記憶喪失ウマ娘は幸福になれるか   作:deyus

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イベントストーリー読んできたぜ、サトノグランリゾートはやべえだろ。


Ep.23 風の中、遠くまで

波の音が、一定のリズムで耳に届く。

 

浜辺の端、岩場の近くで、二人の男が並んで腰を下ろしていた。片方はジャージの裾を少し砂に汚し、もう片方はタオルを首にかけたまま、靴を脱いで足先だけ海水に浸している。

 

「……ユーフォリア、ちゃんと来てくれてよかった」

 

早瀬がそう言うと、隣の渡辺は軽く顎を引いて頷いた。

 

「まあ、お前の頼み方がずるいからな。『支えになってほしい』なんて言われたら、あいつが断れるわけないだろ」

 

「……うん。そこは、わかってて言った。悪かったと思ってる」

 

正直な声だった。

 

波が寄せて、また引いていく。

その間を埋めるように、二人の間にしばらくの沈黙が流れた。

 

「どうなんだ、最近のミラクルは」

 

問いかけたのは渡辺だった。

視線は海ではなく、砂浜に転がった小石に向けられている。

 

早瀬はすぐには答えなかった。海の方を見たまま、目を細める。

 

「……走りはいい。体調も悪くない。レースも勝った。でも──やっぱり、違和感が頭から離れない。少しずつ、レールから外れている……そんな気がして」

 

「それは、“感覚”の話か?」

 

「……うん。完全に主観、思い込みにも近い。……でも、ずっと近くで見てるからこそ、見落としちゃいけない気がしてて」

 

「……気づいてるだけ、まだ救いがあるな」

 

「……そうだね。でも、正直怖い」

 

帽子を深くかぶり直して、早瀬は小さく息をついた。

 

「多分、俺が見えてないだけで、あの子の中で何かが、少しずつ変わってきてるんだと思う」

 

「だから、ユーフォリアを?」

 

「うん。あの子は、きっと“見える”から」

 

しばらく、波の音だけが耳に残る。互いに口を閉ざしたまま、視線だけが海の先を見ていた。

 

………………

 

 

…………

 

 

……

 

近づくにつれて、ふたりの声がかすかに耳に届いてきた。

砂浜に足を投げ出す背中と、海に足を浸したまま笑っている横顔。

波の音に混じって聞こえるその声が、その情景が、なんだか懐かしくて安心する。

 

「お疲れさまです」

 

声をかけると、ふたりがこちらを振り返った。

ふたりは少し驚いたような顔をして──すぐに、いつもの柔らかい笑顔に変わった。

 

「お、来たのか」

 

私のトレーナーさんがそう言うと、早瀬トレーナーも立ち上がり、軽く砂を払ってこちらを向く。

 

「波、気持ちよさそうですね」

 

私がそう言うと、早瀬トレーナーが足先の水をぴしゃりと跳ねさせた。

 

「うん、ちょっと足を冷やすにはちょうどいいくらいだよ。……ふたりとも、歩いてきて疲れなかった?」

 

少しだけ間を置いて、私たちの方に視線を向けながらそう言った。

 

「大丈夫です。……浜までの道、風が気持ちよくて。それに、浜辺なんて初めてで……ちょっと、わくわくしてます」

 

本心だった。緊張の裏にある、どこか浮き足立つ気持ちも、たしかにあった。

 

「そう言ってもらえると助かるよ」

 

早瀬トレーナーは小さく笑いながら、私とミラクルさんを交互に見る。

 

「今日はとりあえず移動だけだから、夕方までは自由にしていいよ。浜辺も歩けるし、少しだけ身体を動かしてもいいし」

 

「じゃあ……少し、身体を動かしておきたいですね。……じっとしてると、逆に落ち着かなくて」

 

そう言うと、私のトレーナーさんがどこか懐かしそうな顔で笑った。

 

「だと思ったよ。お前、こういうとき落ち着きないもんな」

 

「えっ……そ、そうですか?」

 

「悪い意味じゃないって。動いてるほうが、お前らしいって話」

 

その言葉に、思わずミラクルさんも笑っていた。

そして、その笑顔のまま──

 

「……じゃあ、あとで一緒に走ってみる?」

 

ふいに届いたその提案に、私は一瞬だけ言葉を失った。

けれど、不思議と戸惑いはなくて。胸の奥で、小さく何かがほどけるような気がした。

 

「……はい。ぜひ」

 

誰かと一緒に走ることが、こんなにも嬉しいと思えるなんて。

この夏が始まったばかりだということを、私はそのとき改めて実感した。

 

風が吹いて、白い砂がわずかに舞った。

 

………………

 

 

…………

 

 

……

 

海風が、少しだけ冷たくなっていた。

陽はすでに傾きかけていて、空が橙色に染まりはじめている。

 

「準備、できた?」

 

合宿所の前で待っていたミラクルさんが、私を見るなりふっと笑った。

その姿はいつもと変わらないはずなのに、どこか少しだけ軽やかに見えた。

 

「はい。……行きましょうか」

 

返事をすると、ミラクルさんは軽く頷いて、先に歩き出す。

私もその後ろについて、ゆっくりと砂浜へ降りていった。

 

日中よりも風は強くなっていて、砂がさらさらと流れていた。

裸足で立つと、波の跡がまだ冷たく残っていて、足の裏がひんやりする。

 

「このへんから、走ってみよっか」

 

軽くストレッチをして、ミラクルさんが言う。

私もそれにならって、肩をまわし、深く息を吸い込む。

 

潮の匂い。波の音。

空はゆっくりと色を変えながら、静かに私たちを包み込んでいた。

 

「……いくよ」

 

小さく頷いて、ふたりで砂浜を蹴った。

 

砂は柔らかく、でも思ったよりも足が取られない。

潮の引いた浜辺は意外と固く、案外走りやすいことに気づいた。

 

並ぶ。

少し前に出られる。

でも──気づくと、また隣にいる。

 

「……ユーフォリアさん、けっこう速いね」

 

「そう、ですか? でも……ミラクルさんのほうが、ずっと軽く見えます」

 

「ふふ、ありがとう」

 

走りながら交わす言葉は、どこか心地よかった。

まるで、お互いの歩幅を確認するような、そんなやりとり。

 

しばらく走って、ふと彼女が私のほうを見た。

そして──。

 

「……このまま、遠くまで行けたらいいのにね」

 

ふいに漏れたその言葉に、私は思わず足を止めた。

ミラクルさんも少し先で振り返る。

 

けれど、彼女は何も言わなかった。

ただ、夕焼けに染まりかけた空の下で、少しだけ微笑んでいた。

 

その笑顔が、風の中で揺れた。




ストックが実質的に0になってしまった。そろそろ続き作らないとまずい……。

後今更ですが名前に特に意味はないです。何となくで決めた。
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