きけんきけんと
金糸雀が鳴く
こわいこわいと
金糸雀が鳴く
はなれろはなれろと
金糸雀が鳴く
そうしてはなれて
そうしてはなれて
そのまま崖からまっさかさまに
おちていく
金糸雀が泣く
金糸雀が泣く
鬼灯丸の切っ先が深々と白い仮面ごと虚の頭部を斬り裂く。
崩れ落ちる虚の背後から一回り巨大な虚が不意を突くように現れるが、即座に三節根へと変化させた鬼灯丸をしならせ鞭のように強かに打ち据えると、回転させた刃で斬って捨てる。
「しゃあ!」
振り返らず背後に槍に戻した鬼灯丸の柄を突き出すと、鈍い音を立てて一角の二回り以上の巨大の虚が吹き飛ぶ。
斬り捨てた虚が音を立てて倒れ伏すのを背に、柄で吹き飛ばし仰向けに倒れた虚に圧し掛かり、その眉間に刃を突き刺す。
すぅぅ…一角が一つ息を吸う。
ぐるぐると鬼灯丸を振り回しながら深く息を吐いた。
「ようやく身体が温まって来たぜ」強張っていた筋がほぐれていく。鍛錬では得られない充実感がじわじわとこみ上げてくる。
見渡せば何処に潜んでいたのかと問いたくなる数の虚が湧き出るが、一角の顔に悲壮感など微塵も無い。
「どうしたぁ!そんなもんかよ」
声の方へと一角は視線を移す。
ザンバラ髪を振り乱し悪鬼の如き剣八が雄叫びを上げながら紙細工のように虚を次々と引き千切っている。
湧き出る虚よりも剣八が葬りさる虚の数の方が圧倒的に勝っている。
剣八はそれなりに楽しんでいる様子だ。
強さでは物足りないが斬り捨てる獲物に飢えている剣八には程よいガス抜きなのだろう。
そう思う一角自身も腹の底にずっと燻っていたものが燃え上がる心地よさを感じる。
一角が虚の屍を積み上げていると、最下級大虚の一体が地響きをてて崩れ落ちた。
「やっぱり凄いね更木隊長は」
義壱の打倒した
「僕の知ってる隊長よりも遥かに強くなってない?」
義壱は呑気とさえいえるロぶりながらも、背後から振り下ろされた虚の鋭い爪を油断無く左手に握った音叉で受け止める。
──── リン ────
義壱の音叉が透き通る音を立てる。
「よっと」
パギィッと金色の六尺棒で虚の眉間を叩き割る。
次々と湧き出る大虚の攻撃を音叉で受け止め六尺棒で打ち据えたかと思えば六尺棒で虚の牙をいなし音叉を叩き込む。
嵐のように苛烈に虚を引き裂いて行く剣八とは余りにも対照的な、静かな所作。
一角の知る隊長格達の誰と比べても義壱の動きは地味で、小さく、静かであった。
しかし、それは無駄の無い動きでもある。
作業のように淡々と無駄の少ない動き。
決して他の隊長格に見劣りするものではない。
いつの間にこれ程に…と舌を巻くと同時に懐かしさが一角の胸中に広がる。
(そういや、昔からコイツはこうだったな)
派手な動きでもなければ、剛腕に任せた破壊力も無い。
しかし、立ち会うと気付けば一発入れられている。
殺し合いとなれば遅れを取るつもりは無かったが、先に一本を取る剣道のように、一撃を入れれば勝ちというルールで立ち会うとまず勝てない。
それは義壱自身の戦闘技術に寄るものだけではない。
義壱の背を見る。
虚の攻撃を音叉で受け止める度に、
── リン ──
と音が染み渡る。
その音を聞くとふっと身体が軽くなる感覚を覚える。
一角自身、久しぶりの実戦に知らず知らずのうちに気負っていたものが音と共に空気に溶けていくような気がする。
同時に虚が無防備に六尺棒に叩き伏せられる。
「相変わらず⋯」
「エゲツないね」
いつの間にか隣に立つ弓親が虚を屠って行く義壱に視線を向けたまま呟く。
「金糸雀…美しい鳴き声だね。何度聴いても」
「そうか?俺ぁザワザワするけどなぁ」
「一角の場合はやられた記憶が蘇るからでしょ?」
「違ぇぇよ!と」
背後に忍び寄っていた虚の腕を弓親が曲剣で斬り落とし、のけぞり悲鳴を上げる虚の喉元から頭部を一角が一振りで斬り裂く。
「歯応えが無ぇな」「そりゃそうでしょ」弓親が小さく笑う。
「義壱の金糸雀の鳴き声を“敵が”聴いてるならそうなるよ。僕らのキレも良くなってる」
「いやらしい能力だなつくづくよ」
義壱の斬魄刀『金糸雀』の
2人の視線の先では、そんな会話がされているとは思いもよらない義壱がまるでゴミを処理するように淡々と虚を処理していく。
「って、いつまでもダラダラしてる場合じゃねぇな。俺らの獲物まで隊長達に取られちまうぞ」
「お先に」
「てめ、弓親汚ぇぞ!!」
言うや否や、一角達はより多くの虚が蠢く群れに飛び込んで行く。
剣八、一角、弓親、義壱。
4人が虚の屍の山を築き上げるのはそれから間も無くのことであった。
「あぁ〜…スッキリしたな。酒飲みてぇわ」
鬼灯丸を肩に乗せて、一角がコキコキと首を鳴らす。深く深呼吸をして軽く上がった息を整える。綺麗に剃り上げた頭には軽く汗が浮いているが、その表情は疲労よりも清々しさが広がっている。
「同感だよ。だけど僕はまず風呂に行きたいかな。汗を流したいよ」
「一角、弓親、お疲れ様」
一角達程ではないが、薄く額に浮かぶ汗を拭いながら金糸雀を斬魄刀の状態に戻した義壱が駆け寄る。
「お疲れ様っす、隊長」
「お疲れ様です、隊長」
「…なんか、ムズムズするんだけど…」
「慣れろよ?あんたはもう隊長様なんだからな横嶌隊長よう?」「そういうこと」
にぃっと意地悪く笑う一角と、くすりと笑う弓親を心無しか恨めしげに見ていた義壱が、周囲に視線を移す。
一面に累々と連なる虚の屍。
剣八はその頂に胡座をかき、大きな欠伸をしているところだ。既に彼はこの
(変わらないな)と義壱は思う。その強さ、不遜さ、揺るがなさ。一角が惚れ込んだ男。
「ここまで一箇所に虚が現れたケースって無かったんじゃないの?何処にこれだけ潜んでいたんだか」
「隠れられる数かよこれが。そもそも
隠れ家…
一角達の言葉を義壱は口の中で反芻する。
「隊長!!」
義壱の思考はそこで中断する。
喜色に満ちた声と共に少女、咲良葵が頬を紅潮させながら義壱の元へと駆け寄ってくる。
彼女の背後を見れば、満身創痍であった隊士達の治療は概ね完了したところであった。
勇音がいるとはいえ想像以上に治療を早く終えた働きに免じて、持ち場を離れてしまっている事に対する言及はひとまず置いておくことにした。