記憶喪失ウマ娘は幸福になれるか   作:deyus

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予定していた通り遅刻しました、遅れて申し訳ない。
ただ遅れた割に早く投稿できたので許してほしいです。

これからは問題なく投稿できると思うのでこれからもよろしくお願いします!


Ep.27 欠けた覚悟、歪む運命

昼下がりのトレーナー室。窓から射し込む日差しは少しずつ柔らかくなってきてるのに、机の上には散らばった書類がまだ片付けきれずに残っている。

 

私のトレーナーさんは椅子に腰かけ、眉間にしわを寄せながら手元のメモを睨んでいた。私はその横で、昼食後の休憩を兼ねて水を飲んでいる。

 

「……ふぅ」

 

ため息混じりに顔を上げたトレーナーさんが私に目を向ける。

 

「午後の調整メニューは、軽めにしておくか。昨日までの負荷が残ってるだろうし」

 

「はい、お願いします」

 

自然と返事をして、私はグラスを机に戻した。

 

ふと、トレーナーさんが何かを思い出したように口を開く。

 

「……そういえば、最近のケイエスミラクルの様子はどうなんだ。夏合宿じゃ、一緒に走ってただろう?」

 

「……元気そうでした。でも……」

 

言いかけたとき。

 

コンコンコン

 

ノックもそこそこにドアが開いた。

 

「……渡辺さん、ちょっといいですか」

 

声をかけてきたのは、早瀬トレーナーだった。

表情はどこか険しく、それでいて迷いがにじんでいる。普段なら明るく言葉を選ぶ人なのに、今日はまるで居場所を探すように足を止めていた。

 

「噂をすればなんとやら、か。どうした、早瀬」

 

私のトレーナーさんが立ち上がる。

けれど、早瀬トレーナーは彼ではなく、私を見て言った。

 

「……ユーフォリアさんにも、いてもらっていいですか」

 

胸の奥に小さなざわめきが走る。

何か、重大なことを話そうとしている。その気配だけははっきりと伝わってきた。

 

「……もちろんです。何の話ですか?」

 

私のトレーナーさんが椅子を勧めると、早瀬トレーナーは一瞬だけ躊躇ったあと、小さくうなずいて腰を下ろした。

彼はしばらく言葉を探すように沈黙していた。握った手が机の上で落ち着きなく動いているのが見えて、私まで息をひそめてしまう。

 

「……出走の件です。『スプリンターズS』の」

 

部屋の空気が一気に張り詰めた。私も、私のトレーナーさんも、思わず姿勢を正す。

 

「本人は、出たいと強く言ってます。それで……正直に言うと、俺には止める自信がないんです」

 

かすれた声。

自分を責めるように両手を握りしめて、早瀬トレーナーは続けた。

 

「本当は止めなきゃいけない。身体の面でも、気持ちの面でも。何もかも背負いすぎてるのに……俺、どうしても強く言えそうになくて」

 

「それに……どうしても、怖いんだ。もし止めたことで、あの子の心まで折ってしまったらって」

 

「……」

 

言葉が止まる。喉に何かが詰まったみたいに。

 

私のトレーナーさんは腕を組んで、重く息を吐いた。

その横顔には、聞いていても簡単に言葉を返せないという迷いが浮かんでいる。

 

「……渡辺さん、ユーフォリアさん。俺は……どうすればいいんでしょう」

 

まるで縋るように。それは相談というより、救いを求める声で、握られた拳が小さく震えていた。その揺れが、そのまま彼の決意の弱さを物語っているようで、胸が痛んだ。

 

私のトレーナーさんはしばらく黙ったまま、深く息を吸い込んだ。

そしてゆっくりと、まるで自分自身に言い聞かせるみたいに言葉を落とす。

 

「……俺自身の経験から言わせてもらうと、だ」

 

「止められるなら、止めた方がいい。それだけは、言わせてもらうぞ」

 

低く、けれどはっきりとした声音。

早瀬トレーナーは驚いたように目を見開き、それからかすかに笑った。

 

「……そっか、あなたは……」

 

早瀬トレーナーが言いかけて、唇を噛みしめた。

ほんの一瞬だけ私のトレーナーさんを見つめ、それから首を振って視線を落とす。

 

「いや、なんでもない。……そうだな」

 

一瞬にして流れていったやりとり。けれど私には、ほんの少しの違和感が胸に残った。

 

(……トレーナーさんも、昔になにか……?)

 

けれど、それを確かめることはできなかった。

その違和感を押し込んで、私はただ、目の前の二人を見つめる。

 

迷っている早瀬トレーナー。

その迷いに、自分の過去を重ねている私のトレーナーさん。

 

(……トレーナーさんに続いて、はっきり言わないと……)

 

息を吸い込んで、私は口を開いた。

 

「……私も、同感です」

 

静かに、でも自分の胸の奥を押さえるようにして口を開いた。

早瀬トレーナーが顔を上げ、私を見つめる。

 

「今のミラクルさんは、あまりにも……」

 

胸の奥に浮かんだ不安を、無理やり言葉に変える。

 

「危険……すぎます……」

 

言ってから、胸の奥に冷たいものが残った。

それはただの心配ではない。もっと切実な、恐怖にも近いもの。

 

「……っ」

 

早瀬トレーナーが顔を歪め、俯いた。

迷いと苦しみが、あまりにも正直にそこに滲んでいて、胸が締めつけられる。

 

「……だからこそ、ミラクルさんを……」

 

「一番側にいる、あなたが止めてあげてくれませんか……?」

 

驚いたように顔を上げる早瀬トレーナーと目が合った。私は視線をそらさずに続ける。

 

「ミラクルさんの気持ちは……すごく伝わってきます。今までの奇跡を抱えて、返そうとしてることも」

 

「でも、それを返すために……命まで使おうとするなんて、そんなの……」

 

声が震えて、最後まで言い切れなかった。

 

静かな沈黙。

ただ、窓からの光が机の上に伸びて、散らかった書類を照らしている。

 

(……ミラクルさんを、このまま走らせたら……)

 

その先にあるものを、私ははっきりと想像してしまった。

 

………………

 

 

…………

 

 

……

 

(……分かってる。分かってるんだ……)

 

ユーフォリアのまっすぐな願いが、痛いほど突き刺さる。

渡辺の短い言葉も、自分の弱さを照らし出していた。

 

止めなければならない──本当は、それが正解だと分かっている。

だけど、頭で分かっているのに、口が動かない。心の奥底で、別の声が囁く。

 

(……もし、本当に止めて……ミラクルの瞳から光が消えたら……?)

 

その恐怖が、どうしても拭えない。

自分の言葉が刃になって、彼女の心を折ってしまうのではないか──そんな未来ばかりを想像してしまう。

 

「……すみません」

 

やっと絞り出した声は、情けなく震えていた。

渡辺とユーフォリアの視線を正面から受け止めることができなくて、思わず目を伏せてしまう。

 

「……1度、もう1度だけ……彼女と話してみます」

 

その言葉は決意ではなく、逃げに近かった。本当はここで「止める」と言い切るべきだろう。

 

なのに──。

 

心の奥に重たいものを抱えたまま、俺は立ち上がった。

 

(……俺に、できるのか……?)

 

その問いを振り払えないまま、ケイエスミラクルのもとへ向かっていくのだった。

 

……

 

「……え?」

 

『スプリンターズS』の出走登録の締切日。

トレーナー室に呼び出されたケイエスミラクルは、俺の言葉を聞いて、ぽかんと目を瞬かせていた。

 

「えっと……すみません、もう一度……?」

 

混乱した表情。何かの聞き間違いだろうとでも思うように、彼女は問い返す。

 

けれど俺はうなずく。心臓がうるさいほど鳴っているのを無理やり押さえ込みながら、もう一度、口にする。

 

「『スプリンターズS』への出走は……やめよう」

 

その瞬間、ミラクルの顔から血の気が引いた。

 

「……なんで、ですか」

 

声はかすれて、震えている。

俺は視線を逸らさないようにしながら続けた。

 

「……君の、身体のことを考えてだ。もう随分と無理を重ねて来た。……これ以上、危険にさらせない」

 

「危険、なんて……そんな」

 

ミラクルの声は震えて、それでも必死に食い下がろうとする。

 

「大丈夫です。おれ、全部分かって走ってます。……体も脚も、全部使い果たすことになっても。傷ついても、壊れても……それで、いいんです」

 

「よくない!!」

 

思わず声が荒れる。

だけど、本当は心の奥底でわかっている。──この声に、もう、彼女を止められるだけの強さは宿っていない。

 

ミラクルは瞳を潤ませ、肩を震わせながら言葉を続ける。

 

「……トレーナーさん、お願いします。おれには走るしかないんです。全部返すために、もう、ここしかないんです」

 

「ミラクル……」

 

息が詰まる。止めたいのに。止めるべきなのに。

 

心のどこかで、「もし止めてしまったら」という恐怖ばかりが膨らんで、どうしても決定的な言葉を突きつけられない。

 

「……頼むから。もう、止めないでください」

 

その声は祈るようで、縋るようで。

その必死さを前にして、俺の喉が凍りつきかける。

 

「……それ、でも……。出走は、許可できない」

 

「……じゃあ……! ……出走申し込みの書類、そこにありますよね。おれが、出してきます」

 

今までに感じたことの無い威圧感をミラクルから感じる。……それでも。

 

「やめろ、ミラクル……!」

 

(……動け……動けよ俺の脚! ここで動かなかったら、彼女たちを……裏切ることになるんだぞ!?)

 

そう自分自身に言い聞かせ、書類を掴んだミラクルの体にしがみつこうとする。

 

「ぐっ……!」

 

しかし、足にうまく力が入らず、バランスを崩して転げてしまう。

 

「っ……じゃあ、行ってきますね」

 

あぁ、止めなければ。止めなければ……ならないのに……。足が、動かない。

 

「待って! ミラクル!!」

 

トレーナー室のドアを開けようとしたミラクルがこちらを振り返る。

 

「……なんで……なんで! そんなに止めるんですかっ!!」

 

声が震えて、かすれる。

潤んだその瞳に宿る光が揺れて、彼女の中に押し込められた感情が溢れ出しそうだった。

 

そして、そこに混じっていたのは悲しみと怒り。

 

「おれは……! 走らなきゃ……はしらなきゃ、ならないんです!!」

 

ドアを強く閉めながら去っていくミラクルの背中を、ただ見つめることしかできなかった。

 

「っ……俺、は……」

 

ユーフォリアや渡辺の言葉が頭の奥で響いているのに、1人のウマ娘を破滅へと導いているのに……俺は、立ち上がることもできなかった。

 

そして。

 

 

 

その書類は、正式に受理されてしまった。──ケイエスミラクルの名は『スプリンターズS』の出走表に刻まれてしまった。

 

 

 

「……ユーフォリアに、伝え……ないと……」

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