異世界で追放されたからざまぁしてみようと思ったら割とリアルだった件について 作: ころっくー
夕暮れもすっかりと姿を消した頃、二人は街へと到着した。
「いつまでもうじうじすんなっ! ほらっ、ささっと歩く!」
少女の声が、
彼女の手はカイトの腕を掴み、どこか強引に自分の目指す場所へと誘う様に引っ張っていた。
「……い、いや、行くんで……その、自分のペースで……」
少女の態度に対してカイトが消極的ながらも肯定の意を示す。
だが腕を引っ張る少女に対して彼の重心が反対方向に傾いているのは、誰の目から見ても明らかだった。
「君のペースじゃこっから一〇メート進むのに何年もかかっちゃうでしょ! あたしを困らせるなーっ!」
そう言って再び力を入れてカイトの腕を引っ張れば、彼の重心が少女の方へと傾く。
この状況を好機と捉えたのか少女が移動する速度を速め、足をつんのめらせながらもカイトの移動速度も付随して上がるのだった。
その速度を維持したまま進み続ける少女が、カイトの腕を引きながら大きく溜息を吐く。
「全くっ、あたしの面倒を見ろって言ってるのに……何であたしが君の面倒を見ないといけないのっ」
その言葉に、カイトが俯く。
「……えっと、ご、ごめん」
謝罪を述べた彼に、少女は顔を向けて睨み付ける。
「謝るくらいなら自分で歩いてよっ! 謝っても歩かないないら謝んないでよね!」
少女の怒りに、カイトは只々黙るのみ。
致し方なかった。
この状況は暫くと前から続けられたのだから。
草原でのスキル検証を終えて、街へと歩き出した二人。
最初はカイトも少女のペースに合わせて足早に進んでいた。
だが徐々に街が見え近付いてくると。
途端にカイトの歩みが鈍足となり、急かす少女に対して行くとは言えども言葉のみ。
やがてしびれを切らした少女がカイトの腕を引っ張り、強引に歩き出す結末となったのだ。
それを理解しているカイトだからこそ、眼前を歩く少女に対して生まれるのは罪悪感と申し訳無さのみ。
彼女が困らない様に歩かなければいけない。
それは当然カイトとて理解していた。
だが、身体が思う様に言う事を利かないのだ。
街が見える、街が近付く。
その度にカイトの中には恐怖、そして焦燥感が募っていく。
歩かなくてはと思いはすれども、それに反して足の動きが重くなっていった。
覚悟は決めた筈だったが、いざ目の前にすれば身体が竦んでしまうのを止める事が出来なかったのだ。
けれどもこうして少女に引っ張られながらではあるが、予想以上に時間がかかった上で街には入れた。
恐怖、焦りはあれど、こうして街中を進んでいる自分。
まるで二律背反の様な気持ちと行動に、カイトの中は何とも言い表せない感情で支配されていたのだった。
「たのもー!」
勢い良く扉を開けた少女が言い放った第一声。
中に居た全員が、動きを止めて顔を向ける。
僅かな静寂。
「……なんだあ、あの嬢ちゃん」
「って、おい……後ろに居るのってまさか」
そして次第に、あちらこちらから声が上がり始める。
テーブルを囲み座っていた者達から静かに声が上がった。
大柄でどこか粗暴さを感じさせる風貌。
中を一望した少女が、首を傾げる。
「……あれ? ギルドって意外と静かなんだ」
カイトと少女は、冒険者ギルドへと来たのだった。
少女がカイトを引っ張りながら歩き、冒険者ギルドの場所を訊ねる。
特にクエストを受注していた訳では無いカイトは首を傾げるが、これ以上迷惑を掛ける訳にはいかないと素直にギルドの場所を案内したのだった。
周りからの視線を集めているこの状況に、カイトは只俯くのみ。
居心地の悪さ、そして恐怖から顔を上げる事が出来ない。
「あいつって、"死神"じゃねえか……?」
ふとそんな声が、カイトの耳に届く。
「……ああ、間違いねえ。朝見た時と同じだ」
そして別の声が、届いた。
そのどちらにも決して歓迎の色は無く、カイトは只小さく身体を震わせるだけだった。
カイトの中で、今朝の記憶が蘇る。
冒険者達の声、目付き、自身に向けられる感情。
それらが再発するのではないかという恐怖だけが、カイトの脳内を支配していた。
だが不意に、カイトの思考が停止する。
「あーっ! あの時のエルフだ!」
突如轟いた大声に、カイトは驚いて肩を大きく震わせた。
そして同時に、もう一つの思いが浮かび上がる。
「エルフだ、ってなんだ! もしかしてエルフを馬鹿にしてるなぁっ?」
叫ばれた言葉に、カイトの眼前にいる少女が叫び声で返す。
だが、それに対する返答は叫びではなかった。
「え? あ、ううんっ、違うよ! 日中に会った人って思っただけだよっ!」
勘違いする様な言い方してごめんね? そう続いた言葉に、少女が暫し黙る。
やがて、静かに口を開いた。
「……今回だけ特別に許してあげようっ。でも次はないからね!」
語尾にかけて強めた口調で告げた少女に、お礼を伝える言葉が返ってきた。
そのやり取りを聞くカイトは只、俯くのみ。
決して顔を上げる事は、視線を上げる事は無かった。
出来なかったのだ。
何故ならば、少女へと掛けられた声。
「……ん? そういや君達、どっかで見た事ある様な……」
少女がふと、そう言って首を傾げた。
そして、思い出した様に声を上げるのだった。
「あっ、もしかしてキマラと戦ってた冒険者クンの仲間?」
カイトには非常に聞き馴染みのある、声だったのだから。
決して忘れる事は無い、カイトの心に刻まれた声色。
「そうそう! キマラに追いかけられながら走り去ったから心配してたけど、無事だったんだね!」
どこか安心した様な声色がカイトの耳に届いた。
それを聞いたカイトの心が痛む。
彼の目の前に立つ少女は、その声をどこか感心した様子で聞いていた。
やがて口を開く。
「ふーん、あたしなんてすっかり忘れてたのに憶えてるなんて、記憶力いいんだねぇ」
感心した口調で告げた少女に、苦笑といった声が返ってくる。
「あはは……ま、まぁ、色んな意味で強烈過ぎて忘れられないというか、なんというか……」
その言葉を興味深そうに眺める少女。
彼女に対して、横から声がかかった。
「な、なあ、あんた」
男性の声。
少女が顔を向ければ、頬に一筋の傷が入った大柄の男性が、椅子に腰掛けたまま身を乗り出していた。
「ん? なに?」少女が首を傾げる。
男性は僅かに顔を引き攣らせながら、口を開いた。
「キマラに襲われたってのは……本当なのか?」
どこか真剣みを含んだ声色に、少女は僅かに目を大きくする。
「……キマラに、襲われたって?」
呟く様に言葉を発した少女の声が、ギルド内に広がる。
「あ、ああ」
質問をした男性が僅かに固唾を呑みながら頷いた。
それを聞いた少女の表情が変わる。
「キマラになんて襲われてないっ!」
突然の叫びに、ギルド内が驚きに包まれる。
少女は男性を睨み付けた。
「あのキマラはあたしの獲物だったの! だから襲われる訳ないじゃん! 寧ろあたしがキマラと遊んでやってたって方が正しいから! 別に逃げた訳じゃなくてただ好機を狙ってたに過ぎないんだよっ!」
一方的に言葉を連ね、その全てを男性にぶつける少女。
それを受けた男性は思わず呆けていたが、やがて静かに口を開く。
「……つ、つまり、キマラに遭遇したって事、だよな?」
少女の目付きが更に鋭くなる。
「……遭遇? 違うんですけど、寧ろあたしが見つけてやったんですけど! そんな思いもよらない事態に出会いましたみたいな感じじゃぜんっぜんないんですけど! ちゃんと話聞いてんの!?」
「え……あ、いや、だから俺は、近くでキマラがいるのかって……」
余りの剣幕に、男性の口調が右肩下がりに萎んでいく。
それでも少女の剣幕は鳴りを潜めない。
「近くにいるとかいないとかじゃなくて、あたしがこの辺りでキマラを見つけたの! キマラがこの辺りにいてあたしが偶然出会ったとか、そんな事では全くないんだからね! キマラを見つけたあたしがこの辺りに来たって事っ!」
少女の言葉に、やや間を空けてから男性が何度か小さく頷いた。
「あ、ああ……と、とりあえず、あんたがこの辺りでキマラを見つけてくれて、尚且つ……えっと、そうだなあ……お、俺達の代わりに相手をしてくれたんだ、よな?」
男性の言葉。
それを聞いた少女が暫し沈黙。
やがて、口を開いた。
「……ちょっと違うけど、まぁそんな感じ」
そして再び男性を睨み付けた。
「今回は許してあげるけど、次から聞き方には気を付けてよね!」
その言葉に男性が何度も頷き返せば、漸く納得したかの様に鼻から強く息を吐いた少女が腕を組んで顔を逸らしたのだった。
少女へと問い掛けた男性がそれを見て大きく息を吐き、隣に座る男性が優しく数度彼の肩を叩く。
そっぽを向いていた少女だったが、ふと何かを思い出した様に表情を変えた。
「あっ、忘れてた。そのキマラ倒したから報酬貰いに来たんだったっ!」
その声に、今度こそギルド内が叫び声に包まれたのだった。
カイトもまた他の面々と同じ様に、俯きながらも目を見開く。
少女がギルドに来た理由。それを知ったから。
驚愕を示す冒険者達の反応に首を傾げる少女。
そんな少女に、声がかけられる。
「どうやってあいつを倒したんだ」
掛けられた声の方向に、少女が顔を向ける。
その後ろにいるカイトが、身体を大きく震わせた。
「えっと、君は……確か、ボロボロだった冒険者クン?」
僅かに首を傾げながら問い掛けた少女に、声を掛けた主が僅かに表情を歪めながらも頷きを返す。
カイトにとって非常に聞き馴染みがあり、先程の声ど同様に彼の心に刻まれた忘れられない声色。
顔を見ずとも、カイトには容易に認識出来た。
アレックス。
カイトの幼馴染の声だったのだから。
そして先程の声は、リーンのものだった。
カイトは思う。
二人が居るのなら、間違いなくもう一人もいるのだろうと。
残る一人の幼馴染であり、元パーティメンバー。
ルイン。
声はしないが、間違い無く一緒に居るだろうという確信が、カイトの中にはあった。
その事実に、心臓の鼓動が怖いまでに速まる。
だがカイトの内情等知る由も無い少女は、背後を気にする事無く口を開いた。
「まー、あたしにかかればキマラの一体や二体くらい朝飯前なのだよっ」
そう言って胸を張った少女を、アレックスは無表情で見つめる。
暫くの静寂。
胸を張る少女の額から小さな汗が流れた。
やがて、姿勢を戻して溜息を吐く。
「もー分かったよ! キマラを倒したのは、あたしじゃない」
「誰だ」
少女の言葉に、即座に次を促したアレックス。
その姿に少女は再びの溜息を吐いた。
「せっかちな男は嫌われるぞー?」
どこかおどけた口調。
「いいから、早く言え」
だがアレックスはにべもなく言葉を返す。
それに再びの溜息。
やがて少女が口を開いたのだった。
「全く、あたしの言う事を聞かないとか、誰かに似てるなぁ……」
そう呟き、少女は背後へと振り返る。
そこに居た人物の腕を掴み、思い切り前にその腕を引く。
「うわっ」
上がったのは、カイトの驚きの声。
彼はたたらを踏みながらも、何とか転ばずに済んだ。
少女によってカイトが、前面に押し出されたのだった。
「え……」
彼の耳に届いたのは、誰かの小さな声。
下を向いているカイトには、それが誰の声なのか判別する事が出来なかった。
そんなカイトの両肩に、後ろから手が乗せられる。
カイトには一体誰の手なのか、何となくだが想像はついた。
彼の背後から、楽し気な声が届く。
「正解は、この子でしたー! あたしのお陰で覚醒したこの子が、キマラを一瞬で破裂させちゃったって訳!」
まぁそれはそれであたしは困った訳だけど、とカイトにだけ聴こえる声量で少女が呟く。
それを聴いたカイトは、肩を掴まれる手に僅かに力が込められた事を感じ、そこはかとない恐怖に包まれる。
だが、俯いている彼の内情を慮れる者は居なかった。
「……お前が、か」
カイトの耳に届いた、呟く様な声。
それが誰のものなのか、容易に判別出来てしまった。
「そそ! あたしのお陰でっ、強くなったこの子が倒したんだよねー」
どこか誇らしげな声色で、少女が告げる。
「え……でも、なんで」
カイトの耳に聴こえた別の声。
その声に、彼の心臓が痛みを訴える。
あまりにも弱く、そしてどこか悲し気な声色。
聞き馴染みのある声だからこそ、カイトの心が痛んだ。
彼の脳裏に桃色のシルエットが浮かび上がる。
そこに、背後から声が聴こえた。
「この子さ、よく分かんないけどずっとダメダメだったみたい。でもあたしと出会って、本来のスキルが覚醒したんだよね」
少女の言葉に、誰も返す者は居ない。
「"魔力無限"と"魔力提供"。この子の魔力は無限になって、その魔力を他の人にも提供出来るんだよねー。そのお陰であたしは魔法が打ち放題っ」
「……え」
自慢げにカイトのスキルを語る少女。
誰かが上げた小さな声は、少女の声にすぐさま掻き消された。
カイトは只、何も出来ずに黙っているのみ。
少女の言葉は続く。
「知ってる人もいるかもしんないけど、この子は昨日まで幼馴染達とパーティを組んでたんだって。でも役立たずだからってクビになったっぽいんだよ」
そう告げた少女に、カイトは反射的に振り返ろうとしたが、身を寄せて肩を掴む手に力を入れる少女によって阻まれた。
彼女は一体、何を言うつもりなのか。
カイトにはそれだけが怖かった。
「ま、君ってうじうじとし過ぎだしそういうのはめんどいから、ある意味クビになるのも分かるけどねっ」
ぷーくすくす。少女がわざとらしい笑い声を上げる。
その言葉、喋り方は誰に向けたものなのか、カイトには分かった。
カイトから視線を逸らした少女が、周囲を見渡す。
全員が只、少女の言葉を聞いていた。
「何が言いたいのかって言うとさ……誰か、この子の元パーティメンバーを知ってたら伝えて欲しいんだよね。この子をクビにしてくれてありがとうってさ!」
「え……?」
少女の言葉に、誰かが声を上げた。
その人物を、一部の人間を除いた全てが目を向ける。
無表情で佇むアレックス。
その僅か後ろにいる、少しばかり小柄な少女を。
長くはないその髪では、自身の表情を対外から隠せない少女を。
やがてカイトの背後に立つ少女がゆっくりと、大衆と同じ方向へと目線を向ける。
そこにあった呆けた表情を捉え、笑顔を浮かべた。
「君達のお陰で、あたしは無限に魔法が使える様にもなったし、強いモンスターでも代わりにこの子が破裂させればすぐ解決! あたしが自由を謳歌する為に必要な力とスキル、それに手にする最高の機会を与えてくれたんだもんっ!」
心底愉快といった様相で告げた少女が、声のトーンを落とした。
「……君は、あたしとの契約があるもんねー?」
それは眼前の人物だけに聴こえる音。
再び少女が、声量を上げた。
「だから、この子の元パーティの人達には感謝してるよっ」
楽し気な口調で締めた少女。
だがすぐに、表情を変えるのだった。
「あっ、また忘れてた! 報酬を貰わないと!」
そう言って少女が再び辺りを見渡しながら声を出す。
「おーい、ギルド職員さーん! 赤いキマラ倒したから報酬ちょうだーい!」
少女の言葉に、返す者が現れる。
「いえ、討伐の報酬はありません」
それが少女に届いた返答だった。
「……は?」
聴こえた言葉にきょとんと目を丸くした少女。
彼女の視線が、届いた声の主に向かう。
俯いていたカイトもまた、僅かに視線を向けた。
そこにはギルド職員の制服を着た、背中辺りまで伸びた淡い茶色い髪の女性。
切れ長の目に収められた髪と同色の瞳が、少女へと向けられている。
ギルド職員のハンナが、声を掛けたのだった。
少女の表情が僅かに変わる。
「……ちゃんと聴こえなかったんだけど、報酬くれるんだよね?」
その言葉にハンナは、静かに口を開く。
「討伐の報酬は無いと言いました。なるほど……失礼しました、聴こえの良さそうなその長い耳が飾り物とは知らず」
少女の額に、僅かな青筋が浮かび上がった。
「へ、へー……そっちこそ、あたしの話をちゃんと理解出来て無いんじゃない? 近くに現れたキマラを倒してあげたんだから、報酬くらい支払って当然だと思うんだけど?」
「おや、先程はキマラと遊んであげていたと豪語されている様に思えましたが、聞き間違いでしたか。ずっと狙っていた獲物とも仰っていたので、てっきりあなたにとってキマラとは取るに足らないモンスターだと勘違いしておりました」
「ぐ、ぐぬぬっ……でっ、でも! あたしには余裕だったけどっ、他の人にとっては危険だったんだから、倒した事に感謝の印をくれても良い筈じゃないっ?」
「ありがとうございます」
「……へ?」
「ですから、ありがとうございます。感謝の印を示したのですが何か?」
「うがああああっ!」
額の青筋を多数宿してカイトの背後から飛び出した少女の腰に、カイトが咄嗟に腕を回して引き留める。
「おっ、落ち着いてください!」
「はなせええええっ! ムカつくッ! ムカつくあの女だけはあたしの手でぇぇぇぇっ!」
拘束から逃れようと全力で暴れる少女を、必死で抱き留めるカイト。
「人を馬鹿にしてぇぇ……許さんっ、ぜっっっったいに許すかぁぁぁぁっ!」
暴れ続ける少女。必死に抑えるカイト。
冒険者達は触らぬ神に祟りなしと言わんばかりに、顔を背けて各々の飲み食いを再開していた。
必死に抑えるカイトだったが、このままでは埒があかない。
少女が暴れてしまってはギルドに迷惑がかかり、少女にもどの様な沙汰が下るか分からなかった。
何とか力を弱められないか。
「もうこっからでもやってやるからなぁぁっ――ウインド」
少女は近付くのを諦めて、魔法を行使する。
思考を巡らせるカイトはやがて、一つの結論に至った。
「アロー…………はれ」
正に激昂といった様子でもがく少女だったが、突如その力を失い呆けた声を出す。
行使した筈の魔法は発動せず、その魔法名だけが虚しく静寂の中に消え去った。
少女の全身から大量の汗が噴き出し、呼吸が一気に荒くなる。
途轍もない疲労感が少女の身体に訪れたのだった。
膝から力が抜けて崩れ落ちそうになった少女を、カイトがその場で何とか抱き留める。
荒い呼吸で過度の疲労感により、少女の思考が上手く纏まらない。
だが、少女の中にはこの状態に既視感を覚えていた。
そして、思考を巡らせずとも一つの解を得たのだった。
緩慢とした動きで、後ろを振り返る。
「……きみっ……魔力の、提供、を……止めたなぁぁ……!」
睨み付ける視線の先には、申し訳なさそうな表情を浮かべるカイトの姿。
「ご、ごめん……でも、こうしないと多分、大変な事になってたし……」
謝罪を混ぜつつ言い訳を述べるカイト。
だが少女は睨む事をやめなかった。
この場に居た全員が黙って、その光景を見ていた。
静寂を裂く様に、一つの小さな咳払いがギルド内に響く。
「討伐の報酬はありませんが、情報の報酬ならばお支払い可能です」
全員が静かに、その声の方へと顔を向けた。
そこに居たのは、カウンターの奥に座るハンナ。
彼女は淡々と続ける。
「近隣にキマラが現れたという情報は先程、他の冒険者によってギルドも把握致しました」
そう告げたハンナの目が僅かに動き、アレックス達を捉える。
そして再び、カイト達へと向けられた。
「よって、現れたキマラとそれが逃げた際に追われた対象が一致、そしてその対象と共に行動した冒険者によりキマラが近隣から姿を消したという事実が確認出来ますので、情報提供の報酬が支払われます」
ハンナの目が、カイトを捉える。
「現れたキマラはあなたが倒した、相違ありませんか?」
射貫く様な瞳にカイトの身体が硬直する。
だが、すぐに慌てて頷きを返した。
「は、はい……間違い、ありません」
キマラを倒したという事実をカイトはまだ実感しきれていない。
だが現にこうして眼前にいる緑髪の少女の姿を見れば、それが現実なのだと思ってしまう。
この少女が居る事が、あれは夢では無いという事の証明。
そして自分が魔力を、スキルを使える様になったという事の、何よりの証だった。
カイトを見つめていたハンナが、やがて目を逸らす。
「承知しました。依頼の無い討伐に報酬はありませんが、冒険者であるカイトの証言により近隣に現れた高ランクモンスターの危険は無くなったという確証が得られたとみなし、情報提供報酬をお持ち致します」
少々お待ちを、そう告げてハンナは席を立ち裏へと消えていく。
その光景を呆然と見つめるカイト。
「……あれ? あたしの証言だけじゃ不満だったって事……?」
首を傾げながらそう呟いた少女に、カイトは思わず苦笑してしまう。
ハンナの様子で、カイトは気付いた。
この少女が冒険者では無いのだと。
そしてギルドは、冒険者以外には報酬を支払わないのだ。
それを知るカイトは、少女のやや的の外れた言葉に苦笑してしまったのだった。
少女の顔が動き、カイトと目が合う。
「そういや君、カイトって名前だったんだね」
全然名前聞いてなかったね、そう言って少女が微かに微笑む。
「ならあたしも名前教えとこっかな」
そうしてカイトの耳に、少女の名が紡がれた。
「あたしはラヴィ。これからよろしくね? カイトクン」
その声、名前、表情を見つめたカイトはやがて、「よろしく」と小さく笑ったのだった。