Lantern & Cage   作:FOOO嘉

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異形

更木剣八は決して冷徹な男ではない。

容赦は無いが、冷徹でもなければ残虐でもない。

ただ、壮烈にして激烈、激烈にして熾烈にして苛烈な男である。

故に振るう刃に躊躇いは無い。

同じ護廷の者の成れの果てを斬り捨てる刃に迷いなど微塵も無い。

もしや無意識下では葛藤があるのやもしれぬが、それが剣に乗ることはおろか、映りさえしない。少なくとも切っ先を鈍らせる程の躊躇は無い。

仮に成れの果てが虚の姿形をとっていなかったとしても、その刃染める血の量には些かの違いも無かったであろう。

 

 

「チッ⋯」

 

返り血を拭いもせず、舌打ちをする剣八の眼前には虚⋯獣のような形の者から死覇装を申し訳程度に身に着けた者まで夥しい数の虚の躯が転がっている。

そして虚達によって殺されたであろう隊士達の躯まで含めるとまさに屍の山と表現する他あるまい。

 

「あ、ありがとうございました更木隊長」

震える声で謝辞を述べたのは九番隊六席の男であった。

隊長を始め五席まで欠けた九番隊において最も高い立場の男が剣八に深々と頭を下げるのは当然の行為であろう。しかし、震えた声同様、蒼白な顔面には恐怖がべったりと貼り付いている。それは、仲間達が虚と化したことへの恐怖なのか、虚と化した仲間が同じ九番隊の仲間を殺した事への恐怖なのか、それとも異形と化したとはいえ同じ護廷の隊士を躊躇なく殺戮した剣八への恐怖なのかはわからない。

先ほどの舌打ちする剣八をよく知らぬ者、彼の凄まじい噂、凄惨な逸話を耳にするだけの者が見れば恐らく退屈からくる苛立ちや不満から来たものだと思うのかもしれない。

確かに、剣八の振るう剣には些かの迷いも、微かな躊躇も無かった。

並の隊長格と隔絶した霊圧によって削られた歪な斬魄刀を間断無く振るい続け、九番隊士だった者達 ─── 嘗ての仲間達を蹂躙していた成れの果て達を次々と紙細工のように斬り捨てていった。

しかし、更木剣八は決して冷徹な男ではない。

容赦は無いが、冷徹でも無ければ残虐でもない。

故に何も思わない訳ではない。

何の軋みも心が上げぬわけではない。

罪悪感、後悔、悲哀、そのような感情ではないのかもしれないが、確実に苛立ちは抱いていた。

それは、つまらない戦いへの苛立ちではあるが、弱い敵へのものではない。

味方に刃を向けることになったことへのものでもない。

例え弱かろうと、例え仲間であろうと、本人が望んでそうしたのであれば剣八は喜んで斬り殺していただろう。

悲鳴を上げながら異形へと姿を変えていく光景を剣八も目の当たりにした。

望まぬままに化物と化した者を斬り捨てることは、剣八にとってはもはや戦いではない。

自分に快楽と満足感を与えてくれる強敵との戦いでもなければ、虚討伐のように護廷の者として果たすべき害獣処理と割り切れる戦いでもない。

これは剣八にとってはただの殺戮でしかない。剣八にとっては本質的に殺しは結果であって目的ではない。戦いの結果として転がっているものが死であり、殺すことに特別な拘りもなければ悦びも覚えはしない剣八からすれば、仕事と割り切ることも出来ず、必要に迫られるように死を齎す行為はただ退屈で不快なものでしかなかった。

深く思考をすることが嫌いな剣八であるが、頭の悪い訳ではない。当然、今自分の眼前で繰り広げられていた地獄絵図が自然発生したものではないことくらい容易に想像が付いていた。それが何者かによって齎されたものである可能性があるという考えに至る。

剣八の考察というよりも勘がこれが一過性のものではないことを告げていた。

 

 

「どこの野郎かは知らねぇがくだらねぇ真似しやがって…さっさと出てこいよ」

 

俺が斬ってやるからと呟く。

くだらない真似をしたこと、自分に不快な剣を振るわせたことへの落とし前。

そして、自分の抱える退屈を少しでも解消させるために。

剣八はゆらりとした殺意を滾らせていた。

 

 

時を同じくしてそれは十三番舎でも繰り広げられていた。ただ、幸運であったのは発生の規模と隊長、副隊長が対応に当たるまでの時間が短かったことだろう。

事後処理を終える頃には夜も更け、日を跨ぎ、更に夜を迎えていた。

厳密には遺体の運び出し、負傷者の運搬、現場の保存、そして混乱を避ける為の箝口令といった最低限度の後始末をするだけで隊士達は二晩を費やすこととなったのだ。

当事者である九、十一、十三番の部隊は無論のことであるが、周辺地区の情報収集、警護、現場の残留物の調査等に追われることとなった二番隊、そして大量の死傷者への救護措置を一手に担う四番隊二日を超えて事務に忙殺されていた。隊そのものの機能が半ば麻痺するなかで流魂街への見回りなどに割けるほど人員に余裕があるわけもなく、必然的に隣接する管轄地区を持つ部隊などから人員は派遣された。

しかし、他の部隊とて無関係であったわけではない。瀞霊廷内で同時多発的に起きた隊士が虚と思しき化物へとなった事件は殆どの部隊で生じたことであったからだ。

見えざる帝国の侵攻の時のような圧倒的な武力侵攻とは比べるまでもない小規模なものでありながらも広範囲に起きたこの事件は、未だに戦火の傷が癒えきらぬ護廷の機能を麻痺させるのには十分なものであった。

 

そして、惨劇の舞台は護廷の隊舎のみに留まらなかった。

 

 

 

 

****

 

 

「おかえりなさい、咲良さん」

「隊長…お手数をお掛けしました」

四番隊舎に足を踏み入れた葵を真っ先に出迎えたのは義壱であった。

彼の他にも葵を迎える隊士は数多くいた。いずれの表情にも葵への嫌悪や疑惑といったネガティヴなものは見られない。ただたただ葵の帰還を喜び、あらぬ疑いを掛けられたことへの同情や気遣いといったものに満ちていた。

「少し痩せたのかな?仕事はいいから、今日はゆっくりしなよ」

「勿体無いお言葉です!!仕事を一週間も空けているのに…」

「それは君のせいじゃないでしょう?」「ただでさえ隊長にご尽力いただいたのにこれ以上甘えるわけにはいきません!!」

「強情だな〜」

半ば被せる葵の言葉に、義壱は小さく眉を寄せる。

後の隊士達がくすくすと小さく笑う。小柄ながら気が強く強情な葵と、押しに弱い長身の優男の隊長のやり取りはすっかり四番隊でも見慣れたものであった。その光景が一週間ぶりに見ることが出来たことに隊士達の気持ちが和んだのだ。だが、決して、番隊の彼らが呑気なのではない。この数日間殺伐とした空気の中で忙殺されてきた彼らのささくれだった心に懐かしさすら感じる日常の光景がするりと温かな風のように入り込んできたのだ。

また、四番隊における実務の多くを担っている四席不在が彼らの多忙さに拍車を掛けていたという事実がある。その多忙な日々が少からず解消されることへの現実的な安堵感がようやく彼らの中で実感として齎されたのも隊士達の表情を和らげることとなった要因であった。

よくよく見れば、隊士達の顔には差異こそあれども疲労の色が見られる。

「そういえば…副隊長と伊江村三席は」

「彼らは救護に当たってるよ。事態が事態が事態なだけにね」

「わかりました。私もすぐに業務に復帰いたします」

「…どうあっても休む気は無いみたいだね…ま、働く気持ちに満ち溢れてる人を無理矢理に休ませても気持ちが落ち着かないだろうしね。ただ、無理だけはしないようにね」

「はい!!」

にっこりと花のような笑顔になる葵に、義壱は釣られるように口元を綻ばせる。

「あ、それと虎徹さんにはちゃんとお礼を言っておいてね。君の疑いを晴らしてくれたのは彼女だから」

「虎徹副隊長が?」

「ああ、君の作ってくれたお菓子を彼女がもう一度調べ直してくれてね。流石だよ彼女は。四番隊士としてはやはり彼女は凄い人だ」

手放しの称賛に、葵が微かにムッとした表情を浮かべるが、義壱がそれに気づく様子はない。

 

「なんか、伊江村三席感じ悪くない?顔くら出せばいいのに」

「謝りにも来ないなんてね〜」

 

小さな囁き声であったが、一瞬途切れた会話にその言葉は間隙を縫うように差し込まれた。

口にした当人達は気付いていないのだろう、会話は続いていた。

 

「だって、伊江村さんなんでしょ?四席を犯人だって言ったの」「そうそう。砕蜂隊長に告げ口したって」「副隊長が濡れ衣を晴らしてくれたんでしょ?」「あの人ネチネチしてるもんね。四席に嫉妬したんじゃない?三席の座が脅かされるって」

 

潜めるように囁かれる言葉は義壱にも葵にも届いていた。

咎める者がいないことが言葉にはせずとも同じ意見を持っているかのようだ。葵を出迎えている時点で、この場に集まった隊士達が葵を慕っている者達であることは当然の事実なのだろう。だからこそ彼女を陥れた(と彼らには映っているだろう)伊江村への反感が募っている。更にたちの悪いことに、隊長である義壱が葵を信じ、副隊長の勇音が葵の無実を立証したことが彼らの抱く反感に正当性を持たせてしまっている。

 

「陰口は辞めなさい。伊江村さんは当然のことをしただけだよ。残された証拠から一番可能性のある答えを出すことは言うまでも無いことだし、疑惑の時点で徒に話を広げず隊長だけに伝えているのは慎重で冷静な判断だ。結果的に虎徹さんがより正しい論証を出したに過ぎないだけだよ。それに業務を優先することは隊士として何も間違っていないさ」

 

義壱の諭すような言葉に、理屈が立っているだけに納得こそいかないものの隊士達は一様に黙り込む。

 

(隊長、逆効果ですそれ)

 

いくら義壱が伊江村をフォローしようとも、伊江村が現していないのにも関わらず隊長である義壱が自分を出迎えてくれている以上、義壱への尊敬こそ深めるとしても伊江村への悪感情は払拭されまい。

そもそも、温和で親しみやすい振る舞いをする義壱と、生真面目で融通が利かない正論を口にする伊江村では隊士達からの印象が違う。職務熱心な四番隊士としては見習うべき男であるにも拘らず、誤解され、過小評価されがちなのは偏に伊江村という男の不器用さ故だろうか。

そんな空気を感じ取ったのか、義壱はそれ以上伊江村のことには言及することをやめる。

藪蛇になると思ったからだ。

 

「じゃあ、咲良さんの出迎えも終わったし解散。みんな仕事に戻ってね。僕も隊首会に行かなくちゃだし」

 

ぱんぱんと手を鳴らすと、葵の出迎えに集まっていた隊士達が業務を思い出したのか各々慌ただしげに散っていく。

 

「隊首会ですか?そんな予定は無かったですよね?」

「どうも緊急みたいだ。僕も今さっき裏廷の子達に聞かされたからね」

 

 

 

 

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