記憶喪失ウマ娘は幸福になれるか   作:deyus

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よし、ギリギリ……アウトか……。

いや、ここを書いてる段階では23時59分なのでセーフ。ってかそもそも23日にあげるはずでしたわ。

敗因としてはArcaeaっていう音ゲーにハマってたことが原因ですね。
ただその代わり星ポテ(超簡易的に言えば上位9%)になったのでヨシ。

……代償としてチャンミ何もやってないんですけどね。


Ep.45 弥生の余熱、風に溶ける約束

弥生賞から一夜明けた、放課後のトレーナー室。昨日のレースの熱量がまだ脚の奥に残っているような、どこかふわふわとした感覚に包まれながら、静かな時間が流れていた。

 

「……ここ、ですね」

 

モニターに映し出されているのは、弥生賞の最終直線。私の隣で、トレーナーさんが静かに再生ボタンを止めた。画面の中の私は、中山の急坂を必死に駆け上がっている。そのすぐ後ろには、燃えるような紅い髪をなびかせたレガリアさんの姿があった。

 

「1/2バ身差か……。こうして見返すと、本当に薄氷の勝利だったんだな」

 

トレーナーさんの言葉に、私は自分の膝に置いていた手をぎゅっと握りしめた。

昨日のレースの記憶が、熱を帯びて蘇る。あの時、私の脚は確かに重かった。けれど、それは決して不快な重さではなかった。

 

「……はい。最後、レガリアさんの気配がすぐ後ろまで迫ってきて、本当に生きた心地がしませんでした」

 

「……それにしても……不思議です。前より疲労感があって、苦しいはずなのに。今の方が、ちゃんと自分の足で走っているんだって、みんなの期待を背負ってるんだって、実感できるんです」

 

そう口にすると、トレーナーさんはモニターを止め、私の方を向いて少し真剣な表情をした。

 

「重賞を勝つたびに、その期待や注目はどんどん増していく。……怖くはないか?」

 

「……前は、怖かったです。でも今はそれが、私がここにいる"証"なんだって、そう思えるんです」

 

「自分がここにいる証……か。いい顔になったな、ユーフォリア」

 

「えへへ……」

 

トレーナーさんの言葉に、私は少しだけ照れくさくなって視線を映像に戻した。

 

 

『次は無い。皐月賞で決着をつけてやる』

 

彼女のあの燃えるような闘争心。敗北を糧にして、さらに鋭く磨き上げられるであろう彼女の牙。画面の中で私を追い詰めた紅い旋風は、間違いなく私のすぐ後ろまで迫っているのだと、静かな予感と共に胸に刻んだ。

 

 

「皐月賞では、もっと激しい戦いになりますね」

 

「ああ、その通りだ。特に終盤、レガリアの加速には目を見張るものがある。生半可な覚悟じゃ追いつかれてしまうだろうな」

 

「そのためにも、トレーニングだ。次の皐月賞、もっと強くなって迎え撃つぞ」

 

「はい、トレーナーさん!」

 

私は深く頷き、閉じられたモニターの黒い画面に、確かな意志を宿した自分の瞳が映っているのを確かめた。

 

 

 

トレーナー室での振り返りを終え、私たちはそのままトレーニングのためにグラウンドへと向かった。三月の空気はまだ少し冷たいが、陽射しを浴びるターフの緑は、冬の終わりを告げるように力強く芽吹いている。

 

ふと短距離用のトラックに視線を向けると、そこには見慣れた青いショートヘアが風に揺れていた。

 

「……ケイさん」

 

私は思わず呟いた。三月の終わり、高松宮記念という大舞台を控えた彼女は、今まさにその最終調整に入っているのだろう。

 

かつての彼女の走りには、見ているこちらが息を詰めるような、光の届かない場所へ消えてしまいそうな危うさがあった。でも、今の彼女の走りは違う。一歩、また一歩と地面を叩くその蹄音には、自分の命そのものを慈しむような、静かな力強さが宿っていた。

 

私たちの視線に気づいたのか、ケイさんは速度を落とし、こちらへ歩み寄ってきた。

 

「あ……ユーフォリアさん。それに、渡辺トレーナーさんも。こんにちは」

 

「こんにちは、ケイさん。順調そうですね」

 

私がそう言うと、彼女は少し照れくさそうに、けれど晴れやかな笑顔を返してくれた。

 

「……トレーナーさん。私、ケイさんと走りたいです。併走させてもらってもいいですか」

 

中距離を主戦場とする私と、最速を目指す彼女では距離適性は大きく違う。けれど、私たちにとって、そんなものは何の壁にもならなかった。

 

「ああ、いいぞ。早瀬は……スタンドにいたのか、じゃあ俺はあいつのところに行ってくる。好きに走ってるといい」

 

トレーナーさんの短い頷きに背中を押され、私はケイさんが息を整えているスタート地点へと歩み寄った。

 

「ケイさん、約束……覚えてますか?また一緒に走りましょうって」

 

あの病院の一室で交わした約束。もう一度並んで風を切るという誓いが、ようやく形になろうとしていた。

 

「もちろん。忘れたことなんて、ありませんでしたから」

 

2人でスタートの姿勢をとる。ゲートが開く音はなかったが、互いの呼吸が重なった瞬間、私たちは同時に地を蹴った。

 

走り出した直後、私は「最速」を目指すウマ娘の速度を、身をもって知ることになった。

ケイさんの加速は、まるで弾丸のようだった。一歩ごとに爆発的な推進力で地面を叩き、瞬く間にトップスピードへと到達するその鋭さは、中距離を主戦場とする私のそれとは決定的に異なっている。

 

彼女が切り裂く空気の密度は恐ろしいほどに濃く、油断すれば一瞬で置き去りにされてしまいそうな焦燥感が肌を刺す。私はその猛烈なピッチに必死に食らいつき、肺を焼くような熱い息を吐き出しながら足を動かしていた。

 

隣を走るケイさんの瞳は、前だけを真っ直ぐに見据えている。かつて感じた、何かに追われるような焦燥感はもうそこにはない。

彼女もまた、この一歩一歩を自分のものとして刻んでいるのだと、並走する風の中から伝わってきた。

 

「……やっぱり、リアさんの走りはいいな。この前よりずっと、正面を向いている」

 

「ケイさんこそ……。すごく、温かくて強い走りです」

 

私たちはそのまま、夕映えに染まり始めたトラックを、どこまでも続く未来を確かめるように駆け抜けていった。

託された想いを力に変えて。この脚で、私の意志で、これからも新しい景色を見に行くと、改めて心に誓った。

 

………………

 

 

…………

 

 

……

 

ケイさんとの併走を終え、心地よい疲労感と高揚感に包まれながら更衣室へと向かっていた時のことだ。夕闇が迫り始めた渡り廊下の影から、ふわりと揺れる白衣の裾が見えた。

そこに立っていたのは、アグネスタキオンさんだった。

 

いつもなら、突拍子もない実験の誘いや不穏な独り言が聞こえてくるはずなのに、今日の彼女は不気味なほどに静かだった。沈みゆく陽光が差し込む廊下で、彼女はただじっと、こちらを見つめている。その瞳は、凪いだ水面のように静かなものであった。

 

「……タキオンさん、お疲れ様です」

 

私が声をかけると、彼女はゆっくりと瞬きをして、音もなく一歩近づいてきた。

 

「やあ、ユーフォリア君。……今の君は、とても綺麗だね」

 

その声は驚くほど穏やかに、私の心の奥底へ滑り込んできた。けれど、その響きには体温のような温かさが感じられない。

まるで、完璧に磨き上げられた硝子細工の標本を眺める学者のような、どこか冷ややかな観察の響きが含まれている気がした。

 

「き、綺麗……ですか?」

 

「ああ。不純物が削ぎ落とされ、君という個体が純粋に輝いている。……少なくとも、表面上はね」

 

弥生賞での勝利。そして、あのホープフルステークスの直線で私を蝕んだ、自分ではない何かに塗り替えられるような"ノイズ"が消えた今の平穏。私はようやく、自分の足で、みんなの想いを乗せて走る手応えを噛み締めていた。

 

けれど、タキオンさんの瞳に射抜かれた瞬間、心臓が小さく跳ねた。

 

彼女の視線は、私の笑顔や今の走りの手応えなど見てはいない。

 

もっと奥。私の中に潜んでいたはずの、あの"異常"がどこへ消えたのかを、執拗に探り当てようとしていた。

 

見透かされている。まるで、見えないメスで解剖されているような感覚。

 

「……そういえば、弥生賞の勝利、私も見させてもらったよ。君自身の底力で掴み取った、実に興味深い勝利だった」

 

彼女はいつもの軽薄な笑みを貼り付けると、ひらりと手を振って背を向けた。

 

「皐月賞、楽しみにしているよ。君の変化は、いくら見ていても飽きないからね」

 

立ち去る彼女の背中を見送りながら、私は自分の胸をそっと押さえた。

 

タキオンさんの言葉は温かい称賛のはずなのに、なぜか指先にだけ、微かな冷たさが残っている気がした。皐月賞への道のりは、まだ始まったばかりなのだと、改めて自分に言い聞かせた。




余談ですが運転免許は無事取れました。
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