花一輪
胸の内に咲く一輪の花のように、鮮やかに色褪せることなく在り続けた。
彼は憧れだった。
彼の戦う姿は憧れだった。
彼の戦う姿に強烈に憧れた。
どこまでも強く、どこまでも真っ直ぐで。
自分には無いその強さに妬ましさを覚えることもなく、ひたすら憧れた。
故に、彼と共に戦うことを選んだ。
故に、彼を超えようとは思わなかった。
彼は憧れ。彼と共に戦うことは誇り。
花一輪
胸の内に咲く一輪の花のように、鮮やかに色褪せることなく在り続けた。
散ることも枯れることも無いと思っていた。
花の名は ─── 憧れ ───
散ることも枯れることも無いと思っていた。
そう、思っていた。
弱い自分が嫌いだ。
私は弱い自分が嫌いだ。
私は弱いままの自分が嫌いだ。
何度自分を嫌悪しただろうか。
「へっ⋯しけてやがんな」
「にぎりめし一つで手間かけさせてんじゃねぇよ」
鳩尾に男の爪先が突き刺さる。
それだけで痩せ細った私の身体は容易に転がっていく。
咳き込むが、既に吐き出す物も無い。
散々弄られたせいで反吐は吐き尽くしている。
第一、何も食べていないのだから吐けるもの等何も無い。
三日ぶりだったのに。
ようやくありついた、ありつけるはずだった三日ぶりの食事は、一口も食べることなく奪われた。
男達は私がおにぎり一つしか持っていなかったことを大罪であるかのように詰り、罵り、唾を吐きかける。
理不尽過ぎる物言いだ。手前勝手な理屈だ。
しかし、それを指摘する者はいない。
それどころか倒れ伏す私へ同情の目を向ける者さえいない。
中には厄介事に巻き込むなよと言いたげに私を煩わし気に見る者さえいる。
しかし、彼らを恨むつもりはない。
遠巻きに見ているだけなのを責めるつもりはない。
助けてくれないことを嘆くつもりもない。
誰が悪いのかと問われたら、この場にいる者はきっと満場一致で私を指さすに違いない。
何故なら悪いのは私だから。
奪われるのが悪い。
鈍臭いのが悪い。
弱いのが悪い。
それが全て。
流魂街
ここの名だ。
この街の法だ。
ここが流魂街だから。
だから弱いのが悪いのだ。
弱さが全ての抗弁を踏み躙る。
弱い者は強い者に食い物にされる。
ここでは強さは何より正義で弱さは悪だ。
この場で私が出来ることは祈ることだけ。
神に祈るわけではない。
祈るはずがない。
誰かが助けてくれるなど期待していない。
私が祈るのは彼らの強欲さ。彼らの空腹に祈る。
たった一つのおにぎりを巡ってどうか仲間割れをしてくれと祈るだけ。
出来れば切った張ったのやり取りで共倒れにでもなってくれればこの場を立ち去ることもできるし、あわよくば彼らの持っている刀や着物を売ってお金に出来るかもしれない。
しかし、弱者の願いを聞き届ける者なんてこの街にはいない。
「握り飯半分じゃ食った気しねぇな」
指先に付いた米粒を一つ一つ馬鹿に丁寧に口に運びながら男がぽつりと言う。
「ったくよぉ、コイツボコったせいで寧ろ腹減ってきたぜ」
私を先ほど蹴飛ばしたばかりの男がイライラとした様子で吐き捨てる。
「クソっ、完全に外れかよ。大事そうに懐に忍ばせてるからよぉ」
「ここの連中にしちゃ綺麗な成りしてるからって期待させやがってクソが」
男二人が心底許しがたいとばかりに悪態を吐く。
なんということだろう。私の中に暗灘たる思いが過る。
たった一つの望みが潰えた。
随分と仲のよろしいことで、男二人で仲良くおにぎりを分け合っていたらしい。
期待した仲間割れは起きず、火に油を注ぐ結果になったようだ。
余計な怒りを買う謂れは無いというのに。
「なぁ、こいつ結構見た目悪くねぇから金に出来るんじゃねぇか?」
「着物も無いよりましか」
そして最悪なことに私は連中にとって「飯を奪って用無しになった子ども」ではなく「それなりに金になるかもしれない物品」に格上げされたようだ。
すぐにも逃げなければ。
理解はしているが、身体は一向に私の言うことを聞いてはくれない。
三日間何も食わず、そして散々に痛めつけられていた私の身体は既にまともに動かなくなくな
っていた。
私は自分の身に起こりうるあらゆる事態を想像すると死にたくなった。
怖い。
そしてそれ以上に悔しい。
こんな連中にいいようにされることが悔しい。
こんな連中に一方的に食い物にされる自分の弱さが苦しい。
下卑た笑みを浮かべる男達の視線から逃れたくなる自分に叱咤する。
心は屈して堪るか、そう自身を奮い立たせて睨み返す。
しかし、私の身に私が想像していたようなことは起こらなかった。
「ギャッ」
「なんだよ、テメェは!?」
男が一人、斬り捨てられた。
私のお腹を蹴った奴だ。
もう一人の男は自分の仲間を斬った男を見下ろすと露骨に狼狽える。
「お、おい、やめろよ…お、おい、マジか… ─── 」
屠殺される豚の鳴き声を聞いたことがあるだろうか。
豚なんて上等な物、ここ何年も食べていないが、一度だけそれを食べたことがあった。
その時に聞いたことがあるのだ。
その鳴き声を私は数年ぶりに思い出した。
今、みっともなく命乞いをして斬り伏せられた男の上げた声がまさにそれだ。
「大丈夫?」
掛けられた声にただ頷く。
救いの神はいなくても、強者はいる。
弱者を弄る弱者ではなく、本当に強い男。
この街でただ一つの正義を振るう者は確かにいるのだ。
私はその時、初めてそのことを心で理解した。