記憶喪失ウマ娘は幸福になれるか   作:deyus

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ハッピーバレンタイン(6日遅れ)!
今年もこの時期がやってきましたね。無事にライスの通常チョコのストックが1個増え4個になりました。
最大数って4個でしたよね。……いや、よくよく考えたらまだ5周年来てないから4個だよな。うん。


Ep.42 甘い香りと、温もりの一粒

二月上旬の朝。

 

教室内は、外の刺してくる冷気を押し返すような独特の熱気に包まれていた。一月が終わり、カレンダーが二月に移ったことで、生徒たちの関心は間近に迫った「バレンタインデー」へと向けられている。

 

朝のSHRが終わり、先生が教室を出た瞬間に、あちこちで「チョコ」や「本命」、「お返し」といった単語が飛び交い始める。記憶を失っている私にとっても、バレンタインが「大切な人に感謝や想いを伝える日」であるという知識は持っていた。けれど、かつての自分がどんな風にこの日を過ごしていたのか、誰かに贈ったことがあるのか、それは霧の向こう側だ。

 

賑やかな周囲をどこか遠い世界の出来事のように眺めながら、私は自席でノートを整理していた。

 

「……ユーフォリアさんは、バレンタインデーで誰かに贈りますか?」

 

ふいに声をかけられ、顔を上げる。そこに立っていたのは、ケイエスミラクルさん──ケイさんだった。

 

「ケイさん。ええと……」

 

ケイさんの問いに、私の脳裏には真っ先に担当トレーナーである渡辺トレーナーの顔が浮かぶ。保護されたあの雨の日から今日まで、名前すら持たなかった私を支え、走り続ける理由をくれた大切な存在。

 

「はい。トレーナーさんには、日頃の感謝を込めて何か贈りたいな、とは思っているんです」

 

素直な気持ちを口にすると、胸の奥が少しだけ熱くなった。

 

「……ただ……何をどうやって作ればいいのか、全然わからなくて」

 

正直に打ち明けると、ケイさんはどこか安心したように、ふわりと微笑んだ。

 

「おれも……トレーナーさんに感謝を伝えたくて。もしよかったら、放課後、一緒に作ってみないかな。作り方とか、材料とか」

 

ケイさんの優しい提案が、冬の光のように私の中に溶け込んでいく。と、そこへ明るい笑い声が割って入った。

 

「あ、バレンタインの話? それなら私も混ぜてよ!」

 

そこへ、明るい声とともに同じクラスのヒシミラクル──ミラ子さんが、ひょいと顔を覗かせた。

 

「二人ともチョコ作るんだね。 美味しいチョコを研究して、みんなで食べちゃおうよ!」

 

ミラ子さんのマイペースな明るさに、私とケイさんは思わず顔を見合わせて笑ってしまう。

 

かつての自分がどんなバレンタインを過ごしていたかは分からない。けれど、今こうして笑い合える友人がいて、感謝を伝えたい相手がいる。その事実が、私の胸を温かく満たしていた。

 

「はい、ぜひ! 三人で作れば、きっと素敵なチョコになりますよね」

 

冬の柔らかな日差しが差し込む教室で、私たちの「手作りチョコ計画」が、賑やかに動き出すことになった。

 

……

 

放課後の調理実習室は、いつもとは違う特別な空気に包まれていた。

入り口の扉を開けた瞬間、胸の奥をくすぐるような、甘く濃厚なチョコレートの香りが鼻を突く。窓の外では冬の冷たい風が校舎を揺らしているけれど、この部屋だけは、あちこちで上がる湯気と生徒たちの熱気で、春が来たかのような暖かさだった。

 

「まずはチョコを細かく刻むところからだね。指先、気をつけて」

 

ケイさんが手際よく包丁を動かしながら、私に優しく教える。

 

「はい、わかりました」

 

「じゃあ、わたしは味見担当……じゃなくて、デコレーションの研究担当で!」

 

ミラ子さんの明るい声が、少し緊張していた私の心を解きほぐしてくれる。

 

刻み終わったチョコを銀色のボウルの中に入れると、お湯の熱を受けてチョコレートがゆっくりと形を失っていく。

滑らかな光沢を帯びながら溶けていくその様子をじっと見つめていると、不意に、昔のことを思い出した。

 

(……あの時は、雨が降っていて、寒かった)

 

保護されたあの雨の日。名前すら持たず、自分が何者かも分からず、ただ冷たい地面に倒れていた私を、渡辺トレーナーは拾い上げてくれた。そして、"ユーフォリア"という幸福に満ちた名前を私にくれたのだ。

 

そんな自分がこうして自分の足で立ち、友達と笑い合い、誰かのために何かを作っている。その当たり前のような日常のすべてが、あの人が私に繋いでくれたものだった。

 

「あはは、ユーフォリアちゃん、顔が真剣すぎるよ! もっと肩の力を抜いて、美味しくなれーって念じなきゃ」

 

不意に横から明るい声がして、ミラ子さんが、口の端に少しだけチョコをつけたまま笑いかけてきた。

 

「! ……そう、ですね。……それはそれとして、ミラ子さん。つまみ食いしてますよね?」

 

「あー……バレちゃった? ほら、二人も食べてみて!」

 

差し出された欠片を口に含むと、甘さがじんわりと身体の中に広がっていく。かつての自分がどんなバレンタインを過ごしていたかは分からないけれど、今、こうして友人と共に過ごす時間が、私には何よりも大切に思えた。

 

………………

 

 

…………

 

 

……

 

二月十四日、バレンタインデー当日。

今日の空気は一段と冷え込み、吐き出す息は真っ白に濁った。

朝練が始まる時間より早く、トレーナーさんが来るよりも先に。いつもの集合場所に着いて、綺麗にラッピングされた小さな箱を手に立ち尽くしていた。

 

「おっ、おはよう。今日は一段と早いな。じゃあ、今日もトレーニング始めるか」

 

いつも通りの穏やかな声。渡辺トレーナーが、私の前で足を止める。

 

「……あの、その前に。少しいいですか?」

 

心臓がうるさいほどに脈打つ。私は震える手で、その箱を差し出した。

 

「えっと、トレーナーさん。これ、ハッピーバレンタインです。……いつも、ありがとうございます」

 

トレーナーさんは一瞬、驚いたように目を見開いた。けれど、すぐにいつもの、困ったような、でも優しい笑みを浮かべて受け取ってくれた。

 

「ありがとう、ユーフォリア。……お前から貰えるなんて、思ってなかったな」

 

「美味しいかは、自信ないんですけど……ミラクルさんたちに教わって作りました」

 

渡辺トレーナーはその場でそっと箱を開け、1つを口に運んだ。少しだけ、時間が止まったような気がした。

 

「……ああ、すごく温かい味がする」

 

その一言が、冬の凍てついた空気を春のように溶かしていく。私の胸の中に、柔らかな喜びが広がった。

 

記憶の霧はまだ晴れない。けれど、今の私がここにいて、この感謝を伝えられたこと。その事実だけで、今は十分だった。

 

「……えへへ。よかったです」

 

私は顔を上げ、朝の光の中で、心からの笑顔を返した。




そういえばLoHの存在忘れてて星の数が理論値-1から-2になりました。悲しいですね。

それとお気に入り50件ありがとうございます!!これからも頑張ります。
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