異世界で追放されたからざまぁしてみようと思ったら割とリアルだった件について 作: ころっくー
カイトは今、危機に陥っていた。
夕暮れ時の森の中、木々に阻まれた日差し限りなく遮られ、彼の視界には薄暗闇に蠢く数多の存在が認識出来る程度。
表情を苦しそうに歪めながら、荒い呼吸を繰り返す。
カイトの隣にはラヴィの姿があった。
たが、その姿は彼にとっては見慣れないもの。
青白い表情で、浅い呼吸を辛うじて繰り返している。
それも、立っているのではなく、地面に倒れ伏せながら。
彼女の姿は誰の目から見ても決してカイトと共に進み続ける、または共闘する等といった事は不可能だと一目瞭然。
倒れ伏すラヴィ、その隣で苦し気に呼吸を繰り返すカイト。
彼らを囲う様に存在する、暗闇の中の存在。
何故この様な事態に陥ったのか。
それには時間を昼前まで戻す必要があった。
ギルド内にて息も絶え絶えなラヴィに胸倉を掴まれ揺すられ続けるカイト。
そこに他所からの声が掛けられた。
「じゃれ合いは構いませんが、その続きはこちらの用件が終わってからでお願いします」
聴こえた声に反応し、二人が動きを止めて顔を向ける。
視線の先に立っていたのは、ハンナだった。
片手に数枚の皮紙を持った彼女が、無表情で声をかけたのである。
「……今、制裁中だからそっちこそ後にしてよ」
不満気に表情を歪めたラヴィがハンナへと声をかける。
言っていた筈の魔力提供の解除を為さなかったカイト、そして彼に対しての不満が解消されないままに水を差してきたハンナ。
その両方への不満であった。
ラヴィの言葉に、ハンナは特段の反応を見せない。
カイトの眼前に歩み寄り、手に持っていた紙の束を差し出す。
「……え、無視?」
不意の事態に戸惑いながらハンナの顔と手を交互に見やるカイト、ハンナの行動から自身への反応を察したラヴィ。
困惑し未だに動かないカイトに反し、ラヴィの表情は険しさが増していく。
「ちょっと、そっちの話は後にしてって言ったよね?」
静かにそう告げたラヴィに、ハンナが漸くと顔を向けた。
「こちらも事前に、用件が終わりましたら続けてくださいとお伝えしましたが?」
ハンナの言葉に、ラヴィの額に微かな青筋が浮かぶ。
再び、その口を開いたのだった。
「……あたしの用件の方が先だったんだから、そっちは終わるまで待つのが普通じゃない?」
「その用件は後からでも問題は無いと判断しましたので」
「……空気読めないとか、よくそんなんで仕事なんて出来るね」
「仕事である以上、無駄話を遮り用件を進める事があるのは普通かと思いますが。あ、失礼しました。これは仕事をしている者だけが理解出来る常識でしたね」
「ちょ、ちょっと、おっ、落ち着いてください……!」
無言で俯いたラヴィの姿を見て何かを察したカイトが、慌てて声を上げた。
やがて、ラヴィが顔を上げる。
そしてカイトは目が合った。
「ん? 君に言われなくてもあたし、落ち着いてるけど?」
まるで何気の無い口調。
そう告げて小首を傾げたラヴィを、カイトは見ていた。
彼女を見ているカイトの頬に、一筋の汗が流れる。
「何かおかしなとこでもある? 無いよね? だってあたしは落ち着いてるもん。こんな無表情で性格悪くて空気読めない自己中心的な女から何言われたって大人なあたしは何とも思わないけど? まるでこの女は仕事をしててあたしが仕事をした事が無いみたいな事を言われて腹が立つとかそんな子供じゃないし。寧ろ我儘ばっか言ってるこの女の方が子供っぽいなぁって思っちゃうくらいなんですけど?」
一息で喋り、カイトを見つめるラヴィ。
だがその表情が、何かに気付いた様に僅かに変化する。
「あ、でも君にはちょっと腹立ってるかも。昨日、こんな女の言う事聞いてあたしに魔力提供しなかったよね? あそこで魔力を送ってくれてたら、今こうして腹が立つって事にもならなかったって事だもん。別に君が誰を好きでもいいけどさ、それであたしに迷惑をかけたって事なら、あたしが君に腹が立っても仕方ないよね?」
それらの言葉を、カイトは只見つめる。
一段と量が増えた汗を拭う事無く、見つめた。
見つめる事しか、出来なかった。
微塵でも動こうとすればカイトの本能が、自身に激し警告を鳴らしたのだ。
カイトの瞳に映るラヴィの表情が、徐々に変化する。
「君は、あたしと何て約束したっけ? 幾つかあるけど、その中にあったよね……君は、あたしを害してはいけませんってさ」
笑み。
ラヴィの表情に、カイトの身体が微かに震える。
それを見たラヴィの表情が、更に深まった。
その時。
「こちらには無駄にする時間はありませんので、早く選んでください」
カイトの手が横から握られ、その手に何かを持たされた。
「……え?」
思わず呆けた声を漏らすカイト。
視線を動かせば、カイトの手を掴み彼の手に紙の束を握らせたハンナの姿。
カイトは視界の端で、何かが僅かに変わった様に思えた。
だが彼の意識は視線の先にある、自身の手へと向けられ続ける。
「その中からお選びください」
ハンナの声がカイトに届く。
その声に導かれる様に、カイトは皮紙の束を持たされた手を動かす。
僅かに顔へと寄せ、文字が書かれている面を視界に映した。
「……あ……これ」
同時に漏れるカイトの声。
そこには、多くの文字が書かれていた。
だがその書き方、書かれ方はカイトにとって見覚えのあるもの。
クエストの依頼書。
その言葉が、カイトの脳内に現れた。
次いで、記憶が蘇る。
――そこであなたに見合ったクエストを、幾つか紹介します。
昨日カイトが、ハンナから言われた言葉。
まさかこれが。それを思い出したカイトが内心で呟く。
反対の手を動かし、数枚の束をめくっていく。
そのどれもが違う内容。
しかしそれらに目を通すカイトの中には、一つの疑問が浮かんだ。
そこに、再びハンナからの声がかかる。
「スキルが解放されたというあなたの評価を、ギルドでは変える必要がありました。ですが前例がありませんのですぐに上のランクへと上げ、他の冒険者達と同様のクエストを可能にする事は出来ません」
ギルドとして
「その代わり、"不良依頼"……つまりは、依頼は取り下げられていませんが、長く誰も受注を行っていないクエストであれば、受注を可能にする決定が為されました」
その言葉に、カイトがハンナへと顔を向けた。
カイトが抱いた疑問。
それは昨日、自分に言い渡された冒険者ランク。
最下層であるFランク。
Fランクである自分には見合わないクエストが、それらの紙には書かれていたのだ。
下位ランクでは受けられないであろう対象の討伐や捕獲。
自分のランクでは受けられない。
それがカイトの疑問だった。
だがハンナの言葉で、それは解消された。
特例。
その言葉がカイトの脳内に浮かぶ。
「ですがギルドとしてもあなたがどの程度の力を有する様になったのか判断に迷った為、見合うと思われる内容のクエストを選んで頂き、その結果に合わせて後程冒険者ランクを再評価する事となりました」
続けられたハンナの言葉に、カイトは内心で納得を得た。
確かに、自分でも今のスキルがどの程度のものなのかは判然としない。
故に自分でも分からない事は、ギルドとしても判断に困るのだろうと思ったからだ。
超法規的措置で、カイトは自身の冒険者ランクに構わずクエストを選べる様になった。
長らく誰も受注をしていない、不良依頼のみという制限はあれども。
カイトの中に、微かなやる気が湧き起こる。
もしかしたら認められるかもしれない。
クエストを成功させれば、今まで多くの人に迷惑をかけてばかりだった自分が、周りから迷惑をかける存在じゃないと、認められるかもしれない。
この為に昨晩泊めてくれたであろうハンナに、報いる事が出来るかもしれない。
その思いが、カイトの中で強くなり始めた。
カイトの視線が再び、手元の紙へと向けられる。
失敗は許されない。
ちゃんとクエストを選んで、受けないと。
そう考えて手に持った紙を一枚一枚注視して、今の自分が使えるであろう力と比較しながら検討を進める。
紙をめくる。
次のクエスト内容をしっかりと見ようとした時、その紙がカイトの視界から消えた。
突然の出来事に思わず呆けるカイト。
そこに、声が聴こえた。
「はい、これ受けるからさっさとどっか行ってよ」
カイトの耳に届いたのは、ラヴィの声。
どこか淡々とした声に顔を向ければ、カイトが見ようとした依頼書を掴み上げてハンナへと差し出すラヴィの姿があった。
彼女の言動が理解出来ずに只見つめていれば、カイトの横から声がかかる。
「こちらでよろしいでしょうか?」
それはハンナの声。
その言葉は、意味は何となくだがカイトはすぐに理解出来た。
ラヴィが差し出している依頼書。
このクエストを受注するという事で間違いないか、という確認。
カイトは暫くとラヴィを見つめる。
その表情に笑みや怒りは無い。
どこか退屈そうな表情で、ハンナを見ていた。
それを見つめ、カイトはやがてハンナへと顔を向ける。
「……はい、これで、お願いします」
カイトの言葉に、ハンナが返す。
「本当にこちらでよろしいでしょうか? 受注したクエストの取り下げは違約金及び評価値のマイナスが生じる事となりますが」
それはまるで義務的な口調。
カイトが静かに口を開く。
「いいから、さっさとこのクエストで進めてよ」
だが先に言葉を発したラヴィによって遮られたのだった。
ラヴィが、カイトを見る。
「君も、このクエストでいいよね?」
カイトの耳に届いた声。
それに対して僅かに間が空き、やがて小さく頷きを返した。
「……これで、お願いします」
ハンナへと向けたカイトの言葉。
それを無表情で見つめたハンナは、程なくして了承の旨を返したのだった。
そして受注手続きを行うと告げ、カイトの下から離れていく。
呆然と、歩き去るハンナを見つめるカイト。
「やっぱ君さ……好きになる女は選んだ方がいいと思うよ?」
近くからかけられた声に、やや時間を置いてから振り向いたカイトは、静かに苦笑いを浮かべるのであった。
とりあえず魔力提供しといて、そう言われ従うカイト。
そして無事にクエストの受注が完了し、冒険者用に複製された依頼書をハンナから渡された。
それを横から覗き見たラヴィがやや間を空け、絶叫。だが時すでに遅し。
嫌がるラヴィを何とか宥めつつも、クエストに向かうべく準備を始める。
カイトが受注したクエストは、この街から馬車で約四、五時間程度離れた小さな村から依頼されたもの。
基本的には冒険者であれば誰でも、この程度距離の離れた依頼は受ける。
だがこのクエストがずっと受注されなかった理由。
報酬が、依頼の内容に比べて安かった。
このクエストの為に一切の準備物購入を行わなければ、馬車の往復代を入れて極々僅かに儲けが出る程度。
そして依頼の内容。
村の周辺に数か月前から、見た事の無いモンスターの大群が占拠する様になり、村の農作物が食い荒らされて困っているというものだった。
だが肝心の、ターゲットに関する情報はほぼ書かれていない。
闇夜に紛れて行動をするモンスター故、詳しい様相を調べるのは村の住人には難しく、唯一分かっているのはインセクトモンスター。
つまりは昆虫型のモンスターであろうという予測のみ。
詳しい数も分からず、大量であるという事のみが書かれた依頼書。
これでは確かに誰も受けたがらないだろう。内容を読み返したカイトは思わずそんな事を思った。
判然としないターゲット、具体性の無い大量という数、そしてそれには決して見合わない報酬。
冒険者とは、他と同じく立派な職業。
故に慈善のみで動く事は無い。冒険者にも当然ながら生活があり、生計を立てる必要がある。
自身の生活や安全、それと依頼内容。
それを毎回天秤にかけて、どのクエストが自分に見合っているかを確認し受注するのだ。
言い換えれば、全冒険者がそれぞれ天秤にかけても選ばないクエストも存在するという事。
今回カイトが受注したクエストは、正にそれに該当したのだった。
ギルドから金を下ろして馬車の手配を済ませる。
思いの外スムーズに手配出来た馬車に二人で乗り込み、街を出たのだった。
当初はクエストに同行する事を拒絶したラヴィだったが、結局は二人で向かう事となる。
カイトがそれとなく、一人で向かうのでホテルで待っていても良いと告げるが、ラヴィが首を縦に振る事は無かった。
理由は二つ。
一つは、ただ待っていてもつまらないから。
それに対して自由にしていて問題無いとカイトが伝えるが、ラヴィは二つ目の理由と合わせて拒否するのだった。
二つ目の理由。
それは、ラヴィの魔力が回復出来ていない事。
カイトが彼女に行っていた魔力提供を昨晩解除しなかった事により、現在のラヴィはカイトから魔力提供をされなければ魔力がほぼ底をついている状態。
よって、カイトが魔力提供出来る範囲外に行ってしまえば、魔力が枯渇している状態となり、その状態で外を歩くのは心配。
眠くないしホテル待機はつまらない、けれども魔力が枯渇した状態で外には出歩きたくない。
それにより、ラヴィの同行が決定したのだ。
そしてラヴィが最初にクエスト同行を拒絶した理由。
クエストを依頼した村へと向かう道中に、心底嫌そうな表情を隠さずにラヴィがカイトへと愚痴交じりに話した。
「インセクトモンスターってキモいしさ、生理的に無理なんだよねぇ……。何であいつらって、あんな揃いも揃ってキモい見た目してんの?」
馬車の中、壁に背中を預けながら溜息を吐いたラヴィ。
彼女は更に続ける。
「中には相性が悪いやつもいたりしてさ、ほんっと嫌いなんだよねぇ」
何かを思い出したのか苛立たしそうに表情を歪め、腕を組み目を瞑ったラヴィ。
それを若干の苦笑交じりにやり過ごすカイトであった。
馬車は進み続け、やがて目的の村へと到着する。
その村は小さく、そして閑散といた印象をカイトに抱かせた。
故郷よりも小さく、そして人の気配がしない。
馬車を降りて歩き、やがて見つけた住人に話しかける。
カイトが内容を伝えれば村人は驚き、村長の元へと案内を始めた。
古めかしい一軒家の戸を村人が叩き中へと声をかければ、その家から人が姿を現す。
互いに挨拶を済ませればその人物が村長であり、クエストの依頼主。
クエスト内容の擦り合わせを簡単に行い、大量のモンスターが住み着いたとされる森へと出発しようとすれば村長から深々と頭を下げられたカイト。
その頭を慌てて起こさせ、
ここまで馬車を運転してきた御者。
本来ならばカイト達をこの村に下ろした段階で帰るのが基本的。
復路はその地の馬車を使い帰るのが一般的だった。
だが、クエストが終わったらすぐ帰りたいと強く要望するラヴィの一言により、クエストが終わるまで馬車と御者を雇う事が決まった。
その為、村長に対して御者を頼むと告げて森へと向かったのである。
無論カイトとて、完全にラヴィの言葉を我儘だと思った訳では無い。
考えてみれば目的地は小さな村。
もしかしたら帰りの馬車が無いかもしれないと思い、保険の為にも彼女の言葉に了承へと回ったのである。
ラヴィも村で待っていて問題無いと考えていたカイトだったが、魔力が無い状態でいる方が不安と一蹴され、彼女を引き連れて森の中を散策するのであった。
だが、暫くと歩けどもそれらしきモンスターは見当たらない。
「夜に出るって言ってたし、まだ早いんじゃない?」
退屈そうに横を歩くラヴィの言葉にカイトは内心で同意しながらも、散策を続けた。
やがて陽が落ち始め、空を木々に覆われた森の中が途端に暗さを増す。
一斉に視界が不明瞭となった森の中。
警戒心を増し歩く速度を落としながらも散策を続行。
「ちょっと待って」
そう言って、不意にラヴィが足を止めた。
つられて足を止めるカイト。
ラヴィが後方へと腕を伸ばした。
そして告げる。
「――ウィンドアロー」
同時に、矢の形をした緑色の風が彼女の手元に現れ、勢い良く射出された。
そして聴こえる衝突音。
だがカイトの耳には、それが地面へと当たった音には思えなかった。
顔を向けて暗がりを注視すれば、闇に紛れて何かが粉砕するのが見える。
「何かいるなぁって思って撃ったけど、もしかして当たり?」
そう呟いたラヴィに、カイトは内心で頷きを返した。
辛うじて視界に映った、粉砕した物体。
それは彼の目から見て、インセクトモンスターの様に思えたから。
あれがターゲットかもしれない。
漠然とカイトはそう考えた。
その時、彼の耳に何かが動く音が聴こえた。
粉砕されたインセクトモンスターの方から。
そして、カイトの全方向から。
同時に声が聴こえる。
「ぎにゃああああ! めっちゃ囲まれてるぅぅっ! 無理無理無理無理っ! キモすぎて無理ぃぃぃぃッ!」
叫び声と共に、全方位に向けてウィンドアローを乱発したラヴィ。
彼女の魔法が二人を囲んでいた物体に当たる。
そして同じ様に粉砕した。
「ヒィィィィッ! 死んでもキモいとかほんとヤダこいつらぁっ!」
半泣きとなりながら魔法の量を更に増やす。
全方位へと魔法を放ちながら、やがてその顔はカイトを睨み付けた。
「なにボケっとしてんの! さっさと全部破裂させろぉぉぉぉっ!」
ラヴィの叫びに、カイトは漸く我に返る。
現状の全てに、彼の思考が追い付いていなかったのだ。
カイトが再び周りを注視する。
暗がりに隠れてはいるが、二人を囲むそれらは全てインセクトモンスターだった。
大きさは約五〇セントメート程。
頭部に一対の長い触覚を持ち、胸部の横から三対の脚が生えている。
最後方の脚は他と比べて長く太い作りから、主に後脚を使い跳ねて移動する様なモンスターだと想像する事が出来た。
カイトの前世で言えば、まるでバッタの様な形態をしたモンスターがいたのである。
それも数十匹ではない。
二人の視界に映る地面を全て覆う様に、蠢いていた。
インセクトモンスターだと判別したカイトだが、このモンスターの名前は分からなかった。
四年程冒険者を続けており、生きる為にモンスターの情報を知識としてある程度持っていた彼でも、名前の分からないモンスター。
もしかしたら離れた場所から来たモンスターなのかもしれない。
漠然とそんな事を考え、カイトは思考を切り替える。
ラヴィに言われた言葉。
破裂をさせる。
その事に集中する。
だが、カイトの中で一つの疑念が残り続けて、すぐに実行は出来なかった。
それは、ラヴィの安否。
果たしてラヴィを対象外として確実にインセクトモンスターだけを破裂させられるのか。
その疑念が、インセクトモンスターを破裂させるという行動を躊躇させたのだった。
「キモいぃぃぃぃ! 早くっ、早くこいつら消しなさぁぁぁぁいっ!」
魔法の乱発を止めずに悲鳴を上げ、カイトへと怒鳴るラヴィ。
それを聞き肩を震わせて、疑念を残しながらも脳内でイメージを作っていくカイト。
だが、事態は一変した。
「うぎゃああああ! こっち来たああああッ!」
ラヴィの絶叫。
その言葉に、カイトの思考が霧散する。
意識を眼前に向ければ、ラヴィの攻撃を受けていないモンスターが、その健脚を使い二人へと飛び掛かって来たのだった。
それも一匹や二匹ではない。
全方位から、それぞれ飛び掛かってくる。
涙目を更に強めながら、ラヴィがその腕を上に掲げた。
「キモすぎるうううう! ――ウィンドトルネードォォッ!」
その叫びと共に、二人の周りに空高くまで伸びる緑色の風が現れた。
ウィンドアローとは違う、カイト達の周囲で激しく入り乱れる緑の風。
まるで二人を覆う幕の様な風に、飛び掛かって来たインセクトモンスター達が触れた。
その瞬間、風に衝突したインセクトモンスター達が悉く粉砕される。
後続として飛び掛かって来たモンスターもまた、同様に粉砕されたのだった。
竜巻の様にカイト達の周囲を覆い、途轍もない速度で回り続ける緑の風。
それに触れては粉々に砕けるモンスター。
その光景から目を逸らす様に、涙目のラヴィがカイトを見つめる。
しかしその目付きは鋭いままだった。
「いつまでぼさっとしてんの! さっさと全部破裂させて! これ命令! 早くっ!」
その声に、カイトの肩が再び震えた。
打って変わった事態に、只呆けるしか出来なかったカイト。
ラヴィの言葉が、カイトに思考を取り戻させる。
「あ、う、うん……わ、分かった」
彼女の剣幕に慌てて了承を返し、再びと脳内にイメージを作っていく。
上手くラヴィを除いて、モンスター達を破裂させなきゃいけない。
上手く行くか、ではなく、上手く行かせないといけない。
それがカイトの中で重しとなり、昨日の様に素早くイメージを作り上げる事を妨げる。
昨日はラヴィに魔力を提供しながらも、特定の木や石を破裂させられた。
だから、大丈夫。
そう内心で言い聞かせても、隠し切れない不安。
もし、失敗したら。
その光景を想像しそうになり、思考が途切れる。
上手く行くかではない、絶対に失敗は出来ない。
考えれば考える程に、カイトの中で具体的なイメージを持つ事が難しくなっていった。
「もたもたしてないで早く、あたしの視界からキモいのを消せぇぇぇぇ!」
痺れを切らした様に叫ぶラヴィに、カイトは慌てて頷きを返す。
僅かにカイトから視線を逸らしたラヴィが「ヒィィィィッ」と悲鳴を上げて、カイトの胸倉を両手で掴む。
「早くしろぉぉっ! あたしの心の安寧の為にっ、早くしろぉぉぉぉっ!」
激しく前後に揺すられるカイト。
その中で何とかイメージを構築しようと奮闘する。
だが不意に、ラヴィからの揺すりが止まった。
同時にカイトの耳へと、音が届く。
それはカイトの中でどこか懐かしさを抱かせる様な音色。
今世ではない、それよりも昔に聞いた事がある様な、音。
どこか懐かしく、それでいて心を落ち着かせ安らぎを与える様な気持ちにさせる。
カイトの脳内に景色が浮かび上がった。
それは前世。
日本での、田舎の夜の光景。
自然豊かな景色の中に、寄り添いながら聴こえる心地の良い音。
その正体を、カイトは思い至った。
コオロギ、もしくはスズムシ。
それらと似通った音色を、カイトの耳は受け取ったのだ。
久方ぶりに思い出した前世の景色に、カイトは現実を忘れて聴き入ってしまう。
だがそれは、やがて終わりを迎えるのだった。
その音が徐々に大きくなりだした。
音は波となってカイトの鼓膜を揺らし、そして脳を揺らし始める。
やがて訪れるのは、気分の悪さ。
それを自覚し意識を視界へと戻せば、現実が漸くと理解出来た。
だが、理解出来なかった。
「……これ、だめ……き、もち……わる、い……」
そう呟いたラヴィが、地面へと崩れ落ちたのだった。
「……え?」
自身の中にもあるどこか車酔いにも似た感覚。
それを忘れる程に、ラヴィの状態にカイトは放心してしまった。
二人を守る様に覆っていた緑色の風が、勢いを失って霧散する。
青白い顔で、浅く呼吸を繰り返すラヴィ。
目付きはどこか虚ろで微かに唇が動くが、決して何も聞き取る事が出来ない。
それを立ち呆けたまま見つめるカイトだったが、やがてその衝撃よりも気分の悪さが上回り始めた。
どこか吐き気にも似た様な感覚に苛まれながらも、カイトは周りへと視線を向ける。
そこにはインセクトモンスター達が、暗闇に紛れながらもその身に持つ羽を揺らしている光景が目に入った。
特定のモンスターだけではない、視界に映るモンスターの全てが同じ行動をして、そこから発せられる音をカイト達に向けていたのだった。
特定の虫は、羽を揺らす事で音を出し求愛や仲間とのコミュニケーションを取っている。
漠然と前世の知識を思い出したカイトは、耳に届き続ける音の正体がそれなのではないかと思い至った。
複数の同じ音が重なり、共鳴し、増幅する。
強まる音に、吐き気と平衡感覚の崩れが増していく。
こうしてカイトは、窮地に立たされたのであった。
インセクトモンスター達が奏でる羽音。
それを聴くカイトの身体がよろける。
立っているのがやっとの状況。
だがカイトの中では既に、立っているのかの判断がつかなくなってきていた。
倒れ伏せ、身動きが出来ないラヴィ。
既に二人を守っていたウィンドトルネードは消失してしまった。
インセクトモンスター達の前には、完全に無防備となった二人の姿。
気分の悪さからカイトの思考は安定せず、只モンスター達が届ける羽音を受け入れるばかり。
僅かに、羽音が止む。
微かに音が静かになったと、カイトは感じた。
視線は周囲を警戒し続ける。
その時、インセクトモンスターの一部が、二人に向けて再び飛び掛かって来た。
彼らは弱った獲物を見て、好機と判断したのだ。
羽音の共鳴を残しながらも、攻撃を仕掛ける。
それに気付いたカイトは動こうとするが、思う様にいかない。
動かないと、そう思っても身体が言う事を聞かなかった。
寧ろ一歩を踏み出した際に、バランスを崩して身体が傾く。
倒れ伏すラヴィの上に乗る形で、カイトもまた地面へと倒れ込んだのだった。
だがそれ以上は、動く事が出来ない。
向かってきているであろうモンスター。
それに耐える為に、全身に力を入れる。
この後に訪れるであろう痛みを堪えるべく、全身を痛くはないと無理やりに思い込ませて余す事無く力みを入れた。
だが荒い呼吸を抑える事は出来ず、それに比例する様に五月蠅く高鳴り続ける心臓。
それを感じながら、カイトは眼前の光景を僅かに眺め、そしてきつく目を瞑るのだった。
眼前に映る緑色。
脳内で、その光景だけが残るイメージを組み上げる。
それだけが無事に残るのであれば、他はいらない。
只その思いだけがカイトの中に生まれ、外へと現れる。
荒い呼吸はそのままに、一切の痛みを感じない背中を認識したカイトはやがてゆっくりと全身の力を解除し、意識を失ったのであった。
意識を失う直前に見た光景。
緑色。そんな感想を抱きながら、カイトの目が閉じられた。