Lantern & Cage   作:FOOO嘉

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疵を撫でる

痛みを擦る


花を愛でるように
貴女の遺した物を愛おしむように

花びらを数えるように一つ一つ数えて



痛みを撫でる





妖婦

 

 

「更木隊長?」

竜胆の花を抱えた虎徹勇音は、月明りの下で一人徳利を傾ける男に気付いた。

夜であろうと関係はない。

男の発する膨大な霊圧は例え枷を付けていても並の隊長格を圧倒する。勇音もまた遠い場所から更木剣八の発する霊圧は感じ取っていた。

目的地に近づくにつれその霊圧が強さを増していくことで勇音は剣八が何処にいるのか察していた。

 

「いらしてたんですね」

「あぁ?⋯お前は四番隊のデカ⋯」

「虎徹勇音です」

「おう」

デカ女と言い掛けた剣八の言葉を勇音が笑顔でぴしゃりと止める。

剣八に悪意が無いことはわかっているが、コンプレックスである長身をそのまま不躾な呼び名にされることは我慢ならなかった。

勇音は剣八に背を向ける形で、無間に至る道の入口に丁寧に竜胆の花を供えた。

かがみこんで花を供える、見る者が見ればそれだけでも溜め息が零れる程優しく柔らかな仕草であった。

竜胆の花の名は知らずともそれが四番隊の隊花であることは剣八でもわかる。

 

 

「よくその花を見るが⋯てめぇが供えてんのか」

 

目を閉じ、手を合わせたまま俯く勇音の背に剣八が静かに声を掛ける。

 

「月命日には必ず」

「墓は他所にあるだろ。こんなところじゃねぇ、立派なやつが」

 

四番隊隊長卯ノ花烈。

彼女は霊王護神大戦の最中戦死した⋯護廷の殆どの隊士達にはそう知らされている。

彼女の死の真相を知る者は極一部に限られている。

故に、彼女を慕っていた多くの者達はここではなく護廷十三隊の隊長格が英霊として祀られる墓へと足を運ぶ。

 

「あちらにも行ってますよ勿論。四番隊の子達とお墓の掃除がてら。ここには私一人で来ます。私しか知らないですから。だって隊長の魂はここに眠っているはずです。魂はここで朽ちて、心は更木隊長へ預けて逝かれたんです。更木隊長もそう思ってらっしゃるんでしょう?」

 

生前の彼女を初代剣八「卯ノ花八千流」として知る者は一握りのみであり、多くは穏やかで慈悲深く凛々しい四番隊隊長「卯ノ花烈」として慕い、その死を嘆き悲しむ者達は後を絶たず、彼女の墓はそういった彼女を敬愛し憧れていた者達の涙と献花で溢れている。

 

しかし、剣八は一度たりともその墓へ足を運んだことはない。

 

「時折いらしてますよねここに。更木隊長の霊圧をこちらの方角から感じますからね」

「ああ」

「更木隊長なら⋯そうされると思ってました」

大戦以来伸ばし続け、肩口に届きつつある銀色の髪を無意識に指先で弄ぶ。戦いが終わってからの勇音の癖の一つだった。

伸ばした分だけ卯ノ花の死を受け入れた、伸びた分だけ経過した時を自覚する、そうすることで前に進むように自分に言い聞かせる。

「貴方だけがここで卯ノ花隊長の最期を看取られたんですから」

「そうかよ」

素っ気無い物言いに勇音は唇を噛み締める。

胸の裡をちりちりと焦がす衝動があった。

「更木隊長はここにいらしてくれるのは⋯卯ノ花隊長の死を悼んでくださっているのですか?」

「·…悼む?」

聞き慣れない言葉を耳にした子どものように、首を傾げる剣八に勇音は苦笑した。

半ば予想していた反応であったからだ。

「そうですよね。卯ノ花隊長は満足されたのですからそんな必要は⋯」

「してねーわけじゃねぇ」

予想外の答えに勇音が息を呑む。

あの更木剣八が人の死を悼むとは思わなかったという訳ではない。

最近ではあるが、剣八の人となりが何となく勇音にもわかってきていた。

関わりが無かったころはただ怖がっていたこの男が、敬愛する卯ノ花烈とどのような因縁があり、どのような感情を向け合っていたのかを知った上で接し続けて来た今ならばわかる。

予想外であったのはそれを剣八が認めたからだ。

「悼むってのは、死んじまった奴を生きてる奴が悲しむことなんだろ?じゃあ、お前の言う通り悼んでるのかもしれねーな」

剣八は德利からがばりと酒を喉に流し込むと、深く息を吐く。

「もっと殺り合いたかった。いつまでも殺り合いたかった。なのに俺を置いて逝きやがった。勝手に満足して、勝手に剣を手放して逝きやがった。俺を置いて一人で。殺り合ったんだ、どちらかがくたばるのは当たり前のことだ。途中で切り上げるなんて真似が出来るわけがねぇ。俺もあの人も。それでも殺しきれなくても構わなかった。殺すつもりで斬っても殺せなけりゃそれで終いでもいい。また殺り合えばいい。俺はそいつを期待してたのかもしれねぇ。回道だってあった。あの人が癒せねぇ傷でもなかった。だが剣を置いて笑って死にやがった。最後の最後に『剣八』を置いて一人で、俺を独りにして」

 

熱した石を吐くような言葉だった。

ごろごろと零れる言葉に秘められた硬さと熱さに勇音は眩暈がするようだった。

こんなにも強い感情をこの人は秘めていたのかという驚愕。

勇音は自分でも意外なくらいに強烈な共鳴を目の前の男に感じていた。

同じ一人の死神に焦がれ続け、そして置いて逝かれてしまった悲しみに喘ぐ者として。

勇音は、卯ノ花に対して彼がこれ程の気持ちを向け続けてくれていることに己のことのように報われた気がした。

卯ノ花烈を敬愛し続ける一人の死神として、そして一人の女として、こんなにも強い男にこんなにも強い心を向けられていることが誇らしく、憧憬にも似た喜びが勇音の中を駆け抜ける。

 

「置いて逝かれたのは私も同じです。手紙が一通だけ。あの日、私は隊長を一言も言葉を交わすことが出来ませんでした」

「ハッ。贅沢言ってんじゃねーってか」

剣八が口角を上げる。

犬歯を覗かせ威嚇しているのかとさえ思えるような笑みから勇音は目を逸らす。

剣八への怯えからではない。自分の胸の裡を見透かされているような気まずさからだ。

更木剣八という魔獣、魔物と評される男を前にしているというのに臆病な勇音は不思議と恐怖を感じていなかった。

ただ、目の前の男への共感と嫉妬があった。

卯ノ花烈が戦死して以来、勇音はずっと剣八を見ていた。嫉妬の眼差しで。

仕えていた自分には手紙を遺しただけで、その言葉も心も魂も命も、すべてを剣八の為に使い尽くした。

勇音の中には剣八への強烈な嫉妬があった。

 

「そうですよ。贅沢ですよ」

拗ねた子どものように、勇音には珍しい物言いだった。

彼も自分と同じ取り残される痛みを知る者、同じ爪痕を遺された者だからだろうか。

「贅沢ってならてめぇだってそうだろ。随分とでけぇモンを遺されてんじゃねぇか」

それが何を指すのか、すぐにはわからなかった。

ただ、剣八の視線が供えられた竜胆に注がれていることで、彼の言葉の意味に漸く思い至る。

「...今の四番隊の隊長は横隊長ですよ?」

「んなことは知ってる。だが義壱の奴にあの人は手紙を遺してねぇんだろ。じゃあ任されたのはテメェじゃねぇのか」

「それは⋯」

思いも寄らない言葉であった。

副隊長だから言葉を遺された。ただそう思っていた。

自分を副隊長に取り立ててくれたのは卯ノ花であるというのに、卯ノ花を失った悲しみと、剣八への嫉妬でそんな基本的なことも忘れてしまっていた。

 

「うじうじといじけてる暇なんてねぇだろ。あの人の後を継ぐつもりなら」

「私なんて⋯」

「うざってぇ。やるのかやらねーのか、どっちなんだよ!」

「や、やります!!」

反射的に叫んでから自分の言葉に驚いた。

自己主張の弱い、引っ込み思案な自分が口にしたとは思えない強い言葉。

口にしてみると、その言葉がしっくりと自分に馴染むことに驚いた。

卯ノ花烈の後を継ぐ、ずっと前から自分の心は既に決まっていたのだと今更自覚してしまった。

「図体はでけぇくせにハッキリしねぇヤロウだ」

「でかいって言わないでくださいよ〜!!」

鼻を鳴らす剣八に、勇音は恨めし気な目を向ける。

はっきりしなかったのは事実だから何も言えない。勇音は少しだけおかしな気持ちになる。もしかして、この男なりの気遣いだったのではないかと思えてきたのだ。

そもそも荒事にばかり長けたこの男が、いつまでも勇音との会話に付き合う筋合いなど無い。かけられた言葉もぶっきらぼうながら、彼なりに言葉を選んでくれたことかもしれない。

そう考えると微笑ましい気持ちにすらなる。

 

(やちるちゃんはよく怖くないなって思ってたけど。案外優しいところもあるのかな)と今はもういない少女の天真爛漫な笑顔を思い出す。

「何笑ってやがる」

「いえいえ、笑ってません」

じろりと睨まれて即座に首を振る。

やっぱり怖いことは怖い。怖いのだが以前のような得体の知れなさへの恐怖は無い。

 

最早嫉妬の念は湧き上がらなかった。

 

剣八への共感、そして卯ノ花が自分に遺してくれたものにやっと目を向けることが出来たからだろうか、勇音は胸の裡を焦がし続けていた嫉妬の炎は既に小灯程になっていた。

 

「⋯聞いてるぜ。卍解の修練をしてるんだってな」

ぽつりと、剣八が呟く。

残りの量を確かめるように徳利を振りながら、剣八が勇音を見る。

凍めるような眼光にびりっと勇音の背筋が痺れる。

嘘も言い訳も、まごつくことすら許さないという瞳だ。

 

「具象化までは⋯出来るのですが、屈服に至らず⋯はい…」

「情けねぇな。俺はやったことがねぇからわからねぇが、要は自分(てめぇ)の主人が誰かを力尽くで教え込ませりゃいいってことだろうが。わかりやすいじゃねぇか」

呆れた眼差しに勇音は小さくなる。

そもそも更木剣八に斬魄刀のことを尋ねること自体が間違っている。涅マユリがいたのであれば「せめて言葉の通じる者に聞き給えヨ。人のを被ったケダモノが道具の何を語れるというのかネ」とでも言ったであろう。

「大方、自分(てめぇ)の剣が相手でも思い切りやれないってところだろ」

「それは⋯」

「一護に一撃で伸されたんなら単純に弱ぇだけかもしれねぇがな」

「うう⋯」

嘗て勇音は、旅禍として朽木ルキア処刑を止める為に尸魂界へと乗り込んで来た黒崎一護と一戦交えたこともある。いや、あれは交えるという程のものではなかったかもしれない。

雀部一番隊副隊長と大前田二番隊副隊長と共に挑みかかり、斬魄刀すら抜いていない一護に敗れたのだ。同じ副隊長でも一護と渡り合った阿散井恋次とは大違いである。

勇音は先ほどまでの決意が何処かへ行ってしまったのか、居た堪れなくなったように手を重ね合わせてもじもじと縮こまってしまう。

 

 

「……チッ」

俯いてしまった勇音の姿に舌打ちをすると、剣八がぶっきらぼうに言い放つ。

「いちいちメンドクセー女だな。弱けりゃ強くなりゃいいだろうが。現に鍛えてんだろうが」

重ね合わせた勇音の掌に出来た剣だこに目をやる。

剣八にとって鍛錬とは馴染みの無いものだ。

もし、それに該当するものがあるとすれば実戦の殺し合いに他ならない。

剣八にとって鍛錬相手とは殺し合って来た者達であり、師と呼べる者がいるとすればそれは何よりも己を滾らせ憧れた女ただ一人だ。

強さ故に剣だこなど出来たこともなければ、それが出来る程鍛えるということがどれほどのものなのかなどわかりようも無い。

ただ、それが勇音に自信を持たせる程のものではないことだけは辛うじて理解できる。

故に、剣八はつまらなさそうに続ける。

「四番隊の連中を小突いても強くなれねぇと思うんだったら、ウチに来い。ウチの馬鹿共にもちょうどいいかもしれねぇな。殺したとしても気にするな」

にぃっと笑う。獰猛な笑みには冗談など一切無い。

本気で殺すことになっても構わないと言っているのだと即座に理解する。

「そうだな⋯一角にでも勝てりゃ、てめぇの剣を屈服させることくらいすぐに出来んじゃね

ぇのか」

そう言って笑うと、剣八は徳利の中身を全て飲み干す。

腰かけていた岩から立ち上がると、意外にも几帳面に足元に転がった徳利の紐をまとめて肩に担ぎ上げる。

「さっさと卍解でも何でも身に着けちまえ」

「更木隊長⋯ありがとうございます」

「礼を言われることでもねーだろ。いや⋯そうだな、一角の野郎をぶちのめせるくらいになったら俺とも一度やり合えよ」

「ええぇっ!?そ、それは遠慮させてください!!!!」

 

勇音の言葉など聞いてもいないように、剣八は立ち去って行く。

 

「……本当にありがとうございました」

 

何故かその背に崇敬し続けていた女性(ひと)がダブった。

その背に向けて勇音は微笑みを浮かべると、深々と頭を下げた。

 

 

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