略式にて四番隊隊長職に横嶌義壱が任命されてから1年が経とうとする頃、任官式が行われ、四番隊隊長の任命が正式に下りることとなった。
実質的に横嶌義壱は四番隊の隊長として任務に務めていたが、これをもって護廷十三隊、ひいては尸魂界の歴史に名を刻まれる者達の一人に加わることとなる。
復興の最中式典を開くことが見送られていたのがようやく開催されたにすぎず、既に通達にも隊長として記されていたため、あくまでもこれは形式上の問題に過ぎない。
しかし、当初の予定では1年以上先とされていた任官式が前倒しされたのはこの半年間頻出していた虚の出現について彼が顕著な働きを示しているからである。
「要は四十六室の爺さん連中がカッコつけたいだけやん。よう頑張っとるから褒美くれたるっちゅうことやろ」
任官式が終わり五番隊長の平子真子はアホくさとでも言いたげに鼻をほじる。
旧知の仲の三番隊長鳳橋楼十郎や九番隊長の六車拳西は呆れたように平子を見るが、嗜めないあたり口に出さないだけで同意見であろう。
「平子隊長、口が過ぎるぞ」
六番隊長朽木白哉が平子に冷然とした眼差を向ける。
「護廷十三隊の隊長とは尸魂界の歴史に名を残す重職であることは貴公も知っておろう。千年を超える時と共に積み重ねられてきた伝統と掟を急務であるというだけで疎かにして良いわけではない」
「わかっとるがな。けどな、隊首試験までやって問題無いって言うとるんやで?隊長が3人も揃って判断したのに仮免扱いは無いやろ。俺ら節穴やって言われとるみたいやん」
重要なのは能力や資質を見極めることであり、式典等些末なものだ。現世風に言うのであれば「おんらいん」で手軽に済ませてもいいではないのか。
現世での生活に馴染んでいる平子には100年ぶりに戻った尸魂界の仕来りの一つ一つが無駄の多いものに思えて仕方が無い。
白哉の後方に控えていた副隊長の恋次は明け透けな平子の物言いに顔を引きつらせる。
顔は見えずとも白哉の背中から発される怒気だけで容易に白哉がどんな顔をしているのかが想像できた。
作り物のように美しく整った顔が静かな怒りを浮かべているのであろう。
事実その通りであった。美しい鼻梁の上に眉との完璧なパランスで広がる眉間には皺が刻まれ、静かな眼差しは苛立ちを灯して平子を射抜いている。
もっとも、平子という男は白哉の眼差し一つで怖気づく殊勝な男ではない。
「貴公は⋯」「まぁまぁいじゃないの」
場の空気を読まない軽い声が白哉の言葉を包み込むように遮った。
「義壱君の働きぶりが認められて式典が繰り上がったのはめでたいことだし、隊首試験で立ち会った僕らの見る目も確かだったっていうことじゃないか」
京楽は人好きのする笑みで白哉と平子を順に見る。
総隊長の京楽の言葉に何事かを言いかけた白哉は口を噤み、平子は降参と言いたげに両手を上げた。
白哉からの怒気が薄らいだことに恋次と十三隊の隊長代理として出席していた朽木ルキアはホッと胸を撫で下した。
そんな大人げない男達のやり取りを眺めながら、十番隊長の日番谷冬獅郎はため息を一つ吐く。年若くも老成したところのある少年隊長から見れば四十六室の爺共の決定は迂遠で時折ほんの僅かな融通を利かせたかと思えば妙に恩着せがましく鼻につくものである。
だが、それでも昔に比べれば随分とマシになった。過去の頑迷さを思い返せばば思うところはあれどもわざわざ口にする必要も無いことだ。
日番谷としては「こんな大人しそうな奴がよく十一番隊にいたものだ」と義壱と対面した際に小さな驚きを抱いたくらいしか今回の任命に思うところは無い。
元十一番隊だった男と聞いた時は剣八のような男が増えたらどうしたものかと心配ではあったが、それが杞憂であることにただ安堵した。
日番谷と同様に男達の口論を冷めた目で見ていたのは二番隊長の砕蜂である。
彼女も白哉同様に掟に対しては厳格な人物であるが、但し彼女にとって規則や規律を守ることは遵守すべきことであっても、四十六室や彼らのやり方そのものに対しては敬意など欠片も無い。
「四番隊の評判が随分と上がってますね」
後方に控えていた副隊長の大前田は冷や汗を拭っている。大方隊長同士の張りつめた空気に当てられたのであろう、心の鍛練が足らない奴めと内心罵る。
「良いことだ」
「そうなんすか?」
「四番隊の評価がそもそも不当過ぎるのだ。どのような戦いであっても補給線と救護は要となる。盤石であれば勝ち、断たれてしまえば負ける。後方支援に徹する四番隊あってこそ他の部隊は安心して前線で戦える。そんなことは説明するまでもない至極当然のことなのにも関わらず、突っ込むしか能の無い馬鹿共は自分達だけが戦を担っていると思い違いをしている。突っ込むだけならば獣を嗾けることと何ら変わりがないではないか」
刑軍を統括する二番隊の長として、砕蜂は影に徹する者達の役割の大きさというものを理解している。隠密機動の情報、後方部隊の救護と支援。戦いにとってこれらが命線であるかを理解しない者達の浅はかな発言は幾度となく砕蜂の神経を逆撫でしてきた。
砕蜂は突っ込み剣を振り回すことしか知らないような者達を軽蔑する。故に現在瀞霊廷を取り巻く空気については気にも掛けていない。
寧ろ胸のすく思いすらしていた。
涅マユリは任官式を終えるとすぐさま技術管理局の自室へと戻っていた。
山のように積み上がった研究資料の進捗状況一つ一つを具に読み取り、即座に部下達へと指示を下す。
「全く…あまり些末なことで呼び出さないで欲しいものだヨ」
小さく吐き捨てる。
隊長という立場である以上は職務として出席こそすれども、四番隊の新隊長とやらには興味など無かった。
先の大戦における横嶌義義壱の働きは瀞霊廷内に仕掛けた記録装置を通じてどの隊長よりも先に把握していた。
戦力一辺倒の卍解ばかりの隊長格に比べ、相手の霊力を味方の治癒に用いて、尚且つ相手を弱体化させる卍解はなかなかに合理的であると認めてやっても良いと思ったが、弱らせた相手を手にした十手で撲殺する様はまるで更木剣八の如き蛮族じみたものに映りマユリは閉口した。四番隊の前は十一番隊の隊士であったと知り、「なるほど更木の部下だっただけのことはあるようだネ」と妙な納得をしたものだ。
しかし、マユリの興味はそこで終わる。
四席から隊長への抜擢は大したものかもしれないが、戦いにおいて才能が豊かな者など護廷十三隊には掃いて捨てる程に存在し、そのような珍しくもない天才などマユリはとうの昔に調べ尽くしている。
彼の専らの興味は瀞霊廷に建設中の西五十五区の進捗状況と人口魂魄の成長である。
故に、彼は誰よりも早く「その情報」を入手したものの、然程興味も無く他部隊へと通知するよう副官の阿近に言い付けるに留めた。
視線すら動かさず阿近への指示を終えると、マユリは小さな肉片 ─── 眠八號の浮かぶ水槽を指で撫でる。
「フン⋯全く慌ただしいことだヨ」
彼の呟きから半刻としない内に一つの報告が上がる。
瀞霊廷内にて虚が発見され、そして退治された。
事実として挙げられるのはたったそれだけのことであったが、本来ならばその事実は十分すぎる程に瀞霊廷を揺るがすことであった。
虚の強さとは関係無く瀞霊廷への虚の侵入を許したということであるからだ。
しかし、その報が十分に浸透するよりも前に、もう一つの事件が護廷十三隊を揺るがせた。
九番隊隊長六車拳西及び同隊副隊長檜佐木修兵の重篤の報である。