Lantern & Cage   作:FOOO嘉

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きけんきけんと
金糸雀が鳴く

こわいこわいと
金糸雀が鳴く

はなれろはなれろと
金糸雀が鳴く

そうしてはなれて
そうしてはなれて




鳴き声

 

 

「あれが横嶌隊長の⋯」隊士の一人が呟く。

「そう、あれが金糸雀」葵が陶然とした表情で義壱の背を見つめる。

 

 

左手には刀が変化した淡い金色に覆われた音叉

 

右手には鞘が変化した鈍く輝く金の六尺棒

 

 

「一切刃を持たない始解⋯」

 

勇音が自然とそう呟いていた。

尸魂界でも非常に珍しい始解だ。

錫杖の形状をした始解はかって存在していた。それでさえも柄には人を容易く貫くことの出来る刺突ような刃が備わっていた。

しかし、義壱の始解には刃どころか棘の一つとして無い。

敵を斬るのではなく打ち据える。

敵を殺すのではなく倒す。

制することを目的としたような始解。

 

 

──── リィン⋯ ────

 

 

澄み切った音がした。

義壱が軽く音叉を六尺棒に当てた音だ。

決して大きな音ではないはずなのに、一瞬辺り一面が静寂に包まれたかとさえ思う程何処までも染み渡る音に、誰もがふっと心が軽くなるのを感じた。

 

「あれ…?」

緊張に強張っていた隊士の一人がきょとんとした顔になる。

 

それは治療にあたっていた隊士だけではなく、治療中の仲間を守るべく手負いながら刀を構えていた十一番隊の隊士も同じであった。

額に脂汗を浮かべ、緊張感と不安に押しつぶされそうな中で歯を食いしばって耐えていた彼らが一様に不思議そうに首を傾げる。そこには少なからず戸惑いがあった。

しかし、恐怖や緊張といったものが和らいでいるのが勇音の目にも明らかであった。

それは彼らほどではないにしろ戦場の直中であるが故に付きまとう緊張感に覆われていた勇音も同様である。

誰もが戸惑っていた。

自分の背に圧し掛かっていた形の無い重しが何処かへと消えていったような、それに抗っていただけに肩透かしを食らったような戸惑いとも言える。

 

不可思議な現象をもたらした当の義壱は軽やかな足取りで一角達に追いつくと、大虚の一体を六尺棒で打ち据えた。

虚のつるりとした白い仮面が大皿を割るかのように容易く砕け、悲鳴を上げて崩れ落ちる。

崩れ落ちる大虚を確認することも無く、巨体を足場のように蹴って次と大虚へと飛び移ると、木偶の坊のように突っ立っている大虚一体、また一体と打ち据えていく。

 

 

「凄ぇ…」

義壱の戦いを初めて目にした十一番隊隊士の一人がそう呟く。

竹を鉈で次々と割って行くように、危うげもなく虚を叩き伏せる義壱の姿には更木剣八とは異なるものの、一種の凄みのようなものすら感じる。

 

「…話には聞いていたけれど、これが隊長の始解の能力…」

勇音が何かに気付いたように目を瞬かせる。

「危機感を弱める能力…こういうことなんですね」

 

勇音が義壱から説明を受けた時に感じたのは率直に言えば「地味な能力」という感想であった。他の隊長格は始解にも関わらず副隊長以下とは隔絶した力を持つ者も多い。

それらに比べて何とも控えめだなと思わずにはいられなかった。刃を持たない始解ということもあれば尚更大人しい能力だ。

しかし、いざ実戦を目の当たりにすると印象は一変する。

 

「副隊長は初めてご覧になられるんでしたか」

「簡単な説明だけは報告で受けていたのだけど。彼の卍解のことも」

僅かに視線を彷徨わせたのは勇音が微かな罪悪感を抱いてるからだろうか。

彼がその力を行使した際に自分は居なかったからか或いは副隊長でありながら隊長の始解すら目にした事がなかったからか、いずれにせよ、それは不要なものである。

前者については任務上他の隊長格らと共に真世界城に赴いていた彼女が同時刻に瀞霊廷で繰り広げられた戦いを目にするのはどだい無理な話である。

後者についても他者の斬魄刀の能力を知らないことは珍しくもない。同じ副隊長同士であっても始解の姿、能力はおろか斬魄刀の名すら知らないこともある。

任務上互いの能力を把握する必要がある場合は兎も角、わざわざ斬魄刀の能力を詳らかにする必要も無いというのは護廷十三隊の暗黙の了解と化していた。

救命・救護、補給といった後方支援を担う四番隊においてはそれはより一層顕著なものである。

 

先の大戦で殉職した隊長、卯ノ花烈の肉雫唼のように四番隊の隊務に能力が直結しているならばともかく、実戦で斬魄刀を用いて戦う機会が他の部隊と比較して極端に少ない四番隊においては互いの斬魄刀の能力を知らぬことは決して恥じ入るべきことでも無い。

そのことを副隊長である勇音が知らぬはずは無いが、すぐに自分に責を求めてしまうのは彼女の慎み深さであり、卑屈さともいえる。

「副隊長、こちらの治療終わりました」「こちらもです」

「ありがとう。他に住民で怪我をしている人はいないかもう一度確認をお願いします。虚は隊長達が引き付けてくださっているから大丈夫かとは思いますが気を付けて」

指示というには柔らかく気遣いに満ちた勇音の言葉に刈谷と磯螺の表情が微かに和らぐ。

副隊長という貴族にすら抗することが出来る立場でありながら、嵩にかかることの無い勇音の物腰は隊士達を委縮させることなくリラックスして隊務に当たらせることが出来る。

指示すべきことと伝えた上で、そこに必要以上の緊張を与えないのは彼女の長所であった。それは命を預かる重責に常に晒される四番隊の隊士達にとってどれ程大きなものか、勇音本人は自覚していない美点であった。

 

「刈谷六席、磯螺七席、油断だけはしちゃダメだからね」

「はい、咲良先輩」「ありがとうございます先輩」

六席、七席という立場に相応しい身のこなしで立ち去る二人の背に心配そうな色を隠しきれない眼差しを向けながらも勇音は自身の当たっている重傷者の治療の手は止めない。

 

「そういえば、あの人達」「後輩ですよ。真央霊術院時代の2代下でした」

「ふふ、やっぱり。近くないと先輩なんて言わないもの」

「すみません。席官としての心構えがまだ足りてないみたいで。後でキツく言って聞かせますから」

「別にそんなに気にしなくてもいいのに」

「そういう訳にはいきません」

生真面目な少女に勇音は苦笑を漏らす。

戦場の真っ直中においての治療行為にかかわらず、要救助者の確保、負傷者の治療の優先付け、回道の治癒速度、何より無防備のところをいつ虚に襲われるかわからない状況下において顔を顰めたくなる程の傷を前にしても物怖じせずに治療に当たることが出来る胆力。

無論、金糸雀の効力があってこそ彼らは緊張により力を出し切ることが出来ないという事態を免れているのだろう。しかし、それらを考慮しても年若くして席官に就いただけのことはあると言える。勇音からすれば叱るどころか寧ろ優秀さを褒めてあげたいと思ったくらいだ。

 

「ふぅ、これでひとまずは大丈夫ですからね」

「⋯ありがとうございます⋯」

勇音が回道の手を止める。彼女の治療を受けていた十一番隊の席官へと視線を向けると葵は驚嘆の声を辛うじて呑み込んだ。

勇音が今治療を終えたのは、生存者の中では最も重症だった隊士だ。四番隊が到着した時には、真一文字に引き裂かれた腹からは腸がはみ出ており、失血の余り紙のように真っ白な血の気の失せた顔色であった。

正に辛うじて生きているだけの状態のその男は、弱々しいながら呼吸は既に安定し始めている。回道は肉体の治癒力を促進する術であると言われる。肉体に残る生命力を活性化させる術である。生命力を搾り尽くした肉体には効果が無い術ともいえるが、回道の精度により掬い上げることの生命力は大きく異なる。

四番隊ならば副隊長の勇音や三席の伊江村の回道ならば限りなく死者に近い者すら救うことが出来ると言われている。

葵は当初「いくら何でも尾ひれが付き過ぎでしょ⋯」と思いながらその話を聞いていたのだが、まぎれも無い事実なのだとたった今目の当たりにしたのだった。

(凄い…これが虎徹副隊長⋯)そう内心で吃驚する。気弱な物腰が嘘のように治療に当たる勇音の横顔は凛々しく、その手際は淀みが無い。

回道の精度も速度も席官クラスとは比較にならないことが一目でわかる。

見えない帝国との戦い以来切ることなく伸ばされた銀髪が頬にかかるのも構わず治療に専念する勇音の横顔に、深い傷にも関わらず十一番隊の隊士達が見惚れているのを何処かさ白けた眼差しで見遣りながら、葵は自身が治療にあたっていた男の包帯をきっちりと留める。

 

「はい、お終い。傷は一応塞ぎましたけれど血を流し過ぎてるから動かないでくださいね」

「⋯⋯すまねぇっす」

「別に四番隊として当然のことだけど?」

「いや、アンタ四席だったんだな⋯じゃねぇ、だったんすね」

何処かで見た顔だと思ったら、先日綜合救護救詰所で葵に因縁を吹っかけて来た入院患者…そういえばアレも十一番隊の男だった。

「あの時はまだ五席だったけれどね。ごめんなさいね、なーす服だっけ?着て来てあげた方が良かったかしら?」

「ひぃっ、い、いえ⋯滅相もない」

 

そういえば向こうで転がっている既に事切れた血塗れの隊士にも見覚えがある。無感動に転がった物言わぬ塊に(ナース服を着ろって言ってたのはあっちの方だったかしら)なとどどうでもいいことを思う。

二人揃って随分と勝手なことを喚き散らし、下劣な言葉をぶつけてきたものであったが、退院後すぐに現場に復帰していたらしい。

何とも甲斐の無い話だ。

葵はこみ上げる溜め息を辛うじて噛み締める。

治療した者に悪態を吐かれるのはまだいい。

苦痛や不安から来る苛立ちや憤りを身近な者にぶつけずにはいられない、それは仕方のないことなのだから。甲斐が無いと思ったのは救った命を容易く投げ捨てられてしまうことに対してだ。

いつぞやの横暴な態度は鳴りを潜め、十一番隊の男は葵から治療を受けたことを身に余る光栄であるかの如く恐縮しきっている。その男の浮かべる卑屈さと、女としての葵に向けるべたべたとした下卑た視線(男は隠しているつもりのようだが)に怒りが沸々と湧く。

葵が席官であると知った途端にこの態度。

強さを理不尽に振りかざし、強さこそ信条とするかの如き言動をしておきながら何と小狡いことか。相手に応じて出したり引っ込めたりする力など暴力でしかない。

 

そのくせ自分の力量すら満足に見極めることも出来ない。結果、惨めにああやって血袋となって朽ち果てるのだ。

何と甲斐の無いことだ。

こんなにも甲斐の無いことがあるのか。

こんな者達が「強者」として振る舞っている。

強さを履き違えたこんな下らない連中の為に治療し、そして無駄に拾った命を捨てて行く。

実に甲斐の無いことだ。

真に強い者が正しく認められ、存在しなければならない。

そうでなければ、この世界は甲斐の無いままだ。

 

 

 

 





【金糸雀】
解号:「聴かせておくれ」
能力:刀が金色の音叉に、鞘が金色六尺棒に変化する。
尸魂界でも珍しい刃、棘を持たない始解。
金色の音叉の音を耳にした者の『危機感』を弱める能力。
背にした者の「緊張」や「不安」を軽くし、
相対する者からは「警戒心」を奪う。

味方は不安に押し潰されることなく力を発揮し、敵は警戒心も無く不用意に近付いては必殺の一撃を受ける。
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