わたくしが神道の管理するアパート【神道ハイム】へと移り住んでしばらくが経った。そんな状況でも高校での生活の方は、以前と変わらずに進んでいった。
いつものようにお姉様――、美波先輩に付き従っていると、お姉様がふいにわたくしにあることを尋ねてきた。
美波「百合香――、最近家を出て一人で暮らし始めたって話を聞いたけど……、何かあったの?」
百合香「え? あ、はい――、お姉様が心配なさるような話ではございませんわ」
美波「そう――、何か困ったことがあったら相談してね?」
わたくしは、そのお姉様の言葉に感動して言葉を失った。
そうして、その日もお姉様はお優しく――、そしてわたくしの心を熱くしてくださった。
今のわたくしの心は数日前の迷いが完全に消えていた。まさかこのわたくしの想いが何者にも負けるはずがないと再確認できた。
わたくしはわたくしに笑顔を向けるお姉様に、思わずすがりつきたくなる衝動を得てただうっとりと彼女を見つめた。
美波「……百合香。ちょっと目が怖いぞ」
お姉様は苦笑いして……、そして、そっとわたくしの頬に口づけしてくださった。
唇でないのを残念に思いながら、わたくしは心から幸福を感じていた。
???「おーい百合香」
わたくしのクラスメイトであり、古い付き合いの結城香菜(ゆうきかな)が声をかけてきた。
彼女もまたわたくしのことに理解のある親友である。
――昔は、彼女に密かに恋心をいだいていた。
それこそが、わたくし自身がわたくしを知る切っ掛けであり……、丁寧に断られて、初めての失恋をした相手でもあった。
その後、しばらく疎遠になっていたのだが、高校になって再び今度は気を許せる友人として付き合うようになった。
失恋の痛みは少し残ってはいたが、それでも別の恋に邁進している今では、彼女はわたくしのすべてを打ち明けられる親友となっていた。
香菜「……百合香。相変わらずだね~~」
百合香「それはどういう意味ですか?」
香菜「そんなにがっついてると……、大好きな先輩に嫌われちゃうぞ?」
その香菜の言葉に私は頬を膨らませた。
百合香「余計なお世話ですわ……、わたくしは常にお姉様への愛で動いていますの!」
香菜「はは、本当に変わらない……、まあ美波先輩もちょっと思わせぶりだけどね」
百合香「香菜? それはお姉様がわたくしの想いを理解してないと……、わたくしの行動に適当に合わせているだけだと言いたいのですか?」
香菜「そんなことは言ってないよ……、美波先輩は、百合香のこと憎からず想っているみたいだし」
美波先輩は、わたくしの想いを初めて知った時、困惑の表情を浮かべていた。
それは無論当然ではあるのだが……、いつもなら想いを知った途端私から離れてゆくところを、彼女は離れずに優しく微笑んでくれたのだ。
百合香「わたくしのこの想いが、色々困らせてしまう事があるのは理解しております。香菜だって……」
香菜「私のことはいいよ。でも……美波先輩なら百合香のことを受け入れてくれるかもね」
香菜はそう言ってわたくしに笑顔を向けた。
そうだ……、この想いは多分、きっと、お姉様に届くだろう……、そう信じることが私の今の全てなのだ。
そこまで話した時、不意に香菜が顔を曇らせた。
香菜「ねえ? 百合香」
百合香「なんですの?」
何やら言いたげな香菜の様子に困惑顔でわたくしは聞き返す。
香菜「最近……、あの【神道司】のアパートに引っ越したんだって?」
百合香「え……、あ、それは――」
わたくしはその香菜の言葉に言い淀んで黙り込んだ。
香菜「あのツカサって……、つもあんたを隠れてみてたあのツカサだよね」
百合香「……え?」
わたくしは至極平静な様子を保って香菜の言葉を聞いた。
香菜「百合香を怖がらせるかもしれなかったから、あえて言ってなかったけど――、いつも百合香のことを遠くから眺めていた神道司……」
百合香「……そう、ですか」
香菜「そんな奴の管理するアパートに住んで――、百合香……大丈夫?」
わたくしは表情を変えることなく少し思案すると――香菜に言葉を返した。
百合香「――多分、それはなにかの見間違いですわ。あのオトコは――粗暴ではありますが、そんなに悪い人物だとも思えません」
香菜「――そう、百合香がそう考えるなら私は何も言わないけど」
心配そうな顔の香菜に笑いかけると私はその場を離れる。
香菜の言った内容――、それまでのわたくしなら神道に問い詰めようとしたかもしれない――が、今はなぜかそんな気にはならなかった。
◆◇◆
わたくしがアパートへと帰ると、玄関口にある広間に【淳郎オジサマ】がいて鼻歌を歌いながら料理を運んでいた。
淳郎「あ~~ら、ユリカちゃん! おかえり~~、今日もワタシと同じくらい可愛いわね!!」
淳郎オジサマは腰をくねらせながらそう言ってウインクしてきた。わたくしは少し顔を引きつらせながら言葉を返した。
百合香「ただいま――ですわ。オジサマ」
淳郎「もう! ゆ、り、かちゃん! ワタシの事は【ヒメちゃん】って呼んでっていつも言ってるでしょ?」
百合香「あ――、そうでしたわね、ヒメちゃん」
そのわたくしの言葉に嬉しそうに腰をくねらせる【ヒメちゃん】。そんな彼に向かって耳に響くほどの笑いが飛んできた。
???「ぎゃはははは!! 何がヒメちゃんだゴリラ! 自分の顔を鏡で見て発言しろよ!!」
近くの席で、なんともだらしない半裸にしか見えない衣服で週刊誌を読んでいた、髪を金色に染めたピアスだらけの女性が楽しそうに大声で笑う。
それを【ヒメちゃん】は睨みつけていった。
淳郎「な~~にがゴリラよ! 失礼ね!! ――ミカ! ユリカちゃんの前で、そんなだらしない格好はおやめなさい!!」
ミカ「はは! 知らねえよ! ゆりっちも別に不快じゃないだろ?」
不意に話題を振られて――、わたくしは苦笑いで返した。
とりあえず――、今このアパートに住む住人は、なんとも個性的な面々であった。
このミカという女性の素性はようとして知れないが――、【ヒメちゃん】に関しては、神道司のお父様の古くからの親友であり――、とりあえずの名義上のアパート管理者であるという事がわかっていた。
淳郎「ユリカちゃん――、すぐにお料理できるから、部屋に帰って着替えていらっしゃい」
ヒメちゃんは優しく笑いながらわたくしにそういう。
ここに初めて移ってきて、はじめはかなり困惑した人々であったが、今は彼らが見た目ほど変な人間ではないことが理解できていた。
言ってしまえば――、あの神道司のように……。
百合香「それじゃあヒメちゃん――、わたくしはひとまず」
そういうわたくしをヒメちゃんは笑って見送ってくれた。
わたくしが部屋への階段を登っていると、その先にある人物が立っているのが見えた。わたくしは少し止まって――、黙ってその横を通り抜けようとする。
叶「――ふん。篠宮お嬢様はお上品だから、本当は、こんなとこにはいたくないんでしょ? 我慢しなくていいよ?」
百合香「――叶、さん……、その」
わたくしはそのむき出しの悪意を感じて、困惑しながら彼女を見た。
百合香「そんな事――わたくしは」
叶「はっきり言って――、ウザいってことよ。お嬢様……」
わたくしは何度もぶつけられる強い言葉に、少し苛立って言い返した。
百合香「貴方が――、わたくしのことを気に入らないのは……、今までのことで理解していますわ。でも――、わたくしが貴方に何をしたと?」
叶「……」
百合香「わたくしが貴方のお兄様に色目を向けている――、そう考えているならば、完全な間違いで――」
その言葉に叶は更に不快な様子で顔をしかめて――、そして言った。
叶「アンタは――、結局、何も覚えていない。相当アンタの親父に甘やかされて育ったんだね」
百合香「貴方――、わたくしのことは良くても、お父様の事は――」
わたくしが怒りの表情を作ると、それを見て叶は心底呆れた様子でわたくしを見下ろした。
叶「私が――、私達がアンタの親父を批判することが……、悪いことだと? アンタは――【神道】の名を聞いても何も反応しないんだし、アンタの親父の事を私達ほど理解してないよね?」
百合香「何を仰って? 神道という名がなんだと――」
叶はわたくしの言葉に心底呆れた様子でため息を付いて言った。
叶「あ~~、そう、アンタが最悪だって再確認できたわ。――私の、私達の父さんの名は【神道総馬】――、アンタの家、篠宮興業の元副社長……、だった人よ」
百合香「え? ――あ」
その言葉を聞いて私は一瞬思考が停止する。そして――、
百合香「え……、あ、そーま、おじ、さま」
わたくしは頭を抱えて後退る、それまですっかり忘れていた記憶が蘇ってきていた。
◆◇◆
百合香「そーま!」
総馬「ああ! 百合香お嬢様!」
総馬が走り寄ると幼い百合香は涙目で彼に訴えた。
百合香「いたい」
総馬「これは――、転んで膝を擦りむいたんですね? 血が出ている」
百合香「いたい~~」
総馬は優しく笑って百合香の頭を撫でた。
総馬「百合香お嬢様――、泣かないでください。大丈夫、私が何とかいたします」
百合香「ほんと?」
その百合香の言葉に笑顔で答える総馬。
総馬「当然ですとも――、私に任せてください」
幼い百合香にとって総馬は父親に等しかった。本当の父親である剛造は仕事で忙しく――、彼女の相手をするのは総馬の仕事だったからである。
総馬「そうだ――、今度、息子を……、司を連れてきます。一緒に遊びましょう」
百合香「ツカサ?」
総馬「そうです。お嬢様とは同い年なんですよ」
そう言って笑う総馬は――、その時の百合香にとってかけがえの無い存在であり、永遠にそばにいるものだと考えていたのだ。
そう――、突然姿を消すその時までは。
◆◇◆
百合香「あ、え、なんで? わたくし、そーまおじさまを……」
叶「ふん? やっと思い出したの? アンタの親父が【死なせた】父さんのことを」
百合香「!! し、な……せた?」
私は絶句して叶を見る。叶の怒りの理由を理解してわたくしは震えた。
叶「父さんは――、何より正義感の強い人で……それをアンタの親父は理解してたはずだった。でも――、かつてあった不正経理主導の疑いをかけられた瞬間、父さんをクビにして――、その果に父さんは……首をつって死んだ」
百合香「!! おじさま、が?」
自分のそばからいなくなった――その理由を理解してわたくしは全身に震えが来た。
――そうだ、わたくしは自分のそばからいなくなった【そーま】に裏切られたと感じて――、記憶を封印して、全てがなかったことにしていた。
百合香「不正経理――、ああ、なんでわたくしは……、気付いていなかった?」
その事件は当時の地方紙で特集を組まれたほどの事件であり、本当なら覚えていなければならないことだった。
百合香「そんな……、そーまがお父様に会社をクビにされて――、自殺していた?! なんで……」
叶「……これで理解出来た? 篠宮お嬢様――、アンタはおにぃに守られる資格のないバカオンナってことが」
百合香「司――」
その時やっとわたくしは思い出す。そーまに連れられてきた少年、ツカサといつも一緒に遊んでいたことを。
百合香「……」
わたくしは顔を真っ青にして――ヨロヨロと部屋へと歩いてゆく。
その背を、――叶が憎々しげに見つめていた。
◆◇◆
――いいか、ツカサ――、百合香お嬢様を……、どうかお前が守ってやってくれ――、そして……。
司「……ふう」
俺は管理人室のベランダに座って、一人かつて親父に言われた言葉を思い出していた。
【そして】その先を思い出すことが出来ず――、今日も俺は頭を掻いた。
司(それは――、とても大事なことだったはずだ。なんで思い出せない?)
俺はそう考えながらため息を付く。――と、不意に管理人室の扉が開かれた。
司「ん?」
その扉の向こうに――、今にも消え去りそうな……、絶望を顔に貼り付けた百合香が立っていた。
司「篠宮? ――どうした?」
そのただならぬ様子に俺は立ち上がって百合香の方へと歩いていった。そんな俺に向かって消え入りそうなか細い声が聞こえてくる。
百合香「ご、めん、なさい……」
司「ん、ユリ?」
――不意にそう呟いてしまったが、その時の俺は全く気付いてはいなかった。
困惑しながら百合香の下へと歩いてゆく。
百合香「わたくし……、そーまおじさまが……、わたくしの――お父様のせいで――、自殺……」
涙をポロポロ流しながら呟く彼女に――、すべてを察して俺は頭を掻いた。
司「ユリ……、その事を――叶に聞いたんだな?」
百合香「ご、めんなさい」
ただ泣き腫らす百合香に近づいて――、俺は百合香の頭を撫でた。
司「ユリ……、それは勘違いだ――、あのバカ親父は……そんなことで自殺するほど繊細じゃないよ」
百合香「で、も……」
司「ああ……もう、叶には詳しく話したはずなのに……」
俺は頭を抱えて、困った顔で百合香に笑顔を向けた。
司「ユリ……、泣くな……、俺が困るから」
百合香「ツカサ……」
俺は百合香を部屋へと導いて、座らせると――、一息ため息を付いて話し始めた。
司「あのさ……、一つ明確な間違いを正させてくれ」
百合香「間違い?」
司「……かつて篠宮興業であった不正経理――、それの主犯であることを疑われた親父は……、真っ先に自分で警察に出頭――、そのときにはアンタの親父さんに退職届を渡していたんだ」
百合香「え?」
驚く百合香に俺は話を続ける。
司「どこからかマスコミに話しが流れて――、不自然に思えるほどバッシングが起こって……、それで篠宮興業の未来を想った親父は――、自分から身を引いたんだ」
百合香「自分から?」
司「そうだ――、明らかにそれは不自然だった……、裏で何かが動いているそう感じた親父は……、証拠不十分で釈放された後、会社をそのまま退職して親友の【淳郎おじさん】のつてでアパートの管理人の仕事について――、それからずっと篠宮興業を――、ユリの親父さんをハメようとしているであろう黒幕を探していた……」
俺は百合香に笑顔を向けながら言う。
司「あのバカ親父は――いつも言っていた。篠宮興業を――、剛造を守らなければ……と」
百合香「そーまおじさま」
司「だから親父は自殺なんてするはずがないんだ」
その言葉を聞いた百合香は、しかし顔を青ざめたままで言った。
百合香「でも……それって、まさか――」
司「……ああ、おそらく――、親父は黒幕を探す過程で――、黒幕に自殺に見せかけて……」
殺害された――。
俺が暗い表情でそう呟くと――、百合香は心配そうに俺の顔を見た。
百合香「そんな――、それじゃあ」
司「あれから既に何年も経っている――、篠宮興業や親父さんに、なんの害も起こってないところを見ると、親父がなんとかしてくれた可能性はある――、が」
百合香「黒幕は――、まだどこかに?」
百合香の言葉に俺は黙って頷いた。
百合香「だから……、ツカサは今もわたくしを守っているの?」
司「……む」
俺はその百合香の言葉に苦笑いしながら頭を掻いた。
司「あ~~、頭が悪い……、バカな俺にできるのはこの程度だからな」
その俺の言葉に――、百合香は初めて笑顔を向けてくれた。
百合香「ありがとう――、ツカサ」
そう言って笑う百合香から目を逸らしながら言う。
司「篠宮の親父さんは――、何度かアパートに来てくれていた」
百合香「お父様が?」
司「もう危ないことはするなって――、これ以上は自分自身の仕事だから……って」
俺はため息を付いてかつてを思い出す。
司「でも……あのウチの頑固オヤジは言うことを聞かなかった。勝手に突っ走って――、そして、その挙句の果てが――」
百合香「ツカサ……」
司「いっつも親父はそうだ……。自分の正義感を押し通して――、周りの迷惑も顧みずに突っ走ってゆく。それにおいていかれる人の気持ちも考えずに」
百合香「……それは、ツカサとそっくりですわね」
そう言って笑う百合香に俺は困惑の表情を向けた。
司「俺が? 親父に? 冗談――」
百合香「ヒメちゃんに色々教えていただきましたわ……、貴方が世間で喧嘩ばかりの不良だと言われている理由――。いじめられている人や困っている人のことが放っておけないから――、なんとか助けようとして、結局暴力沙汰になってしまって、そうしてできた噂だって」
司「ぐ……、あのゴリラ――、勝手に」
百合香はただ笑って俺を見つめる。俺は顔を赤くしてそっぽを向くことしか出来なかった。
◆◇◆
篠宮興業社長室――。
剛造「ふう……」
その時も剛造は社長席でため息を付いていた。
剛造「――百合香……、私はもっと早く決断すべきだった。こんな陰謀にまみれた世界に百合香を導こうなどと――、そんな愚かな考えを捨てることが出来なかった」
篠宮剛造は、何よりも大切な娘を想う。
剛造「そうだ――、どんな世界であれ、百合香が選んだ道を私は――」
――と、その時、ノックもなく社長室の扉が開かれ、数人のスーツ姿の社員が入ってきた。それを見咎めて剛造は言う。
剛造「む? 何だ? 部屋へ入るときはノックぐらい――」
剛造はその数人の先頭に立つ人物の顔を見て困惑の表情を作った。
剛造「――副社長?」
それは副社長である藤崎美冬であった。彼女は悲しげな目で剛造を見つめていった。
副社長「社長――、私は残念でなりません」
剛造「ん? 何の話だ?」
副社長「この間の仕事の入札で――、不正を行ったそうですね?」
剛造「む? それは?」
なんのことか理解できずに剛造は聞き返す。それを周囲の社員が睨んだ。
副社長「もうしわけありませんが――、すべての証拠は揃っているんです。言い逃れなど出来ないんですよ?」
剛造「は……、何を馬鹿な――、私が仕事がほしいからと不正に手を染める愚を犯すと――」
副社長「言い訳などもはや聞く段階ではないのですよ?」
いつも優しげに微笑んでいる副社長が鋭い目で剛造を見つめる。あまりの事態に混乱しながらも剛造はその目を睨み返した。
副社長「幹部達と相談の上で――既に社長の解任は決まっております」
剛造「な?!」
副社長「とりあえず――私が社長として混乱を収めるつもりです」
あまりのことに言葉を失う剛造。そんな彼に向かって侮蔑のこもった目を副社長は向けた。
副社長「これでは――、あのときの、愚かな神道総馬と同じではないですか……」
心底蔑みのこもった言葉に、剛造は言葉を絞り出す。
剛造「君は――何を……? 総馬は君にとって――」
副社長「このような不正行為は――、まさに権力を振るうことしか考えない古いオトコ社会の思考そのものです」
その欠片も優しさのこもらない侮蔑に――、やっと剛造は悟って立ち上がった。
剛造「ま、さか――、まさか!!」
剛造は足早に副社長の下へと歩み寄ると――、その襟首を掴んだ。
副社長「く……」
いきなりのことに顔を歪める副社長。見咎めた社員たちが剛造に飛びかかってその場に抑え込んだ。
副社長「ほんっとうにオトコは――、最後には暴力に訴えることしか考えないのですね。全く――度し難い存在です」
剛造「おまえ――、お前が……」
副社長「でも――、ご安心くださいな。これからは――、私……、共感能力の高い、人の心のわかるオンナである私が、その力を発揮して――、この会社を正しく導いていきますから」
そう言って剛造を見つめる副社長の顔は――、いつも自分に向けてくる優しげな笑顔そのものであった。
こうして篠宮興業は――、社長であった篠宮剛造が失脚――、副社長である藤崎美冬が新社長として立つことととなった。
◆◇◆
――ああ、総馬――。
私は結局――、お前を見捨ててまで守ろうとしたモノを――。
結局、失ってしまった――。
お前を――、お前の命を奪ったものがこんなに近くにいたことに気づかずに――。
許してくれ――、総馬――。