――それは今から四年前。雨が降っていた日の話……。
◆
……雨が降っていた。
浴びれば芯から冷えるであろう冷たい雨。
こんな土砂降りの雨だというのに……
『……まったく』
……風邪でも引かれたら面倒だ。
仕方ないから、探しにいくことにした。
案外早く見つかった。
路地裏の奥。……ただでさえ暗いのに、もっと暗いところに……もっと冷たいところにいた。
ほんっとバカ。心配するワタシの身にでもなってほしい……。
『こんなところで何してるのよ』
『っ……カーラン』
涙を流しながら
『早く帰るわよ。風邪でも引かれたら面倒見るのワタシなんだから、勘弁してよ』
バサッ、と。
カラスのような羽をリナの頭上に傘のように広げる。
『ほんと……貴女には涙が似合わないわね』
リナの手を引く。
すっ、と涙を
……痛い。とか聞こえてきたけど知るかっ。濡れる方が悪いのよ濡れる方が。
『……ねぇ』
『なに……?』
『……もしかして、心配した?』
『当然でしょ。貴女はワタシの
魔女様に生み出された四体の怪人。
スパール。ラオン。カーラン――そして、リナ。
リナは最後に生み出された。
……理由は、魔女様が
そうして誕生したリナは、確かに頭脳は優秀。
ミッドナイトにおける科学者と発明家の両方をこなすほどの天才ではあるが……調整が難しかった結果なのか、精神面が外見より幼かった。
……ワタシの後ろに隠れてばっかり。それで懐かれていると周りに勘違いされてお世話を任されるとか散々な目に逢ってる……。
……けど、ワタシの方が一歩先に生まれたし。
関係上、姉だし。なんかほっとけないし……一応は、守ってあげないと。
『ごめん。迷子になった……』
『はぁ、やっぱりね……街に出てまで何をしたかったの……?』
『……特に理由は、ない…………ない、けど』
『……けど?』
『……なんか、出てみたかった』
リナは路地裏の出口の方を見る。正確には、街を歩く人を。
『みんな、“自由”に過ごしてた。わたしたちとは、違う……“使命”とか、なくて……自由に、過ごしてた』
『……』
『みんな――みんな、楽しそう。
自分のやりたい事をやって。笑いあって。本当に、楽しそう――“自由”って、楽しそう……!』
……とんだ夢物語ね。
“魔力を収集する”――それを“使命”として生まれた
『……ハイ、ハイ。それはよかったわね。でもワタシたちには無縁の話。
四年後には魔女様からの『魔力の強化』も終わって、使命を果たすんだから』
『……カーラン。使命、使命ってずっと言ってる……そんなに魔女様が好き?』
『――好きとか嫌いとかじゃない。それが“存在理由”だから。やれなきゃ存在してる意味なんてない』
リナを抱き上げる。
『ほら、帰るわよ』
跳躍する。建物の屋上を跳びながら帰っていく。
『……カーラン』
『なに? 話なら後で――』
『わたしは……自由に生きたい』
『――――――――』
ピタッ、と。
止まる。
『……貴女、それ、どういう意味かわかってる?』
『?』
……サッパリわからない。という顔だ。
何も恐れない純粋な心、恐るべし……。
『……はぁぁぁぁ』
使命に背く事を言ったというのに、この子は……まったく。
『勝手に言ってなさい。言うだけならタダなんだから』
呆れたようにそう言った。
……でも、
『――――』
自由について語るリナの瞳が、あまりにも輝いていたから。
その瞳の輝きが、この子に、あまりにも似合っていたから。
(自由……ね)
魔女様への忠誠心で染まっていたはずの心が、ほんの少しだけ、自由というものに
……自由とはどんな感じなのだろう。
楽しいのだろうか。晴れやかなのだろうか。それともツラいのだろうか。
(……いや)
自由というものが何であろうと、ワタシが自由を手に入れたとしたら、やるべきことは一つだ。
『……カーラン?』
リナが小首を傾げてくる……ついリナを見て微笑んでしまったらしい。
『――ふふっ』
――――“この子をもっと近くで見守る”
それが、自由というものを想像したワタシの胸に浮かんできた、嘘偽りのない思いだった。
◆
「………………ぁ、…………、っは――――」
思わず、
他の誰かに対してではなく……自分自身に、心の底から失望して。
「は…………はは…………すっ、かり…………忘れてた――」
あの頃の自分には、魔女への忠誠心だけでなく、
……どうして、こうなってしまったのだろう……。
あれから二年後。
リナは今の性格になり、立派になった。
その頃にはリナもお年頃だったのか、カーランからは距離をとるようになった。
残りの二年は、いずれ来る使命の為に自分を磨き続けた。
強化が終わり、魔力収集を初めてからはただただ魔女の為に動き続けた。
そして……次第にあの日の出来事は霧のように薄れ、記憶の奥底へと落ちていった。
まさか、死ぬ前に思い出すことになるなんて……。
「……カーラン」
思い出の時とは違う。
近づいてきたリナはカーランを抱き起こす。
……自らが振るった大鎌により袈裟懸けに胴体が別たれた……もう巨人ではない、死にかけの、彼女の体を……。
「…………“自由”に……なったのね、リナ……」
「――っ!?」
リナの驚きが、ボロボロの体にまで伝わってくる。
カーランは『ふっ』と、力なく笑って……、
「…………ワタシの後ろに隠れてばかりだったのに……いつの間にか、こんなに
自分の意志で組織から外れ、
自分の意志で自由を手にし、
自分の意志でかつての仲間と対峙する事を選んだ。
――――リナはどこまでも、自分で“道”を選び、進んだ。
これを立派と言わず、なんと言うのか。
「ごめんなさい……ワタ、シ……バカだから……、ごぷっ――」
「カーラン!」
吐血が顔面にかかろうと構わない。
顔を寄せて名前を呼び掛けると……ゆらりと、右手をリナの頬に添えた。
「自由になったら……貴女をもっと近くで見守るって……そう決めた、はずだった、のに……」
自分が手にした“自由”は
『魔女への魔力収集』という“使命”を振り払ってまで手に入れた自由……その自由で
けれど、リナたちを倒そうとしていた時の自分は、それまでとはどこか違っていた。
一度も勝てはしなかったが……自分を
望んでいた自由とは違う
リナの手にした自由とは似ても似つかないもの。
……それでも、
「――自由って、いいものね……」
意識をリナから、ずっと自分たちを見ている少年へと向ける。
「……貴方」
「……なんだ?」
呼ばれ、嵜渡がやって来る。
「貴方の、名前は……?」
メイガスというコードネームではなく、本名を問うてくる。
先ほどまでとは違う。
「
フードを脱ぎながら名前を口にした。
初めて嵜渡の顔を見たカーランは頬を緩めて、
「……あら、結構格好いい子だったのね……」
「嵜渡……今さら何だって思うでしょうけど……この子の事、頼めるかしら……」
……まるで別人のようだと思った。
今まで戦ってきたカーラン……あれも彼女の一面ではあるのだろう。
だけど――リナを思うこの一面も、紛れもないカーランの一面なのだろう。
「あぁ、任せろ」
だからこそ、迷いなく返答した。
「俺が守る」
「ふっ……なら、安心ね」
カーランの体から、魔力の粒子が漏れ出てくる。
目を見開く嵜渡を見て、カーランは小さく笑った。
「ワタシたち怪人は、
あれだけ下に見ていた人間に対し、安心させるようにそう言った。
その時……ぽつり、と。
カーランの頬に
「カーラン……ありがとう」
他の誰でもない、リナの涙。
「……急にどうしたのよ。……ワタシ、妹への約束を忘れてた愚か者よ? お礼を言われる事なんか、ないと思うけど?」
んーん、と顔を横に振る。
「……わたしがこんな
あんたが育ててくれなかったら、わたしは自分の意志で、あんたたちと敵対する道も選べなかったから……だから……ありがとう――っ」
最後の方は鼻声になってしまっていたけど、伝えなくちゃと思っていた事は伝えられた。
……カーランは、優しく苦笑しながら、
「ほんと……貴女には涙が似合わないわね」
あの雨の日のように涙を拭って――妹に向ける、姉の微笑みで――
「だから――」
“――どうか、笑顔でいて――”
――光の粒が溢れていく。
リナの顔を撫でて、魔力の粒子は空へと上っていく。
それを、姉の思いに答えるようにリナは泣き腫らした笑顔で見送り――そんな笑顔を名残惜しそうに見つめながら、
『
カーランからリナを託された者。
『カーラン』
雨の日の妹への思いを忘れてしまっていた者。
魔女への高い忠誠心。人に対する残虐な一面も持っていたが、妹を思う姉の一面も確かに持っていた。
『リナ』
カーランの後に生まれた、カーランの妹のようなもの。
最初こそは調整が難しかったせいで、精神面が見た目よりも幼く、カーランの後ろに隠れてばかりだったが、カーランが育てたことによって、今のような性格に変わっていった。
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第二章、その『前半』がこれにて終了です!
次回から『後半』が始まります!
第二章の『前半』終了! 好きなキャラは?
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影宮嵜渡
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リナ
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朱坂菜雪
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霧原絵美〈シャイン〉
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笹波茉優〈シスター〉
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空下香梨〈ウィッチ〉
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サヤ〈マジックワールドのお姫様〉
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カーラン
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ラオン
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スパール