Lantern & Cage   作:FOOO嘉

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拘束

 

 

青白く光る月の下、私はひたすら傷つき倒れた隊士達の手当をする。

ぶるっと身体が震える。

別に戦場に満ちた緊張感に怯えたという訳ではない。

純粋に寒さに体が震えただけだ。

一面に広がる雪原、いや氷原と言い表すべきだろう。砕けた虚の氷像は、芸術性を拗らせた彫刻家の作り出した彫像のように不規則に、至る所に転がっている。

辺りに漂う氷の結晶が月明かりを浴びて煌々と輝く。

 

 

「綺麗⋯」「こらっ」

 

治療の手は止めず、その輝きに見惚れている部下を軽く叱る。

確かに見惚れる気持ちもわからなくはない。

一瞬目を奪われてしまう程にそれは確かに美しい。

ただの氷の結晶ならば目を奪われることは無いだろう。

今、目の前に広がる光景は月光の下に輝く見た目の美しさに留まらず、力の、強さが一つの形を成している。だからこそ美しいのだ。

 

しかし、そんな光景を目の当たりにしても尚このささくれ立った感情は収まらない。

苛立ちの理由は夜中に出動要請が掛かったことについてではない。

それは四番隊として当然の責務だから。

ただ、タイミングというものはあると思う。

何も私が差し入れた蜜桜の餅を横嶌隊長がとても美味しそうに召し上がってくださっていた時に連絡をしてごなくても良いじゃないの。

それも、よりにもよって横嶌隊長の柔らかく緩んだ笑顔をじっくり見つめていたその瞬間にだ。

 

仕方がないということはわかっている。

そう、わかっていることだ。

 

けど、理解と納得は必ずしも両立するわけではない。

わかっていたことでも、仕方がないことでも、必要なことでも、それでも尚腹が立ってしょうがないじゃないのよ。

すっかり夜もふけ、虎微副隊長は夜勤と入れ替わりで家で休んでいて執務室には私と隊長の2人きり。

連日の激務にお疲れの隊長に差し入れのお菓子を持っていくのはおかしなことではない。

そして、私のささやかな心配りに隊長が私にだけ見せてくれる笑顔。

 

正直いい雰囲気だと思った。

 

期待していたのだ。

 

仕事があるというにも関わらず。

 

それなのに、無粋な⋯

仕方が無いのだけれども!!

 

 

「なぁ磯螺。咲良先輩機嫌悪くないか?背中から不機嫌が溢れてるんだけど…」

「無理もない。要請が入ったのが隊長といる時だったんだ。先輩の気持ちを察すれば」

「あぁ⋯」

 

ひそひそとした部下たちの声が癇に障る。

かり聞こえてるんだけど。っていうか背中から不機嫌が溢れてるってなに?

私は公私を混同なんてしない。

職務に忠実だし、隊長の期待に応えるために手を抜いたりなんてしないけど?

 

「そこ、集中!!」

「「はいっ!!」」

 

だからこれは上官として当然の叱責であって、八つ当たりなんかじゃない。

 

「葵ったら眉間に凄い皺が寄ってるわよ?」

「突かないでください松本副隊長」

「ふふふ、ごめーん」

 

全然悪いと思ってないでしょ、その謝罪。

十番隊副隊長の松本乱菊さんが綺麗な人差し指で私の眉間をつついてくる。

ピカピカに磨かれた貝のような爪が視界にちらつく。人差し指は優雅なラインを引いて長くほっそりとしている。

本当に剣を手に戦場に身を置くのかと疑いたくなるほど綺麗な手。綺麗なのは手だけじゃない。

豊かな金色の髪は月明かりを浴びて金紗のように輝き、その派手な輝きに負けないくらいの美貌を誇っている。

 

 

胸については……忌々しい程の大きさとだけ言及しておく。

 

数多くの護廷隊士達が彼女に熱を上げているのは有名だ。有名どころで言うと九番隊の檜佐木副隊長なんかが片想いを募らせていると耳にする。

そんな松本副隊長がおもちゃを見つけたように目をにんまりと三日月のようにして私を見

てくるのは正直なところ面倒くさい。

言葉を選ばずに言えば鬱陶しい。

 

「松本、四番隊の邪魔をするんじゃねー」

「はーい」

「すまねぇなウチのバカが。こちらは助けてもらってるってのに」

「これが我々の職務ですからお気になさらないでください。日番谷隊長こそ疲れ様でした」

「これくらい大したことじゃねーよ」

白い息を吐きながら素っ気ない言葉を口にするその横顔には疲労は殆ど見えない。

少なくとも見て取れはしない。

強がりにも聞こえるが、どちらかと言えば隊長としての矜持なのだろう。

部隊を束ねる長が息も絶え絶えでは隊士達の不安を煽るだけだ。

 

「かーっこいい〜〜流石隊長」

「お前こそもう少し疲れるくらい働け馬鹿野郎」

「隊長が出番を奪ったんでしょ?一気に卍解なんて」

 

現場に到着した私達が負傷者を現場から引き離すや否や、日番谷隊長の行動は迅速にして圧倒的であった。

轟ッという吹雪の風音が鼓膜を震わせたかと思えば、既に吹雪が明けた先には一面の氷原が広がっていた。

最強の氷雪系の斬魄刀の名の通り、巨大な氷の翼を背負った龍の如き卍解はその絶大な力を以てして十番隊士達を蹂躍していた大虚達を物も言わせず瞬く間に氷漬けにしてしまったのだ。それはまさしく「圧倒的」と呼ぶ他は無い。

 

「でも卍解はちょっと大盤振る舞い過ぎません?隊長なら始解でも十分だったと思うんですけど。私もいるし」

松本副隊長の言葉にも一理ある。

力を出し惜しむことは無意味であるけれど、隊長格が卍解を易々と見せることなど稀だ。

ましてや個々には日番谷隊長以外にも松本副隊長もいる。

いくら数が多くとも日番谷隊長ならば始解でも十分対処できたのではなかろうか。

「阿散井の報告を聞いてないのか?先日阿散井が倒した虚は、途中で共食いを始めて目の前で破面擬きになったんだ。こいつらがそうならないとも限らない以上はさっさと斬るに越したことはねぇ」

「まぁそうなんですけど」

 

そういえば日番谷隊長も松本副隊長も藍染隊長の率いる破面と戦っていたのだ。

その脅威を警戒するのは当然かもしれない。

「それに、さっさと虚を片付ければ、四番隊がこいつらの治療に専念も出来るだろ」

そう言って見回す先には二十名を超える負傷者がいた。

いずれも十番隊の隊士達。

隊士の殆どが年若く、中には見習いもいる。

二十名を超える隊士がいるというのに、席官は二名しかいない。

それもそうだろう、十番隊は実地研修を兼ねた見回り時に大虚に遭遇してしまったのだ。

この管轄は流魂街の中でも比較的治安も良く、強い虚が現れたという記録も無い。

住民の数も少ない上に高い霊圧を持つ者もいない言ってしまえば寂れた地区だ。

かといってならず者がたむろするにはひたすら枯れているし、犯罪者が身を隠すには瀞霊廷に近すぎる。

しかし、人気のない寂れた地区は実地研修には持ってこいだ。

瀞霊廷も近く何かあればすぐに逃げを打つこともできる。

大虚どころか虚と出くわす可能性すら少ない。

嘗ては実戦訓練も兼ねてわざわざ捕獲してきた虚と戦わせていたと聞く。

席官を二名付けているのは寧ろ慎重な配慮と言っても良いくらいだ。

 

 

 

けれども、襲われた。

 

 

突然発生した大虚の群れに冷静に救援要請を呼び、若手達に的確な指示を飛ばしながら対処できた席官、恐慌状態に陥ること無く指示を守ることが出来た新人隊士、いずれも十番隊の練度の賜物だろう。

十番隊の隊士達の殆どが虚に傷を負わされている。齧られた者、爪で引き裂かれた者、抉られた者、体液を吐きかけられた者、飲み込まれる寸前だった者。

重軽傷の差はあれども一人として死者が出ていないことは幸運だった。

 

本当に良かった。

 

「咲良四席、治療全て終了いたしました!」

磯螺君が報告してくる。

私と磯螺君、それに刈谷君と回道の腕に覚えのある隊士を二名。隊長が選んで派遣された。一番に私に声が掛かったのはわかっていたとしても胸が高鳴る。あの方に頼りにされている事にえも言われぬ優越感がこの胸に込み上げる。

本来ならば応急処置を施してから搬送するところだけれど、この人数を搬送するのは寧ろ危険だ。だから私は独断で自力で帰ることが出来るだけの治療を現場にて施すことにした。

彼らの回道と私の始解があれば不可能ではない。

 

 

「大したものだな」

自らの足で立てるようになった隊士達を見渡しながら、日番谷隊長が小さく感嘆の声を上げる。

「横嶌⋯隊長が言っていた通りだ」

「えッ、た、隊長は何と?」

「ウチの四席は腕がいいとな。最も頼りにしていると、自分の片腕とも呼べる逸材だと手放しで褒めていた」

「そんな⋯勿体ないお言葉です」

「横嶌は穏やかだがいい加減な褒め言葉を口にする男でもない。素直に受け取っておけ」

「え、えへへ」

「あらあら〜葵ったら顔が真っ赤よ〜〜可愛いんだから」

「だから松本副隊長頬をつつかないでくださいって」

 

頬の火照りは瀞霊廷への帰路の間も決して引いてはくれなかった。

 

治療が完了したとはいえ、十番隊の隊士達の容態が急変することの無いように、彼らの様子に常に気を配り続けなければならないというのに、心が浮き足立っているのを実感する。

 

横嶌隊長が私をそんな風に褒めてくださっていた。

己の片腕だと、私のことを語ってくださっていた。

 

それを知っただけで心の奥からじわじわと温かなものが溢れ、背筋をむず痒く甘い痺れが駆け巡る。

 

天にも昇る心地がするというのはこういうことだろうか。

 

こんなことではいけないと、自分の中の理性が戒める。

 

隊長の期待に応えるべく、私に浮かれている暇は無いのだと。

 

私にはなすべき事があるのだからと。

 

 

 

瀞霊廷に帰り着いた私を待っていたのは混乱の最中にある四番隊舎。

慌ただしく走り回る隊士達。

彼らは私の顔を見て血相を変える。

不安、恐怖、怒り、憎悪、不審。

共通するのはいずれも不穏な感情に起因するものだということ。

 

 

そして、混乱の渦中にある四番隊士達を押し退けるように私の前に出てきたのは二番隊の直轄にある隠密機動。おそらく第一分隊刑軍。

 

 

「四番隊咲良第四席、貴女には四番隊横嶌義壱隊長暗殺未遂の容疑が掛かっています」

「暗殺…未遂?横嶌隊長の…?」

「申し訳ございませんが身柄を拘束させていただきます」

 

 

私はその言葉は異国の言葉のように聞いていた。

 

 

 

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