Lantern & Cage   作:FOOO嘉

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四番隊第七席

小さな花びらのように鮮血が舞う。

白哉は僅かにではあるが眉を顰めた。

彼をよく知らぬ者の目には能面のように微動だにしない無表情のままであるが、朽木ルキアが見れば明らかに彼が驚愕に表情を変えたのだとわかるだろう。

 

床に散った微かな血痕。

 

切先を汚す紅。

 

白哉が視線を向けたのはほんの僅かのことだ。

一秒の何十分の一にも満たない。

それが驚愕へと割かれた意識を再び戦闘戻すことに要した時間であった。

僅かと呼ぶには足らない短い時間であるが、確かに朽木白哉は驚いていた。

 

閃花

 

回転を掛けた特殊な瞬歩で相手の背後を取り、鎖結と魄睡を刺突にて一瞬で破壊する朽木白哉の得意技である。

相手の虚を突く奇襲技であるが、余りの技の素早さと鋭さ故に知っている者であっても躱すことが出来ない神速の秘技と言っても過言では無い。

 

真央施薬院の病棟。

進む廊下の先に磯螺居平の姿を目にする前に決めていた。

廊下という限られた空間であろうとも、人が四人以上並べる空間であれば、それは白哉にとっては決して「狭い」とは言えない。

更に刻は夕暮れ、夜の吐息が聞こえてくる闇の中。

瞬きの暇を縫うように閃花を繰り出すには打って付けとさえいえる。

言葉を交わすつもりはなかった。

化け物を使役し瀞霊廷を混乱に陥れ、真央施薬院を占拠し、そこにいる病人・負傷者を手にかける卑劣なる大逆の輩と交わす言葉など何一つとして無い。

 

即時制圧。

 

命を奪わぬことは慈悲ではなく、情報を引き出す必要性からだ。

そして、白哉は磯螺居平を目にした。

白哉達の巨大な霊圧ならば、真央施薬院の敷地に入る前に気づかぬはずもない。

それでも逃げ出さない時点で彼らには覚悟があったのであろう。

短く刈った磯螺の青さが残るものの精悍な顔つきを認めるのと、白哉が瞬歩を使ったのは同時であった。

刀のぶつかり合う音は一つ。

一撃目は受け止められ、続く二撃目は交わされていた。

白哉の刺突は魄睡を大きく逸れ、磯螺の二の腕の肉を微かにこそぎ落とすのみであった。

受け止めきれなかったのではない。端から一撃目のみを受け止めることに注力していた。

最初の刺突をいなすことで、微かに遅れた二撃目を全力で回避したのである。

かつて阿散井恋次がしたように白哉の一撃目を弾き、二撃目を繰り出しさえさせなかった完璧な防ぎ方ではない。

それはつまり磯螺が恋次に比べれば未熟であることに他ならない。

しかし、あくまでも恋次に比べればの話である。

白哉の間合いから一歩離れた位置で彼を睨む男を白哉は静かに見つめる。

 

磯螺居平

 

四番隊第七席

 

真央霊術院を卒業したのは四年前だという。

新人隊士として扱われる年齢若さである。

卒業と同時に護廷入りが確定している者は数年に一人の逸材とされている中で、彼は既に七席という座に就いている。

刈谷草玖は六席だ。いくら四番隊であろうと、天稟の才と弛まぬ努力の双方を兼ね備えていなければまずは達するこの出来ない領域には間違いない。

しかし、所詮は四番隊。

所詮は七席。

所詮は若輩者。

そんな侮りが自身の胸の内に無かったか、白哉は自身に問い掛ける。

多少は不格好とはいえ自分の閃花を躱して見せた。

そこに油断は無かったか。侮ってはいなかったか。或いは己の技量に驕ってはいなかったか。

込み上げる自身への問い掛け、反省、嫌悪をひとまず脇へと追いやる。

恐らく閃花は次は通じまい。

闇に乗じての初手を防いでみせた者に、同じ技を二度ぶつける程白哉は迂闊ではない。

奇襲が通じないのであれば、正攻法で行くのみ。

消失したと見紛う瞬歩により、即座に白哉が磯螺へと接近する。

間合いを詰めるのではなく、間合いを削ぐように握手さえ容易く出来る距離になると同時に、優美な軌跡を描いて白刃が磯螺に迫る。

優美でありながら瞬きすら許さぬ速度の斬撃。

正統派の剣術と鬼道と組み合わせながら戦う白哉の戦いは隊長格としては最もオーソドックスな戦法である。

この限られた空間においてそれは封じられていた。

虚を倒すセオリーが背後からの一撃と称されるように、死神の戦いとは相手の虚を突き如何に奇襲をするかによる。

死神としての正攻攻法とは、斬拳走鬼を遍く修めた者の闘法だ。

 

斬拳走鬼

 

空間を生かし瞬歩で距離を詰め、時に攪乱する。鬼道によって相手の動きを牽制或いは封じ込め、また時に相手の目を眩ませ、斬魄刀の一太刀にて討伐する。

死神の戦いとは常に自分よりも巨大な虚を相手に考えられているものであるが故に、対人を想定している剣道を意味の無いものとして侮る者がいるのはその為である。

しかし、この空間においてはそれらの戦法を取ることはできない。

だが、このような状況においてこそ白哉のような者が強みを発揮するとも言える。

剣道を収め対人においての剣術をより磨いた者の強みだ。

 

「手足の一本くらいは覚悟するのだな」

「⋯ふっ」

 

慈悲にも似た白哉の言葉に、磯螺は一瞬目を丸くすると短く息を吐くように笑った。

嘲笑でもない、強がりでもない。

 

「何がおかしい?」

「おかしいですよ」

 

つと、白哉がほんの僅かに前に出る。

長さにして5ミリ程。半歩にも満たない。

予備動作は無い。

視線の高さは変わらず、踏み込むために膝が揺れることすらない。

切先は微塵もぶれることがなく、近づく宵闇が輪郭を塗り潰そうとするなか白哉が前に出たと気付くことが出来る者がどれ程いることだろうか。

更につっと音一つ立てることも無く1センチ前に進む。

やはり白哉の動きに乱れは無い。

死覇装はおろか隊長羽織の裾一つ揺れることは無い。

そよ風に身を揺する葉の方が余程音を立てるだろう。

そこに張りつめた空気は微塵も無い。

いや、正確に言えば緊張感に顔を強張らせ、張りつめているのは磯螺だけだ。

霊圧の差に比例するように、白哉から放たれる気迫は磯螺を容易く呑み込みかねない。

しかし、気負いや逸る気持ちといったものは見られない。

ごく自然な身のこなし。

例え隊長クラスであっても更木剣八のような我流で剣を研ぎ澄ました者や涅マユリのように剣術に重きを置かぬ者には容易く真似ることの出来ない技である。

 

距離にして1センチ半、白哉は間合いを詰める。

僅かな距離ではない。

先ほどまでギリギリ白哉の間合いの外まで距離を取っていた磯螺にとって、それは致命の間合いであった。

1センチ半縮めた間合いから、

 

白哉が跳んだ。

 

磯螺は瞬きなどしていなかった。

隊長格ならば瞬きよりも早く踏み込むと知っているからだ。

それでも尚、磯螺の目は白哉の姿を殆ど捉えることが出来なかった。

そう、殆どである。

 

「くっ!」

 

苦悶の声を上げたのは磯螺。

驚愕に目を瞠ったのは白哉。

 

白刃が磯螺の頬を真一文字に斬り割いた。

振り切ることなくそのまま刺突に切り替えた刃が磯螺の右肩の肉をこそぎ取っていく。

刺突で身体を開いた自身の首筋目掛けて斜め上から斬り下ろされる斬撃をすり抜け、白哉は左に剣を振るがこれは磯螺の裾を斬り裂くに留まった。

磯螺は既に白哉の間合いから三歩以上離れている。

刺突によって体制が崩れたはずであるにも関わらず右足を軸に回転し、回避と斬撃を同時にこなしてみせた白哉の技術はおそるべきものであるが、白哉にとっては磯螺こそ称賛に値するものであった。

 

「目を狙ったのだがな⋯」

深々と頬を斬り割かれ顔の半分を血に染めた若き死神に向けた言葉に動揺は無い。

だが、微かにその声には感心するような響きがあった。

殺すつもりは無かった。

しかし、白哉は一つ目の太刀で磯螺の目を斬り割き、二の太刀で磯螺の肩の付け根を貫き、三の太刀では腕を両断するつもりであった。

手を抜いたつもりはない。

振るった太刀筋は少なくとも七席に避けることなど到底不可能である。

副隊長に匹敵する程かもしれない、と白哉は磯螺の力量を見極める。

 

( 過小評価をしていたつもりはなかったが )

 

目の前の磯螺だけではない、刈谷草玖についても白哉は知っていた。

直接言葉を交わしたことは無いが、その技量や向上心については知っていた。

六番隊の訓練に参加し、恋次と立ち会ったところを直接目にしている。

結果から言えば、磯螺も刈谷も恋次には到底及ばなかった。幾度も打ち据えられ、体中に青痣を作りながら最後には恋次自身に気遣われ立ち合いを止めるに至った。

しかし、それは当然のことである。

六席、七席と副隊長とはそれほどの格差があるものなのだ。

身の程知らずと言うには2人の技量は既に役職を超えたものがあった。

技量や体捌きからは練磨を絶やしていないことが見て取れた。

強さのみならず、その気骨や向上心も護廷隊士として相応しいものとして白哉には映った。

自分の隊の三席である行木理吉よりも戦闘力に関して言えば上ではなかろうかとすら思ったほどだ。

そのことを忘れる白哉ではないが、その白哉を以てしても目の前で対峙している磯螺の力量は想定を超えていると言えた。

磯螺が小さく笑う。

 

「先ほども貴様は笑っていたな」

「それはすみません」

 

血を拭う磯螺の手が淡く光る。十分すぎる程の間合いを取っているとはいえ、刀から片手を離し回道で傷を癒す磯螺の行動は迂闊なものであるが、白哉にとってみれば十分すぎる際であった。

しかし、奇妙な違和感、得体の知れなさが白哉にその隙を突くことを躊躇わせた。

 

「よもや⋯自分の力量が通用していると思っているのではあるまい」

 

険のある言葉に磯螺は苦笑する。

 

「⋯何がおかしい」

「おかしいですよ。言うまでも無いことを言ってるんですから」

 

なるほと、と納得する。

向け合う以上、命の奪い合い、手足のいずれかを失うことを覚悟するのは当然の心構えである。それを今更わざわざ問うのは確かに馬鹿げている。

しかし、その当然の心構えが出来ていない隊士の何と多いことか。

磯螺の年若さでその覚悟が出来ていることに白哉は素直に感心する。

同時に一瞬、それを惜しいとも感じる。

彼が凶行に走ったであろう経緯を聞いているからだろうか、それほどの隊士がこれから辿る末路を思うとほんの僅かに憂いが生じる。

個人的な同情ではない。優良な人材が失われることは護廷にとっての損失であるからだ。

 

「⋯⋯確かに貴様の言う通りだな」

 

やおら白哉から放たれる圧力が増す。

無数の針で頬を叩かれるような痛みにも似た圧迫感に破螺の背中を冷たい汗が幾つも流れていく。

真央霊術院を卒業して間も無い七席の若造ではない。

若くとも覚悟を決め敵対している副隊長に匹敵する賊だと認識を改める。

しかし、白哉が自分への認識を改めたことに磯螺は気付いていた。

と、同時に磯螺の行動は早かった。

 

 

『割れろ』

 

 

磯螺が斬魄刀を翳す。

 

瞬間白哉の握る斬魄刀が音も立てず砕ける。

否、砕けたのではない。

無数の花弁と化したのだ。

しかし、それは僅かに遅かった。

 

 

鼈甲(べっこう)

 

 

白哉が磯螺への認識を改め次に振るう剣を決めるよりも、白哉が自分への認識を改め次に移すであろう行動に備える磯螺の方が僅かではあるが早かった。

それは白哉よりも磯螺が優秀だったからではない。

初めて直接対峙した白哉の磯螺への認識よりも以前より「こうなること」を想定していた磯螺の判断が早かっただけのことである。

 

金属塊同士がぶつかったような、耳障りな音が廊下に響き渡る。

廊下一面を覆い尽くし、押し流す洪水のように放たれた刃の花びらは土壁に堰き止められた水のように砕け散った。

四方に飛び散った刃の花びら、朽木白哉の始解「千本桜」が廊下の壁を抉り、真央施薬院の中央にある庭園に面する窓ガラスを粉々に砕く。

風も無いというのに、まるでつむじ風にさらわれた桜の花びらのように千本桜が渦となって白哉の鍔元へと戻る。

 

「それが貴様の始解か」

 

磯螺の前後左右、そして頭上を六角形の盾が覆っていた。

それぞれの盾の隙間から破螺の姿は覗いているにも関わらず無傷であるということは、おそらく盾と盾のつなぎ目を霊圧が繋ぎ防御膜として磯螺を守っているのであろうと白哉は予想を付ける。

 

「正直肝が冷えましたよ⋯まさか本当に千本桜を撃ってくるなんて。良いんですか?真央施薬院ですよ?」

「下らぬ。被害を恐れるあまり賊を逃すことなどあるまじきこと。このような安物の建物の一棟や二棟など損失の数にも入らぬ」

 

施設への被害を出来る限り抑えるのではないかという、ささやかな期待は即座に砕かれた。

しかし、予想していなかったわけではない。

如何なる被害を出そうとも瀞霊廷にあだなす者を朽木白哉は決して許すまいという確信に近い予感があった。

もっとも、病棟の一つ二つを物の数ではないと言い切るのは流石に予想外であったが。

 

「流石は朽木隊長」

 

絶大な権力と資産を持つ四大貴族の一角たる朽木家の当主への嘲りと、六番隊隊長としての揺るがぬ信念への敬意の二つが入り混じった声が思わず磯螺の口からこぼれ出た。

 

「そのまま千本桜を受け続けるつもりか?」

「場所を変えましょうか。このまま瓦礫の下敷きになるのは私も勘弁願いたいので」

「…僭上だぞ、磯螺居平」

 

 

視線一つで斬り殺せる程の刃物のような殺気に臆することなく、磯螺は千本桜によって破壊された壁から中庭へとひょいと飛び降りた。

 

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