~病院~
私は今、ミラクルさんのお見舞いに来ている。……ミラクルさんは奇跡的に一命をとりとめた。
「……失礼します」
私はそう言って病室に入った。そこにはベッドに横たわって寝ているミラクルさんがいた。彼女の脚にはギプスが巻かれており、包帯も巻いてある。……その痛々しい姿に胸が締め付けられる。
「ミラクルさん……」
私はベッドの横の椅子に座り、静かに彼女の名前を呼ぶ。すると、彼女はゆっくりと目を開いた。
「……ユーフォリア……さん?」
「はい……。そうです」
「そっか……。来てくれたんだ……」
彼女はそう言って笑う。……しかし、その笑顔はどこか悲しげで今にも崩れてしまいそうなものだった。
「……その……。……えっと、……あぁ……」
何か言ってあげたいのに……。何も言葉が出てこない。……ただ、彼女の笑顔を見ていると胸が張り裂けそうになる。
「……心配、かけたね」
「……っ……!」
その言葉だけで、目に涙が滲んだ。どうしてだろう。……本当は私が慰める側のはずなのに、逆に気を遣わせてしまっている。
「脚は……まだ、望みがあるって。完全には……終わりじゃないんだって」
「……本当、ですか……?」
「うん。……ユーフォリアさんが支えてくれたから。あのまま倒れてたら、きっともっと酷かった……。ありがとう」
「……っ……」
胸の奥が熱くなり、何も言えなくなる。
「ただ……時間もかかるし、前と同じように走れるかは分からない」
ミラクルさんは小さく息を吐いて、天井を見つめた。
「……だからさ。おれが走れない間、ユーフォリアさんの走りを見てみたい。……最悪、おれが走れなくなってもユーフォリアさんが走ってくれるなら、それでいいって……なぜか、そう思えるんです。……自分でも不思議なんですけど」
「……!」
その言葉が胸に深く突き刺さる。私はただ頷くことしかできなかった。
「でも、きっとまた走れるようになる。夏合宿の時みたいに……また、一緒に走りませんか?」
強がるように笑っているけど、その言葉には願いと悔しさと優しさが入り混じっていた。
私は涙をこらえながら、ただ強く頷く。
「……はい。必ず」
その瞬間、私の胸の中に新しい走る理由が刻まれた。
~病院・廊下~
病室を出た瞬間、胸の奥に残っていた熱が少しずつ冷めていく。
扉の向こうからは、かすかな機械音だけが響いていた。
──そのときだった。
「……ああ、やっぱり来てたんだ」
声に振り向くと、少し離れた壁際に早瀬トレーナーが立っていた。
腕を組み、いつものように落ち着いた顔をしている……けれど、その目の奥には疲れがにじんでいた。
「……早瀬トレーナー」
「ミラクルの様子、見てたんだ」
「はい。……少しだけ、話をしました」
「……そっか」
それだけ言うと、早瀬トレーナーは短く息を吐いた。
その横顔が、いつになく寂しそうに見えた。
「……ミラクル、いつも君の話ばっかりしてたんだ」
「……え?」
「……ミーティングのときも、夏合宿のときも。『ユーフォリアさんがいたからここまで来られた』って……そう言ってた」
胸が熱くなる。あの笑顔の裏に、そんな想いがあったなんて。
早瀬トレーナーは天井を見上げ、深く息を吐いた。
「俺は……結局のところ、後悔してる。もっと……もっと、強く止めるべきだったって。それでも、ミラクルは選んだ。
……あの時の顔が、まだ焼き付いて離れない」
言葉の端が震えていた。
けれど、次の瞬間にはもういつもの声色に戻っていた。
「……ユーフォリアさん」
名前を呼ばれて顔を上げると、彼はまっすぐこちらを見ていた。
「……走ってやってくれ。ミラクルの分まで」
その声には、かすかに震えが混じっていた。
私は強く唇を噛み、そして静かに頷いた。
「……はい」
早瀬は目を閉じ、わずかに頭を下げた。
「……ありがとう」
その言葉だけを残して、彼は背を向けた。
その背中は、どこか痛々しく、必死に耐えているように見えた。
廊下の先で扉が閉まる音がして、再び静寂が戻る。
私は胸に手を当て、そっと呟いた。
「……ミラクルさん、早瀬トレーナー……。お二人の想い、ちゃんと受け取ります」
~トレーナー室~
病院を出て、私はそのまま学園に戻った。
胸の奥に残る痛みは、まだ消えてはいない。……けれど、その痛みが私を前へ押し出しているようにも感じた。
扉をノックし、そっと開ける。
「……失礼します」
机に向かっていた私のトレーナーさんが顔を上げた。
「……見舞い、行ってきたのか」
机に向かっていた私のトレーナーさんが、手を止めてこちらを見た。
その顔は、どこか沈んでいた。
「はい……」
「……ミラクルのことは……つらいな」
短い言葉。けれど、その声には静かな重みがあった。
私は胸を押さえ、少しだけ息を吸い込む。
「……トレーナーさん」
「……?」
「……私、走りたいです」
トレーナーさんの目がわずかに揺れる。
私は視線を逸らさず、言葉を続けた。
「ミラクルさんが……『私の走りを見たい』って……そう言ってくれました。だから……走ります。……これからは、誰かのためにも」
自分の言葉に迷いはなかった。あの病院で感じた思いが、全てを突き動かしていた。
トレーナーさんは驚いたように目を瞬かせたが、すぐに真剣な顔つきになった。
「……ユーフォリア……」
私のトレーナーさんはしばらく言葉を探すように黙り込んだあと、ゆっくりと立ち上がった。
「……そうか。……分かった。お前がそう言うなら、俺も全力で支えよう」
その声は、どこか安心したようで……それでいて、重みのある響きだった。
胸が熱くなる。……それだけで、足元を支える力が強くなる気がした。
「……ありがとうございます」
私の声は震えていた。けれどその震えは迷いではなく、これからの走りへと繋がる決意の証だった。
新章(?)開幕。
そして後書きからこんばんは、
遅れました。シンプルに今後も金曜日はこんな時間にあげると思います。
今なんとストックが若干産まれかけてるんですよね。これはでかいので今後も続けていきたい所。