両者は完全なパラレルであり、明確な関連性はありません。
前編、中編、後編での完結を目指しています。
【アイツは始めて見たときから気に入らなかったのですわ】
百合ヶ浜高等学校二年生であるわたくしには好きな人がいる。
常に凛々しく皆に優しく……それでいてときに厳しい三年生――、生徒会長・美波(みなみ)お姉様……。
そう――、わたくしと同じ女性……。
わたくし――、篠宮百合香(しのみやゆりか)は昔から女性に恋をしてきた。
それは今も変わらず――、男などわたくしにとっては、目にも入らぬわたくしの世界にとっては不要の存在でしかない。
それでも男どもは不用意に視界に入ってくる。無論、わたくしの恋する相手――、美波先輩が目当てであった。
そう――、【あの男】もまたその一人だとわたくしは確信している。
美波先輩は男から見てもとても魅力的なのだろう。私自身理解はしているがスタイルが良く背の高い彼女は常に注目の的である。
まあ逆にわたくしは幼児体型も良いところで――、ちょっと幼く見える外見から、男の目には止まらないであろうことは理解している。
それは無論望むところで――、あんなクソオスどもにタカられたら鬱陶しいことこの上ないだろう。
百合香「それにしても――」
わたくしは美波先輩の気を引こうと躍起になる男共の醜態を眺めながらため息を付く。
その日はとても暑くて――、美波先輩が不意に「海にいかない?」と言ってきたのだが……、当然のように不要な男どももついてきたのだ。
生徒会書記であるわたくしはともかく――、なにゆえあの男どもは美波先輩についてきたのであろうか?
そして――、【あの男】も……。
???「う~~……、暑……、なんでこんなに暑いんだろな?」
百合香「夏だから当然でしょう? くだらない話を振らないでくれます?」
わたくしは彼にそう冷たく言い放つ。当然のように彼の顔を見ることすらしない。
???「篠宮? なんか怒ってるのか?」
百合香「ふん……、オトコに見せる愛想など欠片もありませんわ」
冷たく言い放つわたくしを見て――、彼は笑った様子だった。
???「なんか……篠宮って――、俺に人一倍冷たくない?」
百合香「ふん? わたくしはオトコ相手は誰でもこうですが?」
???「いや――、俺以外のオトコには結構愛想笑いしてるような……」
わたくしは余りにしつこいこのオトコに声を荒げていった。
百合香「他のオトコに愛想笑いしているからって……、あなたにまで愛想笑いしなければいけないのですか?」
???「……」
黙り込む彼に少し気分が良くなって、意地悪な笑いを浮かべていった。
百合香「で? あなたはあの群れに入っていかなくていいのですか? 神道さん?」
美波先輩に群がるオトコ共を指さして言うわたくしに、その彼――、神道司(しんどうつかさ)は困った表情で言った。
司「おれは――いいよ」
百合香「ふん……そう、わたくしとしても、貴方のような素行の悪いオトコに、美波お姉様の傍にいてもらっては困りますが」
ツンケンするわたくしを困った顔で眺める神道司――、このオトコはわたくしが最も嫌う類の男であった。
何かと暴力をふるい――、ここら一帯の不良共を従えているのだとか……。
暴力的で頭の悪い「オトコらしいオトコ」そのもの――、そんなコイツをわたくしが好きになるはずがなかった。
わたくしはフンと一息吐くと、鬱陶しい彼をその場において美波先輩の元へと歩いていった。
美波「あ……百合香――、ちょっと」
美波先輩はわたくしを見ると嬉しそうに手をふってくる。わたくしは嬉しくなって振り返した。
美波(ごめん……百合香――、この状態だから身動き取れなくって)
百合香(……わかっておりますわお姉様――、わたくしにお任せください)
わたくしは美波先輩とオトコの群の間に割って入ると、問答無用で男どもを睨みつけた。
男どもはわたくしのことを一瞬困った表情で見ると、そそくさと集会を解散させた。
美波「ありがと……助かったよ百合香」
百合香「ふふ……お姉様、お役に立てて幸いですわ」
わたくしは美波先輩のその言葉に心の奥から喜びが込み上がってきた。
百合香(ああ……美波先輩――、お姉様……、わたくしは)
爆発しそうになる想いを我慢してわたくしは先輩に笑顔を向ける。
その様子を背後で眺める神道がいたが……、わたくしにとってはそのへんの小石と同じ目に入らないモノでしかなかった。
――その時までは……。
◆◇◆
???「副社長――、これは本当なのか?」
篠宮興業――、その社長室で、篠宮興業社長篠宮剛造は目前の女性、副社長である藤崎美冬にそう訪ねていた。
副社長「はい……、相手が相手なので――、とりあえず噂が広まるのは抑えられていますが――」
剛造「……、百合香――、どこまで私を……」
そう呟く剛造に副社長は心配そうな顔で告げた。
副社長「百合香お嬢様の事を……怒らないでいてあげてください。これはもはや仕方がないことかと……」
剛造「――別に私は、百合香のような存在を否定するわけではない。しかし我が社の未来を担うものとして――ふさわしい節度というものがあろう?」
副社長「それは――」
剛造は顔をしかめながらどこかへと電話を始める。
剛造「――ああ、私だ……例の【婚姻話】を今すぐ進めてくれ」
副社長「社長?! そんな……いきなり」
剛造は副社長を睨んで静かに言った。
剛造「すべては……この篠宮興業のためだ」
その様子に副社長は――、小さくため息を付くだけであった。
◆◇◆
その時、わたくしは路地裏の闇を走っていた。その背後からわたくしを追うものの気配を感じて私は顔をしかめる。
百合香「お父様の分からず屋――、わたくしを……。結局、権力維持の道具としてしか見ていないのですね」
憎しみとも悲しみともとれる表情で、わたくしは闇を追っ手から逃れるべく走った。
百合香「……お父様」
お父様が一代で会社を越し、そしてそれを守るために生きてきたことは知っている。
その手腕の高さから皆から尊敬され――、それはわたくしにとても誇りであった。
何より――、わたくしは父親のことを心から尊敬していた。でも――、
百合香(わたくしの心よりも……、会社の繁栄と維持を優先した……)
何よりそれがわたくしにとって悲しかった。
わたくしが美波お姉様に入れ込んでいる事実を知ったお父様は――、無理やり見知らぬ男性との婚姻を進めたのである。
――だからわたくしは家を飛び出して街を走っている。もう……お父様のもとに帰るつもりはない。
百合香「はあ、はあ……」
追手の気配が消えたその時、わたくしは息を弾ませながら夜の繁華街をさまよい歩いていた。
これからどのように生きてゆくべきか? それを考えたら頭が痛かった。
百合香「ああ……美波お姉様――」
そう呟きながら街を歩いていると――、先の角を曲がってきた複数の男の群れとぶつかった。
男「お? 君――かわいいね? 俺等と遊ばない?」
それは絵に書いたようなチャラい男たちであった。わたくしは顔をしかめて答えた。
百合香「ごめんなさい。お断りしますわ」
男「お~~い、つれないだろ? お茶ぐらいは――」
百合香「……!」
あまりのしつこさに嫌悪の表情を作って私は言った。
百合香「しつこいですわ――、わたくしをほおっておいてください!」
男「うわ! 怖!!」
男達はおちゃらけた表情でわたくしを見下ろしている。
わたくしはそれまでのことと――、そしてわたくしを馬鹿にするようなその男たちの様子に、怒りが頂点に達した。
百合香「どきなさいな! あなた達みたいな連中と遊ぶ暇はないって言ってるでしょ!!」
男「ふ~~ん」
それでも嘲笑うようにわたくしを見下ろすオトコたちは、わたくしの腕に手を伸ばして強引に掴んできた。
百合香「離しなさい! オトコが――わたくしに……」
嘲笑するオトコはわたくしの腕を離さない。わたくしは泣きたくなった。
???「お~~い」
男「ん?」
不意にわたくしの手を掴むそのオトコが手を離して――、そして、路地裏に置かれたゴミ箱へと吹っ飛んでゆく。
わたくしはあっけに取られてそれを眺める他なかった。
???「絵に書いたようなチンピラ乙」
そんな言葉を背後から聞いて私は振り返った。――そこに、あのオトコがいた。
司「別に――遊ぶオンナに不自由してないんだろうに。なんでこんなのを選ぶかな」
百合香「――神道……司?」
司「よう? こんな夜中に出歩くなんて……、篠宮も不良になったか?」
イタズラっぽい笑みを浮かべて神道が言う。わたくしは怒り顔でそのオトコに言葉を返した。
百合香「く……、【こんなの】って言うのはどういう意味ですか?!」
司「はは……、お前、自分の見た目がどんななのか理解してない?」
百合香「この!! 神道!! その口を閉じなさいな!!」
その怒り顔に笑顔で返した神道は、傍で狼狽えるオトコたちを睨んで言った。
司「ん~~、で? まさかお前ら、楽しい夜遊びを捨てて病院に行くつもりかな? それなら俺が手伝うぞ?」
男「く……、コイツ――、あのツカサだ……。やってられねえぜ」
オトコたちは憎々しげな目で神道を睨みながら後退り――、そして、走って逃げていった。
わたくしは小さくため息を付いて神道に言った。
百合香「ほんっと……、オトコって野蛮ですわね。暴力でオンナを好きにしょうとして、それ以上の暴力に合うと逃げてゆく」
司「はは……そうだな」
笑う神道にわたくしは顔をしかめながら言った。
百合香「貴方も――ですわ。暴力を振るって相手を望み通りにするなんて――、貴方も野蛮なオトコです」
司「はは……そうっすか」
困った表情で笑う神道に更になにかを言おうとしたわたくしに向かって、怒りのこもった声が放たれる。
???「その暴力に助けられておいて――、その言い草、篠宮お嬢様はいい気なものね?」
百合香「?」
声に振り向くとそこに少女が立っていた。
???「おにぃ……、こんなバカオンナ助けることなかったのに」
司「あ~~、叶、俺は気にしないからいいんだよ」
叶「ふん――」
顔をしかめてわたくしを睨みつけるその少女――、叶、そう呼ばれた少女は、神道の背後に歩いていって――。
叶「もう行こう。こんなヤツ助ける必要なんて……」
司「叶、――いいんだ」
その神道の言葉に顔をしかめる叶。神道はそれでも笑顔でわたくしを見た。
司「こんな所にいるって――、なんかあったんだろ? 話ぐらいなら聞くぜ」
そう言って無邪気に笑う神道の様子に――、わたくしは居心地が悪くなって目を逸らした。
百合香「貴方には――、関係のないことで……」
司「一応クラスメイトだろ? いいから話してみろって――、俺みたいなバカでもなんか解決できるかもしれんし」
百合香「……」
わたくしは黙って神道を見つめる。わたくしは小さくため息を付いて頷いた。
◆◇◆
近郊の児童公園――。
司「なるほど――、あの親父……、勝手に篠宮の結婚話を進めたのか」
百合香「――わたくしが、美波お姉様に想いを抱いている事実を、どこからか知ったらしいのですわ」
司「……美波、先輩――か」
わたくしは凛々しくも美しい美波お姉様の笑顔を思い出して涙を流す。
百合香「……わたくしが――、いわゆる【普通】と違うのは理解していますわ。でも――、この想いは本物で……、決して後ろめたいものではありません」
司「そうだな」
百合香「でも――、お父様はそれを認めなかった。何より篠宮興業の名に傷がつくことを恐れて――」
神道は黙って小さく頷くと言った。
司「まあ難しい問題ではあるな。ある程度認められつつある話だが――、古い考えでそれを否定するやつは多い」
百合香「無論――理解しております。でも――何より私は……」
神道は黙ってわたくしの肩に手を触れた。何故かその時のわたくしは嫌がらずにそれを受け入れた。
百合香「わたくしは――、こうなった以上家には戻れませんわ」
司「それは――、まずいんじゃないか?」
百合香「わたくしの想いをお父様が理解してくださらない以上――」
司「……なあ篠宮、少し落ち着け。もっとしっかりお前の親父さんと話し合って……」
――と、不意にわたくし達に眩しいライトが当てられた。そこに――、見たことのある高級車が止まっていた。
司「あれは――」
百合香「お父様」
高級車の扉が開いて壮年の男が出てくる。わたくしはそれを涙を浮かべながら見つめた。
剛造「百合香――、もうわがままは終わりだ」
百合香「お父様――、わたくしは」
剛造「全ては――、お前のためだ……。家に帰って来るんだ」
その言葉にわたくしは想いを爆発させた。
百合香「わたくしのため? 篠宮興業のためでしょ?!」
剛造「……」
百合香「わたくしが――、【おかしい】から正そうとしている。……お父様はわたくしの事をそう思っている!」
お父様は小さくため息を付いて背後にいる黒服に向かって手をふった。
黒服たちは黙って前に出てきて――、わたくしへと歩み寄ってきた。
司「あのさ――」
剛造「?」
不意に黒服とわたくしの間に神道が割り込んでくる。そして、お父様を強い力のこもった目で睨んで言った。
司「もう少し――、気持ちを出すべきなんじゃないのか? このままじゃ――あんたは娘に恨まれるだけだぞ?」
剛造「なんだ? 貴様は――、部外者は黙っていて……」
司「篠宮さんのクラスメイトの――、神道、――神道司だ」
不意にお父様の目が、その司の言葉に反応するように見開かれる。かすかに震えながら声を絞り出す。
剛造「神道――、神道司?」
司「……ああ」
剛造「……」
わたくしは驚きが隠せずにお父様と神道を交互に見る。
なぜなら――、お父様が……、誰に対しても強い目で見るお父様が、神道の目から逃れるように顔をそらしたのだ。
司「なあ――、親父さん……、あんたの娘が、何に対して一番嘆いているかわかるか?」
剛造「……それは」
司「まあ――、時代が変わったとはいえ、道ならぬ恋――だろう。でも彼女の想いは本物で――、それを誰より……【尊敬する親父さん】に否定されたのが悲しいんだ」
お父様は黙ってうつむく。こんな弱々しいお父様を見るのは初めてだった。
司「完全に理解しろ――、ってのは無理でも。大事な娘の想いを完全否定して――、泣かせちゃダメだぜ」
神道の言葉に黙って目をつむるお父様。しばらく黙っていたお父様は――、わたくしに向かって顔を向けた。
剛造「……好きにしろ」
百合香「え?」
剛造「百合香――、お前の望むように生きるといい。私は――、お前の言う通りに大事な娘より篠宮興業の維持を望んだ……、最低の父親だ」
百合香「お父様――わたくしは……」
お父様は悲痛な表情でわたくしを見る。
剛造「私の傍にいては――、いつまで経ってもお前を縛るだけだ。そうしなければ――、篠宮興業を何より優先しなければならない理由がある」
神道の目を見つめてお父様は言う。
剛造「だから――、家を出るんだ……。そうしなければ私は――」
百合香「お父様?」
困惑の表情を浮かべるわたくしを優しげな目で見たお父様は――、神道の方に向き直って頭を下げた。
剛造「神道――、司くん……。どうか娘を――」
――百合香を守ってやってくれ。
そう頭を下げるお父様に向かって。神道は――、笑顔で頷いたのである。
◆◇◆
それからのわたくしは慌ただしい日々を過ごした。
なにせ家を出て――、神道が管理人を務める【神道ハイム】へと引っ越すことになったからである。
司「大丈夫か? 社長令嬢が過ごすような高級な家じゃないんだぜ?」
百合香「構いませんわ。わたくしは――わたくしの想いを貫いて、強く生きてゆくつもりですから」
その言葉を聞いて神道は笑う。そんな彼に対して――わたくしは頭を下げて言った。
百合香「……神道、くん。その」
司「う~~ん?」
なんともとぼけた表情でわたくしを見る神道。
百合香「あのときは――、助けられたのにお礼を言わず……ごめんなさい」
司「え? 気にしてたの? まさか傍若無人でオトコ嫌いのお前が、オトコの俺に頭を下げる?!」
百合香「く……それは、助けられた以上――」
司「熱でもあるんか?! 風邪薬を探さなきゃ」
そう言って慌てた様子でわたくしを見る神道に――、
百合香「く――、この、オトコは……、最低ですわね!! わたくし余計なことをしました!!」
わたくしは怒り心頭で怒鳴ったのである。
◆◇◆
その時、ただ一人社長室で佇む篠宮剛造は、引き出しの奥に仕舞い込んだ写真を手にして力なく呟く。
剛造「――神道……、神道司――。あの目、――真っ直ぐで意志の強そうなあの目、お前にそっくりだな――。総馬――」
悲痛な表情で写真を眺める剛造は、首を横に振って力なくうなだれる。
剛造「総馬――、私はお前を見捨てた。死に向かうお前を守ることをしなかった――、でも、わかるよ……、司の、あの少年の目は――、私を恨んではいない」
自分の、かつての盟友にして親友だった、神道総馬の生前の笑顔を見つめながら剛造は呟く。
剛造「私はお前に似たあの目を見ていられず――、逃げた。かかわらないようにした――、だから……、そんな卑劣な私だからこそ、お前が命がけで守ろうとした篠宮興業を――、せめて」
篠宮剛造は写真を机において――、代わりに古い新聞紙を手にする。その地方紙にはこう書かれている。
【――篠宮興業副社長――、神道総馬、不正経理主導の闇に迫る。自ら命を絶った彼は何を想って犯罪に手を染めたのか?!】
剛造は苦しげな表情でそれを眺めて――、そして、深い溜め息をついたのである。