記憶喪失ウマ娘は幸福になれるか   作:deyus

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水着シュヴァル実装なるか。クソ楽しみですわね。


Ep.22 潮風と、白い砂

バスが止まり、ドアが開いた。

合宿所の前に降り立つと、潮の香りがふわりと鼻をくすぐった。

 

海が近い。そう思えるほど風が湿っていて、さざ波の音が聞こえてくる。

 

「けっこう暑いな……こりゃ日焼けするぞ」

 

後ろから降りてきたトレーナーさんが、帽子のつばを軽く引っ張って言う。

でも、その顔はどこか楽しげだった。

 

「虫よけと日焼け止め、どっちが先だったっけな……まあ、いいや。とりあえず行こうか」

 

……夏だ。そう思った瞬間、胸の奥にほんの少しだけ緊張が走った。

これから始まる時間に、何かが待っているような、そんな予感。

 

「ユーフォリアさん!」

 

声がして、顔を上げる。建物の前にミラクルさんが立っていた。

いつか見た、あの笑顔のままで。

 

「来てくれてありがとう。ほんとに、嬉しいよ」

 

その声も、柔らかさも、何ひとつ変わっていないように思えた。

 

「はい。……こちらこそ、よろしくお願いします」

 

歩き出した足音が、細かい砂利を踏む音と混じり合う。

その隣で、ミラクルさんは軽やかに笑っていた。

 

でも、私はその笑顔の奥に……。何か、ほんのわずかな“波のゆらぎ”のようなものを感じていた。

 

………………

 

 

 

…………

 

 

 

……

 

玄関で靴を脱ぐと、合宿所の中は外よりもひんやりとしていた。

 

木造二階建ての合宿所。古びた柱や畳の香りに、どこか昔の空気が漂っている。

床がきしりと鳴って、直接聞いたことはないけど、なんだか懐かしいような音だと思った。

 

「ここが共用スペース。食堂とお風呂はこっち。部屋は二階にあるよ」

 

「はい」

 

ミラクルさんは、説明しながらも歩調を合わせてくれていた。

その声の端々から、私を歓迎してくれている気持ちが、まっすぐに伝わってくる。

 

「……けっこう古い建物ですけど、掃除はちゃんとしてあるんです」

 

「すごく落ち着きます。……懐かしい感じというか」

 

「ふふ。おれも、初めて来た時、そんなふうに思ったな」

 

やりとりは、自然だった。

返事も、表情も、どこにもおかしなところなんてない。

 

……そう、思いたいのに。

 

……

 

「ここが、おれたちの部屋だよ」

 

案内されたのは二階の、海側の角部屋。

 

「風が通るから、昼は意外と涼しいんだよ。朝晩はちょっと冷えるかもだけど」

 

窓を開けると、遠くに海のきらめきが見えた。

潮の匂いがふわりと吹き込み、カーテンが静かに揺れる。

 

「……きれいですね」

 

私がつぶやくと、ミラクルさんも頷いた。

 

「うん。静かで、いいところだよね。頭の中がスッとするっていうか……」

 

言いかけて、彼女はふと笑った。

その笑顔に、違和感はない。けれど、どこか“完成された形”のようにも感じられた。

 

 

──誰かに見せるために、丁寧に作られた笑顔。

 

 

そう思った自分に驚いて、心の中で慌てて否定する。

……考えすぎだ。そんなふうに人を、ましてや友人を疑いたくなんてないのに。

 

「荷物、そこに置いて大丈夫だよ。ゆっくりでいいからね」

 

「ありがとうございます。……一緒のお部屋なんですね。よろしくお願いします」

 

「うん、こっちこそ。おれのトレーナーさんが“そのほうが安心できるだろ”って言ってた」

 

その声がどこかくすぐったそうで、思わず私も微笑んでしまう。

それから少しだけ、静かな沈黙が落ちた。

 

外から、カモメの鳴き声が聞こえる。

 

ミラクルさんは、少しだけ何かを言いかけたように見えたけれど──

結局、その言葉は紡がれず「……ねえ、少し歩かない? 浜まで行ける道があるんだ」と、ふと思いついたように言った。

 

「浜辺……ですか?」

 

「うん。風が気持ちいいし、ちょっとだけ息抜きになるかもしれないから」

 

静かに微笑んだミラクルさんはそのまま先に扉を開け、部屋から出ていった。

 

残された私はその後ろ姿を一瞬見つめ、それから荷物の紐をゆっくりとほどいた。

 

この合宿で、彼女の何を見つけられるんだろう。

 

 

 

…………

 

ミラクルさんの後を追って、建物の裏手に出る。

地面は軽く傾いていて、草の生えた砂道が緩やかに続いていた。

 

陽射しはまだ強かったけれど、海からの風がまっすぐに吹き抜けていて、肌を撫でる空気はどこか涼しかった。

 

「こっちだよ。……すぐだから」

 

足元には、背の低い草が揺れていた。

踏みならされた道の先には、もう海がちらちらと見えている。

 

言葉は多くなかった。

けれど、その沈黙もどこか心地よくて、私はそっと息を吸い込む。

 

潮の匂い。風。砂のきしむ音。

どれも懐かしいような、でも知らない夏の匂いだった。

 

「……今日は、波の音がよく聞こえるね」

 

ぽつりと、ミラクルさんが言う。

その声は、独り言のように小さくて。私はどう返せばいいか少し迷ったけれど……。

 

「……はい。初めてですけど……なんだか、不思議と落ち着きます」

 

そう言うと、ミラクルさんが小さく笑った。

 

「ユーフォリアさんも、こういうの、好き?」

 

「……そうですね。好き、かもしれません」

 

「うん、それならよかった」

 

足元に転がった白い小石を避けるように、ミラクルさんは少し歩調を速める。

 

「もうすぐ、見えてくるよ」

 

その言葉のとおり、視界がぱっと開けて、白い砂浜が目に飛び込んできた。

 

「……海だ」

 

思わずこぼれた私の声に、ミラクルさんが微笑む。

 

「静かで、きれいなんだ。観光地じゃないから、人もあまり来なくて……」

 

浜辺の端にある岩場の近くに、ふたりの人影が見えた。

私たちのトレーナーさんたちだ。

 

「……楽しそうに話してるね」

 

ミラクルさんの声には、どこか遠くを見るような響きがあった。

私は思わず、その横顔を見つめてしまう。

 

「行ってみましょうか?」

 

そう声をかけると、ミラクルさんは一瞬だけ何かをためらうように見えた。

でもすぐに、「うん」と頷いて歩き出した。

 

砂浜に下りると、さらさらとした白い砂がサンダルの隙間に入ってきた。

足元に、波が一度だけ寄ってきて、すぐに引いていく。

 

──この夏は、きっと長くて、短い。

 

そんな予感が、胸の奥をふっとかすめた。

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