異世界で追放されたからざまぁしてみようと思ったら割とリアルだった件について   作: ころっくー

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第1章
プロローグ


「――ぐあッ!」

 

 薄暗い森の中、男性と思しき悲鳴が響き渡る。

 そこには木にもたれかかりながら俯き、右腕を抑える黒髪の少年の姿。

 齢が一〇代後半といった顔付きの彼は、流血しているその右腕を必死に(つい)の腕で抑えながら、苦悶の表情を浮かべていた。

 俯いている視線の先には、つい先程まで彼の手に握られ悠然と相対する者へ向けられていた銀枠の盾が、まるで親と逸れた子の様に孤影悄然(こえいしょうぜん)といった様相を漂わせながら地面に転がっている。

 しかしこの盾にとって親とも言える持ち主は今、こうして怪我によりその手を伸ばす事は叶わなかった。

 不意に、大きな叫び声が一帯を支配する。

 その声は凡そ人のものとは思えず、強いて言えば獣に近い。

 痛みに堪えつつ苦悶の表情を浮かべていた少年が、その声に反応し顔を上げると、そこには彼に向けて猛スピードで迫りくる獣の姿。

 四足歩行で急接近するそれは、全身が濁った赤い毛で覆われておりその四肢の先端には鋭利な刃物と錯覚してしまう程に大きく鋭い爪が備わっている。

 全容はまるで熊と相違無く、違いとすれば赤い毛と刃物の様な爪程度だろうか。

 獣の姿を捉えた少年の思考は、ある一つの結論を見出す。

 それは、この獣は自分にとどめの一撃をするのだろうと。

 

 少年が負った怪我。

 これもまた、眼前の獣により受けた傷だった。

 獣は弱った相手を易々と逃がす事は無い。

 だからこそ、確実に仕留めようとこうして手負いの少年へと攻撃を仕掛けてきたのだ。

 ここに居ては駄目だ、そう頭では理解している少年だったが、身体がその命令を聞く事は無かった。

 これまでの戦闘による疲れ、負った傷の痛み、そしてこの極限状態における精神の摩耗。

 全てが、少年をこの場に縫い付ける要因となっていた。

 手負いで全く動く事が出来ない少年に対し、全力で疾走し彼へと迫る獣。

 どちらが戦況的に有利かは、明白だった。

 武器や盾も持てず動く事すら出来ない少年に、打開策等あるはずも無い。

 只々迫りくる死を待つだけ。

 それ以外の選択肢は存在しなかった。

 彼、一人だけならば。

 

「――サンダースピア!」

 

 不意に聴こえた声。

 それと同時に、獣の側面に(まばゆ)い閃光が走った。

 獣の口から苦痛とも取れる低い唸り声が漏れ、その身体が僅かによろめく。

 呆然とその姿を見つめる少年の頭上を、人影が通り過ぎた。

 そして聴こえた声。

 

「サンダースラッシュ!」

 

 獣の首筋に、上から下へと一筋の雷が走る。

 やや間が空き、獣がゆっくりと首を垂れた。

 否、首から上だけが下に落ちたのだ。

 獣の首が地面に落ちる。

 そこで漸く認識したのか、追従するかの様に胴体もまた、地面に崩れ落ちた。

 少年にとどめを刺す事無く、獣と少年との戦いは終わりを迎えた。

 死骸の前に、両手で握った剣を振り下ろしている人影。

 その人影は獣を一瞥した後、持っていた剣を鞘へと仕舞う。

 

「これでクエストはクリアか」

 

 それは少年の眼前に存在する、人影の言葉。

 

「さっすがアレックスー」

 

 人影に対して、声がかけられる。

 それは女性の声であり、少年は痛みを忘れて僅かに顔を向けると、彼と同世代と思しき少女が人影の方へと歩いていた。

 薄暗い森の中と言えど、まだ夕方にもなっていないこの時間では、少女の容貌は簡単に認識出来た。

 腰辺りまでの長く青い髪は緩やかに流れており、目鼻立ちがはっきりとした相貌は幾分か切れ長の目に収まる髪と同色の瞳が印象的であり、あどけなさを微かに残しつつも大人びた妖艶さを含んでいる。

 

「ルインが作戦通りサンダースピアを当ててくれたから、俺の攻撃が簡単に通ったんだよ」

 

 その言葉に、ルインと呼ばれた青髪の少女は嬉しそうに笑みを浮かべる。

 彼女に言葉を返したのは獣を屠った人影、ルインからアレックスと呼ばれた少年だった。

 短い茶髪から見える額には汗一つ無く、それはアレックスにとってあの獣を倒す攻撃が何ら労力を伴わない作業という事に他ならない。

 それに気付いた黒髪の少年は、傷を負った右腕を抑える事も忘れ、左手の拳を強く握りしめた。

 

「みんなー! 大丈夫ー?」

 

 不意に背後から声が届く。

 顔を向ければ、こちらへと駆け寄って来る少女の姿。

 桃色のボブカットが彼女の動きに合わせ微かに上下しており、こちらに向けられている大きな桃色の目は、ルインとは対照的に未だに残るあどけなさを前面に押し出したかの様な印象を見る者に与える。

 三人と合流し息を整える様に深呼吸をするこの少女もまた、彼らと同世代といった頃合いだった。

 

「ターゲットは倒したんだから別に走らなくても良かったのよ、リーン」

 

 ルインの言葉に、リーンと呼ばれた桃髪の少女はどこか恥ずかしそうに苦笑を浮かべる。

 

「心配だったから、気付いたら走ってたんだもん……」

 

 彼女の言葉にルイン、そしてアレックスは揃って、仕方が無いという様相で苦笑を浮かべるのだった。

 やがてルインが、再び口を開く。

 

「ま、いつも通り怪我なんてしないわよ」

 

 そこで言葉を止めた彼女の視線が動いた。

 話しかけていたリーンから、

 

「――いつも通り、一人を除いてね」

 

 その言葉と共に、未だに座り込んでいる黒髪の少年へと。

 彼女の言葉で思い出したのか、再び苦悶の表情を浮かべた少年が苦痛の原因である右腕を抑えた。

 先程まで忘れていた痛みを改めて自覚してしまったからだ。

 痛みを堪えながら、少年は顔を隠すかの様に俯いてしまう。

 それは痛みが原因である事は勿論だが、それだけでは無かった。

 ルインが少年を見るその目。

 そこには一切の温度を感じる事が出来ない程に冷徹で、少年にとってその眼差しから逃れる為でもあったのだ。

 ルインの言葉を受けて、リーンもまた少年を見下ろす。

 

「うわぁ、今日はまた一段と酷いねー」

 

 どこか驚きの表情を作った後、リーンは思わず眉を潜めた。

 それは決して、少年を心配した言動ではなく、まるで見たくないものを見てしまったとも思える言動。

 そこに微塵の心配も含まれていないのは、声色からして明白だった。

 少年はただ、痛みを堪えながら俯いたまま。

 三人の様子を眺めていたアレックスが小さく嘆息し、口を開く。

 

「リーン、いつも通り治してやってくれ。いつまで経っても帰れないからな」

 

 アレックスの言葉を受け、リーンはやや間を空けた後に、彼と同様の嘆息を溢した。

 

「……はーい」

 

 渋々、そう思える口調で返事をして、黒髪の少年の横にしゃがみ込んだ。

 

「……ほら、治すから腕出して」

 

 その言葉に少年がゆっくりと顔を上げれば、心底面倒といった様相で彼に手を差し出すリーンの姿。

 彼女の表情に思わず俯きかけた少年だったが、傷口を抑えていた左手を離し、右腕をリーンが差し出した手に乗せる。

 

「……いつも、ごめん」

 

 か細い声で、少年の口からリーンへと謝罪の言葉が届けられる。

 

「だったら、無駄に怪我しないでよね」

 

 だがリーンの反応は変わらず、素っ気ない反応を少年に返すだけだった。

 今一度、リーンが嘆息。

 そして少年の腕が乗せられているのとは反対の手をその上に翳し、僅かに唇が開かれる。

 

「――ヒール」

 

 その言葉と共に、怪我をした少年の右腕が青白い光に包まれた。

 

「いくらヒーラーの私がいるからって毎回毎回無駄に怪我されて、治すこっちの身にもなってよね」

 

 温度を感じさせない声色で告げられた言葉に、少年は俯く。

 彼女の言葉が事実だったから。

 アレックス、ルイン、リーン、そして黒髪の少年を含めた四人は冒険者であり、パーティーを組んでいる。

 剣を主体に戦うアレックスは剣司(ソルジャー)、攻撃魔法を主体に戦うルインは魔法司(ウィザード)、回復魔法を主体とするサポート役のリーナは回復司(ヒーラー)

 そして黒髪の少年は現在、盾を主体に敵のヘイトを買い攻撃を自身に集中させてその間に味方に敵を倒して貰う盾司(タンク)の役割を担っていた。

 だが実際は、今回の様に味方が攻撃をする前に負傷してしまう事が続いており、役割を果たせているとは決して言えなかった。

 そして他の仲間は毎回怪我をせず、役割を果たしていない少年だけがこうしてリーンの回復魔法のお世話になってしまっている。

 自覚があるからこそ、少年は迷惑をかけてしまっている仲間から顔を逸らしてしまうのだった。

 

「はい、おしまい」

 

 リーンの言葉に少年が目線を向ければ既に青白い光は消えており、そこにあるのは傷口が完全に塞がった自身の右腕。

 少年から離れて立ち上がったリーンは、彼を見下ろしながら今一度の溜息。

 

「ちゃんと自分の仕事はしてよね、カイト」

 

 リーンの言葉に、ルインが続ける。

 

「ま、どうせこいつ(カイト)には無理だと思うけど」

 

 そして、アレックスが口を開いた。

 

お前(カイト)が成長しないせいで俺達に迷惑がかかってるんだ。死ぬ気で努力でもして、さっさと足手纏いをやめろ」

 

 これは、カイトと呼ばれた黒髪の少年の物語である。

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