異世界で追放されたからざまぁしてみようと思ったら割とリアルだった件について   作: ころっくー

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第28話

 開けた草原を夕焼けが照らし、馬車の窓から朱色の光が車内へと差し込む。

 仕切りの無い窓から見える景色に顔を向けながら、カイトは別の場所へと意識を向けていた。

 それは対面に座る少女の姿。

 顔を横に向けて、移り行く景色を眺めているその横顔を、視界の端に捉えていた。

 カイトの視界に映るその表情はどこか嬉しそうで、どこか満足そうな印象を与える。

 

「……なーんか、気付いたらあっという間だったねー」

 

 ふと少女が口を開く。

 何気無い会話の様な内容。

 外を見ていた少女が顔を動かした。

 その目が、鼻が、口がカイトへと向けられる。

 

「それにしても、君が英雄様って呼ばれるなんてねぇ」

 

 そう告げた表情は笑み。

 だがカイトには、笑みの種類が手に取る様に認識出来た。

 揶揄い。

 その要素が多分に散りばめられた表情だった。

 少女からの言葉に、カイトは苦笑を浮かべる。

 

「いやいや、ラヴィの方が凄かったじゃん。あんなに皆とすっかり打ち解けてさ」

 

 カイトが返せば少女、ラヴィの笑みが深まる。

 

「まあねー、あたしって元気で明るく楽しくがモットーだしさっ」

 

 そう言ってどこか誇らしげに胸を張るラヴィに、カイトは再び苦笑するのだった。

 今し方告げられた彼女のモットー等、初めて聞いたのだから。

 けれどもその言葉には何ら相違無しと、納得してしまう。

 

 

 結果的に、今回のクエストで訪れた村。

 ユクマ村には三日間滞在する事となった。

 初日はクエストを受注してから出発し、夜にユクマ村へと到着。

 ターゲットであったモンスターと戦い、捕獲するに至った。

 そして二日目は丸一日滞在。

 そこでは夜にささやかな宴会を開かれ、カイトとラヴィが主賓となったのだ。

 最も、宴会の中心にはラヴィがおり、彼女がモンスターを見たくないという理由でカイトは端の更に奥へと追いやられていたが。主にダルブがカイトの話し相手となっていた。

 その日、空いた時間にカイトは新たに使える様になった技であるバリアについて、現時点で分かっている事をラヴィに説明した。

 うわー万能じゃないけどズルじゃん、それがカイトへと告げられた感想だった。

 そして最終日、それが今日である。

 連日ラヴィを泊まらせて貰ったツロフトから朝食を頂いた後、昼前に王立魔法研究所の支部から職員が訪れ、カイトがずっとバリアを張る事で捕獲していたモンスターを査定したのだ。

 二日目の朝に、御者に頼んで街へと戻って貰った。

 ツロフトが王立魔法研究所宛に(したた)めた手紙を送る為に。

 街へと手紙を届けて、そこから王立魔法研究所の支部へと郵送業者に送って貰う手筈だった。

 だが御者が街へと戻る道中で、王立魔法研究所の馬車と遭遇。

 どうやら先日カイトが受けた依頼である謎のインセクトモンスター、ジャイアントロークストが大量発生した原因の調査と、街の付近に現れた、カイトが破裂させたキマラについての調査を行う為に、向かっていたのだ。

 そこに乗り込んでいた王立魔法研究所の職員に、御者がユクマ村の事について話しツロフトからの手紙を渡せば、内容を知った職員は査定員をすぐに送ると踵を返し、その翌日には査定員となる王立魔法研究所の職員達がユクマ村へと到着したのであった。

 

 カイトがバリアで全身を覆っていたモンスターだったが、捕獲した翌朝には持ってきたロープで、村人達の力を借りながらも何とか厳重に縛り上げる。

 そこで、ロープを握っても縛られているモンスターにまでバリアを張れる事に気付いたカイト。

 以降は全身にバリアを張られたモンスターを縛るロープを掴んで、まるで紐の付いた風船を持つ様に引いて歩く事にしたのだった。

 王立魔法研究所の職員にカイトがロープを渡そうとすれば静止が入り、彼らは馬車から自前の拘束具を取り出してロープの上からモンスターを固定し始める。

 それが終わり、やっとの事でカイトの手からモンスターは離れたのだった。

 カイトはここで漸く、この蠍の様なモンスターの名前を知る事となる。

 キングスコーピオン。

 それが、カイトが捕獲したモンスターの名前だった。

 王立魔法研究所の職員の話では、この地域には生息履歴の無いモンスターであり、この個体の経歴には非常に興味がある。

 だがモンスターの種別としては大きめの個体ではあるが、特段珍しいモンスターではない。

 しかし本来キングスコーピオンを生け捕りする場合は、最低でも堅牢な甲殻を破壊し内部を傷付ける事で弱らせるしか方法が無かった為、これ程までに自然なままの姿は初めて見たという点を考慮し、査定には多少の色を付ける事は出来る。

 よって査定結果として算出された金額が、八〇万ゼル。

 本来はBランク上位のパーティーが挑む様なクエストという事を勘案し、捕獲状態の良さからBランク冒険者が受け取れる報酬上限を王立魔法研究所の職員は提示したのだ。

 それを聞いたカイト自身は多いなという印象を抱いたが、それでもこれを受け取るユクマ村の住人の数を考えれば、寧ろ少ないかもしれないという印象に変わった。

 約三〇人程度の小さな村だが、人数から考えればこの額でどの程度皆が不自由無く暮らせるのか心配になったのだ。

 だが、王立魔法研究所の職員が提示した金額を聞いた住人は、カイトの予想とは反し狂喜乱舞と舞い上がる。

 

「うひょひょーい! 宴会じゃ! 皆の者、宴会じゃあ!」

 

 頼みの綱たる村長、ツロフトすらこの始末。

 老体ながらに跳び上がる勢いで喜ぶ彼をカイトは必死に宥め、カイト達を歓迎した昨晩の宴会をやり直すぞと意気込む住人達をも何とか宥めて回り、乗り気になっていたラヴィの腕を引っ張りそろそろ帰る旨を伝えたのだった。

 不満気に頬を膨らませるラヴィを、住人に大事な食料を無駄遣いさせちゃいけないからと何とか宥めて、馬車へと押し込む。

 それを見た住人達が馬車へと群がり、各々が思い思いの感謝を二人に述べていく。

 住人達が礼を述べ再会を望む言葉を掛けた後、二人の前にツロフトとテイゴラが現れた。

 

「お二方、この度は誠にありがとうございました。何も無い村ではございますが、いつでも最大限のもてなしをさせて頂きます」

 

 先程までの浮かれ具合が嘘の様に、仰々しい口調で告げるツロフト。

 

「本当に、幾ら感謝してもし切れない。何か困り事があればいつでも頼ってくれ。俺が、俺達が出来る事なら全力で応えよう」

 

 姿勢を正し、綺麗に頭を下げるテイゴラ。

 その姿を見て、彼らの言葉を受けて、仕切りの無い窓からラヴィが顔を出した。

 

「うむうむ、いつまでもあたしに感謝するのだ!」

 

 笑顔を浮かべてやや早口に告げたラヴィに、住人達が楽し気に笑う。

 

「だぁかぁらぁ! 何で笑うんだよコンチクショー!」

 

 彼らの姿に怒鳴り声を上げたラヴィが、不満一偏といった表情で顔を引っ込めて、正面に座るカイトへと顔を向けた。

 そこで苦笑しているカイトに気付き、目を細めて睨み付ける。

 

「ほらっ! 最後は君が締めてっ!」

 

 そう言って腕を組みそっぽを向いたラヴィ。

 彼女の姿を一瞥し、やや気恥ずかしさを感じながらも、カイトは窓から顔を出した。

 その姿を見た住人達の歓声が上がる。

 英雄と呼ぶ彼らの声に羞恥心を抱きつつも、手短に終わらせようと口を開く。

 

「……本当に、こちらもお世話になりました」

 

 カイトが話し始めれば、歓声が鳴りを潜める。

 

「僕もこの村に来て、皆さんに出会えて……本当に良かったです」

 

 照れくささはあれど、伝えたい本心を口にする。

 次はいつ来れるかも分からない。

 この村で得られたものを少しでも、感謝という形で、与えてくれた人達に伝えたかった。

 ――いつでもその人を想い、言動をする事さえ忘れなければ……その想いに応えてくれる事でしょう。

 その言葉に感銘を受け、胸に刻もうと思った気持ちに嘘は無いのだから。

 カイトの目が、ツロフトへと向けば目が合う。

 彼は本当に嬉しそうな表情で、カイトを見ていた。

 特段の意味は無い。だが、カイトはツロフトに頷いた。

 再び視線を周りに向ける。

 

「僕は皆さんから言って貰える様な、英雄なんかじゃ決してありません」

 

 そう告げれば、住人の中から「そんな事ねーよ!」というヤジが飛んだ。

 この声を皮切りに、各々がカイトの言葉を否定する様な声を上げ始める。

 それらを聞いたカイトの心境は、嬉しさと気恥ずかしさと、そして申し訳無さ。

 決して自分は英雄なんかじゃない。

 それが本心だったから。

 もし英雄だったならば、ここまでの様々な失敗なんかしない。

 取り返しのつかない様な事は、絶対にしなかった筈だから。

 だから自分は英雄じゃない、そして英雄にはなれない。

 

「……ですからっ!」

 

 声を張り上げれば、明るいヤジが一斉に止む。

 訪れた静寂に乗せる様に、カイトは小さく呟いた。

 

「……今度また来た際は……只の、カイトという一人のちっぽけな人間ですが、受け入れてくれたら、その……嬉しいです」

 

 その言葉を最後に、顔を車内へと引っ込めた。

 カイトが座る正面から、笑い声が聴こえる。

 

「へー、あたしの事笑ってたのは誰だったっけー? ぷぷっ、顔真っ赤にしちゃって……ねぇ、今どんな気持ち? カイトクンは今どんな気持ちでちゅかー?」

 

 ラヴィの声は車内だけじゃなく、外へも届く。

 数多もの笑い声が、カイトの耳に届いた。

 それらの声を掻き消す様に大声で「出発してください!」と叫べば、ゆっくりと馬車が動き始めた。

 外からの声はまだ聴こえる。

 明るい声。

 そしてそれは徐々に小さくなるが、まだ聴こえた。

 

「いつでも来いよー! 待ってるからなー!」

 

「体調に気を付けて頑張るんだよー!」

 

「無理はしないようになー!」

 

「トロフトの分も含めて! 俺がお前らに受けた恩を絶対に返すからな!」

 

「俺達はいつでもお前達の味方だぞ!」

 

「お主達の想いに、儂らは必ず応えるからの!」

 

 カイトは、思う。

 羞恥で熱くなった頬の熱が、ずっと収まらない。

 恥ずかしさなんて無くなってきたのに、熱いままだ。

 けれど同時に、何故か冷たくもなる。

 

「……あたし、景色見てるから話しかけないでねー」

 

 木々しか映らない窓へと顔を向けたラヴィに返そうと思ったカイトだったが、何故か言葉が上手く出なかった。

 不思議な感覚だった。

 何故こんなにも、胸が苦しいのか。

 心臓は痛くない、心は冷たくない。

 頬の熱にまた、冷たさが流れた。

 初めてだった。

 こんなにも、応援をされたのは。

 初めてだった。

 こんなにも、感謝をされたのは。

 初めてだった。

 こんなにも、自分の力を認められたのは。

 初めてだから、どうすれば良いのか分からない。

 そしてカイトは思う。

 分からないなら、今出来る事だけを考えれば良い。

 この気持ちは、この感謝は、この想いは忘れない。

 だから今は、止めどない頬の冷たさを止めよう。

 このままではラヴィもきっと、困るだろうから。

 今出来る事をやって、そしてまた後で、その時出来る事をやっていけば良い。

 だから早くこの涙を止める事を優先しようと、カイトは決めた。

 

 

「でもまさか、君があんなに泣き虫だったとはねー」

 

 かけられた声に、回想していたカイトの意識がラヴィへと向いた。

 視界の中にはにやにやとした笑みを浮かべるラヴィの姿。

 彼女の言葉と表情に、カイトの中で再びの羞恥心が湧き上がる。

 

「……ほんとごめん」

 

 俯いて謝罪の言葉を告げれば、ラヴィは「んーんー、別に気にしてないよー」と軽い返事をした。

 だがカイトの中では申し訳無さが募る。

 何せ数十分程度、カイトは泣き続けていたのだから。

 それを思い出して彼の中で、羞恥心の罪悪感の主導権争いが始まる。

 あんな姿を見せてしまった恥ずかしさと、絶対に気まずかったであろうラヴィに対する申し訳無さ。

 その両方が濁流となって、カイトの心を満たしていく。

 だがそれは、次のラヴィの言葉によって鎮まったのだった。

 

「……君さ、なんか変わったよね?」

 

 カイトが顔を上げれば、そこにはどこか真剣みを帯びたラヴィの表情があった。

 

「……え、変わった?」

 

 思わず問い返してしまったカイトに、ラヴィは表情を変えずに頷く。

 

「うん、なんか変わった」

 

 どこか確信を秘めた様な声色で肯定を示したラヴィに、カイトは首を傾げる。

 変わったと言われても、カイト自身には特段の自覚が無かった。

 それを見たラヴィが、背凭れに身体を預けて軽く天井を見上げる。

 

「んー、何ていうかさ……上手く言えないんだけど」

 

 僅かに唸る様な声を上げた後、ラヴィが再び口を開く。

 

「例えば、そうだなぁ……何か、前みたいにおどおどしなくなったとか?」

 

「え?」

 

 思い付いた様に告げたラヴィに、カイトの表情が驚きに染まった。

 カイトの様子を見る事無く、ラヴィは言葉を続ける。

 

「昨日の事、憶えてる? 農地開拓したやつ」

 

 その言葉にカイトの記憶が蘇った。

 農地開拓。

 それはユクマ村初日、キングスコーピオンを捕獲した後に決まった作業。

 森に囲まれた村の農地が小さい事を嘆いた住人の言葉を聞いて、ラヴィが提案した内容。

 朝になり村の男達に協力して貰い、キングスコーピオンをロープで縛り直したカイトは、引き続き全身をバリアで覆ったキングスコーピオン本体ではなく、ロープを掴みながら住人先導のもと、村の農地へと向かう。

 昨晩の内にすっかりと慣れたのか、はたまたカイトを信頼しているのか、この頃には既にキングスコーピオンに怯える者はいなくなっていた。

 到着したのは、辛うじて農地だと認識出来る程度の、乱雑に土が盛り返された大地。

 広さはカイトの故郷にあった農地に比べ半分以下と思える土地だった。

 住人曰く、キングスコーピオンのせいで森からモンスターが頻繁に出てくる様になり、それを対処する余裕も無かった為に住人達も容易に畑へと近寄れなくなりこの有様になったとの事。

 近くの森に居るキングスコーピオンを警戒しながら畑をも警戒するには人員が足らず、村の安全を優先でキングスコーピオンの警戒とそのついででの狩りを優先し、結果的に畑を捨てる事となった。

 只でさえ不作であった今年、数少ない収穫物をも大半がモンスターに食われてしまい、困り果てていた。

 農地は村から向かう道を除けば三方が森に囲まれており、尚且つ密接している。

 その為森に生息しているモンスターが出てきやすく、これまでは農地の警戒も行えており問題無かったが、今回のキングスコーピオンによってその均衡が完全に崩れてしまった。

 そこでカイトが頼まれたのは、農地を広げるだけでなく、農地が森に近接しない様に、広めに木々を伐採して欲しいというもの。

 

「そこでさ、君がちゃちゃっと広場にしちゃった訳じゃん?」

 

 ラヴィの言葉に、カイトの記憶は肯定を返した。

 彼女の言う通りカイトの仕事は、正に一瞬だった。

 農地の中心部へと移動し、広範囲の木を消しても問題無いかと訊ねれば、一緒に来ていたツロフトが頷きを返す。

 半径二〇〇メート程度は伐採出来ると伝えれば、ツロフトは驚愕するがすぐに問題無いとカイトに返した。

 いつも狩りを行う森は農地とは反対側で、今回のモンスターが現れなければあまりモンスターが生息していない場所との事。

 農作業を担当する者が安心して作業出来る環境を最優先に考えたい、そうツロフトはカイトに告げた。

 それを聞き了承と受け取ったカイトが頷きを返し、作業に取り掛かろうとするが中断する。

 ツロフト、そして付き添いとして来ていた他の住人達に伝える。

 今回は木だけを消す為、万が一そこにモンスターがいれば姿を現すかもしれない。

 そう注意を促せば、同行していた村の男達の目が怪しく光るのをカイトは見た。

 各々が臨戦態勢を敷く姿に多少の不安を抱きつつも、カイトは脳内でイメージを組み立てる。

 それは、可能な範囲全ての木を破裂させるというもの。

 五月蠅いと思うんで、耳を塞いでください。

 そう告げれば、ツロフトを始めとした住人達が首を傾げつつも、その言葉に従い両手で耳を塞ぐ。

 カイトに対する信頼度の高さが伺える一件だった。

 彼らの仕草を見て両耳にバリアを張り具体的なイメージをカイトが作り上げた瞬間、辺りに轟音が響き渡る。

 耳にバリアを張り無音のカイトをよそに、手で塞いでいても聴こえる轟音に、カイト以外の全員が肩を震わせて驚きの声を上げたのだった。

 そして各々が意識を視界に戻せば、カイトを中心に半径約二〇〇メートが円形に、真っ新な大地と草だけになっていたのだった。

 突然の事に住人達は皆驚き狼狽えていたが、眼前の変わり果てた光景を見て、徐々に興奮の割合が増していく。

 耳を覆っていたバリアを解除したカイトに届いた声。

 その中の一人が叫ぶ。

 モンスターがいるぞ、と。

 声に反応しカイトが目を向ければ、緑色の毛をした中型の狼。グリーンウルフが三匹、約百メート程離れた場所にいた。

 獰猛な顔付きはどこか困惑を含んでいる様にも思え、それを呆然と眺めていたカイトを尻目に男達が駆け出す。

 一人が叫ぶ、御馳走がいるぞと。

 もう一人が叫ぶ、四方向からの囲み撃ちだと。

 別の一人が叫ぶ、森に逃がさない様に気を付けろと。

 走り出した最後の一人が叫ぶ、先に魔法で攻撃をすると。

 一糸乱れぬ動きで綺麗に四方向へと散る面々を、カイトは只々驚きながら見るしかなかった。

 けれどどこか思考の片隅では思い浮かぶものがあり、気付けば四人へと魔力の提供を行っていたのだった。

 そして振り返りツロフトを見れば、彼はどこか嬉しそうな表情で彼らが走って行った方向を見ている。

 カイトの視線に気付いたツロフトが目を合わせる。

 あやつらも村の為にと動いているだけなのです、どうか許しては頂けませぬか。

 どこか申し訳なさそうに笑顔で告げるツロフトに、カイトは本心から「お気になさらず」と答えるしかなかった。

 先に村に戻りましょう、そう告げて踵を返したツロフトを見てからカイトは、一度だけ背後へと振り返る。

 獲ったぞ、グリーンウルフに剣を刺しそう叫び声を挙げる男の姿。

 残りの二匹も魔法攻撃を食らい怯んだ隙に、別の二人が剣と矢で仕留めていたのだった。

 それを見たカイトは、静かにツロフトの後を追う。

 冒険者でもやっていけそうだよな。

 そんな事を考えながら。

 

「でさー、村に帰って来たら皆が開墾しに行くってなってさ。あたし達は手持ち無沙汰になった訳じゃん?」

 

 村に戻りツロフトが状況を説明、それを聞いた住人が歓喜の声を上げる。

 そしてすぐさま開墾をするという話が持ち上がり、各々が道具を取りに家へと駆け出した。

 ツロフトもまた、カイトに休んでいてくだされと伝えた後に「久々に腕が鳴りますわい」と右腕を回しながら自宅の裏へと向かう。

 その声を聴いていたラヴィが家の中から、カイトに何をして待っていようかと訊ねたのだ。

 

「その時、君が何て言ったか憶えてる?」

 

 ラヴィの言葉に、カイトは再び首を傾げた。

 その後の行動は勿論、カイトとて憶えている。

 だがラヴィの問いに何と答えたか、詳しく憶えていなかった。

 カイトの姿を見たラヴィが大袈裟な溜息を吐く。

 

「あの時君は、こう言ったんだよ」

 

 天井から目線を下げて、カイトへと向けた。

 

「一応、心配だから一緒に行ってくる……だってさ」

 

 彼女の言葉に、カイトは漸く思い出した。

 確かにその様な事を告げ、ラヴィにはゆっくりしていてと伝えツロフトの後を追ったのだ。

 そしてツロフトの道具をロープとは反対の手で持ち、一緒に農地へと向かう。

 彼の中では、もしかしたらこのモンスターが居ればそれだけで、他のモンスターからの抑止力になるかもしれないという思いもあった。

 同時に、範囲内ならモンスターが現れても最悪、自分が破裂させれば良いという手段もあった為だ。

 別段可笑しな事をした記憶が無い。

 そう判断したカイトは、返す言葉が思い付かずにラヴィを見る事しか出来なかった。

 ツロフトと再び畑に向かった後は、只住人達の作業を見ていただけ。

 そして夕暮れ時まで続けられた作業が一段落し、全員で帰路についたのだ。

 夜はラヴィを中心とした宴会が開かれたのみ。

 特別な何かをした記憶がやはり、カイトには無かった。

 その表情を見たラヴィが再び、大きな溜息を吐いた。

 

「いくら何でも無自覚過ぎない……?」

 

 目を細めれば、それを受けたカイトが思わず視線を逸らす。

 自覚は無い、けれど責められている事に居心地の悪さを感じたからだ。

 その姿に軽く息を吐いたラヴィが目を瞑る。

 

「君はさ……あたしと会ってからこの村に来るまで、心配だから自分が守ってあげないとって、思った事あった?」

 

「……え?」

 

 ラヴィの言葉に、カイトは思わず顔を戻してしまう。

 予想外だったからだ、彼女の言葉があまりにも。

 

「スキルは解放されたけど、自分はまだ駄目だもっと頑張らないとってしか、思ってなかったんじゃない?」

 

 目を閉じたままに告げられた内容に、思わず息を呑む。

 その言葉には、自覚があったから。

 スキルを使える様にはなったが、使いこなせてはいない。

 戦える様にはなったが、まだ万全ではない。

 自分なりに工夫する様にはなったが、誰かの力になれる程では無い。

 その思いが消える事は無かった。

 その気持ちを、カイトは思い出した。

 思い出して、気付いた。

 

「……あれ、俺……」

 

 思わず呟く。

 その声を聴いたラヴィが僅かに目を開けてカイトを見る。

 

「……うわー、鈍感な男は好かれないよー?」

 

 その言葉にカイトが返す余裕は無かった。

 何故、思い出したのか。

 それだけが彼の中で強く引っかかり続けていた。

 ずっと思っていた筈の気持ち。

 なのに、思い出した。

 背筋に電流が走った様な感覚に陥る。

 忘れていた。

 そう。思い出したという事は、思い出すまで忘れていたという事。

 何故、忘れていたのか。

 その事実に、カイトの中で先程までとは違う驚愕が生まれる。

 

「……きっとさ、それが成長したって事なんじゃない?」

 

 聴こえた声に、カイトの意識が再び前方へと向く。

 そこには目を瞑ったラヴィが、再び背凭れに寄りかかりながら天井を見上げていた。

 

「この村に来る前の君は、自分の事で精一杯だった。でもその中で自分に出来る事を見つけて、ゆっくりかもしんないけど、少しずつ成長してきた。そしてこの村に来て、やっと……自分の殻を破れたのかもね」

 

「自分の、殻を……破っ、た」

 

 呆然と呟くカイト。

 ラヴィの言葉が続く。

 

「あたしは君じゃないから、ほんとのとこは分かんないよ? でも傍から見ててさ、自分の事でいっぱいいっぱいだった君が今は、自分の価値を理解した上で他の人の為に行動出来る様になってるもん」

 

 だってさー、間延びした口調で話を繋げる。

 目を開けて視線だけを落とした。

 

「……前までの君だったら絶対、あたしが何をするか聞いてから動いてた筈だもん。なのに昨日は、あたしにゆっくりしててとか指図して、自分で行動決めたよね」

 

 あたしの言う事聞かないとか生意気すぎっ、そう言って顔を背けたラヴィ。

 

「えっ……あっ、ご、ごめん!」

 

 その姿に焦りを覚えたカイトが謝罪を述べれば、ラヴィはゆっくりと顔を横に振った。

 

「……ううん、今のは嘘。だって、今の君の方がずっと好きだもん」

 

「え?」

 

 ラヴィの言葉に、カイトは思わず聞き返してしまった。

 それに対してラヴィは目を細めて睨み付ける。

 

「変な勘繰りすんな! 普通に友人としてだからね!」

 

 幾分か怒った口調で叫ぶラヴィに、カイトは謝罪を述べる事が出来なかった。

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