その報を聞くことが出来たのは虎徹勇音の立場では本来ありえないことだった。
総隊長京楽春水へと下された四十六室からの縅口令。
四十六室から総隊長へ直々に下された密命は例え隊長といえどもみだりに聞くことはできない。ましてや副隊長であれば尚更のことだ。
しかし、例外というものはある。
縅口令が下された事実を知らなければ口に戸を立てることも無い。
「……本当なんですね花太郎君」
「兄さんはああいう人ですけれど、いい加減な嘘を言う人じゃありません」
四番隊三席、山田花太郎から受けた報告は勇音にとって俄かには信じ難いものであった。
というよりも信じたくないと言うほうが正しい。
真央施薬院が占拠された。
施設内の患者、見舞客共に貴族しかいない場所での暴挙だ。
施薬院の総代であり、山田花太郎の兄である山田清之介の手引きにより一部の貴族達は辛うじて難を逃れたというが、残りは四番隊士達によって弑逆されたという。
生き残っている者がいったいどれほどいるのか。
尸魂界においても前代未聞ではないだろうか。
指揮を取っているのは四番隊第六席刈谷草玖と同隊七席磯螺居平。
余りにも迅速かつ無駄の無い、統率の取れた動きは衝動的なものではなく計画的なものであるということだ。
「まさか隊長が呼ばれたのって」
「横嶌隊長に⋯その、刈谷さん達を⋯」
花太郎はそこで言葉を切る。
それ以上口にすることを恐れるように、普段は眠たげな眼が不安と怯えに揺れている。
「隊長なら収められると思ったのでしょうね。隊長の卍解なら負傷者を守りながらでも戦えるし」
横嶌の卍解ならば負傷者の治療と保護を戦闘と並行して行うことが出来る。
攻撃力という点を考えれば十三隊のどの隊長よりも非力ともいえるが、負傷者の確保を最優先にしながら物的・人的被害を最小限に抑えることに重きを置いた場合誰よりも適任なのかもしれない。
或いは刈谷や磯螺は横嶌を尊敬していることも考慮に入れているのだろうか。
横嶌を慕う隊士は少なく無い。
彼を慕う咲良葵を筆頭に、若い隊士達が斬拳走鬼の鍛練に力を入れていることは勇音もよく知るところである。
太い人脈と、篤い人望を持つ京楽ならばそれらの事情を把握した上で差配したとしてもおかしくはない。
「どうすればいいんでしょうか」
気弱な瞳を揺らしながら長身の勇音を見上げてくる花太郎に、こっちが聞きたいくらいだという言葉を辛うじて飲み込む。
「花太郎君は何故私に?」
「僕一人じゃ抱えきれなくて⋯だって、真央施薬院ですよ?貴族を手にかけるなんて…」
「花太郎君」
「あ⋯す、すいません」
僅かに強めた語尾で勇音の意図を察したのか花太郎は声を潜める。
「このことはひとまず私と花太郎君だけで留めておきましょう」
「は、はい」
花太郎は気弱であるが決しておしゃべりな男ではない。
ただ一人で抱え込むには彼にとって余りにも大きすぎる事実であるため、誰かと共有したかったのだと察する。
無論、直属の上官である勇音にだけは情報を共有しておかねばという気持ちもあるのだろうが。
勇音は重く苦い塊をうっかり呑み込んでしまったような気持ちを辛うじて抑え込む。
負傷した部下に付き添い綜合救護詰所を訪れている隊長の姿があるところを見ると、京楽に呼び出されたのは義壱だけか、或いは特定の隊長格のみと思われる。
件の異形化で未だに多くの隊が混乱から脱していない中、それらの対応に追われている様子からも、おそらくは隊長にすら知らされていない情報だろう。
「現状、私達に何かが出来るという訳じゃありません。少なくとも上から命令が無い以上私達がすべきことは目の前に運ばれて来る負傷者の治療に専念することだけです、山田三席」
自分にも言い聞かせるつもりで言葉を僅かに強める。
そうしなければ勇音自身不安と混乱でどうにかなってしまいそうだった。
山田清之介は何故花太郎に話してしまったのだ、と愛嬌のある花太郎とは似ても似つかない食えない男の顔を思い浮かべる。
嘗ての上官であり、その才覚と技術にこそ敬意を払っているものの、底意地の悪さを隠そうともしない鉄面皮を憎らしく思う。
あの男ならば間違いなく花太郎が自分に話すことも、それを受けて自分が困り果てることも想像することなど容易いはずだ。
そもそも、貴族達が護廷隊士達によって弑殺されたなどという貴族の沽券に関わる事態を迂闇に口にすべきではない事だと花太郎ならばともかく清之介が思い至らぬはずがない。
だとすれば何の意図があってなのか⋯
そこまで考えてから勇音はふとした違和感を覚える。
「花太郎君。総代は何か言っていましたか?」
「兄さんがですか?えっと⋯特におかしなことは⋯『真央施薬院で四番隊士達が反乱を起こした。手引きをしたのは搬入の責任者でまず間違いない』とだけ」
花太郎の言葉に改めて違和感を抱く。
真央施薬院への薬剤搬入に清之介は当然立ち会う。
元四番隊であり総代でもある清之介が搬入部隊の指揮をする六席、七席を見て「責任者」という言葉を使うだろうか。
咲良葵の身の潔白が証明されたのは搬入部隊が出発をしてからのことだ。
拘束こそされていたものの、葵はあくまでも嫌疑の段階であり、みだりに混乱をきたさぬよう真央施薬院への通達はただ代理を立てるとしか伝えていない。
清之介の認識では磯螺も刈谷もあくまで「代理」であり、「責任者」は葵のままのはずだ。
勇音は白磁の眉間に皺を寄せる。
何かが引っ掛かっていた。