遅れました、申し訳ないです……。リアルがかなりしんどく、直近に起こる良いことを考えないとやっていけない位くらいにはメンタルにきてるので次回も恐らく遅れてしまうと思います。
代わりに20日以降の投稿からは気合を入れていくので許してください……。
今のところ失踪することはないと思うので頑張ります……。
夏合宿のトレーナー室。外の暑さが少し和らいで、部屋の中は静かだった。
私のトレーナーさんが書類を整えているのを横目に、胸の奥で言葉を温めていた。
けれど、なかなか出てこない。
迷ってばかりじゃだめだ、と自分に言い聞かせて、口を開いた。
「そういえば……その、トレーナーさん」
声が少し震えていた。けれど、続けるしかない。
「ミラクルさん、近いうちにレースに出るんです。それで……」
一拍置いてから、私はトレーナーさんを見上げる。
「……現地に、見に行きたいんです」
唐突な申し出に、彼は瞬きをひとつした。けれどすぐに表情をほぐし、軽く肩をすくめる。
「ん? あぁそうか。それなら行ってくるといいぞ。こいつも、ミラクルも喜んでくれるだろう」
私の言葉を聞いたトレーナーさんは、まるで当然のことのように即答した。あまりにあっさりと背中を押されたせいで、思わずきょとんとしてしまう。
「……即答!?」
横から早瀬トレーナーが素早くツッコミを入れる。私の代わりに声を上げてくれたようで、ちょっと救われる気分だった。
「おいおい、お前が『君の眼でミラクルを見てほしい』って言ったんだろ」
「そ、それはそうだけど……あまりに迷いがなさすぎないか……」
「ははっ、俺はいつでも担当の意思を尊重するだけさ」
「……でも、本当に行ってもいいんですか? 私……」
思わず口を挟む私に、私のトレーナーさんは目を細め、穏やかに言った。
「もちろんだ、お前が行きたいと思った時に止める理由なんてないだろう。……まあ」
「……寂しくはなるがな」
その言葉に胸がどきりと跳ね、顔が熱くなる。早瀬トレーナーが笑いをこらえ、肩をすくめた。
……
合宿所の駐車場に到着すると、すでにミラクルさんが荷物を整えて待っていた。手には小さなキャリーバッグ。汗をかきながらも、笑顔を見せてくれる。
「ユーフォリアさん、来てくれるんですね」
その一言に、胸が少し熱くなる。私も自然と笑みを返す。
「はい。少しだけですけど、応援に……」
ミラクルさんはにっこり頷く。
「嬉しいな。君が来てくれると、なんだか心強いっていうか……」
その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。やっぱり、ただ見ているだけじゃなく、そばにいる意味があるのだと実感する。
「じゃあ、行こうか」
車に乗り込むと、ミラクルさんも笑顔で隣に座る。窓の外の景色が流れ始めたとき、心の中で小さな期待と緊張が混ざり合った。
「……レース、頑張ってくださいね」
「うん、もちろんだよ」
車内に静かな空気が流れる。その中で、私は少しだけ胸を高鳴らせながら、ミラクルさんの今日の姿を思い描いていた。
………………
…………
……
~空港~
荷物検査を抜けた先、待機場のベンチ。
出発までの時間、私たちはそれぞれ静かに腰を下ろしていた。
ミラクルさんが飲み物を買いに立った、その一瞬──。
「……あのさ、ちょっと話していいか?」
早瀬トレーナーの声が、不意に落ちてくる。
驚きに顔を上げた私に、彼はただ真剣な眼差しを返した。
「はい……? いいですよ」
周囲には人の気配があるのに、不思議とこの場には二人しかいないように思えた。
「実は、昨日、ミラクルの担当医に診てもらったんだ」
彼は書類を胸に抱え、声を落とす。
「結果は……異常なし。疲れてはいるが問題ない範囲だ、って。だけど、昔からの知り合いとして、こうも言っててね」
短く息を吸って、言葉を慎重に繋ぐ。
「──目が、危うくなった気がする。……って」
耳にした瞬間、心臓が跳ねた。あの夕暮れの浜辺で見た笑顔が、ふとよみがえる。
──遠くへ行ってしまいそうな笑顔。その印象と早瀬トレーナーの言葉が重なり、胸の奥を強く締めつける。
「……正直、トレーナーの俺としても……よりそれが強くなってきている、そう思うようになってきた」
「危うさ……」
小さく繰り返した声は、喉の奥でかすれていた。
胸の奥に針を落とされたみたいに、痛いほど静かに広がっていく。
「……まあ、それだけ。……いや、"だけ"では済まないんだろうけど……。……いや。だからこそだな、君にも知っておいてほしかった」
ただ伝えるだけ──その落ち着いた声音の奥に、彼の不安が透けて見えた。
その重みが、私の心に沈み込んでいく。
「……私に、できるでしょうか」
思わず漏れた声は、頼りなく震えていた。
けれど早瀬トレーナーは首を横に振らなかった。
「ユーフォリアだからこそ、って話でもあるんだよ。俺や渡辺だけじゃ届かないところに……君なら届くかもしれない」
その一言が、胸を強く揺らす。不安もある。けれど──それ以上に。
もしも私がそばにいなければ、ミラクルさんは……。
「……はい。ちゃんと、見ます。ミラクルさんのこと」
それは彼への返事であると同時に、私自身への誓いだった。
………………
…………
……
飛行機を降り、ターミナルを抜けると、少しひんやりとした空気が肌に触れた。小さく深呼吸をして……なんとなく、もう後戻りできない──そんな予感が胸を少し重くする。
「さあ、着いたね。体調は大丈夫そうだ」
早瀬トレーナーの声に頷きながらも、私は小さく息を吐く。言葉以上に、ここに来るまでの緊張と期待が混ざって心の奥で渦巻いている。
「……やっぱり、緊張しますか?」
小さな声で尋ねると、ミラクルさんは軽く笑みを浮かべた。
「うん。でも、君が来てくれたから心強いよ」
その言葉に、胸の奥がじんわり温かくなった。
……
控室の時計をチラリと見て、残り時間を確認する。ミラクルさんはすでに集中の世界に入っていて、背筋をまっすぐに伸ばし、目を閉じて呼吸を整えていた。
声をかけたくても、その横顔に割り込むことができず、私は拳を膝の上で強く握る。でも、そばにいるだけでいいのだと、自分に言い聞かせた。
そのとき、早瀬トレーナーからそっと声をかけられる。
「準備は万端だ。あとは君が見て、支えてやってくれ」
「……はい」
返事と同時に、私は胸の奥に決意を固めた。ここにいる意味──ミラクルさんが全力で走るその瞬間を見届けること。
その決意を胸に抱いた矢先、控室の静寂を破ったのは扉の開閉音だった。
「ケイエスミラクルさん、時間です。お願いします」
そうして係員の人がやってきた。
「っ! はい、分かりました」
ミラクルさんが立ち上がり、応える。その姿に一瞬、光が差したように見えた。
「じゃあ……行ってきますね」
「頑張ってきてください、応援してますから!」
「ふふっ……ありがとう、ユーフォリアさん」
振り返って微笑む顔はとても凛々しかった。
胸の奥に言葉がせり上がる。もっと言いたいことがあるのに──でも、声にならなかった。
「……俺たちも、行こうか」
「……そうですね」
「頑張ってください、ミラクルさん……絶対に、見届ける」
その言葉を胸の中で反芻しながら、私は彼女の背中を目で追った。
……
ターフに立つミラクルさんを目で追いながら、私は息を呑む。芝の香り、地面を揺らす蹄の響き。そのすべてが肌を震わせる。スタートの合図が近づくたび、胸の鼓動は高鳴りを増していった。
『──ゲートが開いた! 一斉に飛び出すウマ娘たち!』
芝を蹴り裂く音が、まるで心臓の鼓動のように響き渡る。ミラクルさんの脚は力強く、しなやかで、瞬く間に先頭集団へ。
(……速い……! 早すぎる……!)
その走りは美しく、鋭かった。函館スプリントSよりもさらに。けれど、その速さは光のように遠く、危うさを帯びているように見えた。
『最初の直線から加速! ケイエスミラクル、前へ出る!』
(……綺麗。でも──)
速すぎる。追いきれないほど遠くへ、どこまでも駆け抜けていってしまいそうで。
(……怖い)
視界を切り裂くその姿は、ただの速さを超えていた。胸がざわめき、思わず息を詰める。
『さあ、最終コーナー! 勝負はここから!』
直線に入る。ミラクルさんはすでに先頭。後続は必死に食らいつくが──。
「……すごい……でも、これじゃ……」
声が震えた。隣の早瀬トレーナーは険しい目で前を見据え、低くつぶやく。
「……ミラクル……」
その響きに、言葉にならない不安が胸を満たした。歓声が大きくなり、そして──
『ゴールイン! ケイエスミラクル! 圧倒的な速さで勝利しました!!』
会場が沸く。だが私の身体は反射的に固まる。歓声と自分の鼓動の間にズレが生まれる。歓喜のはずなのに、手はすぐには拍手できない。喜びと恐怖が、同じ場所でぶつかり合っている。
「……すごい、けど……」
「怖いって顔してるな」
早瀬トレーナーの声が落ちる。視線は前に向けたまま。
「俺も同じだ。──あれは、“速すぎる”。どこまでも行ってしまいそうな走りだ」
「……っ」
その一言で、胸のざわめきに輪郭が与えられる。喜びだけじゃない。──触れてはならないものに触れたような恐怖。
「この速さの先は──」
言葉の続きは、歓声にかき消されて聞こえなかった。
……
「トレーナーさん……次の、レース。セントウルS、出たいです」
控室に戻ってきたミラクルのその言葉に、思わず息を呑む。まだ1か月もない間隔で、しかも大目標のスプリンターズSも同じ9月。その短さに、胸がざわついた。
「セントウルS、って……もう、すぐじゃないですか……?」
小さな声が震えた。言葉にしたのは、純粋な不安と恐怖。止めたい――でも、その瞳の奥にある覚悟を見れば、口を挟むことすらためらわれる。
早瀬トレーナーも眉をひそめ、低く声を落とした。
「さすがに間隔が狭すぎるぞ……!」
「……そうですね。でも、やらなきゃ」
ミラクルさんは決して揺らがなかった。胸を押さえ、思わず拳を握る。言葉にできない苛立ちと恐怖が渦巻き、心臓が痛くなる。
「……無理、しないで……」
小さな声が漏れる。届かない。届かなくても、止めたい気持ちは抑えられない。ミラクルさんは前を見据え、己の意志を貫こうとしていた。
「差は、埋めなくちゃ。速くならなきゃ。スプリンターズSまでに絶対……絶対」
その言葉の強さに、私の胸は押しつぶされそうになる。喜びでも誇りでもなく、ただ恐怖と緊張が波のように押し寄せる。止めたい、止めたいのに――。
トレーナーは重い沈黙のあと、ゆっくりとうなずいた。控室に、小さな、しかし確かな決意の波が静かに広がった。
私はただ、息を呑みながら、胸の奥で痛みを抱えつつ、その背中を見つめるだけだった。