流魂街西72区
流魂街の中でも治安が悪く、十一番隊が管轄を任されている地区に向かって斑目一角と綾瀬川弓親は走っていた。
その流魂街の中でも治安の悪い地区で十一番隊の隊士六名が虚の襲撃を受けたとの報が入って来たのは四番隊がその連絡を受けたのとほぼ同時刻であった。
本来ならば十一番隊に応援を呼ぶところを遅れたのは偏に十一番隊の者達に多く見られる「意地」のせいであった。
いつぞやの消失事件であれば連絡が途絶えたことを以て応援に駆け付けるものの、今回は純粋に襲撃を受けただけのものだ。ギリギリまで粘ろうとしてどうにもならなくなり四番隊に救援を求めた。直接事情を聞いたわけではないが真相はそんなところだろうと一角は察する。傍らの弓親も同じだろう。
そして、事実その通りであった。
派遣されているのはただの平隊士のみではない。八席と七席。席官が二名も派遣されているが故に起きた事態ともいえる。
平隊士ならばさっさと助けを求めるところを席官であるという矜持が邪魔をした。
四番隊に救援を求めるということは怪我人、それも重傷者が出ていると見て間違いがないだろう。下手をすれば死者も出ているのかもしれない。
「バカ野郎が」
一角は吐き捨てる。
しかし、言葉には苛立ちは然程無い。
自然と釣り上がった口角が雄弁に物語っていた。
「声が弾んでるよ一角」
「お前もだろ」
弓親が短く笑う。七席と八席、それも命よりも意地と面子を重んじるような男達が多い十一番隊の席官が揃って救援を求める。
席官二名を含む十一番隊六人をそこまで追い詰める虚というと並の虚ではない。
或いはそれほどの数の虚ということになる。
久しく刺激のある戦いに飢えていた一角は無意識にこみ上げる笑みを抑えきれなかった。
鍛錬だけでは物足りない。血を湧き立たせるような戦いを求めていた。
「隊長は?」
「言ってねぇ。隊長の手を煩わせるまでもないだろ」
「⋯本当は獲物を取られたくないからじゃないの?」
弓親の言葉は半分正解であった。
いくら席官とはいえ、七席や八席が脅威に思う程度の敵に護廷十三隊最強の男、更木剣八の手を煩わせる価値があるとは思えない。
副隊長である自分と三席の弓親でも釣りは出るんじゃないかとすら思っている。
しかし、もう半分は弓親の言う通りだった。
更木が出張ればすぐに終わってしまうに違いない。せっかくの戦いなのにそれは勿体無い。
射場が開けば「阿呆たれが!」と言ってぶん殴るだろう、公私混同も甚だしい副隊長にあるまじき行動だが、戦いを好む性分からはやはり一角は逃れられない。
しかし、昔のまま何もかも変わらないという訳ではない。
「いざとなったら使うから勘弁しろ」
「⋯一角がそうなら僕もそうするよ」
物言いたげな弓親の視線にはあえて気付かぬふりをする。
互いに言わんとしていることは言葉にせずともわかっていた。
嘗て射場に殴られ、叩き付けられた言葉を一角は覚えている。
『お前一人の意地の為に隊の戦いに傷をつけるな』
どんな手段を講じようとも勝利をつかむ。
そこまでの割り切りは一角には終ぞ出来る気は起こらないが、少なくとも力の出し惜しみをするつもりは無い。必要であれば「使う」つもりだ。それは弓親も同様なのだろう。
意地や拘りを捨てるつもりは無い。しかしいつ死んでもいいとまで無責任な思いは捨てる。
一角なりの射場に対する言葉にしない譲歩であった。
「もうすぐ72区だよ」
「っしゃ。弓親油断すんなよ」
「一角こそあんまり遊び過ぎないでよね。隊長にバレる前にさっさと…」
「さっさとなんだって?」
「「!?」」
低くざらりとした声に一角と弓親は同時に振り向く。
「てめぇら俺を差し置いて抜け駆けするたぁいい度胸だな」
収まりの悪い髪を靡くがままに、獣の臭いを纏い、巨躯にして髑髏を彷彿とさせる強面の男が不機嫌半分喜悦半分といった顔で一角たちの背後を走っていた。
一体いつの間に追いつかれたのか、顔を見合わせるが弓親にも見当が付かない様子だ。
「いや、抜け駆けとかじゃなくて隊長が出るまでも無いっすよ」
「そうそう。僕と一角で十分なんで」
「白々しいんだよ馬鹿野郎。てめぇら自分達だけ楽しもうってハラだったんだろうが」
ぎちぃっと引き攣ったような凶笑を浮かべると十一番隊隊長更木剣八は一角達に並ぶ。
「まぁ、いい」
既に剣八の声には不平も不機嫌も欠片も無い。
そもそも恨み言や怒りが持続する男ではない。
さっぱりとした男かと問われれば違うだろう。
単にシンプルなのだ。
いつまでもネチネチと恨みや不満や怒りを滞留させる、そんな無駄な思考を更木剣八はしていない。
剣八の思考はすぐに目の前の戦いに割かれる。
「祭りには参加できそうだしな」
「更木隊長!?」
声を上げたのは一角達もよく知る男。
驚きに目を丸くしているのは男だけではない、彼を先頭とした五人の隊士達。
誰もが剣八達三人の姿を見て驚きの表情を浮かべて十一番隊ではない。四番隊の隊士達だ。
「義壱じゃねぇか」
「一角!」
純白の隊長羽織を着た幼馴染が一角に驚きの混ざった笑みを向ける。
不謹慎ながら一角は妙な感動を覚えていた。
(本当に隊長になったんだなコイツ)
まだ汚れどころか皺の一つも無い下ろしたての真新しい隊長羽織を長身に纏い、四番隊副隊長の虎徹勇音を背後に控えさせている姿は幼馴染が護廷十三隊の隊長になったことを今更ながらに一角に実感させる。
「班目副隊長」
妙な感慨にふける一角の視線を遮るように、速度を速めて義壱と一角の間に割り込んだ少女が一角を睨み付ける。
金青色の髪を一つに結った少女が竜胆色の瞳をまっすぐに一角に向けてくる。
確か義壱の隊の五席だったか。名前は何と言っただろうかと記憶の底を掬う間も無く少女が一歩踏み出す。
「横嶌隊長です。副隊長として弁えた言葉遣いをなさってください」
「お、おう」
ぴしゃりとした物言いと気迫に思わず頷いてしまう。
「ちょ、咲良さん別に僕は⋯」
「隊長は黙っていてください」
「おい、お前こそ隊長叱ってんじゃねぇか。弁えなくてもいいのかよ」
「いいんです。私は四番隊ですから」
「すげぇ理屈だなオイ⋯」
背後にいる勇音に目を向ける。お前のところの若いのはどうなってるんだよと少なからずそう思っているのが顔に出ていたのか、声に出さずに勇音が済まなそうに頭を下げる。
一角としては少女の言い分に理がある上に、自分に物怖じしない態度にも不快感は無い。
「悪かったな。横嶌隊長」
だからこそ、素直に言葉を変える。
少女はありありと「もっと丁寧な話し方をしなさいよ」と言いたげな眼差しを向けつつも一応義壱の後ろに下がる当たり義壱への忠誠心は高いのだろう。
「おい、いつまでグダグダやってんだ」
痺れを切らしたのは剣八だった。
剣八は義壱に目を向ける。
「義壱。てめぇらは怪我人連れてさっさと離れろ」
後は俺が全部ぶった斬ってやる、言外にそう含ませた剣八の言葉に義壱は首を振る。
「ダメです。あそこには流魂街の住人もいるんです。彼らを避難或いは治療しながら戦うなら人手は必要です」
「知るかよ。さっさと全部ぶった斬ればいいんだろうが」
大歯を剥き出しにして、剣八が足を速めた。
彼の眼には既に映っていたのだ。
辿り着いた先、流魂街の西72区。
そこで血塗れになりながら懸命に剣を振る十一番隊の隊士達と、彼らを弄り物にする大量の虚達。
そしてひと際目を引く ────
「
勇音が悲鳴に近い声を上げる。それも無理からぬことであった。
そこには滅多に集落で見ることの無い
「何だ
「更木隊長!」
血塗れの隊士達の脇を駆け抜け、剣八が雄叫びを上げた。
限界まで引き絞られた弓から放たれた矢、そんな生温い物ではない、巨大な槍のように飛び出した。その手には既に刀が握られ、誰かが声を掛ける前に一番前にいた虚の数体を紙のように引きちぎっていく。
既に隊士達も流魂街住人達のことも剣八の脳裏からは消え失せていた。
「横嶌隊長の言葉を無視してっ!!あれが更木隊長⋯これだから十一番隊は」
「こら、ダメよ葵ちゃん。私達は治療に当たらなくちゃ」
小さく吐き捨てる葵諫めながら、勇音は傷だらけの十一番隊の隊士の一人を治療し始める。
「貴方たちも早く。刈谷六席と磯螺七席は傷ついた住民がいないか確認してきて」手早く指示を出しながら勇音は葵に目を向けた。
十一番隊を嫌悪する葵だったが、勇音と同様に既に隊士達の治療に当たっていることに安堵する。無論、公私混同をするような子ではないと理解しつつも、心配性な勇音はどうして
も気に掛けてしまう。
「あ、アンタは⋯」
「黙って。傷に響く」
「⋯⋯⋯⋯すんません⋯」
顔見知りなのだろうか、葵の治療を受ける隊士が気まずそうに葵から目を逸らす。
硬く表情を消した葵からはその心情は読み取ることが出来ない。
「さて、俺らも行くとするか」
動けない隊士達を四番隊が治療しやすいように集め終えた一角が軽く首を回す。
「だね。早くしないと僕らの取り分が無くなっちゃうから」
弓親が軽く髪をかき上げる。
「また君らはそんなこと言って。これは任務だよ」
義壱がいたずらっ子を見るような目で一角達を見やる。
「義壱⋯横嶌隊長と一緒に戦うのも久しぶりだね」
「何十年ぶりだ」
「まだ恋次が十一番隊に居た頃かな」
(まるで同窓会みたい)勇音がそんなことを思ってしまう程に三人の口調は呑気な、まるで世間話のような調子である。
いつ何時虚が襲い掛かって来るかもわからない状況で必死に治療に当たる緊張と恐怖に顔を強張らせた隊士達とは余りにも正反対だ。
けれども、彼らの誰もが既に視線を倒すべき虚から逸らしてはいない。
何よりも肌を針のように刺す鋭い霊圧が彼らの意思を物語っている。
「延びろ!!鬼灯丸!!!」
鞘と刀を一体化させた槍鬼灯丸を掲げながら班目一角がまず飛び出した。
火の玉のように体中から闘気と喜気を漲らせる姿は副隊長という重々しい呼び名よりも、
悪餓鬼という呼び名が相応しい。
「咲け、藤孔雀!」
一角の後を追うように、綾瀬川弓親が跳ぶ。
鳥の羽を思わせる四枚の曲剣を扇のようにはためかせる。
我先にと遊び場に駆け出す悪餓鬼達のように、虚の群れの直中に躍り込む一角達を懐かしむように目を細めて見ていた義壱がするりと帯から鞘ごと斬魄刀を抜く。
「虎徹副隊長、咲良四席、後はお願いします」
鞘から刀を抜き放つと、義壱が静かに囁いた。
「聴かせておくれ⋯金糸雀」