年内の投稿するやつの大体の予定は立てました。
あと気が付けばEp.30。もう30話なんですね。
ついでにこの調子で投稿すると登校して一年目あたりにEp.36、つまり平均して月3投稿になるんですよね。運命というかなんというか。
なんにせよこれからも頑張るので評価、感想お待ちしてます!!
Ep.30 選んだ道の先、まだ見ぬ場所へ
~トレーナー室~
「……そうか、もう3か月経つのか……」
書類を片付けながら、トレーナーさんがぽつりと呟いた。
窓の外では午後の光が傾きはじめていて、その明るさに、季節の変化をふと感じた。
「……3か月?」
「ほら、デビューしたあと、次のレースのことを少し話しただろ。結局あのあと早瀬が来て、いろいろあったけど……もうそんなになるんだな」
彼は軽く笑って、机の上のカレンダーに視線を落とした。
その笑みには、あのときとは違う落ち着きがあった。
「……本当に、あっという間でした」
「だな。まあ、いろんなことがあったからな」
机の上に置かれた資料の山に目を落とす。トレーナーさんは資料を1つ手に取り、日付や条件を指でなぞりながら話し始めた。
「……ミラクルのことも、ひと段落ついたんだろ? それなら……またレースに出る理由ができたな」
「それで、肝心の出るレースなんだが……メジャーなルートで行くなら、葉牡丹賞からホープフルステークス、って流れになるな。中距離路線で確実に経験を積める」
「葉牡丹賞は11月末。だから調整を含めても、まだ1か月以上はある。身体を慣らすにはちょうどいい」
「……11月末……」
声に出してみた瞬間、カレンダーの数字が急に遠く見えた。
その距離は、憧れにも、焦りにも似ていた。
「……でも……」
「ん?」
「……ミラクルさんに、私の走る姿を見てほしいんです。だから、できるなら少しでも早く……」
思わず口に出す。その言葉は自分でも驚くほど自然に出てきた。
トレーナーさんは一瞬目を伏せ、それから小さく笑った。
「……ははっ。そうだな、お前らしいな」
そう言って、少しだけ目を伏せて、肩の力を抜くように笑った。
その笑いは、呆れと優しさが半分ずつ混じったような、不思議なぬくもりを持っていた。
「……え?」
「いや。誰かのために走るって決めたなら、止める理由なんてないさ。それで……そうだな……もう少し早い時期なら、マイルにはなるけど──アルテミスステークスってのがある。時期は十月末。どうだ?」
「……アルテミスステークス……」
私はその響きを口の中で転がす。
十月末。すぐだ。けれど、不思議と怖くなかった。
「相手は強いが、ユーフォリアなら全然通用する。……どうだ?」
私はゆっくりと頷いた。
「……走りたいです。そのレースに」
「決まりだな」
トレーナーさんは書類を軽くまとめて、机に置いた。
いつものように真剣な目で、まっすぐ私を見つめる。
「じゃあ、次の目標はアルテミスステークスだ。それで……様子を見て葉牡丹賞、ホープフルステークスに出るか決めよう」
「……はい!」
声に力が入った。
その瞬間、病院で誓った“誰かのために走る”という想いが、再び形を得た気がした。
「……いい顔になったな」
そのままの目線で、トレーナーさんが少しだけ目を細める。
その声には、どこか懐かしさのような響きがあった。
「えっ?」
「いや、なんというか……最初に会ったときより、ずっと"走る顔"になってる」
「……そんなに、変わりましたか?」
「変わったさ。あのときは……どこか、走ることに怯えてるように見えた。けど今は違う。ちゃんと前を見てる」
「……」
胸の奥が少し熱くなった。
それは照れくささでもあり、嬉しさでもあった。
「……なんて。こんなこと、前にも言った気がするな」
「……トレーナーさん」
「ま、とはいえ──」
彼は軽く咳払いをして、話題を切り替えるように資料を指で叩いた。
「次のレースまでもうすぐだ。しっかり仕上げていくぞ。身体の確認もしながら、少しずつペースを上げよう」
「はい!」
懐かしいやり取り。
でも──その響きが、どこか違って聞こえた。
胸の奥に小さく灯ったものが、まだ消えずに残っている。
焦がすような熱でも、眩しい光でもない。
けれど確かに、胸の奥で脈を打っていた。
それはただ、「走りたい」と思う心の形だった
トレーナーさんは椅子に体を預け、ふっと息をついた。
窓の外から差し込む夕陽が、その横顔を赤く染めている。
「ユーフォリア」
「……?」
名前を呼ばれ、トレーナーさんの方を見る。トレーナーさんはまだ書類をまとめながらも、こちらを見ずに言った。
「……ありがとうな」
一瞬、何のことか分からなかった。
けれどその声の響きに、なんとなく初めて会った日のことを思い出した。
あのときも、同じように穏やかで、どこか心配そうな声だった。
冷たい雨の匂いと、差し出された手の温もりが胸の奥に蘇る。
あの日と同じ温度を感じて、私は静かに笑った。
「……こちらこそ、ありがとうございます。次のレースも頑張ります」
「おう。期待してる」
そう言って、トレーナーさんは立ち上がり、書類を片づけ始めた。
カーテンの隙間から吹き込む風が、少し冷たい。
秋が、確かに近づいてきていた。
私は小さく息を吸って、拳を握る。
もう迷わない。
この道の先に“真実”があるのなら、たとえどんな闇を越えてでも掴みに行く。
たとえ、その先に何が待っていたとしても──。