ちなみにGWは飛行機乗って東京のほうに行ってました。中山競馬場と船橋競馬場に訪れたりしてました。
……まあ、書いてある通り失踪はしません。しませんが……もう少し早く出して今までの遅れを取り戻していきたいです。レガリアさんの立ち絵もまた延長ですね……。
四月半ばの中山レース場は、春の柔らかな陽光とは裏腹に、張り詰めた緊張感に満ちていた。皐月賞というクラシック三冠の初戦を前に、空気そのものが熱を帯びて震えているように感じる。
私は鏡の前に立ち、勝負服の襟元を整える。
今。この瞬間だけは、初めて袖を通したホープフルステークスの時のような不気味な感覚は息をひそめていた。
「……準備はいいか、ユーフォリア」
背後からかけられた声に、私はゆっくりと振り返った。そこには、いつものように穏やかな、けれど以前よりもずっと力強い眼差しをしたトレーナーさんが立っていた。
「……はい」
短く答える私の声は、自分でも驚くほど落ち着いていた。彼は私の肩にそっと手を置き、かつてのトラウマを乗り越えた力強い声で告げる。肩に置かれたその掌からは、迷いを消し去るほどの確かな熱量だけが伝わってきた。
「お前の信じる走りをしてこい」
その一言が、私の胸に宿る微かな不安を春の光のように溶かしていく。私は深く頷き、運命が待つパドックへと歩み出した。
パドックへ足を踏み入れた瞬間、中山の空を震わせる、期待と畏怖が混ざり合った咆哮が押し寄せてきた。その喧騒を切り裂くように、緋色の残像が私の視界を掠めた。
レガリアエンブレム。燃えるような紅い髪をたなびかせ、彼女は獲物を狙う鷹のような鋭い瞳で私を捉えていた。弥生賞での僅差の敗北を経て、彼女の闘志は以前よりもさらに研ぎ澄まされ、より強い闘争の炎が宿っている。
彼女は私の隣に並ぶと、低く、刃物のように冷たい声で囁いた。
「今日が本番だ、ユーフォリア。お前の守り抜こうとしている『幸福』とやらを、私がこの脚で絶望に塗り替えてやる」
その言葉に、私は足を止めることなく、真っ直ぐに彼女の瞳を見つめ返した。
「……絶望では、塗り替えられません。私が掴んだ想いは、誰にも壊させない」
私の静かな、けれど揺るぎない意志に、レガリアは不敵な笑みを浮かべた。その紅い瞳の奥に、かつてないほど激しい勝負の炎が燃え上がるのが分かる。
「……ほう」
「覚悟するがよい。その意志ごと、叩き潰してやる」
もう一度、逃げ場のない闘争が始まろうとしていた。
私は前を見据え、一歩ずつ、芝の感触を確かめながらゲートへと向かう。託された想いと、隣にいてくれる人の頼を胸に、私は私自身の真実を証明するために走るのだ。
ゲートの中は、ひどく静かだった。芝の匂いと、春の湿り気を帯びた土の香りが鼻をくすぐる。視界が一点に絞られ、耳の奥では自分の心臓が、鐘のように重く一定のリズムを刻んでいた。
(……見ていてください。私の、今の走りを)
ガコンッ、という乾いた金属音が空気を切り裂き、視界が鮮やかな芝の色に染まる。私は迷わず、前へと身体を投げ出した。宣言通り、誰にも先頭を譲るつもりはない。ハナを奪い、自分のリズムを刻み始める。
『スタートしました、皐月賞! 期待の無敗ウマ娘、ユーフォリア。今日も迷いなく逃げの態勢に入ります!』
実況の声が、遠い潮騒のように耳をかすめる。
背後から迫る十数人の気配。けれど、その中でも一際鋭い「熱」が私の背中を焼く。弥生賞のときよりもさらに前の位置で、彼女は私を射程圏内に捉えているようだ。
見なくても分かる。あの紅い髪をなびかせ、獲物を狙う鷹のような瞳で、私の力を値踏みしているのだ。
(……譲らない。ここは、私の道だ)
向こう正面に入り、レースも中盤。耳元を切り裂く風の音が、今の速度の速さを物語っていた。背後に感じる熱量は、弥生賞の時とは比べものにならないほどに鋭い。レガリアエンブレム。彼女は私の影を踏むような距離でぴたりとマークを外さない。逃げ切りを許さない、前回の二の舞にはしないという、強い想いが背中を焼くようだった。
(来てる……。でも、ここを譲るわけにはいかない)
私は自分のリズムを刻むことに集中する。けれど、レガリアが放つ闘争の炎が、私の内側に潜む「何か」を激しく揺さぶり始めていた。
1000メートルの通過タイムが視界をかすめる。
そして、訪れた第3コーナーの中盤。レースも終盤に差し掛かろうとしていたとき、空気が一変した。背後から、猛烈なターフを焼き尽くす真紅の劫火が迫りくる。レガリアエンブレムが牙を剥き、私を仕留めにきているのが分かった。
「……っ!」
彼女の放つ圧倒的な圧力が、私の肌を刺す。
(……負けたくない)
その瞬間、私の内側で何かがひび割れた。封じ込めていたはずの、あの"冷徹な感覚"が、少しずつ。じわりと漏れ出していく。いつもなら恐怖を感じるはずのその感覚。けれど、今の私を突き動かしていたのは、それ以上に強烈なエゴだった。
(この人にだけは、絶対に負けたくない……!)
「……勝ちたいッ!!」
──そうだ。勝ちたいだろう。
声ではない。けれど、冷たい肯定が胸の奥で響いた。今の私を否定するのではなく、私の"勝ちたい"という願いを叶えるための、最適な方法を提示してくる。深層に沈んでいた"何か"との感覚が、私と共鳴し、ひとつの結論を導き出した。
(……利用してやる。この感覚さえも、私が勝つための力に)
私は襲いくる感覚を拒絶しなかった。むしろ、勝利という結果を射抜くために、その「影」を自らの意志で受け入れたとも言える。
隣で並ぶレガリアの気配さえも、今はただ、私を前へと押し出すための加速要因に過ぎない。
『ユーフォリア、突き放す! 直線に入ってさらに伸びる!』
坂を駆け上がる私の脚は、もはや重さを感じていなかった。 隣で歯を食いしばり、限界を超えて食らいつこうとするレガリア。 彼女の熱、彼女の叫び。それらすべてを冷たく計算に入れながら、私は最後の一歩を叩きつける。
『ユーフォリア、一着! 皐月賞制覇! 無敗のまま一冠を手にしました!』
荒い息を吐きながら、私はゆっくりと上体を起こした。 勝利の喜びよりも先に、身体に残るあの冷たい余韻が、指先をわずかに震わせる。
「はぁ、はぁ……っ……」
歩みを止めた私の隣に、レガリアが並んだ。 その顔は、今までに見たことがないほど悔しそうに歪んでいる。 けれど、彼女の瞳に宿る炎は、決して消えてはいなかった。
「……ダービーだ。そこでお前のすべてを奪ってやる」
言葉をぶつけるように言い残し、彼女は前を見据えたまま歩き去っていく。 その後ろ姿を見送りながら、私は自分の胸をそっと押さえた。
一冠。三冠への第一歩。 けれど、手のひらに残っているのは確かな勝利の手応えと、それと同じくらい重い、自分ではない誰かの冷たさだった。
(……私は、どこまで……私でいられるんだろう)
春の陽光がターフを照らす中、私は静かに、次の戦いの気配を感じ取っていた。