……ただ、4月1日から入社するので、今までの通りに書けるか疲労的に結構不安。
既に睡眠環境向上の一環として良い敷布団欲しいと思ってる。
遅れる可能性も大いにありえるので把握してもらえると助かります。
ウワーハタラキタクナイヨー、マダケンシュウダケド。
高松宮記念を翌日に控えた、放課後のことである。弥生賞という激戦を終え、次なる皐月賞へ向けて心身を整える日々。
そんな中、明日の高松宮記念のことが、どこか他人事ではなく胸の内にあった。
ふと前方を見ると、窓から差し込む淡い光の中に、凛とした佇まいのウマ娘が立っていた。
燃えるような紅い髪のレガリアさんとはまた違う、静かで、圧倒的な気品を纏った影。ダイイチルビーさんだった。彼女は私の足音に気づくと、ゆっくりとこちらへ向き直った。
「……ユーフォリアさん。少し、よろしいでしょうか」
凛とした、けれどどこか重みのある声に呼び止められ、私は足を止めた。
「ダイイチルビーさん。はい、もちろんです」
彼女はゆっくりと歩み寄り、私の正面に立った。至近距離で対峙すると、彼女が纏う"華麗なる一族"としての圧倒的な気圧が伝わってくる。けれど、今の彼女から感じるのは威圧ではなかった。
「……明日の高松宮記念を前に、あの方……ケイエスミラクルさんのことで、どうしてもお伝えしておきたいことがありました。……あの方を、絶望の淵から救い上げてくださったこと、心より感謝いたします」
彼女は一度、窓の外の遠い空を見つめ、それから再び私を真っ直ぐに射抜いた。
「私は、あの方を止めることができませんでした。あの方の覚悟はあまりに鋭く、少しの介在の余地も残してはくださいませんでしたから……」
その言葉に、胸の奥がちくりと痛んだ。夏合宿やスプリンターズSで見た、命を削るような眩しすぎる輝き。それは傍にいた彼女にとっても、あまりに危うく、それでいて不可侵なものだったのだ。
「そのことを、私は不甲斐なく思っております。華麗なる一族として、彼女の同室として……そして、一人の友人として」
その声には、親友の無謀な走りを止められなかった自分への、静かな悔しさが滲んでいた。彼女はずっとその後悔を抱えていたのだろう。
「……でも、貴女は違った。記憶を持たず、脆く儚い存在でありながら。彼女を支え、救い上げてくださった貴女に、感謝を」
彼女はゆっくりと姿勢を正し、私に向かって深く、丁寧に頭を下げた。
「──心より、ありがとう存じます」
その一言には、飾りのない、剥き出しの感謝が宿っていた。
「……私の方こそ、ありがとうございます。ケイさんが明日、また走れるのは……傍で見守り続けたルビーさんがいたからです」
私の言葉に、彼女は少しだけ驚いたように目を見開き、それからふっと、綻ぶような微笑を浮かべた。それは、冷たい硝子細工が春の陽光に溶けたような、とても優しい笑顔だった。
「明日の高松宮記念、お二人の走りを……しっかりと見届けさせていただきます」
「ええ。至上の舞台で、最高の競演をお見せしましょう。それが一族の、そして彼女の友としての責務ですから」
ダイイチルビーさんは再び気高い表情に戻ると、静かな足取りで去っていった。
明日は、ケイさんの復帰戦。託された感謝を胸に、私もまた、自分自身の戦いへと意識を向けていく。廊下を吹き抜ける風が、少しだけ温かく感じられた。
………………
…………
……
三月末の中京レース場は、春を告げる柔らかな陽光と、それとは対照的な熱気に包まれていた。
高松宮記念。春の最速を決める電撃戦。私は観客席の喧騒の中に身を置きながら、じっとパドックの入り口を見つめていた。弥生賞を終えた私にとって、この日は一人の観客でありながら、それ以上に重い意味を持つ日であった。
やがて、出走するウマ娘たちが姿を現した。
私の目は、無意識にひとつの影を追っていた。青いショートヘアが風に揺れ、華奢な身体を包む勝負服が陽光を弾く。ケイさんだ。
かつての彼女の走りは、見ているこちらが息を止めてしまうような、いつか消えてしまいそうな光を放っていた。しかし、今ここにいる彼女の歩みは、以前とは決定的に異なっている。
一歩、また一歩。芝を踏みしめるその足取りは、地面の感触を確かめ、失われかけた"次の一歩"を、噛み締めるように歩いていた。
彼女はもう、何かを返すために自分を滅ぼそうとはしていない。ただ、走れることの喜びを、その脚に宿しているように見えた。
大きな怪我を乗り越え、絶望の淵から這い上がってきた彼女が今、再びこの場所に立っている。その事実だけで、私の胸の奥は熱くなった。
彼女の後ろには、静かな気品を纏った"華麗なる一族"の令嬢、ダイイチルビーさんの姿もあった。
紫を基調とした高貴な勝負服を翻し、一寸の乱れもない足取りで歩く彼女の姿は、言うなれば、スプリント界のレガリアさんのようだった。
昨日、渡り廊下で交わした『最高の競演を見せる』という約束が、このパドックの空気を通して伝わってくるようだった。
彼女もまた、親友でありライバルであるケイさんの復帰を、誰よりも望み続けてきた一人であった。
ケイさんがパドックを回る。その視線はまっすぐ前を見据えていたが、私のいる観客席の近くを通った瞬間、彼女の足取りがわずかに止まった。
(……あ)
不意に、ケイさんが足を止めずにこちらへ視線を向けた。何万という観客の視線が注がれる中で、彼女は正確に、観客席にいる私の存在を捉えた。視線が交差する。
それは、言葉を交わさずとも伝わる、深い信頼と決意の証だった。ケイさんは私に向けて、小さく、けれど確かな笑みを浮かべた。その瞳は「見ていてください」と、そう告げているようだった。
絶望を越えて辿り着いた、新しい輝き。彼女が送ってくれたその視線に、私は小さく笑みを浮かべて応えた。
そして同時に、自分自身の戦い──来るべき皐月賞に向けて、逃げ場のない闘争を勝ち抜くための決意を、新たにするのだった。
「……行ってきてください、ケイさん」
独り言のように呟いた言葉は、春の風に乗って、彼女の背中へと吸い込まれていった。託された感謝と、未来への約束。それらを乗せた奇跡のその先が、今、再び動き出そうとしていた。
……
ファンファーレが鳴り響き、中京レース場のボルテージは最高潮に達した。
ゲートが開いた瞬間、地鳴りのような蹄音とともに、高松宮記念の幕が上がった。
私の視線は、群れの中でひときわ鮮やかに躍動する青い影を追っていた。ケイさんだ。
あの鋭すぎる輝きは、いまの彼女にはもうない。
中団の好位置につけたケイさんの走りは、驚くほど力強く、そして穏やかだった。
その4バ身程後ろを、高貴な紫の勝負服を翻すダイイチルビーさんが進んでいく。一寸の乱れもない完璧なフォーム。紫の勝負服を翻して走る彼女の佇まいは、まさに至上の舞台に相応しい気品に満ちていた。
「……最高の競演ですよ、二人とも」
独り言のような呟きは、観客席の熱狂に飲み込まれて消える。
レースは最終コーナーを回り、最終直線。二人のウマ娘の意志が、火花を散らしてターフの上で激突した。
(……ああ、これがケイさんの、奇跡の先にある景色なんだ)
胸の奥が、熱い塊に突き上げられる。誰かのために自分を滅ぼすのではなく、走れる喜びを噛み締め、共に走る友と高みを目指す。
最終直線、坂を駆け上がるケイさんの脚が、ひときわ強く地面を叩く。
もはやそこに、かつての脆さはない。
ルビーさんの猛追を振り切り、彼女は光の中へと飛び込んでいった。
『ケイエスミラクル、一着!! 奇跡の完全復活です!!』
地響きのような大歓声がレース場を包み込む。ゴール後、肩を並べて歩く二人の姿が見えた。敗れたルビーさんの表情には、悔しさの裏に、親友の復活を祝福するような、冬の霜が融けて消えような優しい微笑みが浮かんでいるように見えた。
「……よかった。本当に、よかった」
目元が熱くなるのを、私はそのままにした。ウィニングサークルに戻ってきたケイさんが、ふとこちらに視線を向けた。
その瞳は、言葉を介さずとも「見ていてくれましたか」と告げているようで、私は小さく頷いて応えた。
彼女は証明してくれた。奇跡のその先にあるのは、終わりではなく、新しい始まりなのだと。
「……次は、私の番ですね」
迫り来る皐月賞。レガリアエンブレムという強大な壁。けれど、今の私には迷いはない。
託された想いと、自らの意志。その両方をこの脚に乗せて、私の真実を掴み取りに行く。
春の風が、私の頬を優しく撫でて通り抜けていった。その風は、新しい闘争の始まりを告げるように、どこまでも清々しく、力強かった。