Lantern & Cage   作:FOOO嘉

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███年前の或る日 其ノ弐

 

 

 

その日、市丸ギンは珍しいものを見た。

上官である藍染が愉気に笑みを浮かべているからだ。

藍染という男が笑みを浮かべること自体は珍しくも無い。

彼の上官は常に柔和な笑みを絶やすことが無い。それは護廷十三隊の隊長という偽りの仮面を外した時であっても変わらない。

だが、その笑みは常に嘲笑である。

女性隊士達が「温かい」「優しい「気品がある」と熱視線を送り、弾んだ声で囁き合う柔らかな笑みが、実際にはこの世界のすべてを嘲弄し同時に憐れむものであるとギンは見抜いていた。

藍染という男は『この世界』には己に並ぶ者がいないと確信している。

しかし、彼の笑みは優越感故のものではない。寧ろその逆。

孤独と寂寥感に胸の内を満たされたが故に己と己を取り巻く世界を嘲り、憐れんでいる。

そんな彼が時折無邪気に笑うことがある。

往々にしてそれは残酷な笑みと同義であるが、藍染がそのような笑みを浮かべることがあるとすれば、それは自分の思いもよらない事態を目にした時だろう。

 

 

 

故に、ギンは珍しいと感じたのだ。

何故ならば藍染が見つめているのは既に彼が興味を失いつつあるものであったからだ。

 

「何やおもろいもんでもあったんですか?」

 

藍染の隣にぬるりと這い寄る。

気安い言葉であるが、ギンはその蛇のように慎重に、注意深く藍染を観察している。

自分の「目的」の為には藍染のことをよく知っておかなければならない。

どれだけ些細なことでも良い。

藍染が何に退屈し、何を求めているのか。

藍染が何に苛立ち、何に喜ぶのか。

苛立つのであればそれはどの程度の苛立ちなのか。

思わず舌打ちをしてしまう程なのか。

小さな溜め息を漏らす程度なのか。

辛うじて眉を動かすくらいなのか。

喜ぶならば何に喜んだのか。

浮足立ってしまうのか。

声が僅かに弾む程か。

笑みが深くなる程度か。

その苛立ちは彼の剣をほんの僅かでも乱れさせるものなのか。

その喜びはほんの一瞬彼が剣を握ることを遅らせるものなのか。

千の情報の内一つが役に立たなかったとしても構わない。

万の情報の内一つか二つが使えるかどうかでも構わない。

億の情報の内一つだけでも使えるものがあれば御の字だ。

そのたった一つに、自分はすべてを注ぎ込む。

 

たった一度で十分だ。

 

ほんの一刺しで十分だ。

 

「ギン。見たまえあれを」

胸の内に秘めた牙のことなど微塵も見せずギンは藍染が指し示す方へと目を向けた。

「あれは⋯何や破面もどきやないですか」

モニターの向こうでは虚の仮面を破り、人の顔と身体をしつつも何処か歪な巨体を無様に動かすいわゆる「破面もどき」同士が争っていた。

 

藍染が大虚を使った実験を行っている施設はひっそりと目立たぬ入口を超えた先は広大な空間が見渡す限りに広がる。

そこには幾つかの区域にわかれている。

 

 

虚の生態を観察、研究する施設。

 

虚の改造を行う施設。

 

虚の合成若しくは交配の施設。

 

虚を生み出す施設。

 

そして、虚の性能試験を行う施設がある。

 

生態を観察、研究する施設では無数の虚を閉じ込めてどのような動きを見せるのかという実験が行われている。

改造を行う施設、合成・交配を行う施設、生み出す施設は読んで字の如くである。

藍染が見ているモニターは性能試験を行う施設であった。

四つの施設で生まれた虚同士を閉じ込めどのような動きを見せるのか。

人工的に生み出した大虚は自然淘汰によって生まれた大虚とどれほどの性能差があるのか。

自我を持つ大虚と無い大虚の差はどれほどか。

自我を壊された大虚の性能は自我を元々持たない大虚、自我を持つ大虚と性能差が生じるのか。生じるのならどれほどの差異なのか。

同じ空間に閉じ込めれば必ず大虚は闘争するのか、それとも片方が隷属し自らを餌として捧げるのか。

死神の魂を食らった虚の性能は?一般隊士と席官クラスの死神とで餌に差異を与えた場合はどれ程霊圧差が生まれるのか。

数えきれない程の実験が行われ、無数の魂が砕かれ、餌になり、消し去られた。

藍染が見ている破面もどきとは、藍染の介入が無く自然と生まれた破面達である。

 

実験の結果はお粗末なものであった。

 

確かに並の大虚よりは強いものの、最上級大虚は愚か中級大虚にすら及ばない存在であった。

 

「破面もどきまだ飼っとったんです?てっきり中級大虚達の餌にでもなった思っとったんですけど。いらんくなったから処分がてら暇潰しに戦わせてるんです?」

既に結果の見えた実験に今更何を面白がるのか。これならば闘犬でも見ていた方が面白いくらいだ。

がっかりしたようなギンの口調に藍染が困ったように笑う。

「そこではないよギン。見るべきは彼らではない、彼らの身体だ」

せっかちな生徒を嗜めるような口調に促され、もう一度改めて眼下の光景に目を向ける。

 

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯何ですんあれ?」

 

 

争う二体の虚の奥には一体の虚が横たわっていた。

破面もどきに比べると遥かに小さく、寧ろ死神に近いと言ってもいい。

以前目にしたことがある、中級大虚もどきだと思い至る。

二体の破面もどきの体中に付いている傷口から、二体の破面もどきが結託して中級大虚もどきを倒したのだとギンはすぐに気付いた。

大方、圧倒的に脅威であった中級大虚もどきを前に、一時的に手を組んだ二体の破面もどきが物量で押し切ったのであろう。

破面もどきは半端に知恵が回る分、そのような小狡い立ち振る舞いをしてもおかしくはない。

一番の脅威を排除し、ようやく互いが戦い始めた。

そう思いギンが目にした破面もどきは、傷つけ合っているのにも関わらず敵意を持っている様子はなかった。

彼らの表情は焦りや不安、そして恐怖に歪んでいる。

振り下ろす斬魄刀には殺気も憎しみも無く、その虚なはずの瞳には懇願や哀願が滲み出ていた。

異様なのは二体の破面もどきの表情だけではない。

それぞれの傷口から「飛び出しているもの」である。

 

(瘤やろか)

 

一瞬ギンはモニター越しに見える「それ」を瘤と認識した。

一方は肩口、もう一方は腹から瘤のようにもこりと飛び出している。

しかし、二体の傷口から飛び出している「それ」が徹などではないことに気付くと、ギンは微かに目を見開いた。

 

 

「…顔や…」

二体の破面もどきの傷口、肉の裂け目から飛び出していたのは紛れも無い虚の顔である。

その顔が既に躯と化した中級大虚のものと同じであることにギンはすぐに気付く。

 

「おんなじ顔や。取り付いたんやろうか。それやと二匹とも顔が出とる理由にはならへんか」

「アレにそれほどの知能は無いよ」

「隊長が何かやらはったんですか?」

ギンの反応が面白いのか、藍染が笑みを深める。

 

「自我を削り取った上で強迫観念にも似た指向性を与えることで自我の無い状態でも中級大虚は強さを維持が出来ることはわかっていた。強いだけの獣では役に立たないが、そう言って切り捨てるだけでは意味が無い。切り捨てるならば切り捨てるだけの見極めをする必要があるからね。ある程度の方向性を持たせれば想定内の行動はとれるのではないかと色々試してみたら面白いことがわかったよ。彼らは獣と殆ど変わらないが故に実に素直だ。獣の本能に忠実に、自分よりも遥かに強い者の与えた命令には従う。複雑な命令を聞く知能は無いが、単純な命令には従えるようだ。ギン、私が何と命じたかわかるかな?」

 

「⋯⋯生き延びろ⋯そんなところやないですか?」

 

藍染は満足気に頷く。

嘗て教鞭を握っていた頃、自分の教えをきちんと理解した回答を生徒がした時によく見せていたのと同じ笑顔だ。

 

「その通り。私はただ一つ命令を与えただけだ。『生きろ』と」

「えらいざっくりや。犬かてもうちょい気の利いた命令を聞きますやろ」

「ははは、その通りだよ。まさに犬だ。何体かで試したところ、理解して守れる命令はとても単純だった。『生きろ』と『待て』と『襲え』だ」

「そらまた、ほんまに犬コロや」

「これはとても意味のある結果だよ。自我を丁寧に削り、犬のように忠実なまま育て上げた大虚を崩玉の力で正しく破面にすることが出来れば。実に使い勝手の良い駒が出来上がるとは思わないかい?」

 

 

ギンは空恐ろしさを感じる。

手間を惜しまず丁寧に下処理をすることが美味しい料理の秘訣なのだと、仮に説明するとしてもこの男は全く同じ口調で語るのだろう。

 

「それにしても中級大虚もどきなんて呼び方は流石にカワイソやな。せっかく藍染隊長の役に立つんやからもっと別の呼び名くらい与えたってもええんちゃいます?」

「ああ、そうだね。ふむ⋯ならば『欠心(ファルタール)』とでも名付けようか」

 

 

 

 

 

 

「しかし、寄生する能力だけでも十分すぎますわな」

「誰にでも取り付くというわけではないよ。試しに自我を持たぬ大虚を相手させてみたが、その命令は効果を持たなかった。後で結果を見せるが、取り付くのは自我を持つ者だけだ。憐れなものだよ。心を削り取られたからこそ彼らは心を求める。彼らは寄生しているという自覚は無いのかもしれないね。ただ失った心の代わりを求めて心ある者に寄生する」

「取り付くのは虚だけなんですん?」

「他にも同様の現象は見られたよ。

 

              ─── 死神とかね」

 

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