「任官式?」
「ほうじゃ」
丁寧に反り上げた頭部から顎へと流れ落ちる汗を手拭いで拭き終えた班目一角は、足元に置いていた瓢箪を手にすると、酒を一口流し込む。
よく冷えた酒が火照りを沈めるが、酒気が闘いの昂ぶりをより一層高ぶらせる。
「まぁ、言うても今回は任官状の授与だけの略式じゃけぇのう。正式な任官式はもう少し後じゃ。尸魂界もまだ落ち着かんけんのぅ」
「はぁ?んなもんパパっとやっちまえば良いだろ。一度に済ませちまえばいいのによ」
「護廷十三隊の隊長職はそんな軽いもんじゃないわい。まぁ四十六室としても本音はさっさと隊長不在の問題を解決したいところじゃろうが、自分らで決めた規則じゃからのう」
「へっ。テメェで決めたルールに縛られてりゃ世話ねぇなジジィども」
副隊長にあるまじき不敬な物言いであるが、射場としても口にはせずとも同意見である。
実際に戦場で刀を振るわない老人達の決めた規則が護廷十三隊の足枷となることは少なくない。
それによって流された隊士達の血も。
「しかし、こんなゴタゴタした時期によく見つかったな隊長やれる奴なんて」
「なんじゃい、初耳みたいなツラしよってからに」
一角から間合い一歩外に離れた岩に腰掛けていた射場鉄左衛門は一角から瓢箪を受け取るとガバリと喉の奥に流に流し込む。「あぁー!!」という一角の叫びを無視して口元を拭うと射場はサングラス越しに一角を睨む。
「この前通達があったじゃろう。お前もいい加減自覚を持たんかい」
「自覚⋯ねぇ⋯」
手拭いの下敷きになっている腕章を横目に見る。
護廷十三隊の副隊長であることを示す腕章の感触に、一角はどうにも慣れないままだった。
そんな一角の心境を見透かしたように射場は続ける。
「男一匹、戦って野垂れ死ぬ覚悟を持つんは大事じゃが、お前ももう副隊長じゃ。隊士の見本となり、隊の規律を守る立場っちゅうことを忘れるな」
「わぁってるよ」
小言はゴメンだと手を振る一角に、これ以上何を言っても無駄だと悟ったのか射場ははだけていた死覇装を着直し整える。
終わりの合図だ。
二人が先ほどまで行っていた鍛錬(と呼ぶには聊か殺気立ち過ぎているが)の終わりを告げる。
大概が熱くなり過ぎる一角よりも先に射場が頃合いを見計らう。
僅かに物足りなさを訴えるように一角が目を眇めるが、射場は意に介さない。
一角も射場も互いに身体の至る所に走る傷は致命傷とは言わないまでも、これ以上は鍛錬を超え兼ねない。護廷十三隊の隊士間の私闘は一応禁止されている。認められているのはあくまでも鍛錬場における試合であり、人気の無い荒れ地で、斬魄刀を用いた鍛錬は罰せられることこそ無いものの規律に煩い者であれば眉を顰める。
それも副隊長同士となれば実力と及ぼす影響の大きさを考慮すれば尚更であろう。
しかし、一角は愚か射場でさえも規律違反への抵抗感は無い。
護廷十三隊の中で最も好戦的な十一番隊にとって実戦に勝る鍛錬は無いとの考え方は暗黙の了解である。
それは十一番隊に嘗て所属していた射場にも染み付いた価値観であり、当然現在十一番隊副隊長を務める班目一角に至っては言うまでもない。
「隊長の叙任式か。俺はてっきりアンタが最初に来ると思ってたぜ射場さん。もう出来るんだろ?卍解」
戦死したからと言ってすぐに代わりが見つかる程護廷十三隊の隊長という存在は軽いものではない。
副隊長ならば、席官ならば多少の融通は利く。元八番隊、現一番隊の副隊長伊勢七緒が良い例である。自らの斬魄刀を所持せず、鬼道の才のみで副隊長に任命されたのが彼女だ。
他の隊員達が納得することが出来る実力さえあれば、隊長の推薦一つで任命することもできる。
しかし、隊長となればそうはいかない。
「アホウ。卍解さえできればなれるもんじゃなかろうが」
一般隊士の認識は概ね射場の言葉の通りであるが、正確には異なる。
一つ、総隊長を含む隊長3名以上の立ち会いのもと行われる隊首試験に合格すること。
二つ、隊長6名以上の推薦を受け、残る7名のうち3名以上にそれを承認されること。
三つ、隊員200名以上の立会いのもと、現行の隊長を一騎打ちで倒すこと。
以上が護廷十三隊の隊長に就く方法である。この三つのうちいずれかの条件を満たせばいい。
隊首試験の合格基準、若しくは隊長からの推薦・承認が卍解を会得していない限りまず下りることがないというだけの話である。
三つ目の方法については、卍解どころか始解すらできずとも良い。
「取り繕ったような卍解を出してもええ恥晒しじゃ。そんな情けない男がなるなんぞ許されんのじゃ七番隊隊長というんは」
「それも⋯そうだな」
僅かに目を細める射場の視線の先にはおそらく彼が敬愛し続ける男の背中が映っているに違いない。
自分自身を含め、自分が認めた男でなければ隊長には相応しくはない、その点に関しては概ね一角も同意見であった。
但し、一角にとっては自分の隊長という者は今も昔もたった1人の男のみを指す。
その点だけは射場とは異なるのであった。
「そんで、新しく隊長になるっていうのは」
「四番じゃ」
「卯ノ花さんのところか⋯」
四番隊隊長、嘗てその座に就いていた者に思うところが少なからずある一角は唇を噛む。
「お前、本当に何も目を通しとらんのか⋯呑気なやっちゃのう」
斬魄刀を平時の匕首へと戻した射場が深く溜め息を吐く。
「お前もよう知っとる奴じゃ」
「隊長になれるような奴で俺の知ってる奴?恋次⋯⋯はねぇだろうし、ルキアちゃんも見送ってんだろ確か」
実力に申し分無く、卍解を会得している副隊長を思い浮かべる。
しかし、阿散井恋次は朽木白哉打倒を果たすまで六番隊副隊長であり続けるとの決意表明を一角自身直接本人から聞いている。
そして、朽木ルキアは扱いが困難な卍解を制御するための鍛錬に時間を費やすことを目的として、隊長就任を見送っていた。
「薄情な奴じゃのう。もっと身近におるじゃろう」
「⋯これを以て四番隊第四席横嶌義壱を四番隊隊長に任ずるものとする」
護廷十三隊一番隊総隊長京楽春水の低くよく通る声が一番隊隊舎の一室に響き渡る。
穏やかな表情で総隊長の言葉を受け止めていた赤銅色の髪をした男は、
「はい」
真っ直ぐな柱のように毅然と背筋を伸ばし、乱れ一つ無く座したまま深く頭を下げた。