誓いは立てた
いくつも
母に
師に
己に
剣に
そして守り続けることを
誓った
魂に
斑目一角は虚の頭を一振りで両断すると、すぐさま次の虚を横薙ぎに切り裂く。虚の身体を踏み台に一足飛びに大虚の身体を駆け上がると巨体の喉元から頭頂へと斬り上げた。
「一角!!」
「わかってらぁ!!」
トンッと大虚を蹴り背後から飛び掛かって来た中級大虚モドキの振り下ろした腕をギリギリ紙一重のところでかわす。
微かに爪が頬を削ぎ取ったのか、一角の頬から血が伝う。
「縛道の六十三、鎖条鎖縛!」
一角に襲い掛かった中級大虚の身体を大綱の如き鎖が瞬時に拘束し、動きの一切を封じ込める。
義壱が放った鬼道だ。
「六十番台かよ…ッ」思わず一角が唸る。
「破道の七十三、双蓮蒼火墜!!」
立て続けに義壱が放った鬼道が大虚の頭部を直撃した。爆炎に身体を震わせ、炎に包まれた大虚はもがくように巨体を揺らすと、やがて力を失いその場に崩れ落ちる。
その様に怯んだ虚の頭部を義壱が金色の音叉でかち割った。
「これでおしまいかな」
弓親が一息吐く。
「油断すんな弓親!!」
一角は大虚の巨体を駆け下りながら、次の獲物に狙いを定める。
「縛道の六十一、六杖光牢!」
一角の声が届く前に既に自身に迫っていた虚の気配を察知していた弓親の放った六つ光の帯が大虚達貫き拘束した。
弓親は鬼道で拘束された大虚の首を横薙ぎに斬りつけると、返す刀で胴体を斬り裂く。
翻筋斗打ってひっくり返る大虚の頭部に一角が深々と鬼灯丸を突き立てた。
「……ったく、人遣い荒えなあ」
顎を伝う汗を拭いながらぼやくように言うセリフとは裏腹に一角の表情は晴れ晴れとしている。
溜まりに溜まった欲求不満を吐き出し切った爽快感と充実感に満ちていることは、顔を見ずとも身体に漲る熱気が物語っている。
ゴキゴキと首を回し鬼灯丸を腰に当てて伸ばす一角からは執務室に籠っていた頃の陰気な気配は少ない。
「お疲れ一角」
「おう」
華美な刺繍の施されたハンカチで丁寧に汗を拭っていた弓親も一角と同様にスッキリとした表情を浮かべている。
この数ヶ月延々と追われていた隊葬や修繕を始めとした事務仕事に忙殺されていた彼らは、憤晴らしのように、虚を容赦無く、休み無く狩り続けていた。
護廷十三隊の者として、虚を退治するのは当然の使命であるが、使命感など彼らの脳裏からとうに消え去っているのはその充実感に満ちた表情で窺い知れる。
中級大虚の群れという席官、副隊長としては最も死に近い任務であるにも関わらず、彼らは死への恐怖や生を拾ったことへの安堵感などという慎み深い感情に浸ることも無く、ようやく生き返った心地さえしていた。
「こうしてると懐かしいね」
涼し気な顔で義壱が虚の屍を眺める。
「一角が三席で僕が四席、弓親が五席だった頃はこうして倒した虚の山を眺めてたっけ」
「俺が一番倒してたよな」
「そして一番怪我をしていたね」
誰よりも真っ先に突っ込んで行き、誰よりもデカい獲物を狩り、時に誰よりも大怪我を負うのは大抵一角だった。
強さ以上に美しさに拘る弓親だが根は一角と同じく戦いに愉しみを見出す性質であるが故に、怪我を負う一角のフォローは義壱の役割が多かった。十一番隊でありながら義壱が回道を収めるに至ったのはある意味では一角のおかげとも一角のせいであるとも言える。
「義い⋯横嶌隊長がいたから僕らは躊躊躇無く渦中に飛び込むことが出来たのかもね」
「まぁな。喧嘩で死ぬのは怖く無ぇが死にたい訳じゃねぇ。いつでも治してくれる奴がいると心置きなく暴れられるからよ」
「僕が居なくなっても変わらないように見えるけれど?」
一角は荒くれ者の十一番隊の中であっても自他共に認める特攻隊長でもあった。
その気質は阿散井恋次や射場鉄左衛門がいた頃から副隊長となった今でも変わらない。
義壱は嗜めるように言うが、その目は変わらない一角達を好ましげに見ていた。
そんな視線に気付いてか気付かずか、一角は背後を振り返る。
「見るのは二度目だが大したもんだな⋯横嶌隊長の
「それに美しい⋯」
弓親はうっとりとした眼差しで「それ」を見上げる。
視線の先には隊長格の屋敷くらいはすっぽりと収まる程の鳥龍があった。
止まり木も餌やり入り口も無い、ただ網と底板のみで形作られた円柱状の鳥龍は日の光だけではなく、それ自体が持つ霊圧によって煌々と輝いていた。
鳥龍と聞いて思い浮かべる儚いイメージとは裏腹に、秘めた膨大な霊圧に比例するように灼然としていた。
「大したモンじゃのう」
そう漏らしたのは七番隊副隊長の射場鉄左衛門であった。
彼の背後には山のように大虚の躯が積み上げられている。一角よりもその数は多いのかもしれない。無茶をしたのだろう、この場にいる隊長クラスの誰よりも多くの手傷を負った射場は、それを気に留める訳でもなく、巨大な鉈の如き斬魄刀をひと振りしてヒ首程の大きさに戻した斬魄刀を懐に収めた。
口にしたのは称賛の言葉にも関わらず、射場の視線は鋭鋭く、口惜しさが頬に固くへばりついていた。
サングラス越しに苦々し気に射場が見つめているのは鳥籠そのものではなく、その中にいる者達である。
鳥籠の中には護廷十三隊の隊士達の姿があった。
彼らはいずれも血に汚れ、引き裂かれたように破れた死覇装を身に纏っている。
無惨に破れた死覇装と裂け目から覗く肌にこびり付いた赤黒い血が彼らの負った傷の深さを物語っていた。
異様であったのは彼らの表情は一様に落ち着いたものであるということであった。
いや、正確には彼らの表情は多少の差異はあるものの、困惑が浮かんでいる。隊士によっては自分の血に塗れた箇所、傷を負っていたであろう箇所をしきりに手で触っては確認を繰り返している。まるで、そこにあるはずの物が無いことに戸惑うように。
流魂街東地区の四十八区、七番隊が管轄する場所に中級大虚達が出現したとの報告が入ったのは一刻程前のことであった。
そこは流魂街の中で特別治安が悪いということも無ければ、虚の発生率が高い地下でもない故に配属される隊士は比較的年若い隊士が多い。席官が就くこともあるが、十〜二十席か或いは新入隊員に経験を積ませるために同伴するというケースが殆どである。
そこが大虚の群れに襲われた。
地区においても虚の出現は確認されたが、四十八区に現れたのは件の「中級大虚モドキ」と呼ばれる理性が無く中級大虚レベルの霊圧とサイズを持った虚達であった。
これに七番隊士達は勇敢にも立ち向かうが、上位の席官クラスと言われる中級隊士が相手になるはずも無く、すぐさま執務室にて待機していた射場に連絡が入った。
出現した虚の特徴と強さから、初めて確認された時に現場で戦闘を行った十一番隊副隊長の斑目一角と同隊三席綾瀬川弓親が招集され、また負傷者多数の報から四番隊隊長横嶌義壱もこれに同行することとなった。
「ワシのせいじゃ⋯」
配置されていた七番隊士達は17名、内席官は九席と十五席の2名。
勇猛であるが故に、誰一人として無傷の者はいなかった。
ボロ同然にまで引き裂かれた死覇装をかき集めるよう胸に抱き、恐怖に震える年若い死神、少年少女と言っても過言では無い年若い隊士の姿を見た射場は知らず知らず歯を軋ませた。
「鉄さんは悪くないですよ。寧ろ普段よりも動員数を増やして席官まで配置していたからこそ死者が一人もいなかったくらいですし」
「僕らへの連絡も早かったからね」
「つーか、アンタ自身出張って来たのだって、いつでも出られるようにしてんだろ?最近あんま寝てねーんだってな射場さん。アンタんとこの若いのが言ってたぜ」
この数ヶ月相次ぐ虚の大量発生。
最も外周に近い流魂街の七十番台にそれは見られるが、より尸魂界に近い地区でも大虚の出現が確認されている。
射場はそれらの傾向を考慮して、例年よりも配置する隊士を増やし、有事の際には自分自身が出撃できるように努めていた。常に執務室に待機し、いつ何時の呼び出しにも応じることが出来るよう副官室で寝泊まりする彼は、七番隊士達にとって心強さよりも心配の種になっている。
七番隊は先の戦いで、その精神的支柱とも言える隊長を半ば殉職のような形で失っている。それに続き頼れる副隊長まで失ってしまうのではないかという危機感が隊士達を不安にさせているのだ。
「鉄さん、気を張り詰めすぎですよ。後で
「横嶌隊長⋯申し出はありがたい思うとりますが、これはワシの不甲斐なさのケジメですけん。ワシ如きがぁ薬の世話になんぞ」
「薬じゃないですよ。
射場鉄左衛門という男は、一角日く「根っからの十一番隊」と言える男だ。三度の飯よりも喧嘩と酒を愛し、己を昂らせる為には例え血を流していようとも酒を飲むような男だ。
しかし、同時に七番隊の男らしい責任感を強く持つ男でもある。隊長不在の七番隊を預かる副隊長としての重責と年若い隊士達を命の危機に晒すことへの責任感から、本来持つ豪放磊落な側面がすっかり成りを潜めていることは多少でも射場という男を知っていればすぐにわかる。
休めと言っても素直に休む男ではない、戦いで負った傷は不甲斐い自分への戒めには丁度いいと思い詰めかねない性分を知っているからこその義壱の心配りだと察した射場は、口をごつかせると、やがて硬い石を飲むように口を引き結んだ。
「.....お気を遣わせてしまって、すんません⋯横嶌隊長」
「いえいえ。お互い様ですよ」
義壱が金色の音叉をゆっくりと撫でる。
「虚の反応も消えたし、そろそろ戻りましょうか」
煌々と輝きを放っていた鳥龍が、音も立てず静かに光の粒子となって消え去っていく。
「散り際まで⋯美しい⋯」
風に流されるように輝く粒子が粉雪のように散って行く様を見届けた弓親が感に堪えぬように呟いた。
「大丈夫か、おどれら!」
鳥籠の消失と共に射場が隊士達に駆け寄る。
「副隊長⋯申し訳ございません⋯俺達⋯」
ぼろきれと化した死覇装を腰からぶら下げ、上半身が露わになった一際筋肉質な隊士が慙傀に堪えぬと言わんばかりに唇を噛み締め俯く。
「言うな。おどれらは男を見せた。何も間違っちょらん!!」
そんな隊士の肩を叩き、射場は搾り出すように言う。
七番隊としての矜持を守り最後まで戦い続けたこと、そして生きていてくれたこと、それだけで十分だと言いたげな言葉に俯いた隊士のみならず、七番隊士達が目に涙を浮かべる。
湿っぽいのは苦手な一角は男泣きに暮れる七番隊から少し離れた場所で、宙を漂う義壱の卍解の残滓である金色の粒子を目で追っていた。
「あんだけの傷を負ってた七番隊の
「回道の極致みたいな卍解だね」
手に停まった蛍を目で追うように、掌の上の粒子を見つめる弓親の服差しはうっとりとしている。どうやら義壱の卍解は弓親の美意識に適ったようだ。
刀を鞘に収めると、義壱は一つ深く息を吐いた。
身に纏う白い隊長羽織には返り血も、綻び一つたりとも無い。
「敵から霊力を吸い取って味方を癒す卍解か…」
鬼道系の斬魄刀を嫌う傾向が強い十一番隊ではまずお目に掛かることは無い力だ。
一角自身は他者がどんな力を持っていようと否定も侮蔑もするつもりはないが、十一番隊にいたままでは使い辛い能力なのかもしれない。
「マジで四番隊なんだな⋯」と思わず呟く。
着るというよりも着られている感のあった白い隊長羽織は、この数ヶ月ですっかりと見慣れた。
この数ヶ月間の四番隊の出撃は、ここ百年の尸魂界の歴史を振り返っても一、二を争うのではないかと言われている。
「来年度の四番隊の予算は間違いなく跳ね上がるだろうね」と報告を眺めながら弓親が言っていたが、その通りであろう。
そして、大きく跳ね上がっているのは出現する虚の数だけではなくその強さにおいても言える。卯ノ花烈の頃に比べ横嶌義壱の出撃件数は遥かに多い。
その事が新米隊長の姿を他の隊士にとって見慣れたものにし、また彼に助けられた隊士達から好印象を抱かせている。卯ノ花烈は穏やかで美しい隊長であったが、同時にミステリアスな存在でもあった。そんな卯ノ花とのギャップもあるのだろう、腰が低く、整った顔立ちの気さくな新米隊長は他部隊の隊士達に受け入れられ、親しまれつつある。
そのことを幼馴染として嬉しく思うと同時に、同じ十一番隊であった頃の認識の抜けきらなかった彼に一抹の寂しさを抱かせていた。
「そういえば横嶌隊長。
弓親はふと、虚の発生の報告が上がったもう一つの地区を思い出す。
最下級大虚までしか確認されていなかったこと、出現数がこちらに比べれば少なかったことから、こちらへ派遣する死神の方が優先されたが、侮れるレベルではないことは明らかである。
「十三番隊の管轄だったよな。ルキアちゃんが行ってるんだろ?」
「そうだったね。朽木副隊長と四番隊からは虎徹隊長と咲良四席を派遣してるから問題は無いよ」
「咲良ちゃんってのは横嶌隊長の後の四席か。まだお嬢ちゃんって感じだったけど大丈丈夫っスか?」
「彼女は強いよ。それに彼女の能力はある意味では僕よりうってつけだからね」
その言葉には確かな信頼が滲んでいた。