記憶喪失ウマ娘は幸福になれるか   作:deyus

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うーん、これは遅刻。遅れて申し訳ない。

なんかいつもここに何書いてるか忘れたな。そう思って見返してもしょうもないことしか書いてねえや。

次回はなんと12/5までに投稿すると思います。ってか2025年もう終わるってマジ?


Ep.34 冬の息、近づく気配

白い息が、ふっと前にほどけていった。

朝よりも冷たくなった風が制服の襟を揺らして、急に冬が本気を出しはじめたのを告げている。

 

放課後。今日はトレーニングがない。

トレーナーさんには「走らない日も必要だ」と言われたが、いざ空いてしまうとどう過ごせばいいのか分からなくなる。どうしよう、と廊下を歩きながら考えてみたけれど、すぐに答えは出なかった。

 

友人と遊ぶでもなく、用事があるわけでもない時間がぽんと空に浮かんでいるみたいで落ち着かない。

 

……温かいもの、飲みたいな。

 

そう思った瞬間、ふわりと立ちのぼる苦い香りを思い出した。

旧理科室。タキオンさんの……そしてカフェさんがよくいる、あの静かな部屋だ。

 

足は自然とそちらへ向かっていた。

 

 

 

扉の前に立つと、いつもより少し緊張してしまう。

冬のせいなのか、それともただの気のせいか。

 

私はそっとノックをした。

 

「どうぞ……」

 

静かで柔らかい声が返ってくる。その声だけで、胸の奥の強ばりがゆっくりと溶ける。

 

扉を開けると、部屋にはほのかな蒸気と甘い香りが漂っていた。

カフェさんは、相変わらず黒い髪を揺らしながら丁寧に器具を扱っている。

 

「あ……その、お久しぶりです」

 

「ええ。久しぶりですね、ユーフォリアさん。寒かったでしょう。どうぞ、こちらへ」

 

カフェさんが静かに手を伸ばし、席をすすめてくれる。私は小さく頭を下げて椅子に腰を下ろした。

 

「少し、温かいものを淹れましょうか。……今日は少し苦味を抑えたもののほうが、合うような気がします」

 

彼女は手早く湯を沸かし、豆の入った器を傾ける。

その動きはいつも通り穏やかで、見ているだけで肩の力が抜けていく。

 

湯が落ちる音。

苦味と甘さが混ざった香りが、冬の部屋の冷たさを押し返すように広がる。

 

「……いただきます。ありがとうございます」

 

カップを両手で包むと、指先から少しずつ温度が伝わる。

それに合わせるように、胸の奥の呼吸もゆっくりになっていった。

 

「ユーフォリアさん、最近は……よく眠れていますか?」

 

「えっ……あ、はい。眠れていると思います」

 

「それは良かったです。以前は“悪夢”を見ることが多いと仰っていましたから……」

 

「あ……」

 

そこで、ようやく気づいた。

そういえば──私はこの数日、いやもっと長く、あの夢を見ていない。

 

誰のものなのか、私のものなのか分からない、不思議な夢。

あれが、すっぽりと抜け落ちている。

 

「……そういえば。見なくなりましたね」

 

「そうですか。……それなら、少し安心しました」

 

「安心……なんですか?」

 

問い返すとカフェさんは一瞬だけ言葉を整えるように目を伏せた。

 

「夢というのは記憶が浮き上がる場所です。

心が疲れていたり、揺れていたりすると……よく現れるものでもありますから」

 

「心が、疲れて……」

 

「もちろん、悪い意味とも限りません。──だからこそ、見なくなったのだとしたら」

 

そっと、柔らかく笑う。

 

「今のあなたが、落ち着きを取り戻してきている証かもしれません……」

 

その言葉に、胸が少しだけ温かくなる。

夢を見ないのは良いことなのだと、単純に思えたから。

 

「……なんだか、ほっとしました」

 

「ええ。どうかそのまま……よい時間を過ごせますように」

 

カップの縁を指でなぞりながら、私は静かに息を吐いた。

その香りに包まれているだけで、どこか安心できる。

 

──その時。

 

研究室の扉が「ガラガラガラ」と軽く揺れた。

 

扉が揺れた瞬間、カフェさんが小さく視線を向ける。

次の瞬間、白衣の影がひょいと覗いた。

 

「やぁやぁ、今日もなかなかカフェイン濃度の高い空間だねぇ」

 

タキオンさんだった。

寒さに負けたのか、随分と大きな白色のマフラーの端がわずかにほどけている。

 

「……あら、帰ってきたのですか。タキオンさん」

 

「ああ、少しばかりね。──んん、なるほど、ユーフォリア君も来ていたとは」

 

視線が私に向けられ、軽く目を細める。

その表情はいつものように楽しそうで、でもどこか観察するように静かな光がある。

 

「タキオンさんも、お久しぶりです」

 

「ふむ……相変わらず君は律儀だねぇユーフォリア君は。ま、それはさておき」

 

タキオンさんは軽く笑いながら、カフェさんが淹れてくれた紅茶の前に腰を下ろした。

角砂糖をひとつ、またひとつ、さらにもうひとつと落としていく。

カップの中で小さな氷山のように積もっていき、見ているこっちが不安になる量だった。

 

「ユーフォリア君。何か変わったことはあったかい?」

 

唐突に話を振られて、私は一瞬だけ言葉に詰まる。

でも、さっきの話を思い出して答えた。

 

「えっと……最近、夢を見なくなりました」

 

するとタキオンさんは、カップにスプーンを突っ込みながら

「ふぅン……?」と小さく声を漏らした。

 

「夢が、ね。あの“過去の夢”のことだろう?」

 

「はい。ここのところ、全然」

 

私がそう答えると、タキオンさんの瞳がわずかに揺れた。

 

「……なるほど。それはまた、興味深い変化だ」

 

少し間があってから、彼女はゆっくりとこちらを向く。

 

「ユーフォリア君。君自身は、その変化をどう感じている?」

 

「えっと……安心した、って思いました。……なんとなく、恐ろしくて……ときどき目が覚めてしまうこともあって。だから……」

 

そこで言葉が少しだけ途切れる。

夢が“私のもの”じゃない気がしていたことは、どうしてか言いにくかった。

 

でも、タキオンさんは続きを催促しない。

その沈黙に甘えてしまうように、私はゆっくり言葉を結んだ。

 

「……見ないなら、それでいいのかなって」

 

タキオンさんは、ほんの一拍だけ考えるような仕草をしてから小さく頷いた。

 

「うん。安心していいさ。夢が減ること自体は、悪い兆候ではない」

 

「そう、なんですね」

 

「ただし──」

 

そこだけ、声の温度がわずかに下がった。

 

「夢が静かになったからといって、“何も起きていない”とは限らない」

 

「……何か、起きてるんですか?」

 

タキオンさんは私に歩み寄り、白衣の袖を整えながら説明を続けた。

 

「夢というのは、記憶の中の"上澄み"のような存在だ。要は一番強い記憶が夢として表層に出てくる。それが出なくなるというのは、“深層”の方で何かが動き始めている可能性が高い」

 

「深層……?」

 

「そう。今大事なのは、夢という形で出てくる“映像”じゃなくて……」

 

タキオンさんは、少しだけ姿勢を前に倒した。

その目だけが、いつもの軽さとは違う真剣さを帯びる。

 

「──身体がどう反応しているか、だよ」

 

「身体……」

 

「最近、妙な違和感や既視感があったりしないかい?」

 

息が胸の奥で細くなる。

 

思い当たる。

ほんの、ほんの少しだけ。

アルテミスの後から、ときどき──影のような“ズレ”がある。

 

まるで、誰かが私の動きをなぞるように。

あるいは、誰かの感覚が私の中に混じろうとするように。

 

「……あります。少しだけ」

 

言うと、タキオンさんは静かに息を吐いた。

 

「やっぱりねぇ。……実際、アルテミスの後の君を見れば分かるさ」

「反応が少し変わってきている。呼吸、心拍、走法の細かな癖……そんな感じで今までとは違う、癖のようなものが浮かんできてる感じがする」

 

「っ……」

 

それは、まるで──。

誰かの影が、私の中で目を覚ましかけているみたいに聞こえた。

 

言葉を失った私を見て、タキオンさんは肩をすくめる。

 

「そんな怖い顔をしないでおくれよ、別に悪いことじゃない。もともと君の中にあったものが、夢以外の形で動き出しているだけだ、心配はいらない。ただ……」

 

タキオンさんは紅茶をひと口──と言っても、ほとんど砂糖の固まりのようなものを飲み、続けた。

 

「しばらくのあいだ、自分の身体の変化によく耳を傾けておくべきだ。君の"表面"が静かでも、底面で何が起きているかは、まだ誰にも分からないからねぇ」

 

その言葉が、コーヒーの香りと一緒に静かに胸に沈んでいった。

 

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