異世界で追放されたからざまぁしてみようと思ったら割とリアルだった件について   作: ころっくー

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第22話

 ギルドを出れば夜中の街。

 連泊する事となったホテルにラヴィを送り届け、彼女から言われて魔力の提供を止める。

 ホテルに入った彼女を見届けてから、今日の寝床を探そうと路地に向かい始めれば、ふと足が止まった。

 思い返すのは、馬車でのラヴィとの会話。

 インセクトモンスター達がカイトの身体を、まるで滑る様に流れていった。

 その現象の解明。

 疲れている筈だが、気を失ってから馬車で寝ていた事が原因か、眠気は全く無かった。

 故に解明に時間を使おうかと考える。

 思い返すのは、ギルドでヘリーゼが告げた言葉。

 ――クエストを達成出来なければ、責任を果たせなかったとして評価値が下がります。そして命に対する責任が果たせなければ……死にます。

 

「……やるか」

 

 人気(ひとけ)の無い路地へと足を進める。

 それは人を避ける為であり、仮に同じく気を失ったとしても街の外よりは安全だと思ったから。

 もう、誰かの命が失われる瞬間を見たくない。

 その思いが、カイトの歩みを進める。

 街灯の灯りすら届かなくなった路地に入り、歩く足に何かが当たった軽い感触。

 それを拾い上げれば、小さな石ころ。

 何の変哲も無い只の小石。

 だがカイトはそれを見つめて、妙な感慨深さを抱いた。

 厳密には違うがどこか、小石から違う人生が始まったという思いが浮かぶ。

 偶然とは言えラヴィと出会い、キマラを消し飛ばし、解放されたスキルの解明をした。

 あの小石が、今日のクエストを成功させるに導いたといっても過言では無いと、カイトには思えた。

 小石を使って、魔力が提供出来る事を証明出来た。

 小石を使って、対象を破裂させられる事が分かった。

 本来ならば一切の関心を持たない、更に言えば認識すらしないであろう小石によって自分には魔力がある事、戦える事が分かった。

 

「……ありがとう」

 

 手元の小石を見つめ、思わず感謝の言葉を呟く。

 小石のお陰で、自分にも多少ながらの力があるのだと分かった事。

 小石のお陰で、自分にも出来る事があるのだと分かった事。

 もしかしたら、この力が夢を叶える一助になるかもしれないという事。

 その全てを、その言葉に乗せた。

 無力だと思っていた自分。

 スキルはあるのに、全く使う事が出来なかった自分。

 生死もどうなるか分からずに、魔石の採掘に挑もうとまで考えていた自分。

 それが今では、強大なキマラでさえも消し飛ばせる力を得た。

 弱かった自分。それがある日、力を持った。

 不意にカイトの中で、前世の記憶が蘇る。

 それはサブカルチャーの記憶。

 弱く、蔑まれていた主人公。

 使えないという判断で所属していたパーティーから追放され、その後にスキルが覚醒し最強になる。

 その力を用いて、所属していたパーティーを見返す様な物語。

 良くある物語。

 主人公へと共感の念を抱けば、実に胸をすくストーリー。

 その物語の主人公と、現在のカイトの境遇。

 互いが、似通っていた。

 ならばその物語に準じるのであれば、カイトはここからパーティーメンバーを見返す。

 所謂、"ざまぁ"をする事になるだろう。

 主人公が抜けたパーティーは弱体化し、衰退の一途を辿る。

 そして不遇だった主人公が幸せになる物語。

 無能だったカイト、それが一変した現状。

 "ざまぁ"を行える要素はある意味、揃ったと言っても過言では無かった。

 そんな前世の物語を思い出したカイト。

 普段は無関心で、接する時は不満や不快感を滲ませる様になった、幼馴染達。

 その目が、口調が、雰囲気が鮮明に思い出される。

 ラヴィは言っていた。

 スキルが解放される前から、魔力の提供を行っていたと。

 ならば実際は、パーティーを組んでいた幼馴染達もまた、無意識的にカイトから魔力の提供を受けて、本人の素質以上に力を持っていたのではないか。

 自分は無能で役立たずだったのではなく、本当は三人の力を底上げする縁の下の力持ちだったのではないか。

 パーティーが今の位置にまでのし上がったのは、カイトのスキルが影響していたからではないか。

 カイトを無能だと、役立たずだと蔑んだあの言葉や態度は全て、間違っていたのではないか。

 一方的に享受して、一方的に追放したあちらが、悪いのではないか。

 

「……ばーか」

 

 カイトの口から零れたのは、苦笑を伴った小さな呟き。

 その罵倒は果たして誰に向けられたものなのか。

 一目瞭然だった。

 

「……ざまぁって、現実じゃ出来ないもんだなあ」

 

 自分自身に対して。

 前世での物語を自分に当て嵌めて、それに沿った行動を行う自身を想像した結果の発言だった。

 カイトが見た前世での物語。

 それは一方的に主人公を苛めた上で、一方的に追放する面々。

 今のカイトにはそれがどうも、切り抜きの場面に思えて仕方なかった。

 善意か悪意かは分からない。

 けれども、一瞬の場面場面を切り取って貼り付けただけの印象を抱いた。

 カイトは日本に生きていた頃に、聞いた言葉がある。

 虐める方も悪いが、虐められる方にも問題がある。

 カイトはそれを聞いた時には、そんな訳無いだろうと思った。

 何故、被害者が悪いという感想を抱けるのか、理解出来なかったのだ。

 虐める者が居るからこそ、虐められる者が現れる。

 アクションを起こすからこそ、リアクションが生まれるのだ。

 アクションが無ければ、リアクションは生まれる筈が無い。

 けれどこうして今考えてみると、多少なりとも思考の変化が生まれた。

 自分はどれだけパーティーメンバーに迷惑をかけていたのか。

 例え魔力を提供していたとしても、ルインがアーマースネークに群がられて死にかけた現実は変わらない。

 アレックスは一人で戦い続けていた。

 リーンも限界まで魔力を使い、回復させ続けていた。

 ルインもまた、魔力が無くなるまで魔法で援護と殲滅をしていた。

 だがカイトは一体、何をしていただろうか。

 盾をも噛み砕くアーマースネークには相性が悪いと、援護という名の見守りのみ。

 無意識に魔力を提供していたとしても、その魔力が尽きてルインが死にかけた。

 例え誰も気付かない縁の下の力持ちだったとしても、カイト自身がもっと動けていれば、戦えていれば、援護出来ていれば、クエスト失敗という結果にはならなかったかもしれない。

 ルインが死にかける、そんな事態にはならなかったかもしれない。

 他の三人は文字通り死力を尽くした。

 だがカイト自身は、決して死力を尽くしたと言える自覚は無い。

 ならば、無能であり役立たずという事実は変わらない。

 冒険者達が言っていた様に、"おこぼれ"を頂くだけの存在でしかない。

 乞食に何かを恵むのは、その人次第。

 その人が恵まないと思えば、乞食が何も貰えないのは当然の摂理だった。

 

 そして、前世での社会人経験の中で思った事。

 ブラック企業に勤めており、仕事を苦に自殺を図ってしまうというニュース。

 カイトはそのニュースを見る度に思っていた。

 死ぬくらい嫌なら転職すればいいのに、と。

 無論カイトとて見知らぬ人物に関するニュースだからこそ、そう思えたという事もある。

 だが本質的に彼は、嫌なら逃げればいいと思っている人間でもあった。

 故にカイトが今こうして思い返せば、前世での虐めとブラック企業での自殺という二つの事柄で、矛盾する意見を持っていた事を知った。

 虐めは、虐める方が悪い。

 ブラック企業が嫌なら、辞めればいい。

 被害者を擁護する意見と、被害者を責める意見。

 故に、嫌なら逃げれば良いという自身の本質から考えれば、今の現状に陥った自分の立場から考えれば、被害者にも責任があるのではないかという結論に至ったのだ。

 かと言ってカイトとて、被害者の性格や容姿等の個別事象を責めるつもりは無い。

 それは人それぞれで尊重しなければいけない事だという思いはあるのだから。

 だが彼の本質的な考え方。

 嫌なら逃げればいい。

 死以外にも、幾らでもその環境から逃げる術はあるのだから、その選択肢を選べる状況でそれを選ばない人に関しては、責任があると言えなくはないのではないかと思ったのだ。

 現にカイトが、その状況に陥ったのだから。

 ルインが死にかけるという事態に陥る前に、自分からパーティーを抜けるという選択肢はあった。

 そうすれば今と違って冒険者達に"死神"呼ばわりされる事なく、ホテルにも泊まる事は出来た。

 そして冒険者以外の仕事も、もしかしたら出来たかもしれない。

 選択肢としてそれも選べた筈だが、選ばなかったのは自分自身。

 パーティーに居なきゃいけない。ここに居なければいけない。

 そう思い込んでいる自分の本質は傍から見れば、ここに居続けて耐えなければならないという視野狭窄。

 他の選択肢を無意識に除外してしまっていた自分の未熟さ。

 自分から早めにパーティーを脱退していれば、自分の心境が楽になるという思いすら抱かない程、無意味にその環境に居る事へと縋っていた弱い自分。

 日本では"逃げるは恥"とも言うが、カイトにはそうは思えなかった。

 逃げるではなく、より自分に合った環境へと身を移すだけ。

 転職は特段恥では無い。より自分がステップアップする為に行う事でもあり、より自分にとって良い環境で仕事をする為の行為でもある。

 現状を憂う気持ちと視野狭窄。

 それらを分けて物事を考えられなければ、それは動かない者の自己責任と呼べなくもないかもしれない。

 故に、カイトは思う。

 

「……ざまぁ、()えや」

 

 それは自分自身に。

 そして、物語とは違う現実に。

 手元の小石を見つめる。

 小石にすら感謝しなきゃいけない自分に、他人を責めている余裕は無いと。

 他人を責める時間があるなら、それを自分の成長に使わないといけないと。

 そして何より。

 カイトの脳裏に、数年前の記憶が蘇る。

 それは故郷の村で、四人が集まっている姿。

 新しい技を覚えたと自慢げに話すアレックス。

 些末な手作りの木刀で打ち合い、ギリギリの所で競り負けた時の悔しそうなアレックス。

 トレーニングで疲労したり傷付いたカイトとアレックスを回復魔法で治し、嬉しそうな声を上げるリーン。

 けれど身体能力は四人の中で一番低く、徒競走等で最下位になり不満そうに頬を膨らませるリーン。

 澄ました表情で淡々と魔法を覚えていくが、何を覚えたのか逐一報告をするルイン。

 だが相性が悪く覚えられない風魔法が、何度やっても使えずに不機嫌な顔で意見を求めてくるルイン。

 その全てが、色褪せる事無く鮮明に映し出される。

 その全てが、色褪せる事無く良いものとして思い出される。

 ならばカイトにとって三人は、どの様な存在なのか。

 大切な友人だった。

 そしてパーティーを追放された今尚、こうして良い思い出のままでいられるのならば。

 大切な友人である。

 故にカイトは思う。

 悪いのは自分だと。

 そして前世で見た物語も、書かれていない背景にはもしかしたらこの様なものもあったのかもしれない。

 ならばそれは果たして、"ざまぁ"と呼べるのだろうか。

 自身の責任を棚上げして他人を責め立てていると、思わないだろうか。

 今のカイトにはやはり、そう思えてならなかった。

 再びの苦笑を浮かべる。

 

「俺の場合、もしかしたらこんなタイトルになんのかね……」

 

 小石を見ながら一人、呟く。

 

「異世界で追放されたからざまぁしてみようと思ったら割とリアルだった件について……なんつって」

 

 己の発言があまりにもおかしかったのか、そう発したカイトが堪え切れずに小さく噴き出す。

 それではまるで、自分が物語の主人公みたいではないか。

 そう思った自分に、笑いが込み上げてきたのだった。

 物語の主人公ならば同じ境遇でも、前を向いて進むに違いない。

 うじうじと対人の関係で悩み続ける様なシーンは無く、割り切ったりと前に進み続ける様な思考や展開になるに違いない。

 スキルが解放されたら、自分みたいに使い方が全く分からないなんて事は無く、きっと本能的に理解して使いこなすだけの超常的な才能があるに違いない。

 自身を追放した相手に対してすぱっと思考を切り替え、その没落ぶりを淡々と見つめられる様になるに違いない。

 間違っても、自身を責め続けて先に進むのが遅い自分の様な存在が、主人公である筈が無いのだから。

 そう思えば思う程に、カイトの中で可笑しさが膨れ上がる。

 暫くと声を出さずに肩を震わせて笑い、やがて落ち着いた頃に息を吐く。

 

「とりあえず、やれる事はやっとくか」

 

 そう呟き、手に持った小石を軽く握りしめる。

 自身の中で起こった笑いがある種の分岐点となったのか、カイトの思考は既に先程までとは変わっていた。

 インセクトモンスター達の攻撃が当たらなかった、原因の解明。

 それを進める事にしたのだ。

 手元の小石をインセクトモンスターの攻撃と仮定して上に放り投げ、落ちてきた時に自分に触れても痛みが無ければ同様の事象が起こったと言えるのではないかと考えたのだ。

 カイトは記憶を呼び起こす。

 それはラヴィが倒れ、インセクトモンスター達が襲いかかって来たあの時。

 彼らの羽音で脳を揺さぶられる様な感覚に苛まれ、体勢を崩してラヴィへと覆い被さってしまい、そこにモンスター達が襲いかかってくる。

 そして訪れるであろう痛みと衝撃に耐える為、全身に力を入れて攻撃されても痛くはないと必死に自分に思い込ませたのだ。

 思考の海から意識を戻し、小石を見る。

 

「頭は……怖いから、腕にしとくか」

 

 そう呟いて、手に持った小石を真上へと軽く放った。

 小石の落下点に腕を差し出し、思い切り力を入れて小石が当たっても痛くないというイメージを強める。

 腕の表面が硬質化し、攻撃が効かなくなる様なイメージ。

 カイトの力に伴い上へと移動していた小石が徐々に速度を落とし、やがて下へと運動エネルギーのベクトルを変換する。

 落下を始めた小石を目で追いながら、その結果を見逃すまいと刮目するカイト。

 やがて、差し出した腕と小石が間近にまで接近した。

 

「……ん?」

 

 その瞬間、カイトは思わず声を上げたのだった。

 訝し気に眉を寄せ、小首を傾げる。

 小石が地面に落ちて、甲高い音が小さく木霊した。

 だがカイトにはその音を気にする余裕は無かった。

 その理由は一つ。

 何故なら小石がカイトの腕に触れる時、彼の腕には一切の感触が無かったのだから。

 小石故に痛みは無いかもしれない。

 けれども全くの感触すら無かった事に、疑問を抱いたのだ。

 前方へと伸ばしていた腕をゆっくりと戻し、逆の手でその腕を触る。

 そして目を見開いた。

 

「……何だ、これ」

 

 思わず、そんな呟きをするカイト。

 どういう訳か腕には、触られているという感触が存在しなかったのだ。

 そして触れている手もまた、その腕の素肌や衣類に触れているという感触が一切存在せず、まるで何も無いが何かがあるという空間で手が滑る様な印象を抱いた。

 自分の腕に触れているのに、触れていない。

 見えているのに、触れない。

 そんな不可思議な感覚に、思わず背筋が震えそうになる。

 だが同時に、ラヴィの言葉が蘇った。

 ――あたしの目にはあの時、モンスター達が……まるで君の身体を滑るみたく通り過ぎて行く様に見えたんだよね。

 その言葉を思い出したカイトの思考が動き始める。

 もしかしたら、この感触がその答えなのかもしれない。

 そう考えたカイトは、再び意識して腕を触り始める。

 全くの抵抗を感じさせず、まるで氷の上で滑る様な感覚。

 触れていた手を握り締めて、腕を叩いてみる。

 痛みは無く、寧ろ叩き付けた手が腕から滑り落ちる様に流れた。

 手を離してその場にしゃがみ、その腕を地面に振り下ろしてみる。

 だが痛みは無く、音もしない。

 地面の上で滑る様に、腕が横へと動いたのだった。

 ゆっくりと立ち上がるカイトの中で、この現象について一つの言葉が浮かび上がる。

 

「……バリアみたいじゃね?」

 

 その呟きで、カイトの脳内に様々な映像が流れる。

 それは前世でのサブカルチャーの記憶。

 バリア、または結界等、防御を主とする技やスキルの数々。

 目の前に展開して相手の攻撃を防ぐバリア。

 ドーム状に展開して全方位からの攻撃を防ぐバリアや結界等。

 それらが叶うかもしれないという現実に、カイトの心臓が鼓動を速める。

 前世で見てきた様々な防御魔法等を想像し、それを使える様になりたいという思いに駆られていく。

 逸る気持ちを抑えつつ、まずは一つずつ検証を進める事にした。

 

「まずは、どこまで離せるか……やってみるか」

 

 バリアを纏っている腕に、再び手を乗せた。

 腕を覆っているバリアを僅かに厚くするイメージを脳内で作る。

 

「おおっ」

 

 それと同時に、腕に触れていた手が勝手に上へと押し上げられた。

 何の力を入れていないにも関わらず、腕から引き離されていく。

 カイトはその光景に感動を覚えつつも、更にバリアを分厚くするイメージを強めた。

 だが、それは程なく終わりを迎える。

 腕の上に置いている手を押し上げ続ける謎の感触が突如止まったのだ。

 だがそこよりも腕に、手を近付ける事は出来ない。

 その距離、約一〇セントメート。

 つまりはこの距離までバリアを張れるという事の表れ。

 その事実を確認し、カイトは軽く息を吐く。

 溜息だった。

 思っていたよりも狭いバリアの範囲に、思わず落胆をしてしまったのだ。

 

「……いや、厚さがこれだけかも」

 

 しかし、そう呟いて思考を切り替える。

 検証はまだ、終わっていない。

 もしかしたらバリアとして展開出来る厚さが、約一〇セントメートなのかもしれない。

 それは決して展開出来る距離や、範囲とイコールでは無いかもしれないと考えたのだ。

 カイトが次の検証に移る。

 今度は、自身から離れた位置にバリアを展開出来るのかという検証。

 彼の中のイメージでは、自身の前に不可視の壁が出来上がり攻撃を防ぐといった、王道のバリアの形。

 頭の中でイメージを組み立てる。

 自身の一メート程手前に、不可視の長方形が存在するイメージ。

 

「後は……どうやって確かめるか、だよな」

 

 準備は出来た。

 だが、どうすれば確かめられるのかが分からない。

 そう思い悩むカイトの視界に、再び小石が目に入った。

 先程の実験で使い、地面に転がった小石。

 それを投げてみれば良いのではないかと判断。

 拾い上げようと上体を倒して、先程小石を当てようとした腕を伸ばす。

 だが、掴む事が出来なかった。

 

「あれ?」

 

 思わず声を上げる。

 その手を開き小石を掴もうと寄せれば、小石は何かに押される様にカイトの手から離れていった。

 ひとりでに動いた小石に首を傾げれば、やがてカイトの中で一つの解が生まれる。

 

「もしかして、まだ腕のバリアも残ってんのか?」

 

 そう考えて、頭の中で腕を覆っていたバリアを消すイメージを作る。

 再び小石へと手を伸ばせば、今度は問題無く掴む事が出来た。

 

「……なるほどなあ」

 

 上体を起こしながら、独り言ちる。

 発動と解除。

 どうやらそれぞれを都度、意識しなければいけないらしい。

 頭の片隅で、もう少し柔軟にやってくれても良いのにと思いつつも、また一つスキルについて知れた事に満足感を得る。

 小石を持った手を振り被り、前方へと軽く投擲してみた。

 だがバリアをイメージしていた箇所に到達しても小石は何の変哲も見せず、緩い放物線を描いて暗闇へと消える。

 やがて遠くから小さな、甲高い音が聴こえたのだった。

 それを耳にし、カイトが呟く。

 

「……離れたとこには出せない?」

 

 疑問を口にし、それもまた実験の結果だと受け入れる。

 だがどうしても、落胆の気持ちを抑える事は出来なかった。

 前世での漫画やアニメ等で見た様な格好良いバリアが使えない。その事実に、思わず再びの溜息を吐いてしまう。

 しかし無理矢理思考を切り替える。

 それはラヴィからの教え。

 今出来る事だけを考える。

 そう強く、自分に言い聞かせた。

 まずは腕にバリアを纏える事は分かったのだ。

 そこで気付く。

 

「全身バリアなら……無敵じゃね?」

 

 その言葉に思い出すのは、インセクトモンスター達に襲われた際の記憶。

 馬車で目覚めたカイトに外傷は無かった。

 つまりは全身にバリアを張って、無傷だったのではないかと。

 気を失ったのはあの時の気分の悪さと、極限の精神状態だったからこそ引き起こされたのであって、バリアを常に纏い続けられれば完全に敵の攻撃をシャットアウト出来るかもしれない。

 

「……これはもしかして、いよいよ俺つえーかも」

 

 思わず呟いたカイトの口角が、僅かに上がった。

 無敵、その言葉がどうしようもない程に魅力的だったのだ。

 防御面で無敵になれればどんなモンスターでも無傷で相手ができ、破裂させる事でクエストが完了出来る。

 これは夢を叶える為の、かなり大きな一歩になる。

 そう思えたのだ。

 そこからのカイトは早かった。

 全身を覆うイメージを即座に作り上げる。

 その瞬間。

 

「おお!」

 

 思わず感嘆の声を上げる。

 カイトの身体が、地面から僅かに浮き上がったのだ。

 不可視の板に乗っているかの様な感覚。

 上がったテンションをそのままに、試しにと一歩踏み出した。

 その瞬間。

 

「……おわっ!」

 

 片足を上げようとした刹那、カイトの身体が大きくバランスを崩す。

 無意識で踏ん張ろうとした足は言う事を利かず、まるで氷上にて足を滑らせた様に空転し、顔面から地面へと近付く。

 迫りくる地面に両手を伸ばすが支えにはならず、こちらもまた一切の抵抗を感じさせずに地面を滑るだけだった。

 痛みに備えて咄嗟に目を瞑る。

 だが、来る筈の衝撃がカイトを襲う事は無かった。

 僅かな時間が経ち恐る恐ると目を開ければ、真っ黒な視界。

 微かに横へと視線を向ければ、自分が地面へと顔を伏せているのだと認識出来た。

 そして痛みも衝撃も感じてはいない身体に気付き、一つの解を得る。

 

「……やっぱ、無敵じゃん」

 

 小さく呟き、安堵の息を吐く。

 どうやらバリアを張れば、痛みや衝撃は感じなくなる。

 だがバリアを張っている箇所の抵抗が無くなり、何かに触れようとしても滑ってしまうらしい。

 地面に伏せたまま、起こった事実を脳内で整理していく。

 全身をバリアで包むと、無敵の様な状態になるが機動力は著しく落ちる。

 使いこなすにはもっと実験を進めて、細かく制御出来る様にならないと厳しいかもしれない。

 その様な結論に至った。

 だが、カイトの中ではそれ以上に充実感と興奮で占められている。

 何故ならば、無敵とも思えるバリアを手に入れたのだ。

 これでモンスターを相手にしても、怖がる必要が無くなったに等しい。

 動きはこれからだが、それでもモンスターに対して怯える心配が無くなったのは、カイトにとって途轍もない程に大きな収穫と言えた。

 明日は、何のクエストを受けてみようか。

 そんな事を考える。

 久方振りにカイトは、明日を楽しむ気持ちを抱いたのだ。

 その時だった。

 

「……え……ぁ」

 

 不意に、意識が遠退き始めた。

 眠気が一切無かった所から事態に、カイトの中を混乱が支配する。

 カイトの脳裏ではまるで警告と思える様な、言い表せない不気味な感覚が大きくなっていく。

 このままだと、まずい。

 思いはすれども身体は思う様に動かず、思考すらも徐々に機能を失っていった。

 それに抗う様に、何とか起き上がろうと朧げな思考でバリアを解除。

 腕を動かそうとしたが、けれども動かない腕。

 それがカイトにとって最後の記憶となった。

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