーフォリアさん。おはよう。……久しぶり、だね」
その言葉に、胸の奥がふわっと温かくなる。
「……はい。なんだか、懐かしい感じがします」
ミラクルさんは軽く笑って、額の汗をタオルでぬぐった。
「そういえば……ユーフォリアさん、この前の選抜レース、出てたよね」
「……えっ。もしかして、見てくれてたんですか?」
「うん。ちゃんと、最後まで。すごくよかったよ。走りに、想いが乗ってるっていうのかな。……目が離せなかった」
その言葉に、思わず胸が熱くなる。
「……そんなふうに言ってもらえるなんて。うれしいです」
「ふふ、あの時の君、なんだか眩しくて……ちょっと、目を細めちゃったくらい」
「……!」
言葉にならなくて、でも気持ちはちゃんと伝えたくて、私はぎゅっと拳を握った。
「……私も、さっきのミラクルさんの走り、見てました。やっぱり、すごく綺麗で……」
「……そっか。なんだか照れちゃうな」
そう言って、ミラクルさんは少しだけ視線をそらした。でも、すぐに目を合わせてから柔らかく笑った。
「ありがとう。……あ、そういえばね。近いうちにレースがあるんだ。函館スプリントステークス。毎年6月から9月まで、全6レースで構成されてる『サマースプリント』のひとつ」
「……!」
「いま、走ってたのはその調整。……ほんとは、ちょっとだけ……緊張してるんだけどね」
ぽつりとこぼしたその言葉が、どこか柔らかくて、少しだけ弱音に近くて。だけど、そんなところも含めて――嬉しかった。
「……私、応援してます。絶対に見ますから。だから、全力で走ってきてください……!」
「うん……ありがとう。……また、背中を押してもらっちゃった」
ミラクルさんがふっと微笑んだ、その時だった。
「おーい、ミラクルー」
優しげな雰囲気を感じさせる声が、少し離れた場所から聞こえてきた。
「……あっ」
彼女がそちらを振り向くと、柔らかな雰囲気のトレーナーが手を振っていた。優しげで、どこか安心感のある笑顔。
「あ、トレーナーさん。えっと、紹介しますね。この子、ユーフォリアさんっていって……前に一緒に朝ごはん食べたんだ」
「へぇ、君が……。はじめまして……って言いたいところだけど、実は君のこと、知ってるよ」
「……えっ?」
「選抜レース、見てたからね。すごくいい走りをしてた。記憶がどうとか色々聞いたけど、それ抜きにしても、目が離せない走りだったよ」
「……ぁ……ありがとうございます……!」
そう言って笑いながら目を細める。その言葉はどこか安心するような音だった。
「さ、ミラクル。今日のメニューはそろそろ終わりにしとこう。無理しすぎないようにね」
「分かりました」
ミラクルさんは小さくうなずくと、もう一度だけこちらを振り返った。
「じゃあ、またね。ユーフォリアさん。……レースの日、君が見てくれてるって思えば、少しは勇気が出るかもしれないから」
「はい、全力で応援してます……!」
――2人の背が遠ざかっていく。
その姿を見送りながら、私はそっと胸の前で拳を握った。
(……負けられないな)
そう思いながら、空を見上げる。
雲の向こうにかすかな光がにじんでいて、いつか雨が落ちてきそうな空だったけれど――
それでも私は、胸を張って、顔を上げていた。
レース当日。私は寮の部屋で静かにスマートフォンを構えていた。
(……もうすぐ)
函館スプリントステークス。画面の向こうには、青空と夏の陽射しを受けた芝コース。鮮やかな緑が眩しい。
カメラが出走ウマ娘たちの姿を一人ずつ映していく。その中に――。
(ミラクルさん……)
青いショートヘアが風を受けてなびいていた。
他の誰よりも小柄で、線の細い体躯。それでもその姿はまっすぐで、芯が通っているように見える。
(……緊張、してないかな)
心の中でそっと呟く。不安と期待が静かに胸の奥で揺れた。
ゲートインが完了し、発走の瞬間が迫る。
「スタートしました、函館スプリントステークス!」
一斉に駆け出すウマ娘たち。その中で、ミラクルさんはしなやかに地を蹴り、風を切るように前へ出た。
(……綺麗)
本当に、美しかった。
体の動きに無駄がなくて、見ているだけで気持ちがすっと軽くなるような……そんな走りだった。
他のウマ娘たちに囲まれながらも、ミラクルさんの存在は一際目を引く。
華奢な身体がまるで空気を撫でるように動き、少しずつ、前へ、前へと進んでいく。
(これが、ミラクルさんの走り……)
瞬きするのも惜しくなるほどだった。
……けれど。
ほんの一瞬だけ。胸の奥に小さなひっかかりが生まれた。
(……ん?)
胸の奥が、ほんの少しだけざわついた。
目を凝らしても、どこにも綻びはない。フォームは正確で、力強くて、余裕すら感じられる。
ただの思い過ごし。そう思いたかった。
でも、なぜか――。
――怖いと思ってしまった。完璧な走りのはずなのに。
それは、明確な理由のない、ほんのわずかな感覚だった。
雨の直前、においで降ると感じるような……そんな、名前のつけられない違和感。
画面の中のミラクルさんはどこまでも軽やかで、完璧に見える。
だけど、私の中には確かなざわめきが残った。
(……大丈夫、だよね?)
声に出すことはできなかった。でもその問いかけは、無意識に自分の胸に向けられた。
そして――
「ゴールイン! 勝ったのはケイエスミラクル!」
画面が歓声に包まれる中、ミラクルが静かに笑った。
満ち足りたような、達成感のある表情。
ウィニングランで手を振る姿は、堂々としていて、何ひとつ不安を感じさせなかった。
……はずだった。
(何か、よくないことが起きそうな……)
その走りの中に、かすかに混ざっていた、見えない“何か”。
それが何なのかは、まだわからない。
でも。わからないからこそ、怖かった。
(私に、できること……何かあるかな)
小さな想いが、胸の奥で静かに芽を出す。
それはきっと、誰にも見えない。でも、確かにそこにある感情だった。
ここからはミラクル主体になります。