異世界で追放されたからざまぁしてみようと思ったら割とリアルだった件について   作: ころっくー

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第9話

 街から僅かに離れた草原に、一人の少年の姿があった。

 その背中には大きな荷物を背負っており、肩を落とし俯きながら歩くその姿はどこか寂し気であり見る者に憐憫の情を抱かせるには十分な雰囲気を出している。

 カイトは今、街を出て初心者向けのエリアに居たのだった。

 とぼとぼといった様相で足元の草を踏み分けつつ歩きながら、ここに来てから何度目かの溜息を溢す。

 彼の中では先程までの出来事が頭の中から消えずに流れ続けていたのだった。

 それはギルドでの出来事。

 

 預金を引き出したカイトがカウンターから離れると他の冒険者に囲まれ、彼らが主張する宿泊費の補填に対応した。

 ホテルを途中で転居し実際に費用の負担を強いられた者、その場の雰囲気に便乗し補填費用と偽って金を毟り取った者。

 それらに対してカイトは確認を取る事なく、対応する全員に支払いを行った。

 正しい負担分を請求する者、僅かに水増しした金額を告げる者問わず言い値で彼らに金を渡し、やがて解放されたカイトは静かにギルトを出たのだった。

 閉じた扉から漏れ出る自身への悪態を耳に入れつつ、彼は一人溜息を吐く。

 それは果たして安堵による物か、心の苦しさによる物なのか。

 左手に持った袋へと視線を下げる。

 ハンナから受け取った時よりもかなりと身軽になったそれは、彼の心を更に重くした。

 カイトが引き出したのは三〇万ゼル。

 そして今手元に残っているのは、約七万ゼル。

 凡そ二三万ゼルが、あの場に居た冒険者達へと支払った金額であった。

 それは正に自身の夢が遠退いた証であり、カイトの中で後悔だけが積り続ける。

 何故こんな事になったのか、何故こんな事をしてしまったのか。

 明るい日差し、街中の喧騒とは対照的にカイトの心は分厚い曇天の様に灰色掛かっていた。

 まるでこの世界とは切り離された様な感覚に陥り、カイトの中で孤独感が強さを増していく。

 漠然とした思考で、この場に留まっていても邪魔になると考え、ゆっくりと足を動かし始めた。

 通行人と擦れ違う。

 そしてまた、別の通行人と擦れ違った。

 自分で仕出かしてしまった事。

 だから仕方の無い事。

 けれど、どうしてもカイトの心の中では思ってしまう。

 誰か一人でも、助けてくれる人は居ないのか。

 誰か一人でも、自分に寄り添ってくれる人は居ないのか。

 自分が悪いのは分かっている。

 だがどうしても、そんな事を考えてしまう。

 このまま誰からも見放され、この世界で一人取り残されてしまうかの様な恐怖に苛まれ、自然と歩く速度が速まっていった。

 またしても通行人と擦れ違う。

 その人も、擦れ違う間際にカイトを一瞥するも、通り過ぎた後はその存在を忘れたかの様に歩き去っていく。

 その繰り返しにまた、カイトの歩速が更に速まった。

 誰かを求める思考と、誰からも逃れたいという心。

 相反する想いが内心を鬩ぎ合い、それから逃れる為にも彼の歩く速度が増す。

 歩き、それはやがて走りへと。

 俯き身を縮こまらせながら、カイトは人々を掻き分ける様に街中(まちなか)を走り去る。

 考えを振り払うかの様に走り、心を無にするかの様に走り、気付けば街を出ていた。

 一心不乱に足を進め、やがて走るのをやめた彼は草原の上に立っていたのであった。

 

 再びの溜息。

 俯きながら、歩きながら、溢すのは溜息のみ。

 カイトの心は変わらず、降り注ぐ日差しとは正反対のままだった。

 仕出かしてしまった事への後悔。

 誰も助けてはくれない孤独感。

 夢を叶える事が出来ないという絶望。

 忘れよう、前を向こうと思っていても、気付けばそれらばかりを思考してしまう。

 全てが自分の責任だと思い込ませつつも、どうしても現れてしまう他力本願の気持ち。

 カイトの頭で、心で、やがてそれらが変化を見せ始める。

 それは苛立ち。

 それは、責任の転嫁だった。

 対象は一つ。

 この世界に自身を転生させた、神に対して。

 こうなってしまったのは、神のせいだと。

 あの神が、ちゃんとスキルを、魔力をくれなかったから。

 あの神が、自分を転生させたから。

 あの神に誤って殺され、勝手に転生させられて、付与すると言っていたスキルすら全く使う事が出来ず、魔力も無い。

 あの神のせいで前世の家族や友人に会えなくされた。

 あの神のせいで、自分の人生が滅茶苦茶にされてしまった。

 あの神のせいで――。

 そこまで考えたカイトは、

 

「……はぁ」

 

 また、溜息を吐いた。

 そして小さく呟く。

 

「……どんだけ言った所で、結果も未来も、変わる訳じゃないんだよな……」

 

 皮肉気な口調で、表情に微かな笑みを浮かべた。

 カイトは良くも悪くも、大人だった。

 だからこそ神を恨み憎み呪う言葉や思いの全てが、無意味だと理解出来てしまった。

 ただの現実逃避なのだと理解してしまっていたのだ。

 彼の精神年齢がまだ年若き頃合いだとしたら、自身をこの様な目に合わせる神を憎み、そして神のせいだと、はたまた自分の現状をこの世界のせいだと、周りの全てを憎しみ呪い不幸にしてやるのだと思ったかもしれない。

 自分自身の不出来さや未熟さ、責任を全て棚に上げて。

 そしてもし仮にこの状況下で万能の力でも手にしようものならば、自身を今の不幸へと誘った原因への復讐に、その力を振るっていたかもしれない。

 だがカイトはやはり、良くも悪くも大人だった。

 どんなに神の責任だと言葉を並べても、自分がこの様な現状に陥ったのは自分の責任だと、カイトの中の理性が常に訴えかけていたのだ。

 そしてどれだけ神を憎んだとしても、現状が変わる訳では無いのだと理解していた。

 この世界が自分にとって不幸なのだと嘆いても、何も変わらないのだと分かっていたのだった。

 だからこそカイトは、どれだけ悩もうとも考えようとも、足だけは動き続けていた。

 ギルドでハンナに言われた言葉。

 魔石の採掘。

 それを目指し、カイトは今歩き続けていたのだった。

 モンスターの討伐は、自分や誰かが襲われたといった緊急の事態を除き、ギルドでのクエスト以外による討伐は禁止されている。

 それはギルドを通さずに勝手を行われ、ギルドの重要性が下がるのを嫌がる利権という意味合いも勿論あるが、同時に生態系の保全という意味合いもあった。

 勝手な狩猟や乱獲により特定のモンスターの個体差が減るとその場の、ひいてはその一帯の生態系が大きく崩れる事となり、今までは存在しなかったモンスターが街の近くへと現れ、人間の住む街に危険が及ぶ可能性がある。

 その為ギルドは冒険者にクエストを依頼する際に近隣の監視や調査も含める事で周囲の生態系を把握し、それに基づいてギルドへと届く依頼主のクエスト内容も討伐や撃退、捕獲等と適宜切り分けを行っているのだった。

 クエストの完了報告書に冒険者が、自身の対象に関して経緯を記載するのではなくその道中での他のモンスターに関する情報や異変についても記入を行うのはそういった目的もあり、他の冒険者からも逐一取得する事で報告内容の整合性の有無をも相互監視させる意味合いもあったのだ。

 だからこそカイトは、モンスターの討伐をしに街を出たのではなく、魔石の採掘を目指していた。

 

 魔石の採掘を教えたハンナの言葉を、カイトは理解していた。

 ――クエストの斡旋が出来ないとなると、ギルド外ですと炭鉱で魔石の採掘くらいしかありませんので、もし魔石を採掘しましたら、おまけは何もありませんが是非ギルドでの買い取りをお待ちしています。

 彼女の言葉にはモンスターの狩猟は不可という内容は勿論の事、カイトの現状を把握した上で街の中では仕事が難しい、もしくは難しくなるという事を示していた。

 故に街の外で行える仕事を紹介し、それが魔石の採掘だったのだ。

 街の中では接客や運搬、清掃や修復等といった仕事も存在する。

 だがハンナはそれら全てが、今の状況では厳しいという判断をしたのだとカイトは考えていた。

 冒険者を始めた頃からの受付嬢という事もあるのか、カイトはハンナの言葉を信用していたのだった。

 だからこそ街の中に残るという選択肢は持たずに、一目散に街の外を目指したのである。

 

「……それにしても、魔石の採掘か」

 

 歩きながら、独り言ちる。

 それはカイトがこれから向かう場所での事柄について。

 彼自身、魔石の採掘という仕事は知っていた。

 だが同時に、噂程度には聞いていた。

 魔石の採掘という仕事は主に、犯罪奴隷等が刑務作業として行う過酷な環境での肉体労働なのだと。

 しかし一般人が採掘を行う事も可能だった。

 犯罪奴隷とは違い、自身で採掘して規定量までならそのまま持ち帰る事が出来る。

 魔石自体の買取価格も決して安すぎるという事は無く、稼げるといえばそれなりに稼げるのだ。

 そこでの命の保証が無い事を除けば。

 カイトが噂で知っているのは、その事だった。

 魔石は主に犯罪奴隷が採掘をしており、その土地の貴族が彼らを管理し採掘した魔石を運搬、流通させている。

 だが魔石の採掘現場では、現場監督たる者達への危害を認めない、そして逃亡不可という条件で作業をさせられており、条件の中に対象者以外への攻撃や殺害に関して保護するものは無いのだと。

 故に採掘現場はいつも血みどろで殺伐としており、個々人で日々のノルマに達しない者は厳罰か処刑という事で、殺し合いながらも採掘を続けるという光景が日常茶飯事なのだという。

 そして当然、一般人が許可を貰い採掘場へと足を踏み入れれば、犯罪奴隷達の"歓迎"が為されるのだ。

 だからこそ、食い扶持が困った者でも誰も選びたがらない金の稼ぎ方として有名だった。

 その噂を耳にした時、カイトの中では奴隷に関する賛否はあれども、仕方が無いという思いが真っ先に浮かんだ。

 犯罪奴隷を抱える貴族が、彼らを"有益に処分"するにはある種、最適な方法だと。

 真面目に作業を進める者には厳罰が無く、作業をしない者に厳罰が処される。

 それはつまり犯罪者の中でも更生の意識の有無が如実に表れるという事であり、更生の意思が無い者は処刑してしまい、従順となれる者だけを生かす。

 つまりは、社会復帰させるべきかさせないべきかという問題において、これもまた一つの正解かもしれないと。

 カイトの中では前世の記憶を呼び起こしながら、そんな結論に至っていた。

 

 日本で生きていた頃の記憶。

 それはニュースで流れてくる、犯人の逮捕とそれに関する世間のコメント。

 被害者に一切の過失も存在しない事件の犯人について。

 その犯人達は逮捕され、服役し、いずれは刑期を終えて出所する。

 そしてまた、同様の内容で犯罪を犯してしまう。

 これらの犯罪者を刑務所から出して良いのかという問題は、度々ニュースになっていた。

 カイト自身、転生したこの世界でその様な記憶を思い起こせば、前世程に無関係な問題だと割り切れなかったから。

 日本よりも命が軽いこの世界では、他人事とは思えなかったからこそ、その仕組みに納得してしまったのだ。

 そして日本でのその様な事件を自分事として考えれば、やはり間違ったやり方では無いと思えてしまった。

 仮に被害者が自分にとって大切な人だった場合、加害者が更生せずに出所し、また同じ事件を繰り返したらどう思うだろうか。

 何故出所させたのか、何故無駄に被害者を増やす事をしたのかと、そう思ってしまう。

 もし仮に出所した加害者が自分の下に訪れて心から悔い改めている様な言動を見せたのならば百歩、いや千歩、万歩譲って暴言程度に自分の態度を抑えられるかもしれない。

 だからこそ、更生意思の無い者は生かしておいても意味が無いのだと思えてしまったのだ。

 カイト自身が最初は怖がりながらもモンスターを倒す、つまり誰かを殺すという事をこの世界で覚えたからこその感想でもあった。

 日本よりも自分が、家族が、仲の良い知人が死ぬかもしれないと身近に感じる世界に来てしまったからかもしれない。

 命の価値が安いこの世界だからこそ出来る方法、それにカイトはどこか納得していたから。

 だが、自分がこれからその現場に向かうという事実を前に、気持ちが落ち込んでしまうのも仕方なかった。

 何故なら力の無い自分が犯罪者達の巣窟に足を踏み入れるという事は、正に自殺行為と何ら変わらないのだから。

 けれど、行くしか無いのだ。

 他の街に行くとて、ギルドから預金を全額下ろし持ち歩けば、道中でモンスターや盗賊等に襲われ全てを失う恐れもある。

 その点、ギルドに預け入れておけば盗まれる心配は非常に少なく、万が一カイトが死んだ場合でも、手数料は取られるが預金が全て両親へと送られる手筈となっているのだ。

 他の街に行き、新たな生活等で預金を減らし続けるよりもこの街に居続けて無駄に金を減らさない様に暮らし、稼ぐしかない。

 カイトの中ではその様に考えていた。

 そう考える様に、思い込ませていたのだった。

 他の街に行っても自分の噂がいずれ追い付いてしまう。

 だからどこに逃げても同じ。

 ならば勝手を知るこの街にいる方が良いと。

 手に持ったままの袋に再び意識を向ければ、そこで思い出した様に背中に背負った荷物の中にそれを仕舞い込む。

 足りるか分からないが、最悪はこの金で現場監督を買収して命の保証が出来ないか試してみようと考えながら。

 

 呆然と歩きながら、カイトはふと足を止めた。

 今更ながらに思い出したのだ。

 魔石の採掘には、何が必要なのかと。

 それらの知識や道具が、手元には無いと。

 何も考えずに、ここまで歩いてきてしまった自分の失態に漸く気付いた。

 身体を回し、背後へと振り返る。

 俯いたままに視線を上げれば、そこにあるのは草原と、木々のみ。

 先程までカイトが居た街は既に木々の向こう側へと姿を消していた。

 ここまで来て、戻るのか。

 そう考え溜息を吐くカイトだったが、足を上げる事は出来なかった。

 戻ってまた必要な物等を聞いたら邪魔にならないか、迷惑を掛けないか。

 そんな思いが湧き上がり、街に戻る為の足が一向に進まないまま立ち呆け続ける。

 ギルド内の冒険者達、ホテルの女将、そして幼馴染達の顔が目が思い浮かび、拒絶を示したその目が呼び起こされて一歩を踏み出す事が出来なかった。

 戻ってまた皆の顔を見るのが、見られるのが怖い。

 その思いに苛まれ、カイトはきつく目を瞑るのだった。

 その時だった。

 背後から何か、音が近付いてくるのが聴こえた。

 

「ごめーん、そこの人っ! ちょっとだけ相手しといてー!」

 

 不意に聴こえた声。

 

「……え?」

 

 それがカイトの耳に届き、現実へと意識が戻った。

 声がした方向へと身体を振り返らせれば、

 

「後はよろしくっ!」

 

 その声と共に、緑色の風がカイトを過ぎ去る。

 そして視界の端には、自身に迫る巨大な何かが映った。

 一瞬、カイトの中に謎の既視感が過る。

 それが何かと考える事はしなかった。

 ただ無意識に、横を通過した緑の風の背後に手を伸ばし、その風が速度を増す様に強く押した。

 

「え」

 

 微かに聴こえた声が背後へと去り、カイトの身体は動きを止める。

 巨大な壁が迫っている。

 カイトはそれへと身体を向け、直感的にそんな事を思った。

 だからといって何かが出来る訳でも無い。

 只々その壁は、道を遮るカイトを邪魔だと言わんばかりに彼の喉元へと、開いた口から覗く大きな牙を向けた。

 それが無防備なカイトの喉へと触れる。

 何も理解出来ないまま、カイトが唯一思った事。

 死ぬかも。ただ、それだけだった。

 恐怖も、嫌悪も、生への執着も無く、只々他人事の様にそう思考した。

 彼の首に触れる牙が更に押し込まれる。

 カイトの命は残り一秒と持たない。

 その瞬間だった。

 

『スキル解放条件である外部魔力蓄積量が上限に達しましたので、これよりスキル解放作業へと移行します』

 

 突如カイトの脳内に、機械音の様な謎の声が流れ始める。

 

『"魔力"の制御が可能になりましたので、解放後のスキル"魔力無限"及び"魔力提供"が強制化から随意化へと変更されます』

 

 カイトにとって聞き覚えの無い声は、まるでガイダンスの様に淡々と言葉を続けた。

 

『その為、不要となる外部魔力及び既存の不随意魔力を、接触している対象へと提供し排出します』

 

 カイトの思考が一切働かない間に告げられた一連の言葉。

 同時にカイトの目の前に居た壁が僅かに膨れ上がり、次の瞬間には大きな音と共に弾け飛んだのだった。

 木端微塵に消し飛び、その奥の森がカイトの目に映る。

 

『移行作業が完了しました。"魔力無限"及び"魔力提供"のスキルに異常無し。これにて全作業を終了します』

 

 それを最後に、脳内の声が聴こえなくなった。

 カイトはこの時を以って漸く、本来の力を手に入れたのだった。

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