Lantern & Cage   作:FOOO嘉

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発生

四番隊の隊長が部下に毒殺されかけた。

毒を盛ったのは同隊の四席の少女である。

真央霊術院にいた頃から憧れていた上官に恋い焦がれる余り心中を図ったのか、それとも弄ばれて捨てられたのか、ショッキングなニュース程尾ひれが付いて広まるものだ。

 

 

「くだらねぇ⋯」

 

一角は吐き捨てた。

義壱が痴情の縺れで殺されるような男ではないと擁護するつもりは無い。

男と女との間に何があったのかなど例え友人であろうと知る由も無い。

興味が有るか無いかで言えば無い。

女に溺れて身を持ち崩すのも、女を取っ替え引っ替えにするのも、欲望の捌け口一途に想い続けるのもそいつの勝手である。

それが友人にだからといって、誠意ある交際をするよう説教を垂れる程一角は傲慢でもなければ、彼自身が身綺麗な訳でもない。

一角がくだらないと思うのは護廷の人間がそんな下世話な話で盛り上がっていることだ。

ただでさえこの一年、戦死者や負傷者の増加とそれによる戦線離脱による増え続ける業務に忙殺されているところに、くだらない話が流れてきたのだ。一角の苛立ちは募るばかりであった。

だからこそ、不謹慎とは知りつつも虚の出現に一角は内心沸き立っていた。

気兼ねなく剣を振るえる、遠慮なくぶち殺せる、戦いに興じることでくだらないことなど忘れることが出来る。

一角は眼前の虚を睨み付ける。

 

「俺の機嫌が最高潮に悪い時に出て来るたぁ、コイツらはツイてなかったな」

 

肩に掛けていた始解状態の鬼灯丸を構えた一角が口の端を吊り上げる。

 

「義壱は命に別条は無かったみたいだよ」

「当たり前だろ。アイツがそんなんでくたばるタマかよ」

「でも、四席のあの子は拘束されたみたい」

「関わってんのは事実ってことか、よッ!」

虚としては小型の、人に近い大きさの虚の顔を両断する一角の脳裏には、酔い潰れた義壱を彼の屋敷まで連れ帰った時に迎えに出てきた少女の顔が浮かぶ。

鈍い義壱はともかく、はたから見れば一発でどのような感情を抱いているのか丸わかりの少女だった。

憧れの上官というよりも、恋い焦がれる男を見つめる熱い眼差しを義壱に向けていたことは、男女の機徴に疎い一角でもわかる。

 

「あの女が義壱に毒を盛ったなんて本当に思ってやがんのか」

「さぁ、どうだろうね。状況証拠はそろってるみたいだよ

「きな臭ぇこった」

 

弓親が鬼道で拘束した虚の首を斬り飛ばす間に、一角は三匹目の虚を袈裟斬りにする。

鬼灯丸を握る手に一瞬だけ視線を向けると、眉を顰めた。

 

「弓親⋯こいつら結構強ぇぞ」

「だね。並の虚じゃない。霊圧が低すぎて感知されなかったのとは訳が違うねこれは」

 

横たわるのはわずか四体の虚。

大群と呼ぶ程の数でも無い虚を相手に副隊長と三席が始解することがどのような意味を持つのか。そこかしこに横たわる血塗れの隊士達の姿が事態の深刻さを示している。

瀞霊廷のあちこちから立ち上る霊圧が十一番隊のみならず他の部隊においても隊長やそれに準ずる高位の死神が対処に当たっていることを物語る。

瀞霊廷に虚の霊圧が検知されたのは、ほんの一刻前のことであった。

先日の小さな騒ぎではない。瀞霊廷全体でそれは起きた。

警鐘が鳴り響くのと同時に届けられた報は、瀞霊廷各地にて虚が発生し、そして配備についていた各隊の隊士達を次々と襲っているというものであった。

 

なぜ、どこから、どうやって。

 

それらの疑問は誰の脳裏にもあったであろうが、疑問の検証は後回しにされた。

まずは、瀞霊廷にて発見された虚の討伐が最優先であると。

広い瀞霊廷内において迅速かつ確実に対処できる死神として真っ先に現場へと向かうように伝えられたのは隊長及び副隊長を始めとした隊長格の者を中心とした少数精鋭部隊。

一角と弓親、そして剣八も例外ではない。

 

ビリビリと肌を刺すような剣八の霊圧のする方へと一角は目を向ける。

手強いとはいえ一角達で対処できる虚に剣八が遅れを取るはずもない。

同様に隊長、副隊長が対処している他の部隊も間もなく虚の鎮圧は終わるであろう。

 

 

問題がそれで解決するものではないだろうと一角ですら想像がつくが。

見えざる帝国のような戦争と呼べるものを除いて、瀞霊廷が揺るがされているのはいつ以来のことか。混乱の度合いで言えば黒崎一護とその仲間を「旅禍」と呼んで対処に当たった時以来かもしれない。

 

 

そういえば、あの時も隊長の暗殺事件が起きたな。

 

一角はふと思う。あの時は藍染が仕組んだ狂言であるのに対して、今回は事実隊長である義壱が昏倒している。

それは偽者でもなければ幻でもない。

しかし、状況が似ていると感じるのだ。

 

「こっちに出た虚はこれだけか」

「随分とやられたね⋯また仕事が増えるよ」

「やられたのは死神だけなのは幸いだな」

仲間が死んだのは悲しくはあるが、自分達の任務には死ぬことも含まれている。

命を賭して護廷を守り、身を捨ててでも護廷に敵対する者を滅する。

そして己が護廷に害為すくらいならば自ら命を絶つ。

戦いの果ての死は悼むのではなく、誇るべきものだ。

 

 

「偶然なのかな」

刀を鞘に納めながら弓親が秀麗な眉を顰めて言う。

「タイミングが良すぎる。義壱が倒れて四番隊は混乱している。ただでさえ上位席官が医療班長を務めてるのに、重要なポジションの四席は拘束中と来てる。勇音さんは隊長代理に就かないといけないから救護詰所は三席の伊江村が殆ど一人で回している状態だよ」

「⋯四番隊が機能しなくなったタイミングを狙ってる奴がいるってことかよ?」

「実際回復の手は足りなくなるだろうね」

 

 

「班目副隊長、綾瀬川三席、ご報告がございます」

「どうした?」

考え込んでいた一角の前に跪く裏廷隊の隊士に目で続きを促す。

 

「十一番隊他各隊舎にて…虚が出現いたしました」

「……なんだと?オイオイ、ふざけたこと言ってんじゃねーぞ。虚が湧いて出たとでも言うつもりか」

「いえ…報告では突如として…」

「隊士が虚になった…そういうことだろう?」

「ハッ」

弓親が先んじて口にした言葉に裏廷隊の隊士が微かに心苦しげに頷く。

「やっぱり…」と弓親が呟く。

「更木隊長は?」

「ハッ。更木剣八十一番隊隊長には九番隊隊舎へと向かっていただいています」

「なるほどな…あそこは隊長、副隊長どころか三席達もいねーんだったな」

九番隊は三席を始めとした上位席官が軒並み先日の流魂街での戦いにて殉職している。

隊長の六車拳西と副隊長の檜佐木修兵が意識不明の現状、実質隊としての機能が停止している状態にあるといっても過言ではない。

十一番隊と九番隊では管轄区域も近い。更木に頼むことは不思議ではない。戦いを好む彼が虚の元となったのが虚だからと言って振るう剣を鈍らせることはあるまい。

納得と共に弓親が下がるように告げると、裏廷隊の隊士はすぐさま立ち去る。

一角は眉間に深い皺を刻んだまま、そこかしこに転がる隊士の死体と今しがた自分が斬り捨てた虚を睨みつける。

「虚が四体に隊士がこっちに二人、向こうに六…だったか」

「この地区に配置されてる隊員は十二人だったね」

 

引き裂かれた死覇装の切れ端はよくよく見れば殺された隊士や襲われ逃げ帰った隊士のものにしては数が多いことに気づく。

 

「四人は臆病風に吹かれたと思ってたが…そうだな、ウチの連中にそんな腰抜けはいるわけがなかったか」

舌打ちする。苛立ったのは事態ではなく自分の部隊の隊士達を見くびっていたことに対してである。

一角とて薄々感づいていた。最初の報告が上がったのは三番隊の管轄であった。行方不明になった隊士が一名。討伐された虚が一名。行方不明になったのは虚の現れた地区を見回っていた隊士である。討伐したのは騒ぎを駆けつけた別の地区の隊士だ。その動きは迅速であったという。

同隊隊長の鳳橋や副隊長の吉良が駆け付けた頃には既に影も形も残っていなかったという。

 

 

「侵入経路がわからないはずだよ。外部から侵入して来たんじゃなくて、虚は最初から居たんじゃないかな、隊士達の中に」

瞬歩で十一番隊舎に向かう道中でそう口にした弓親の口調は、半ば確信を秘めていた。

「最初のもそうだっていうのか?」

「証拠隠滅だったとしたら?」

「そいつがこの騒ぎを引き起こしたのか」

「一人だけとは限らないだろうね。一人で出来ることだとも思えないし」

一角達の遭遇した虚だけがそうとは限らない。

そしてもう一つの疑問が残る。

「どっちだ?虚になった奴と、痕跡を消した奴がいる。どっちが黒なんだ」

虚が出現した際に隠す必要は無い。寧ろ証拠があればすぐに真相に気付くことも出来たかもしれない。隊士達が突如虚化した。過去に藍染の所行を見過ごし、大きな痛手を追った尸魂界ならば徹底した検査を行っただろう。虚、そして破面に関するデータの蓄積がある技術開発局と、全護廷隊士の身体データを保有する総合救護詰所が検査に当たることも可能であったはずだ。

しかし、虚化が同時に発生するならば痕跡を消した者一人の単独によるものとは考えにくい。

今尸魂界で起きている事態を藍染の過去の所業に重ねれば、虚化した隊士達は被害者となるのか。

それともまったくの無関係で、虚の力に手を染めた者達なのか。

そもそも虚化と同一のものなのか。

一角達は判断する材料を何一つとして持ってはいない。

確かなことは胸に渦巻く得体のしれない不安感のみである。

 

 

 

十一番隊舎に戻った一角達は、すぐさま異常事態が自分達の想定を超えていることに気付く。

 

隊舎の敷地に足を踏み入れる前から漂っている霊圧の混乱。ごった煮の大鍋を覗き込んだ時のように、乱れた様々な霊圧がドロドロと混ざり合っている様相に一角は顔を強張らせた。弓親に至っては不快感に露骨に眉を顰める。

敷地を超え隊舎へと踏み込むと耳に響いてきたのはあらゆる負の色合いを帯びた声。

唸り、呻き、怒号、悲鳴、絶叫。

声に混ざり飛び交う硬いものがぶつかり合う金属音、木々をへし折る乾いた音、そして鼻を突く血の匂い。

 

逸る気持ちを抑えつつ隊舎の中へと辿り着いた一角達は、すぐさま息を呑んだ。

地獄というものが実在することを知っても尚、その光景を言い表すのに「地獄」という言葉以外が思い当たるものは無かった。

 

隊士の首を枯れ木のようにへし折る虚。

 

斬魄刀を棒切のように軽々と振り回す虚と必死にそれを防ぐ隊士。

 

ボロ切れと化した死覇装を辛うじて腰に残った帯からぶら下げながら隊士達と対峙する虚。

 

そして、呪詛の如き唸り声を上げて瘤のように虚の頭部を露出させている隊士と、斬魄刀を抜刀したもののそんな仲間をどう扱えばよいのかわからずに取り囲むだけの十一番隊士達。

 

虚の頭部を顕にしている隊士は一人ではない。

ある者は胸元から、ある者は腹から、ある者は背中から、肩口から、脇腹から、首元から、中には腿からぼこりと瘤のように露出させている者もいる。不思議なことに、虚によって姿を現す部位が異なっていた。

しかし、いずれの場合であったも、卵の殻を破り出てくる雛鳥のように、唸り声を上げながら虚達が姿を現していく。共通しているのはその禍々しさ、そして瘤の様に膨らみ、膿のように絞り出されていくに虚の顕現に苦痛を伴うのかいずれの隊士も思わず耳を塞ぎたくなる苦痛の声を上げている点である。

顔から膿のように虚を絞り出している者などは特に悲惨であった。

この世への誕生を悦ぶような虚の唸り声と、苗床と化している隊士の哀れで惨めな呻き声が吐き気を催すハーモニーとなって、周囲の者達の心胆を寒からしめた。

虚を排出する死神は、いずれも既に絶叫する精力、気力すら奪われたかのように弱々しく呻き声を上げることしか出来ない。

しかし、そのか弱き呻き声は実に雄弁である。

 

なぜ自分が、ふざけるな、助けてくれ、許してくれ、もうお仕舞いだ、殺してくれ、こんな終わりは嫌だ、そんな感情が滲み出ている。

 

苦しい、痛い、辛い、怖い、苦しい、死にたくない、痛い、殺してくれ、怖い、苦しい、痛い、怖い、苦しい、痛い、怖い、苦しい、痛い、怖い、苦しい、痛い、怖い、怖い、苦しい、痛い、怖い、苦しい、痛い、怖い、苦しい、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。

 

 

無事な仲間達を恨むような、妬むような、憎むような、奈落の瞳と絶望にそまる表情を食い破り、死神の肌を薄い皮膜同然に貼り付かせたまま世界に姿を現す化物達の悍ましい光景に、幾度も死線を越えて来ているはずの十一番隊の荒くれ者達が凍り付いていた。

単純に力量で及ばぬ強者を前にした時に抱く恐怖とは異なる、得体のしれない存在が明確な死と絶望を纏い顕現しているという事象に、本能が根源的な嫌悪感を伴った恐怖として彼らを尽く木偶の坊へと変えていく。辛うじて戦えている者は席官とそれに準ずる猛者くらいであろうか。

虚達はいずれも最下級大虚に近い霊圧を放っている。数においても、強さにおいても死神達は圧倒的に不利な状況にあった。

 

 

「斑目副隊長!綾瀬川三席!!」

 

隊士の誰かが安堵と悲痛の相まった叫びにも似た声を上げた。

それを皮切りに一角達に気付いた隊士達の安堵の声と、吐息が大きなどよめきとなって隊舎に広がる。

 

その様に一角は酷く苛立ち、否、怒りを抱いた ———— 隊士達へと。

 

「テメーら!!何を怖気付いていやがる!!!」

 

ぴしゃりと張り倒すような一角の苛烈な声に隊士達が背筋をびくりと震わせ、戸惑いと不安に表情を歪めた。

なぜ自分達が一喝されたのかわからないと言いたげな隊士達を一瞥すると、一角は舌打ちと共に鬼灯丸を構え、呻き声を上げながら今まさに虚をひり出そうとしてる仲間の眼前に一足飛びに潜り込むと同時に心の臓を一突きに貫いた。

「けふっ」とくぐもった声を血と共に吐き出した隊士は、どこかホッとした表情と共に息絶えた。穂先を引き抜く一角の表情は石像のように固く変わることがない。

仲間を躊躇なく屠った上官の凄絶な姿に一角に一喝された隊士達が短い悲鳴にも似た声を漏らす。それを冷たい眼差しで見遣りながら弓親が深くため息を吐く。

 

「十一番隊の隊士ともあろう者が敵を前に震えて、案山子のように突っ立っていることしかできないなんて。僕らが来るまで何もできず、僕らにただ委ねるつもりだったのかい?情けない…いや、美しくない…」

「し、しかし、あれは仲間で…」

「剣まで抜いてもっともらしい言い訳をよく言えたものだね」

弓親が嘲笑を帯びた声で反論してきた隊士の手に握られた斬魄刀に視線を向けると、隊士は気まずさから目を逸らす。

「自分でも思ってもいない嘘を吐くなよ。既に君たちはアレを虚と認識している。いや、そもそも元が何であれ、仲間を手に掛けた時点で既に彼らは倒すべき敵だ」

 

視線同様に冷たい弓親の言葉に隊士達は一様に俯く。

一角と弓親が現れた時、安堵の声を上げたのは震えて何もできずにただ立ち尽くす者、抜いた剣を振るうことも納めることもできずに狼狽えるばかりであった者達であった。

尸魂界を守り、瀞霊廷を守ると決めたにも関わらず、その矜持を守れなかった者達。そして、何より一角と弓親を苛立たせたのは身の内から這い出ようとする虚への恐怖と苦痛に喘ぎ、仲間達に異形と化した牙を剥くことになる仲間の尊厳を守るための選択を取ることすらできない体たらくに対してだ。

それは一角の信念、弓親の美学に反する無様さである。それ故の苛立ち、それ故に怒った。

 

「彼らのように戦い、足掻く事もできない者に護廷を、十一番隊士を名乗る資格は無い」

 

冷たく言い放つと共に、藤孔雀を振るい弓親は一角と共に嘗ての仲間であった者達へと斬り掛かっていった。

 

 

 

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