焼けるように殺し合い。
凍えるように殺し合い。
砕けるように殺し合い。
割れるように殺し合い。
潰れるように殺し合い。
求めるように殺し合い。
繋がるように殺し合い。
溶けるように殺し合い。
混ざるように殺し合い。
吠えるように殺し合い。
叫ぶように殺し合い。
泣くように殺し合い。
笑うように殺し合い。
犯すように殺し合い。
侵すように殺し合い。
語るように殺し合い。
睦むように殺し合い。
殺すように殺し合い。
殺すように◼️した。
尸魂界・中央地下大監獄最下層「無間」
その入口はおろか、そこに通じる道の入口すら人々の目には留まらぬようにひっそりと、しかし固く閉ざされている。
少しばかり荒れた野のようにごつごつとした岩場に隠れるように立つ入口の近くに更木剣八は居た。
手頃な岩に腰掛け、子どもの頭ほどはありそうな徳利を口元に寄せる。
細めでありながらも固く引き絞った綱のように筋肉の束で覆われた首が酒を飲み下すのに合わせて大蛇のようにうねる。
酒気を帯びた吐息を一つ吐くと、剣八はじろりと鋼のように固い視線を入口へと向けた。
その視線に敵意や悪意は無い。
刃のような視線にはほんのりと感傷に似た色があった。
剣八の眼差しは入口を見ているわけではない。
その奥、道を進み、更にその先にある無間の入口を越えた先にある「闇」へと向けられていた。
一筋の光すら入らぬ闇の更に奥深く昏い暗黒の底。
剣八の眼には鮮明に見えていた。
瞳を閉じればすぐに思い出せる。
たった一人の女の姿。唯一心行くまで殺し合った女。
その女の姿を反芻しながら剣八は徳利を傾ける。
酒には強いが、あまり飲まない。強すぎる故に酔わないからだ。酔わない酒は剣八にとっては少し辛い或いは甘ったるい水でしかない。
しかし、まったく酔わないわけではない。
こうして、ここであの時、あの瞬間を思い返しながら酒を飲む時だけは酔えた。
ふわふわとした酔いは、普段抑えている心の箍を少しばかり緩めてくれるのか、より濃密にあの日を思い出させてくれる。
女の声。
女の眼差し。
女の笑み。
女の体温。
花のような香りに溶けた薬品の匂い。
そして女の肌の下、骨の髄まで染み付いた血の匂い。
己の肉体を女の刃が裂き、抉り、貫き、断ち切る感触。
己の刃が女にめり込み、斬り割き、刺し貫いた感触。
女よりも強い者とも戦いはした。しかし、あの時の戦いを超える程の快楽に剣八は出会えていない。
女を思い出す度に、剣八の胸は疼いた。癒えかけた傷が痛みとむず痒さを訴えるのに似ている。
剣を振るえば紛れる程度の疼きだが、疼きは一度振り払ったと思っても不意に蘇る。
それは剣八を僅かに苛立たせるが、不思議なことに無用の物だとも思えなかった。
この疼き、感情は何なのかはわからないが誰かに尋ねるつもりは無かった。
これは自分の問題であり、自分が呑み込むか切り捨てるかすべきものだ。
剣八に誰かに尋ねるという選択肢がそもそも存在しない。
上手く言葉にはできない。
剣八は元来自分の感情を言葉として形にすることが得意ではない。言葉よりも剣の方が遥に雄弁にして饒舌である。
だからこそ、そんな時は疼くがままに任せることにした。
徳利を傾け、酒を流し込む。
空になった德利を無造作に足元に捨てると、もう一つを開ける。
冷えた酒が喉を滑り落ちる感触は悪くない。
指先の感覚がほんの僅かにふわふわとしている。酒豪であっても強かに酔っている量に、ようやく酔いが回ってきているらしい。
いっそのこと誰かが突然斬り付けてこないものかと剣八は入口から視線を外さずに思う。
平隊士ではなくできれば席官クラス、いや副隊長格以上はあって欲しい。
酔った状態で振るう剣が己をどれ程鈍るものなのかはまだ知らない。
或いは強くなるのだろうか。
一護が遊びに来た際に一角と酔拳とかいうものについて話しているのを聞いたことがある。酔えば酔う程に強くなるという言葉だけ覚えている。
酩酊状態の不規則な動きが相手に己の動きを読ませないといったところだろうか。
自分もふらつくほどに酔ってしまえば強くなるのか。
そんな状態で相手にするならば隊長クラスが良い。あっさり斬り捨てることが出来てしまったら愉しくもない。
そういえば、
敢え無く却下されたが、半ば本気での提案だった。弱ければ話しにならない。卍解の会得だとか、隊首試験だとかよりもまず強さが最低条件だと考えているからだ。
しかし、そんな提案をしたのはほかにも理由があった。
剣八はとにかく退屈だったのだ。
更木剣八という男を知らぬ者など瀞霊廷にはいない。
野蛮、狂暴、粗野、好戦的と彼を語る上で物騒な形容は必ずと言ってよい程付く。
そして何よりも彼の名と同時に人々の口の端に上るのは「強い」という言葉だ。
剣八は戦いを好む。もっと言えば強い者との戦いを好む。そして退屈を嫌う。
彼は闘争に取り憑かれた男だ。しかし、無為に闘争を呼び起こす男ではない。
言葉も通じぬ狂暴な野獣と思われがちであるが、その実理性的な側面も持ち合わせている。
黒崎一護というこの世界の特異点のような存在から端を発した尸魂界の混乱、藍染の乱、破面達との戦い、そして
それらの戦いで命を削り、落としかけ、殺し、殺され、戦いを味わいしゃぶり尽くした剣八にとって、それらが終わった後の世界は退屈極まり無いものであった。
歯応えの有る強敵達との戦いが無いということもある。しかし、それ以上に戦いそのものが無いのだ。
尸魂界こそ復興という名の戦いの真っ只中であると言う者も数多くする。(最も、そのような意見を口にする者達と剣八とでは永遠に会話が噛み合うことは無いであろう。)
そんな剣八が少しばかり最近は愉しいと感じている。
彼にとって強敵と呼べる者は出会えていないが、少なくとも戦いには不足していない。
流魂街で多発する大虚の出現。剣八にとってはそれなりに退屈を紛らわせることが出来た。
勿論、愉しんでいる場合ではないということも(一応)理解している。
彼の部隊である十一番隊の隊士達が無茶な特攻をして殉職する事態が増加しているのだ。
十一番隊だけではない、七番隊や九番隊といった比較的好戦的な部隊でもその傾向は顕著だ。九番隊は副隊長の檜佐木修兵が隊士達を宥めることで辛うじて隊士の無茶や暴走を抑えられているが、隊長を欠き、狛村に恥じぬよう七番隊を支えようと気負っている射場鉄左衛門が副隊長を務める七番隊においてはその傾向が弱まる気配が無い。
なまじ面子や意地に拘るだけの十一番隊よりも、男の面子に亡き狛村への忠誠心や使命感まで上乗せされた七番隊の方が酷い有様かもしれない。
それらに何も思わないわけではなかった。
剣八という男は苛烈にして荒々しく、強さには厳格な男ではあったが、冷徹な男では決してない。
悲しむわけではないが、自分の部下たちが無駄に命を散らすこととを惜しむ気持ちはあった。
しかし、一角や弓親程にそれを胸に留めておくわけでもない。
自分の命の使い方等自分にしか決められないのだ。犬死も野垂れ死にもその者の問題だ。
一言で言うならば「弱いから死んだ」に集約される。
故に、剣八にとっては最近の状況は「少しだけ退屈が減っている」に過ぎない。
数え切れぬ虚を斬ることで剣八はいかに自分が退屈をしていたのかを実感した。
退屈を実感したからこそ、この場に来た。
退屈な時程、至福のひと時を反芻する為に。
溶ける程に愉しく、気持ちよく、至福の時間、それを共有できる者の眠る場所で。