Lantern & Cage   作:FOOO嘉

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立合い

 

 

「ほう⋯」

 

六車拳西は感嘆と共に短く唸った。

九番隊鍛練場。その壁にもたれ掛かり腕を組みながら拳西が見つめる先には木刀を手放し蹲る九番隊の隊士の姿があった。

木刀を構えたまま隙無く、蹲る隊士を見下ろすのは九番隊の隊士ではない。

拳西が感心したのは、まだ年若い死神にも関わらず一本取ったからといって油断することなく残心を取る姿がなかなか堂に入っていたからだ。

「嘘だろ⋯⋯」「四番隊なんかに⋯」「マグレだろ」「クソっ」ひそひそと聞こえてくる声の方へ苛立ったように拳西が睨み付けると、声はぴたりと止んだ。

ひと睨みで声を黙らせると拳西は再び視線を戻す。

既に礼を終えた隊士は、蹲る九番隊士に手を差し伸べる。辛うじて矜持を保つように蹲った隊士は差し伸べられた手を手で制しながらよろよろと立ち上がる。

 

 

(ありゃ折れたな)

 

抑えている脇腹の位置と滲み出る脂汗から、自隊の隊員の負った傷を拳西は正確に推し量る。

 

「.....ありがとうございました」

 

脇腹を抑えながら礼をする隊士の声には傷の痛み以上に屈辱が滲が滲み出ていた。

敗北への屈辱。

情けをかけられた屈辱。

何より相手が四番隊士であったことへの屈辱。

礼を忘れなかっただけ褒めてやってもいい。

先ほどのようにこそこそと陰口を叩く者達と屈辱を呑み込む者、席官とそうではない者達との差ともいえる。

 

「おい⋯お前なんて言った?」

「はっ。磯螺居平と申します」

先ほどの立ち合いで見せた鋭い眼差しから一転し、幼さの抜けきらぬ優しい顔立ちの青年(まだ少年と言っても通用しそうな程に年若い)は深々と頭を下げる。

「七席だったか。そっちのは⋯」

磯螺と名乗った四番隊士から木刀を受け取ったのは同じく年若い四番隊士だ。

磯螺よりも背の高い四番隊士は眠たげなぼんやりした目を拳西に向ける。

「⋯刈谷です。あ、はい。刈谷草玖です。六席っス」

収まりの悪いもじゃもじゃとした頭をかきながら鍛錬場の中心へと向かう刈谷を待ち構えている九番隊士は親の仇を見るような目で刈谷を睨む。

鍛練場の中央へと足を踏み入れたと同時に、刈谷の眠たげな眼差しがかっと見開かれた。

余りの変貌に九番隊士の表情が微かに怯む。

 

(馬鹿が⋯)その怯みを準西は見逃さなかった。

変わったのは顔つきだけではない、放たれる気迫が段違いであった。

剣気に当てられ呑まれたのだ

互いに木刀を構え、一歩前に踏み出す。

 

試合は見るまでも無かった。

 

 

「い、一本…っ、そこまで!!」

決着を告げる声に拳西が中央に視線を戻す。

拳西の予想通り、そこには手を抑え呻き声を上げながら座り込む九番隊の四席とそれをじっと観察するように見下ろす刈谷の姿があった。

四席の手首は青黒く、倍近くに腫れている。おそらく骨にまで達しているであろう。

「七席に六席⋯ねぇ」拳西の呟きには磯螺達への賞賛とも九番隊の席官達への失望とも取れる響きが滲んでいた。

これで四番隊七席に九番隊五席が、六席に四席が敗れたことになる。

席次は必ずしも実力順となっているとは限らなければ、席次の差がそのまま実力差とも限らない。

六番隊副隊長でありながら隊長格の実力を持つ阿散井恋次や、十一番隊三席の時分より副隊長レベルとされていた班目一角、そして今は亡き雀部長次郎一番隊副隊長のように己の矜持や拘りのために敢えて実力に見合わない地位に甘んじる者もいる。

しかし、少なくとも九番隊においては余程の人格破綻者でもない限りは実力順で任命している。

拳西が居た頃の九番隊は十一番隊に負けず劣らずの武闘派集団であったが、東仙要が隊長に任じられてからは規律に従い、慎重で堅実な戦いを旨とする部隊に変わっている。

東仙に薫陶を受けた隊士が多いことで、拳西は席官を選ぶ際に人格面を然程考慮する必要が無

とは皮肉なことである。

 

 

鍛練場の中央には四番隊の少女。

先日第四席に任じられたばかりの咲良葵が既に立っていた。六、七席と比べて随分と小柄な少女だ。五番隊の雛森桃や十三番隊の朽木ルキアくらいの体格だろう。

幼さの残る少女は可憐な見た目に反してその目には苛烈なまでの気迫が灯っている。

(なかなかいい面構えじゃねぇか)拳西は心の中で密かに関心する。浮ついた様子が無いところも好感が持てる。

女はやはり淑やかかつ凛々しいのが良い。

 

「おい、修兵」「はい⋯ってうぉっと!?」

拳西が壁に掛けられている木刀を投げるのと副官に声を掛けるのは殆ど同時であった。

座して試合を見ていた九番隊檜佐木修兵は戸惑いつつも危うげなく木刀を受け取る。

「出ろ」「俺でいいんですか?」

投げて寄越された木刀の意味を即座に察したが故の疑問であった。

五、四ときて次は三席の番だと思っていた。事実三席は木刀を手に今にも立ち上がる寸でのところであったのだ。

上げかけた腰を再び下ろした三席は、何も語らぬまま隣に座る檜佐木に視線で不満を訴えてくる。

 

(いや、俺にじゃなく隊長に文句は言ってくれよ⋯⋯)何で俺を睨むのだと言いたくなるのをぐっと堪える。

拳西の問答無用なまでの強引さには誰もが慣れつつある。故に拳西への不満や文句は彼の副官である檜佐木へと向けられる。貧乏くじにすっかり慣れている憎佐木はただ溜め息を吐くとゆっくりと立ち上がる。

 

鍛練場の中央へと進むと檜佐木は改めて四番隊四席の少女を見下ろす。

間近で見ると改めて小柄なことに驚く。華奢な肩、死覇装姿には初々しさすら残る。

というよりも、霊術院の学生が見習いでやって来たと言われる方が納得出来てしまう。

しかし、檜佐木の物腰に油断は無い。

檜佐木という男はその外見とは裏腹に心優しく、戦いを好む性分ではない。

しかし相手が小柄だから、若いから、女だから、そんな理由で油断する者に副隊長は務まらない。

 

「悪いな。急遽選手交代で」

「いえ。寧ろ光栄です。檜佐木副隊長に直々にお相手していただけるとは」

世辞ではなく本心から葵は喜んでいる様子であった。

緊張からか意気込みからか、或いはその両方からか頬は薄っすらと朱に染まり、白い肌を鮮やかに染める可憐な少女は小柄であるが故に自然と見上げる形になってしまう。

男によってはそれだけでくらりと来てしまうかもしれない。(檜佐木には乱菊という心に決めた女性がいるので決して揺らぎはしないのだが。)

 

 

片手に持った木刀を下段に構える檜佐木に対し、葵は正眼に構える。

背筋が伸びきり、ぶれ一つ無い切先、真っ直ぐに見つめる眼差し。

教本に載せたくなるほどに美しく基本に忠実であった。

 

「ふ⋯っ!!」

 

瞬歩でも使ったのかと思う程の踏み込みの速さで、葵が一足飛びに突きを見舞う。

放たれた矢の如き刺突を、剣を用いず躱すと同時に、檜佐木は下段に構えていた木刀を斬り上げる。

刺突の構えで開いた葵の脇目掛けて放たれた木刀は鋭く、片手ながらも十分すぎる程の威力を秘めていた。

「くっ」

しかし、葵の脇腹に食い込むかと思われた剣はギリギリのところで葵に防がれる。

両手に握った木刀の柄の部分で受け止めたのだ。

反応されることは予想していたが、受け止められるとは思いも寄らなかった檜佐木は微かに目を見開く。

無理な体制で檜佐木の剣を受け止めた為に、葵は体勢を崩す。

檜佐木は当然追い打ちを掛けるべく剣を振り下ろすが、それよりも前に素早く葵は身体を丸め、猫のようにしなやかに前へと転がる。

葵の反応の速さが僅かに檜佐木の剣を上回った。

檜佐木の切っ先は僅かに葵の括った髪の先を掠めるだけに留まった。

 

「いい反応じゃねぇか」

腕を組み、試合を眺めていた拳西が愉し気に笑う。

檜佐木の剣を受けるか、逃げるか、弾くか、それとも紙一重で躱して逆に一撃を入れるか。

選択肢は幾つもあった。

崩れた体勢と自身の腕力を考慮して一瞬たりとも迷うことなく葵は退避を選んだ。

仮に紙一重で躲すことが出来ていたとしても、檜佐木の剣速ならばすぐに振り下ろした剣の軌道を突きへと変えていただろう。

そうなれば葵には逃げ場は無かった。

 

檜佐木から距離を取った葵が木刀を構えるのと檜佐木の木刀が叩き付けられるのはほぼ同時であった。

葵の判断の速さに関心したものの、檜佐木の予想を大きく超える動きではなかった。

それ故に狼狽える事無く檜佐木はすぐさま距離を詰めていたのだ。

一撃目で自分の剣を防いだ時点で、檜佐木は目の前の少女を学生感の抜けきらない幼い少女から、副隊長に迫りうる隊士として認識を修正していた。

副隊長格と見なすならばあの程度の反応など驚くまでも無い。

檜佐木は刃物のように視線を尖らせ、一片たりとも動揺など見せることなく木刀を何度も打ち込んでいく。

繰り出される連撃を辛うじて防ぐものの、葵の表情が徐々に苦痛に歪む。一撃一撃の重さが木刀を貫通して葵の掌に響くと同時に痛みと痺れが積み重なり、蓄積されていく痛みと痺れに骨が軋みを上げる。

 

五撃目の剣を受けた痺れに六撃目の衝撃が上乗せされる。

 

十撃目で重ねられた痛みに十一撃目への反応が遅れる。

 

十四、十五、十六と嵐のように繰り出される剣と衝撃に葵がじりじりと後退する。

 

檜佐木は己を特別に斬術が優れている訳ではないと言う。

しかし、それは低い彼の自己評価から来るものであり、何より彼は副隊長である。

副隊長の中で見れば確かに特別斬撃に長けている訳ではないかもしれないが、そもそもが副隊長という存在は並の隊士とは隔絶した実力を持っているのである。

体格、腕力、体力、経験値、すべてにおいて檜佐木に劣る葵が受けに回れば勝てる見込み等ありはしなかった。

 

 

事実、試合を見守る九番隊士達の間に先ほどまで張りつめていた緊迫感が和らぎつある。

中には檜佐木の勝ちを確信したかのように、勝ち誇った笑みを浮かべる者さえいる。

 

 

しかし、

 

(まだ諦めてねぇなありゃ)顎に手を当てて、拳西がニイッと笑う。

剣を受け続ける葵、痛みに顔を顰め、額に珠のような汗を浮かべながらも、その竜胆色の瞳には諦めや怯えなど微塵も無く、代わりに青い炎のような闘志が灯っていた。

檜佐木もそれに気付いているのだろう、剣を振るう手を決して緩めはしない。

だが、油断はしないものの檜佐木の剣から僅かに集中力が低くなり始めていることに拳西は気付いた。

自分よりも小柄な者を相手にした時、最も振るいやすいのは振り下ろしの斬撃だ。

必然と攻め手が単調になることに加え、しぶとく剣を受け続ける葵相手に檜佐木の集中力が徐々に蝕まれつつあったとしてもおかしくはない。

一気に決めてやろう、そう檜佐木が判断したのかはわからない。

立て続けに四度振るわれた斬撃は今までのものよりも力強く、ともすれば葵の頭を木刀ごと叩き割ろうとする気迫に満ちていた。

 

力強く、

力任せの、

余りにも力みに満ちた、

 

雑な剣であった。

 

その雑な剣を葵は受けずに避けた。

葵が剣を受けずに避けたことに檜佐木は息を呑む。

振り下ろされた剣の内側、咄嗟に外へと払われる剣を見越した回避であった。

自分の剣が雑になっていたことにすぐさま思い至る。

胸の裡に臍を噛む思いがこみ上げるがすぐさま切り替えるべく呼吸を整える。

葵が踏み込むのに合わせて、檜佐木は半歩距離を取りながら袈裟懸けに斬り下ろすべく木刀を振り上げた。

 

 

「ハァッ!!!」

「!?」

 

固い音を立てて檜佐木の手元から木刀が離れた。

 

踏み込みと共に振り上げられた葵の剣が振り下ろしかけていた檜佐木の剣を絡め取るように弾き上げていたのだ。

 

 

(やった!!)

 

葵の張りつめていた顔に一瞬歓喜の笑みが浮かんだ。我慢に我慢を重ねた末の渾身の一撃であった。

喜びに浮かれそうになる己を律して、葵の視線は弾いた檜佐木の木刀から檜佐木へとすぐさま向けられた。

 

と、次の瞬間であった。

 

床板を踏み割る音と共に葵の目の前で檜佐木が飛び上がったかと思うと、弾かれ宙を舞っていた木刀にすぐさま追いついていた。

渾身の一撃故に、剣を斬り上げた体勢から構えに戻るのが一瞬遅れる。

次に来るのは檜佐木の振り下ろしの一撃であろう。

落下の勢いも加わっていることを考えれば両腕に力を込め、両足で踏ん張らなければ受け止めきれるはずも無い。

頭ではそう理解しているが葵の肉体は主の意思を十分に反映してはくれない。

 

 

木材を断ち切ったような鋭い音が鍛練場に響き渡る。

 

 

落下の勢いを加えた一撃は葵の体勢が整うよりも先に葵の木刀を叩き落し、返す刀で葵の喉元へと切っ先が突き付けられていた。

檜佐木の剣は葵の喉元からほんの1ミリ程の位置から固定されたように微動だにしない。

 

「·····参りました」

 

木刀を叩き落された衝撃を受け止めきれず膝を付いた葵が搾り出すように告げたことで、ようやく檜佐木の切っ先が葵の喉元から離れた。

一泊置いて、鍛練場にどよめきが細波のように広がる。

多くは檜佐木の見せた動きと勝利への賞賛、そしてようやく四番隊に目に物を見せたとばかりの安堵の声である。

 

「流石は副隊長」「四番隊が生意気なんだよ」「見たかよあの娘の顔」「一丁前に悔しそうな顔だぜ」と鍛練場のそこかしこからひそひそと聞こえてくるのを、檜佐木は苦々しい顔で聞き流す。

 

しかし、聞き流せる程気の長い男ばかりではなかった。

 

 

「てめぇらうるせぇぞ!!!!」

 

 

拳西の一喝にその場にいた隊士達が一様に身体を震わせ言葉を呑み込む。

 

怒声と共に放たれた霊圧に、鍛錬場の床板が割れ、壁に罅が走った。

こめかみに青筋を浮かべながら拳西が九番隊士達を舐めるように睨み付けていく。

隊長格の怒気を浴び皆が顔色を青くする。

 

「ぐちゃぐちゃとみっともねぇ。いいか、勝ったのは修兵だ。てめぇらじゃねぇ。九番隊が四番隊に勝ったわけでもねぇ。てめぇらの中で修兵とやり合える奴がいるのか?あぁ?どうなんだ?」

既に敗れている席官達は唇を噛み締め、じっと堪えるように目を閉じる。

陰口を言っていた者、嗤っていた者は一様に怯えたように俯き、檜佐木や拳西と視線を合わせまいと身体を強張らせている。

 

 

膝を付いたまま、葵はそんな拳西と九番隊の様子を湖のような静かな眼差しで見つめていた。

くだらない茶番を見せられているかのように、竜胆色の瞳には何の感慨も浮かんではいなかった。

 

 

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